第10話 初めての・・・

「まもなくワープエントリーゾーンFの境界エリアに入ります」


ケイが叫ぶ。いよいよワープである。附属高の生徒で、これをやるのは俺たちが初めてだろう。自分が操縦する船で光速を超えるのである。リスクは承知の上だ。むしろ、それを感じている感覚が、なんとも心地いい。


「全システム異常なし。いつでもワープ可能です」


ジョージが叫ぶ。


「境界エリアに進入。あと30秒でワープ可能になります」

「よし、インターステラにコンタクト。航路申請を」

「了解。インターステラ・コントロールに航路申請を送信・・・・承認されました」

「ワープ可能エリアまであと10秒」

「ワープ許可をリクエストしろ」

「ワープ許可リクエスト・・・・許可及びエントリー座標受信」

「エントリー座標まであと15秒」

「機関始動」

「了解、機関始動。反応炉出力制限解除、いつでもいけます」

「機長席、航路設定確認。異常なし」

「副操縦士席、航路設定確認、異常なし」

「カウントダウン開始」

「10・9・8・・・・・」


前方のスクリーンの脇でカウントダウンの数字が徐々に減っていく。いよいよだ。


「2・1・ワープ!」


俺がそう言うと同時に、前方スクリーンの画像が大きく歪む。その後、色とりどりの光が流れ、船は亜空間に突入した。


「ワープエントリー完了。現在、ワープレベル0.1から加速中」

「反応炉出力、10%から上昇中。異常ありません」


これはシミュレーションでやったのと同じ。つまり、今のところ、すべてが正常に動いているということだ。


「ワープレベル1.0。現在速度を維持します」

「反応炉出力15%で安定」

「自動操縦に移行します」

「インターステラ・コントロールとの通信回線を確立。現在のコース及び速度を報告」


これで、第一段階は完了だ。俺たちの宇宙艇は光速の2倍の速度で、太陽系のはずれに向かって飛んでいる。だが、この速度では、目的地まで半年かかる計算だ。これから段階的に速度を上げていかなくてはいけない。


「よし、ここまでは問題なしだ。12時間ほどこの速度を維持しながら安定動作を確認した上で、段階的に速度を上げていく。中井とエイブラムスを残して、あとのメンバーは休息をとっておけ。二人は悪いが、私と一緒にシステムの監視だ。交代は7時間後。いいな」

「了解」


俺とジョージを残して、女子たちはコックピットを離れて後部の船室へ入っていく。コックピットにはフランク先生と俺とジョージ。


「まもなく火星軌道球面を通過します。速度、コースともに安定しています」

「反応炉も安定。出力15%。機内の各システムも異常なし」


ワープレベル1といっても、2時間もあれば、海王星軌道球面(正確には太陽を中心とする海王星の平均距離を半径とする球面)を越えて、惑星の領域を抜け出す速度だ。通常空間と違って小天体などの危険はないが、万一機関に不具合が生じれば、最悪、どこに飛んでいくかわからないから油断は禁物である。


「航路チャートを出してくれ」

「了解。チャートを出します」


ジョージがそう言うと、前方のスクリーンに3D表示で航路が表示される。船は、現在、太陽系の惑星公転軌道面から、およそ30度の角度で離れつつある。太陽系の惑星公転軌道面は銀河系の赤道面に対して平行ではない。銀河中心から銀河系の赤道面に沿って楕円軌道で飛んでくる褐色矮星をとらえるには、この角度が必要なのである。ちなみに、夏のこの時期、銀河中心方向にある射手座は地球の夜側、天の赤道つまり、惑星軌道面に近い位置にある。銀河赤道面はそこを中心に約60度の角度で太陽系惑星軌道面を横切っている。つまりは、それが天の川だ。現在、褐色矮星がいる方向、はくちょう座のデネブとわし座のアルタイルの中間線は、惑星公転軌道面に対して、見かけ上およそ30度の角度にあるのである。


「とりあえず順調だな。だが、気を抜くな。この船のワープ機関はプロトタイプだということを忘れるな」

「了解しました。常時モニターしておきます」


ジョージはそう答えるが、声は楽しそうだ。無理もない。いかに天才といえども、こんな機会はめったにないのだから。


「先生、L2から通信の接続要求が入ってます。たぶんユイでしょう」

「よし、許可してくれ」

「了解です。接続許可を出します」


ジョージが通信許可を出すと、さっそくユイが音声を入れてくる。


「現在のところ、特に大きな異常は見られません。ワープドライブの動作は想定範囲内ですが、事前の調整に対して若干の偏差が生じています。速度を上げるに従って増加する可能性があります。許可をいただければ補正します」

「よろしい。許可しよう」

「了解しました。補正作業を開始します。予想作業時間は43秒です」


ジョージが大きなアクビをひとつ。どうやら、ユイに仕事を取られて退屈しているようだ。


「ところでジョージさん」


いきなりユイが話しかける。どうやらジョージが退屈していることに気がついたようだ。


「なんだい?」

「ジョージさんは、私のプロジェクトの新しい演算ユニット開発に加わっていますよね」

「ああ、あれは興味深いプロジェクトだね。量子ビットの多重化率を上げて、ユニットを小型化できれば、ユイの能力も格段に上げられるだろうから」

「その件なのですが、ご存じのとおり、単に多重化率を上げるだけでは、そのまま能力向上にはつながりません」

「そうだね。演算アルゴリズムの、というよりも問題の並列性がネックになってしまうんだろ」

「そうです。その点について、ジョージさんの意見を伺って見たかったのですが」

「どうして僕なんだい? プロジェクトには他に、すごい研究者がたくさんいるのに」

「それは、ジョージさんが興味深いアイデアをお持ちのようだからです。今、ジョージさんは試作品のユニットを手元にお持ちですよね。気を悪くなさらないでいただきたいのですが、先日、そのユニットを経由して通信しようとした際に、ちょっとソフトウエアを見させていただきました」

