第12話 破局への軌道

しかし、平穏な時間は長続きしない。突然、コックピットに甲高いアラーム音が響いた。


「針路上、障害物を検知。多数の隕石群。衝突コースです。相対速度はポイント6c、衝突まで5分」


ケイが叫ぶ。


「中井、回避行動を」

「了解、ケイ、回避コースを出してくれ」

「マップに投影するよ。でも、これは・・・障害が多すぎるかも」


マップ上に投影された回避コースは、かなり入り組んでいる。これはコンピュータに操縦をまかせたほうが無難だ。


「よし、フライトコンピュータにコースをセット。回避行動に入る」

「ケンジ、コースが安定しないわ。操縦が追従できない」

「どういうことだ、ケイ」

「隕石群のコースが揺らいでいるみたい。重力場の影響だと思うけど、補正しきれない」

「これじゃダメだ。突っ込むぞ。ユイ、なんとか出来ないか?」

「ブラックホールと褐色矮星の重力場の摂動の影響と思われます。補正を試みますが、予想では5分12秒必要です」

「それじゃ間に合わない。くそ」

「ケンジ、操縦を替わって。とりあえずマニュアルで、しばらくしのぐわ」

「無茶だ、美月。この速度でマニュアル操縦なんて」

「少なくとも、コンピュータとあんたよりも多少はマシよ。それ以外に手はないわ」


光速の60%もの相対速度を持つ相手に対してマニュアルで対処するなんて、ある意味自殺行為だ。おまけに相手の軌道は極めて不安定である。だが、それ以外にどんな手がある?


「ユイは星野さんの提案を支持します。これまでの操縦評価から見て、この中で星野さんが最適と思われます。最初の隕石の遭遇から28秒間しのいでください。そうすれば自動操縦に切り替えられます」

「よし、星野。やってみろ。私がバックアップする。中井は周辺の監視をたのむぞ」

「了解しました」


平穏が続いたので、これは楽勝などと思ったのがまずかったか。いきなりのピンチである。こんなところで木っ端みじんにはなりたくない。美月の腕に賭けるしかないが、何か出来ることはあるのか。


「方位080、065、最初の一群が来ます」


ケイが叫ぶ。


「エイブラムス、デフレクター出力最大で前方に集中させろ。星野、小さいのはいい。でかいのだけはなんとか避けてくれ」

「了解。なんとか・・・」


機体がガタガタ揺れる。デフレクターが細かい隕石をはじいているからだが、細かいとはいえ、光速の60%もの速度で飛んでくる隕石をまともに食らったら、あっという間に木っ端みじん、というか蒸発である。


「デフレクターの負荷率80%、これ以上は危険です」


ジョージが叫ぶ。危険と言われても、美月は大きな奴を避けるので精一杯だ。もう少し広い範囲を見通せればいいのだが・・。俺がそう思った瞬間に、サラウンドにイメージが重なってきた。たぶんユイが察してくれたのだろう。隕石群の分布図のようだ。前方に小隕石の密度が薄い部分がある。そこへ向かえば一息つけそうだ。


「美月!」

「わかってるわ」


たぶん、言葉にするよりも早く、俺の考えは美月に伝わっている。これなら、俺は広範囲に意識を散らして全体像を把握することに集中すればいい。


「デフレクター負荷20%に低下。機体の損傷はありません」

「まだ油断するな。次が来るぞ」


フランクが叫ぶ。


「第二群、方位320、030、来ます」


機体がまた大きく揺れる。コックピット内に鋭いアラーム音が響いた。


「デフレクター負荷率90%、機体表面に軽微な損傷」

「正面15光秒、大隕石群」

「回避コース」


正面にでかいのが数個。比較的間隔は広いから回避はできるが、問題はその後だ。美月が向かった先には濃い小隕石の雲がある。うっかりそれに突っ込んだら袋小路だ。


「こっちはダメね。コース変更」

「ああ、それでいい」

「危ないところね。あれじゃ袋小路だわ」


ちょっと肝を冷やしたが、美月の反応は速い。これも抽象思考インターフェイスの効果なのだろうか。


「第三群、第四群、続けてきます。方位350~050、010~060、15光秒」

「どれも狭いわね。とにかく行くしか・・・」


隕石群は広がりながら連続してやってくる。隕石同士がぶつかった結果だろうか、大隕石群はその内部に小隕石の雲を抱いている。そこに飛び込めば逃げ場がない。だが、クリアな隙間がまったく見当たらないのである。このままでは、小隕石の雲に突入してしまう。どこか、隙間は・・・。


「ほら、あそこ・・」


そう言われた気がして、そちらに意識を向けると、少し隙間ができて、それが広がりつつある。どうやらピンポイントでそこを抜けていくしかなさそうだ。


「行くしかないわね。みんな覚悟を決めてよね」


美月はそう言うと、その狭い隙間にコースを向ける。それはあっという間の時間だった。次の瞬間、船は隕石群を通り抜けていた。


「ふぅ、命が縮まるな」


フランクが汗を拭きながら言う。


「ここから3光分先まではクリアです」


とケイ。とりあえず、一息つく時間はありそうだ。だが、こんなことを続けていれば、そのうち破綻するのは見えている。


「重力変動パターンの解析が終了しました。以降の回避操作は自動で行えます」


ユイの声である。どうやら、アクロバットの必要はなくなったらしい。最後のルートを教えてくれたのはユイだったのだろうか。


「先生、こんなところに、しかもこんな高速の隕石群がどうしてあるんですか?」

「ブラックホールの影響だろうな。ブラックホールは何でも吸い込むと思われがちだが、飛び込むコースによっては、吸い込まれずに加速されることもあるんだ。たぶん、小惑星などが重力で破砕された上に加速されて放出されたと考えるべきだろうな。この件は後続の本隊にも連絡しておこう。エドワーズ、フライトコンピュータのログを含めてデータをアカデミーに送信してくれ」

「了解しました。送信します」

「沢村、予定軌道までどれくらいだ?」

「予定軌道到着時間を再計算。あと53分です」

「全員、まだ油断するな。ここから先は何が起きるかわからん。自分の持ち場に集中しろ」


先生が言うとおりだ。我々は、宇宙で最も凶悪な存在に接近しつつある。しかも、状況には不明な点ばかりだ。何か異常を見落とせば命取りになりかねない。とりあえず安定した軌道に入るまでは、神経を研ぎ澄ましておこう。


          ◇


「先生、予定の軌道に入りました」


ケイの声。いつの間にか時間が過ぎて、俺たちは今、目標の軌道、つまり、ブラックホールと褐色矮星の連星系の外側を回る軌道に入った。


「よし。とりあえずは、これで一段落だが、ここがどこかを忘れるなよ。また、いきなり隕石群が飛んでくる可能性だってあるから、監視は怠るな」

「了解。自動監視対象を隕石サイズに設定して常時スキャンを実行します。検出可能距離は推定30光秒」


サムはいつも抜かりがない。監視はユイもサポートしてくれるだろうから問題はないだろう。しかし、さっきみたいな速度の隕石だと、回避する余裕は1分もないから気は抜けない。


「デフレクターを最大強度で全周展開します。とりあえず、軌道を維持出来るだけの推進力を残して、あとは全部デフレクターに回します」


ジョージも自分の役割をきちんとこなしている。パイロットの俺たちは何かあったときに備えて待機だ。異常事態が発生した際の回避行動は基本的にコンピュータ任せだが、万一、マニュアル操縦が必要になった時は、ただちに対応しないといけない。


「センサーをトリガーに自動回避プログラムを設定」

「ユイ、観測衛星からのデータ収集は?」

「データ収集は正常に継続しています。現在、必要なデータの5%を収集済み。100%完了まで71時間53分20秒プラスマイナス10分23秒です」

「エドワーズ。軌道に入ったことを本隊に連絡してくれ」

「了解しました。本隊にメッセージを送信します」

「さて、ここからは本隊が来るまで交代で監視にあたるぞ。まだ本隊の到着時刻は不明だが、ワープ深度をあまり取れないことと、低速の大型船が多いことを考えれば、出発から3日くらいはかかるだろう。シフトは、これまでと同じでいいな。」

「はい。順番から言えば、美月、サム、ジョージ、私が休憩になりますが、かまいませんか?」

「よし。それでいこう。エイブラムスは悪いが、少しだけ新しい演算ユニットのテストと調整に付き合ってくれ」

「わかりました」


美月、サム、マリナの3人はコックピットを離れて船室に向かう。ここからしばらくは、俺たちの当番である。


「沢村、本隊を通信で呼び出してくれ」

「了解、呼び出します」


しばらく時間があって、応答が返ってくる。


「先生、接続できました。映像を出しますか?」

「出してくれ」


先生がそう言った瞬間、前方のスクリーンに宇宙船のブリッジらしき場所にいるデイブさんの姿が現れた。


「うまく軌道に乗れたようだな」

「ああ、ちょっと冷や汗をかいたがな。そっちも出航できたようだな。連絡したとおり、このあたりは高速の隕石群に注意が必要だ。まぁ、そっちは大型船だから心配はあまりないと思うが、結構大物もいるから注意してくれ」

「了解した。こっちは今し方、太陽系の惑星領域を抜けたところだ。なかなかの大艦隊だぞ。大型船、中型船あわせて100隻以上はいるからな。最初のグループがそちらに到着するのは二日後の予定だ。すべて揃うのは、さらに一日かかる。もうしばらく頑張ってくれ。そっちのデータも順次受け取って予備処理にまわしている。本格的な処理に入る前に、そっちの演算ユニットをオンラインにしてテストしたいが、準備は大丈夫か?」

「ああ、準備は出来ている。エイブラムスも待機しているから、何か問題が生じたら対処させる」

「よし、それじゃ頼むぞ。ユニットをオンラインにしてくれ」

「ユイ、ユニットをオンラインにしてくれ」

「了解しました。ユニットXA001からXH255までオンラインにしました。動作、異常ありません」

「どうだ、デイブ」

「オンラインを確認した。それじゃ、模擬データを使ってベンチマークをやろう。センターコンピュータと接続して処理を開始する」

「了解した。エイブラムス、こっちの負荷状態を監視しておいてくれ。異常があれば教えて欲しい」

「了解しました。現在負荷のモニタリング中。負荷率は現在20%から上昇中です」

「ところで、相手がブラックホール連星だという前提でのシミュレーションは進んでいるのか?」

「ああ、だが状況は良くない。もともと計画していたシールド方式だとシールドの展開範囲が広くなりすぎる。発生機の台数もパワーも足りないから、根本的に考え直す必要が出てきた。今、アカデミー側でモデルを再検討中だ。いくつか方式を考えてシミュレーションしているが、まだ最終的な結論は出ていない」

「やはりそうか。ブラックホール単体ならまだしも、連星になっている褐色矮星の影響も無視できないからな。モデルも一気に複雑になるな。働いている重力のバランスを下手に変えると予想外の軌道をとる可能性もある」

「その通りだ。だから悩ましい。厳密なシミュレーションをやっている余裕もないからな。この増設が上手くいって、少しでも演算パワーが増えてくれると助かるが、それでも焼け石に水かもしれん」


会話を聞いている限りでは、状況はあまり良くないようだ。さりとて、俺たちが何かできる話ではない。ここはアカデミー研究課程の天才たちに委ねるしかなさそうだ。


「負荷率95%で安定。この状態で通信回線の帯域は76%消費しています」


ジョージが言う。


「大丈夫そうだな。こちら側との連携にも問題はなさそうだ。ユイ・・の演算能力は、これで1.6倍くらいにはなるだろう。そちらで集めたデータの前処理を全部任せられる」

「デイブさん。それでは、実際の処理に組み込んでよろしいですか?」


そう言ったのはユイだ。


「よし、やってくれ」

「了解しました。ユニットXA001からXH255までをデータ処理系に接続。センサー衛星からのデータ処理を開始します」

「よし、こちらでも確認した。あとは、どんどんデータを送ってくれ。こっちでも、出来るだけのことはしてみよう。また連絡する。今は少し休んでおいてくれ」

「了解だ。待ってるぞ」


フランク先生がそう言うと通信が切れた。


「とりあえず、あとは様子見だ。このまま通常シフトに戻して交代で見張りを続けるぞ。エイブラムスは休んでくれ。ご苦労だった」

「了解です」


とりあえず、あと数時間は俺たちの当直だ。居る場所が居る場所だけに気は抜けない。この位置では、連星系の重力変動の影響を受けて軌道が大きく変化する。800年ほど前にアインシュタインが水星の軌道のずれを太陽の重力による空間の歪みによって説明したとおり、重力が強い場所ではニュートン力学は成り立たない。ましてや、ブラックホール、それに褐色矮星の連星系が発生させる空間の歪みは時々刻々変化するから、常に補正が必要となるのである。もちろん、それらの多くはフライトコンピュータが自動的に対応してくれるが、変動が大きくなりすぎると対応が難しくなる可能性もある。それがいつ発生するかもわからないので、少なくともすぐに対処出来るようにしておかなければいけないのだ。


「沢村。映像を出せるか?」

「はい、サラウンドにしますか?」

「そうだな、やってくれ」


先生がそう言うと、俺たちはまた星空の中に浮かぶ。薄暗い褐色矮星の姿はこの距離ではまだはっきりとしない。


「感度を上げて対象を拡大してみてくれ」

「了解。拡大します」


ケイが言うのと同時に、視界の一部が拡大され、褐色矮星が大写しになる。なんとも不気味な姿だ。しかもその姿は大きく歪んでいる。その端からガスが流れ出し、渦を巻いて黒い点に吸い込まれている。それがブラックホールだ。


「実際にこうして見ると不気味なものだな」


先生がつぶやく。


「倍率を戻して、軌道を表示してみてくれないか」

「了解。現時点で計算済みの軌道要素から表示します」


黒色矮星の姿がまた小さくなって、二つの軌道が表示される。軌道は複雑に絡み合っている。


「複雑ですね」

「ああ、軌道が安定していないな。これを見ても、この二つが最近出会ったという仮説が正しいように思える。しかし・・・」

「どうしました?」

「いや、ちょっと気になることがあるんだが、沢村、この軌道の変化をどこまで予測できる?」

「えっと、変動要素がかなり大きいので、60時間先くらいまでが限界です。それでも、最大30%程度の誤差が生じます」

「ブラックホール中心の座標で褐色矮星の60時間後の軌道を出せるか」

「可能です。表示します。赤が中心線、黄色が予測誤差の範囲です」


視界の中央にパネルが開き、そこにブラックホールを基準にした楕円軌道が赤で描き出される。その周囲を雲のように黄色い部分がとりまいている。


「うむ、やはりな・・」

「何がですか?」

「この黄色い範囲を見ろ。褐色矮星の軌道がブラックホールに近づきすぎるんだ。もちろん、最悪のケースだが、ここまで近づくと、ロシュ限界を超えてしまう可能性がある」

「つまり、褐色矮星が崩壊すると?」

「そうだ。この領域では潮汐力が褐色矮星自身をまとめている重力を上回る。それにより、褐色矮星の大気が不安定になり、一気に崩壊が始まってしまう。そうなったら褐色矮星はブラックホールに飲み込まれてしまうだろう」

「大惨事ということですか」

「そのとおりだ。そうなれば、ブラックホールの降着円盤が極度に過熱されることでジェットが発生し、同時にガンマ線バーストなど、破壊的なエネルギーが放出される。それに巻き込まれたら我々も無事じゃすまない。それに・・」

「それに?」

「これも不確定だが、ジェットが太陽系中心方向に向く可能性も否定できない。そうなれば、太陽系内の惑星や地球に被害が及ぶ可能性が高い」

「えー、それって、めちゃくちゃヤバいんじゃ・・・」

「そうだ。もちろん最悪のケースだがな。でも、そうなったら対策は間に合わない。ガンマ線は一年程度で惑星領域まで到達する。その後を追って数年後に大量の荷電粒子が襲ってくる。宇宙都市を防護することは可能だろう。だが、地球など惑星上の都市全体を守ることは難しい。まして、惑星そのものを守るのは不可能だ。少なくとも地球の環境は激変してしまうだろうな」

「もし起きたら恐竜滅亡クラスの大惨事ですよね」

「そうだ。しかし、まずは予測の精度を上げないといけない。ユイ、聞いているか?」

「はい、フランク先生。事態は認識しています。最悪の可能性がある点についてはユイも支持します」

「この情報を本隊と共有してくれ。早急にシミュレーションが必要だ」

「了解しました。ただちに共有します」


今のままでも、太陽系にとっては災厄級の危機だ。しかし、先生の仮説が正しければ、対処のための時間的な余裕もほとんどなくなってしまう。たとえ、この連星系の軌道を変えることが出来たとしても、人類に対しては破壊的な影響が出てしまう。だが、そうだとして俺たちに何が出来るのか。


「先生、俺たちはどうすれば・・・」

「ここから逃げたとして、L2に戻っても、いずれは太陽系には居られなくなっちゃうんですよね」


ケイが情けない声で言う。


「今の時点で出来ることはない。まずは、本隊側でもっと精度のいい予測を出してもらう必要がある。すべてはそれからだ」

「それから、と言っても何か出来るんですか?」

「分からん。でも、まだ諦めるのは早いぞ。何か出来ることがあるはずだ」


先生はそう言うのだが、おそらく出来ることは相当限られてしまうだろう。そもそも、本隊もそんな事態は想定していない。合流出来たとしても何が出来ると言うのだろう。考えれば考えるほど最悪の事態しか思い浮かばない。


「美月たちを起こしますか?」

「いや、今起こしても不安を与えるだけだ。次のシフト交代の時に私が話をしよう。それまでにもう少し情報が得られるだろうからな」


先生の言うとおりだ。この話を聞いてしまえば、気になって眠ることも出来なくなってしまうだろう。何かすることが出来るなら、その時まで体力は温存すべきだ。何か出来るならば・・・だが・・。それから、しばらくの間、コックピット内に沈黙が訪れた。


         ◇


「先生、ヘラクレス3から通信です」

「わかった。映像で共有してくれ」


長い沈黙がケイの声で破られる。開いた画面には、ヘラクレス3のブリッジにいるデイブさんの姿が映し出された。


「フランク、俺だ。えらいことになったな。連絡をもらって、すぐにシミュレーションをして見た。お前の推測は正しいぞ。遅かれ早かれ褐色矮星は潮汐崩壊することになりそうだ」

「それで、猶予はどれくらいだ」

「まだ誤差が大きいが、これまで集めたデータを総合して計算すると、今から62時間24分プラスマイナス86分と出た。俺たちの到着予定時間からおよそ16時間といったところだ」

「16時間か。ほとんど猶予がないな。で、対策は?」

「問題はそこだ。そもそも、こっちの装備は重力遮蔽による軌道変更を前提としている。ガンマ線や粒子線のシールドは困難だ。もちろん今から用意してもまったく間に合わない。とりあえず、アカデミー側でも非番の研究者までたたき起こして頭をひねっているが、惑星評議会は最悪の事態に備えて緊急会合を招集したようだ」

「最悪の事態なんて言葉で言えないほど最悪だがな。しかし、よほど奇想天外な策でも考えないと対処は難しいな」

「ま、悪い方に考えればキリがないさ。対策はアカデミーの頭のおかしな連中に任せて、とりあえず俺たちは予定通り合流だ。奴らも対策はそれを前提に考えているはずだから、その前提は崩せないしな」

「そうだな。それまでせいぜい鋭気を養っておくか」

「ああ、合流したらしばらくは休憩なんか取れないからな。そっちのひよっこたちも十分休ませておいてくれ」

「わかった。無事合流出来ることを祈ってるぞ」

「こっちもだ。それじゃ、また」


デイブさんがそう言うと通信が切れた。


「さて、とりあえず今、我々に出来ることは、データ収集を続けることだけだ。まだ本隊の到着までには二日近くかかる。私もその間に少し対応を考えて見るが、君たちも何かアイデアがあれば言ってくれ。どんな奇想天外なものでもいい。あらゆる可能性を検討したいからな」


先生はそう言うが、俺たちがどれだけ頭をひねっても、たいしたアイデアなんか出てこないだろう。とは言え、先生がそう言わなければならないほど、状況は切迫しているということだ。しかし、そもそも軌道変更すらままならない相手に対して何が出来るというのだろうか。


「先生、ジェットやガンマ線が太陽の方を向かないように軌道を変えることってできないですか?」


ケイが珍しく真面目な顔をして言う。


「もう少し時間があれば、それも考えられるんだが、本隊到着後、すぐに準備しても軌道制御を開始するまでには数時間かかる。それから始めても、軌道はほとんど変えられないだろうな。それに、褐色矮星が崩壊してブラックホールに吸収され始めれば、その放射でシールド発生機は破壊されてしまうだろう」

「そっかぁ。うーん・・・」


ケイは下を向いて黙り込む。そもそも、このミッションで考えられていたのは、太陽や銀河系の他の星が褐色矮星に及ぼす重力をシールドで偏向することで、間接的に軌道を変化させようという消極的な方法だ。しかも、当初の前提にブラックホールの存在は含まれていない。これだけの大質量を相手に、その状態を直接的に変えるようなパワーを人類は持ち得ていないのである。今、L2ではアカデミー研究部門が総力を挙げて対策を考えているはずだ。今は彼らに望みを託すしかないだろう。


「まぁ、そう落ち込むな。どんなアイデアでも出し合っている間に何か方法が見つかる可能性もある。諦めたらそれで終わりだ」

「そうですね。とりあえず、何か考えてみます」


それからの数時間、俺たちは様々なアイデアを出し合い、それを議論した。だが、どれも有効な対策になり得なかったり、そもそも非現実的なものだったりして、なかなか前に進まない。ただ、その作業は、この絶望的な状況下での不安を和らげるには効果的だった。だが、そうしている間に、だんだんアイデアも枯渇する。そろそろ限界・・と思った頃に、休憩していたメンバーがコックピットに戻って来た。


「ケンジ、居眠りしてなかったでしょうね」


何も知らない美月は、いつものように悪態をつくのだが、俺にはもう反撃する元気も残っていない。


「皆さん、なんだか顔色が良くないですよ」


マリナが心配そうに言う。


「諸君、聞いてくれ」


フランク先生が手短に状況を説明する。話が進むにつれ、メンバーの顔色が変わっていくのがわかる。


「さて、状況は非常に厳しい。だが、我々は諦めるわけにはいかん。これから次の交代までの間、今度は君たちがあれこれアイデアを出してみてくれ」

「最悪の状況ね。アイデアを出せと言われても、何か思いつけるような気がしないわ」

「ですが、先生がおっしゃるとおり、諦めないで考え続けるしかないんじゃないでしょうか」

「そうだね。ダメもとで頭を絞ってみよう」

「シミュレーションが必要ならモデリングは任せてほしい」


そんな感じで、不毛にも見える努力は、美月たちに引き継がれ、俺とケイは疲れ切って船室へ向かう。とりあえず狭いベッドに入ったのはいいが、なかなか寝付けない。


「ケンジ、寝てる?」

「いや、なんだか目がさえて眠れないな。疲れてはいるんだが」

「だね~。まぁ、あんな話聞いたら眠れないよね。いっそ、サラウンドにして見る?」

「そうだな。ついでに重力も切るか。そのほうが力が抜けそうだ」

「いいね、やろやろ」


そんな感じで俺たちは、サラウンドモードに切り替えて、部屋の人工重力を切る。こうすることで、俺たちは宇宙を浮遊しているような感覚になれるのである。ただ、単に無重力にしただけだと危ないので、シートホールドと同じ制御を弱くかけて身体が激しく壁などにぶつからないようにする。これは宇宙船乗りの特権とも言える休み方なのだが、目の前に例の怪物が見えているこの状況は、かなり不気味である。


「こうして見ると、やっぱり不気味だよね。このまま吸い込まれてしまいそうな気分になるよ」


ケイも同じ事を考えているようだ。


「やっぱりサラウンドは切るか?」

「このままでいいよ。実際、あれが無くなるわけじゃないから、むしろ見えていた方が安心な気がするし」

「そうか。それならいいが・・・」


俺は、意識を怪物から反対側の星空に向けて、身体の力を抜く。目をつぶるということができないサラウンドモードでは、これが唯一の抵抗だ。このまま寝てしまえば、サラウンドは自動的に切れてくれる。それでも身体は浮いたままだ。目が覚めた時、これが夢だったらな・・・。そんなことを思いながら、いつしか俺は意識を失っていた。


                ◇


「お兄ちゃん、すごーい」

「こら、沙依、そんなに引っ張ったら危な・・・」


そんな俺の言うことを無視して、沙依は思い切り綱を引っ張る。これは昔の夢か。俺たちは、今、巨大なドームの中に、互いを弾力のある綱で縛った状態で浮かんでいる。これは遊園地のアトラクション。小学校の頃によく行った。重力が消されたドームの中で、綱の張力にまかせて浮遊するのだが、綱を強く引くと、その反動で身体は予想がつかない動きをしてしまう。ゆったりと浮かんでいることも出来るが、一旦暴れてしまえばもう収拾がつかなくなる。そして、沙依は喜々としてそれを楽しんでいる。だが、繋がれている俺はたまったものではない。


「止めてくれ、目が回る」


俺の半分くらいしか体重がない沙依は俺の周囲を回って遊んでいるのだが、それに振り回されている俺は、不規則な動きで酔いそうになる。


「お兄ちゃんも引っ張ってよ。もうちょっと近くで遊ぼうよ」


沙依は綱をたぐり寄せて近づいてくるのだが、当然、それにつれて回転のスピードは上がる。いわゆる角運動量保存の法則だ。


「お兄ちゃん、手を出して」


沙依が伸ばした手を掴んで引き寄せると回転は一層速くなる。


「えへへ。お兄ちゃん、大好き」


そう言って沙依は俺に抱きついてくる。そして一緒になってきりもみ状態だ。こいつは、こんな頃からブラコンだった。だが、こうベタベタされてしまうと、俺の方が周囲からシスコン扱いされてしまう。実際、小学校から中学まで、女子たちが俺を見る目は、ちょっと冷たかった。


「こら、離れろ」


そう言って俺は沙依を引き剥がす。その瞬間、自由になった沙依は勢いよく離れていくのだが、やがて綱が伸びきって、俺も引っ張られてしまうのである。それを4、5回も繰り返すと、もう限界だ。俺は沙依を引き寄せると、操作パネルで終了ボタンを押す。こうすることで、牽引ビームが俺たちを捕まえて着地させてくれるのである。着地しても、沙依はまだ俺に抱きついたままだ。柔らかい感触。なんとなく甘酸っぱい気持になる。妹相手に危険な感覚だ。だが、もう少し・・・。そう思った瞬間に覚めてしまうのが夢である。


気がつくと俺は空虚な船室に浮かんでいた。だが、柔らかい感触はまだ・・。


「うわっ。ケ、ケイ・・・」

「おはよう、ケンジ。抱き心地はどうかな?」


俺が抱きしめていたのは、どうやら沙依では無くケイだったらしい。なんということだ。またしても、俺は不覚を取ってしまったのか。


「なかなか情熱的だったよ、ケンジ」

「こ、これは事故だ。ちょっと変な夢を見てだな・・・」


俺は慌ててケイから離れようとするが、今度はケイが抱きついてくる。その弾みで、俺たちはコマのように回転を始める。


「おい、止めろ。危ないだろ」


俺がそう言った時、船室のドアが開いた。


「なーにやってんのかな・・・あんたたち」


戸口に立っていたのは、怖い顔をした美月だった。これは最悪だ・・・。


「み、美月、これは・・」


言い訳をしようとした次の瞬間、俺たちは床に落下した。部屋の無重力状態は、誰かが外から入ってくると自動的にキャンセルされる。もちろん、いきなり1Gにはならず、段階的に重力が戻るのだが、なにぶん緊急動作だから、ちょっとハードな着地になってしまう。俺とケイは、からみあったまま床に落下した。


「いたた。大丈夫か、ケイ」


流石に、女の子の上に落ちるのは気が引けるので、とっさに身体をひねって下側になったのだが、そのぶんショックが大きい。それに、結果的に、いやあくまで結果的にだが、俺の上にかぶさったケイを受け止めようとした俺の手は、ケイのやわらかい部分に・・・・。


「ケンジ、それはちょっと大丈夫じゃないかも・・・」

「あ、す、すまん」


俺は慌てて手をどけようとするが、結果的にケイを抱きしめてしまうことになる。まぁ、その後の顛末は語るまでもないだろう。いつものことだが、美月の非難は俺に集中し、コックピットに戻った俺の顔には小さな手形がついていたのである。


そして引き継ぎの間、コックピットにはちょっと不穏な空気が流れていた。


「よし、ここまでの状況を整理しておくぞ。全員、情報共有してくれ。サラウンドでいこう」


先生がそう言うと、俺たちはあの怪物がいる空間に浮かんだ状態になる。もちろん、通常の倍率では、薄暗い褐色矮星の姿が遠くに見えるだけだ。しかし、その脇には見えない怪物が潜んでいるのである。


「ユイ、最新の軌道シミュレーションの結果を出してくれないか」

「了解しました。現時点から57時間後までの予想される軌跡を表示します」


ユイがそう言うと、前方にパネルが開いて、そこに褐色矮星とブラックホールの軌道が表示される。


「現在の軌道周期は5.56時間プラスマイナス0.23時間と推定されます。相互の距離は近地点で約40光秒、遠地点で3光分の楕円軌道ですが、近地点は不規則に変動しています」


褐色矮星は、ユイが言うようにブラックホールの周囲に楕円軌道を描いて回っている。正確に言えば、共通の重心のまわりを回っているので、ブラックホールの側も小刻みに動いているのである。ちょうど、夢の中での俺と沙依みたいな感じだ。


「このあと10周期目が問題となります。この赤で表示した領域の表面が、褐色矮星のロシュ限界と推定されますが、10周期目の近地点で、褐色矮星の軌道がこれと接触します」


褐色矮星はブラックホールの周囲にある赤い球面に接近していき、軌道がそれと交差する。この時点で褐色矮星の命運は尽きるというわけだ。夢の中で俺は抱きついてきた沙依を突き放したが、この場合はそうはいかない。そして破局を迎えるのだ。


「少なくとも、これで褐色矮星の崩壊は確実になったわけだな。それで、対策の検討状況はどうだ?」

「はい。アカデミーでは、対策方法を数種類選んでシミュレーションを繰り返していますが、まだ十分な結果を得る方法は見つかっていません」

「やはりそうか。この数時間、我々も可能性を探ってきたが、どの方法も時間や資材が不足してしまう。何か、根本的に発想を変えないといけないのだろうが・・・。それで、本隊の状況はどうだ?」

「本隊の第一派は、現在、ここからおよそ0.3光年の距離を航行中です。ここから先の減速を考慮する必要があり正確には出せませんが、到着はおよそ30時間から35時間後となります。予定よりも、5時間以上は早く到着できそうです」

「そうすると、猶予は20時間ちょっと、ということになるな。時間が限られていることには変わりないが」


先生はそう言うとちょっと考え込む。俺たちはそれを無言で見ているしかない。


「先生。ブラックホールのエルゴ領域へ褐色矮星を誘導することは出来ないんですか?うまく行けば加速して弾き飛ばせるんじゃ」


ジョージが言う。


「それも考えたが、ブラックホールが小さすぎて、エルゴ領域は事象の地平線に極めて近い。そこへ到達する前にロシュ限界を超えてしまうから無理だな」

「たしかに。褐色矮星がブラックホール周辺の空間に引きずられて弾き飛ばされれば、その反動でブラックホールの軌道も変わるんじゃないかと思ったんですが、やっぱり無理ですね」

「とりあえず、ギリギリまで頭を絞るしかなさそうだ。焦っても仕方が無い。ここは少しリラックスして考えることにしよう」

「先生、そんな悠長な感じでいいんですか?」


ケイが言う。


「こんな時に色ぼけてるあんたが言う?」


美月が食いつくが、ここで俺は反応できない。下手なことを言えば藪蛇だ。


「だってさ、この先どうなるかわかんないじゃん。休憩時間くらい楽しいことしないとさ。ああ、褐色矮星みたいに私もケンジと一つになりたいな」

「言ってなさい。どのみちあんたは戦力外なんだから、せめて邪魔しないでよね」

「美月も、それくらいにしておけよ。あれは俺が悪いんだ。変な夢見て無意識にやってしまったんだから」

「ふん、怪しいものよ。そもそも、どんな夢見たらあんなことになるのかしらね」

「いや、子供の頃に妹と遊びに行った時の夢なんだが」

「妹って、あんた沙依ちゃんと何してたわけ?このシスコン!」

「何してたって、遊園地のアトラクションで遊んでた夢だよ。ほらスペースバンジーって、知らないか?」

「知らないわよ、そんな低俗なアトラクション。だいたい・・・」


そう言いかけて美月は一瞬口ごもる。


「ケンジ、それって・・・」

「無重力ドームの中で・・・・」


言葉にする前に、既に相手の考えが理解できているような不思議な感覚。これも抽象思考の交換なのだろうか。


「やっぱり、あんた沙依ちゃんに抱きつかれて嬉しかったのよね」

「ちが・・・」


いや、言葉で否定しても、もう夢の中身はすべて伝わってしまっている。まずい、このままでは美月の中の俺にシスコンフラグが立ってしまう。


「いいわ、今はそんなことは重要じゃないの。それよりケンジ、あんたその夢を見て何か思いつかない?」

「何か・・・って。おい、もしかして・・・」

「そうよ。これってヒントじゃないのかしら」

「そうか。でも、どうすれば・・・」

「ねぇ、何言ってるんだかまったく分からないんだけど、説明してくれないかな」


ケイが言う。たしかに、会話だけ聞いている人には何がなんだか分からないだろう。だが、説明する前にもう少し考えをまとめる必要がある。


「ユイ、今の考えは理解できるか?」

「はい。非常に興味深いです。ただちにシミュレーションすることを進言します」

「中井、私にも説明してくれないか。何か方法を考えついたのか」


先生が言う。


「手短に言うと、ブラックホールと褐色矮星を結びつけている重力を一時的に阻害したらどうなるかという話です。二つは互いの重心の周りを回っていますが、それは重力で引き合っているからで、それが切れてしまえば、両方ともに、その時の軌道の接線方向へ飛んでいくんじゃないかと。ただ、現実に可能かどうか・・」

「そうか、投石機の原理だな。その手があったか。それならシールド発生機を使って出来る可能性があるな。条件はかなり厳しいものになりそうだが、試してみる価値はある。よし、ユイ、その方法を本隊に連絡してシミュレーションを開始してもらってくれ」

「了解しました。この件をデイブさんに進言します」


偶然見た夢から意外な展開になってきた。いや、そもそもあの夢自体、何かの影響を受けて見たものなのだろうか。


「とりあえず、後は本隊待ちだな。星野たちは交代して休憩してくれ。但し、場合によってはすぐ対応が必要になるから、その時は戻ってもらう。一応その準備をして休んでくれ」

「了解しました」

「じゃ、お休みー、ごゆっくりー」


そう言うケイを無言で睨んだ美月だったが、そのまま船室のほうへ消えていった。それからしばらくはまた何もすることのない時間が流れた。退屈な、と表現出来るほどの気持の余裕は無い。危機的な状況にありながらも待つしかない歯がゆさを紛らわせることもできない。時間の流れが次第にゆっくりになって、やがて止まってしまいそうに思えるのである。


「ケンジ、お茶入れるけど飲む? 先生もいかがですか」


突然、ケイが言う。気分転換には悪くない。


「ああ、頼むよ。ありがとう」

「そうだな。私もいただこう」

「オッケーです。ちょっとお待ちを!」


ケイはそう言うと船室の方へ向かい、しばらくするとトレイにお茶のカップを乗せて帰ってきた。


「はい、先生どうぞ」

「ありがとう」

「ケンジもね」

「ありがとう」

「どういたしまして」


俺はケイが入れてくれたお茶を一口飲む。


「ところで、先生。ケンジたちが言ってたような事って、本当に出来るんですか?」

「そうだな。可能性については、現時点ではなんとも言えない。相手は強大な重力を持ったブラックホールと恒星のなり損ないだ。過去にそんな大きな重力を制御した例は無いからな。ただ、それを言えば、もともと今回の作戦そのものも同じだ。制御方法が変わっただけ、という見方も出来る。ただ・・」

「ただ?」

「もともと、褐色矮星一つを相手に、ある程度距離を取って重力を遮蔽する計画だったから、シールド発生機やそれにエネルギーを供給する船は、ある程度安全な場所に配置できる予定だった。だが、今考えている方法は違う。ブラックホールと褐色矮星の間に割り込む形で発生機を配置しなくてはいけなくなるから、当然、各船の配置もかなり両者に近い位置にならざるを得ない。良くて危険領域ぎりぎり、といった感じだ」

「つまり、うまく行くとしても、かなり際どい作戦になるってことかぁ」

「そうだ。でも、今はこの方法に賭けるしか無いがな」

「そう言う意味では、早くシミュレーションの結果が知りたいですね」

「そうだな。可否だけでも知りたいところだが、今は待つしかないだろう」


先生がそう言った直後、軽いサイン音が響く。


「噂をすれば・・・ですね。先生、ヘラクレス3から通信です」

「よし、共有してくれ」

「了解、共有します」


ケイがそう言うと、コックピットの前方に通信パネルが開き、そこにヘラクレス3のブリッジにいるデイブさんの姿が映し出された。


「デイブか。状況はどうだ?」


挨拶抜きで先生が言う。流石の先生も待ちくたびれていたようだ。


「待たせたな、フランク。しかし、とんでもないことを考えたものだ。仰天したぞ」

「で、結果はどう出た?」

「まぁ、焦るな。シミュレーションの結果は悪くない。まだ誤差は大きいが、作戦は可能だと判断された。あとは、そっちに着くまでにできるだけデータを揃えて精度を上げる」

「船の配置はどうなるんだ?」

「それだがな。これを見てくれ」


デイブさんがそう言うと、別のパネルが開いて立体図が表示される。そこには、連星系の軌道と、シールド発生機や船の配置と思われる点が表示されている。


「黄色いのがシールド発生機。青がエネルギー供給船だ。これが最終的な配置だが、時系列で出してみるぞ」


表示が変わり、作業開始時点からの動きが早送りで表示される。


「褐色矮星が遠地点に達したところで、シールド発生機を内側の軌道に順次送り込む。そのまま、褐色矮星の動きに追従する形で、近地点の手前で発生機群を間に割り込ませる。エネルギー供給船はあらかじめブラックホールの周囲に距離を取って配置しておき、発生機が位置に着くと同時にエネルギーの供給を開始する」

「この配置で大丈夫なのか。かなりブラックホールに近づくことになるが」

「確かにこの位置では、重力変動や潮汐の影響をもろに受ける。シールド発生機の方は、自分を防護できるだけのシールドを発生できるが、問題は船の方だ。最終的な計算結果を待つ必要があるが、供給船の3割から4割は、危険領域に入り込む可能性が高い」

「どうするつもりだ。命がけのミッションになるが。それに供給船が破壊されてしまえば、作戦は失敗するぞ」

「とりあえず、危険領域に入りそうな船は無人にして自動制御で飛ばすことにする。船の保護方法はまだ検討中だ」

「そうか、それを聞いて少し安心したぞ。そうすると問題は必要な時間だけ、船を持たせられるかどうかだな」

「そうだ。なんとか、船への影響を最小限にする軌道を見つけ出さないといけない」

「あのー、先生?」


ケイが話に割り込む。


「船を無人にするんだったら、いっそ、発生機の後につけてシールドできないんですか?」

「ケイ、そんな単純な話じゃ・・・」

「いや、それはいい考えかもしれんぞ」


俺の言葉を遮ってデイブさんが言う。


「俺たちはこれまで船を出来るだけ星から遠ざけることを前提に考えてきたわけだが、それは乗組員の安全を考えてのことだ。まぁ、船の値段はおいといて、人命のリスクがないのなら発想を変えてもいいかもしれん」

「そうですよ。船が壊れるときは、発生機も壊れちゃうからどのみち同じですよね」


なんともはや能天気なケイである。だが、言われてみればこれは逆転の発想だ。


「そうだな。沢村の言う通りだ。私もその考えを支持するぞ」

「よし、決まりだな。早速シミュレーションをやってみよう。一隻の船がエネルギーを供給する発生機群ごとに配置を再計算するか」

「エネルギー供給に問題が生じたときのために冗長性の確保は必要だぞ」

「もちろん分かっている。それも含めて再計算する。そっちは引き続きデータの収集を続けてくれ。出来るだけシミュレーションの精度を上げたいからな」

「了解した。また状況は連絡してくれ」

「了解だ。以上」


デイブさんがそう言うと通信が切れた。


「沢村のおかげで、ずいぶん見通しが良くなったぞ」

「あはは、いやぁ先生にそう言われるとテレちゃいますよ。ケンジもちょっとは見直してくれたかなぁ」

「ああ、俺もあんな発想は持てなかった。すごいな」

「いやぁ、惚れ直した?」

「言ってろ!」


確かに、思い付いたにしても、俺にはあそこで口を挟む度胸はない。発想もさることながら、ケイの度胸というか能天気さに感謝すべきだろう。それから数時間、また俺たちは時間を持てあますことになるが、それまでに比べれば、ずいぶん気楽に過ごすことができたのである。

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