「おっと、見られてしまってたのか。たしかに、ちょっと実験をしているけど、まだ単に思いつきのレベルに過ぎないよ」

「たしかに、まだ実装は完全ではありませんが、その発想は他の方々のものと全く違います。他の方々は、問題自体の並列性に着目して、問題に最適な並列アルゴリズムを生成するような方法を検討しているようですが、ジョージさんは、問題やアルゴリズムではなく、それらを処理する量子ニューラルネットワークそのものの効率を上げることにフォーカスしているように思えるのですが違いますか?」

「あれだけ見てそれがわかるのかい。すごいな。でも、確信があるわけじゃないよ。ただ、問題を解くのが量子ニューラルネットワークを基本としたユイのようなAIだとすれば、その能力そのものを向上させた方が結果的にいいんじゃないかと考えただけさ」

「私もその考え方には賛成します。私自身の能力を上げられることもさることながら、それが私の生みの親であるデイブさんの考え方にきわめて近いというのが最も大きな理由です」

「そっか。デイブさんも同じなんだ。実際に僕の発想は、ヘラクレス3で君の兄弟・・・でいいのかな、を見せてもらった時に生まれたものだからね。デイブさんの影響は大きいと思うよ」

「ワープドライブの補正を完了しました。もし、よろしければ、私も協力したいと思っているのです。近々、私の演算ユニットに新型のモジュールが追加されるのですが、そこのジョージさんのアルゴリズムを導入させていただけませんか」

「いいけど、あれはまだ未完成だし、手持ちのユニットは小規模すぎて、完全なテストが難しいんだよね」

「それなら・・・」


と口を挟んだのはフランク先生である。


「実は、今回のミッションに使えるかもしれない、と言うので、新型のユニットを数百セットこの船に積んであるんだ。それから、後発隊の船にも、かなりの量を用意していて、それを実際に現場でのデータ処理に使おうという話になっている」

「そうなんですか?」

「そこでだ。まず、君に、今この船にあるユニットを使って、そのアルゴリズムを完成させてもらおうと思うんだが、出来そうか?」

「環境さえあれば出来ると思います。数百ユニットあれば、基本的なセル単位の試験は可能です」

「もし、それがうまくいったら、本体のシステムに組み込んでみよう。動作確認はユイにやってもらえばいいと思う。もともとこのシステムはユイの一部として動かすつもりだったからね。いいだろう、ユイも」

「もちろんです。その話はすでにデイブさんから聞いていて、私もそこにジョージさんのアルゴリズムを入れたかったのです」

「よし、それじゃ決まりだ。船のシステムは僕が監視するから、君は、そっちの作業に取りかかってくれ。ユニットは、船室の裏の倉庫に積んである。倉庫にはそれくらいしか積んでいないから、作業場所として使うといい」

「わかりました。早速準備します。準備にしばらく時間はかかると思いますが・・・」

「張り切りすぎて無理はするなよ。ミッションの本番はまだこれからだからな」

「了解です」


そう言うと、ジョージはそそくさとコックピットを出て行った。なにやら面白そうな話になってきたようだ。ただ、ジョージが、そっちに張り切りすぎて、本来のミッションがお留守にならないか心配なのだが・・・。


「大丈夫です。私も、ジョージさんが本来のお仕事のための時間を使いすぎないようにサポートしますから」

「ああ、頼むよ」


と返事をしてから、俺は気がついた。今の心配事は頭の中で考えただけなのに・・・と。


「ユイ、もしかして今、俺の考えを読んだか?」

「ごめんなさい。ついつい読んでしまいました。ケンジさんが、ちょっと心配そうな表情でしたので」

「まぁ、俺はいいけどな。美月にはやらない方がいいぞ」

「わかりました。気をつけます」

「ところで、先生。もしかして確信犯ですか?」

「おいおい、何がだ?」

「ジョージの件ですよ。そもそも、そうでなければ、この船に演算ユニットを積む意味がないじゃないですか」

「まぁ、そんなところだ。もしかしてお前も人の心が読めるようになったのか」


そう言いながら先生は、にやりと笑う。たぶん、デイブさんも共犯、もしかしたらユイもだろう。この考えは、いましがた頭の中に浮かんだのだが、なにやら確信めいた考えになっている。いくらジョージとはいえ、最初からそんな話を持ちかけられたら、相当なプレッシャーを感じるはずだ。それを考えての作戦なんだろう。


「いえ、ただそう思っただけです」

「なかなかいいカンしてるじゃないか」

「いえ、それほどでも」


そんな会話をしている間に、すでに船は木星軌道球面を通過している。あと1時間半もすれば、海王星の軌道球面も越えてしまうだろう。これより外の領域には、惑星になりそこねた小天体や彗星などがあるだけである。ちなみに、700年ほど前、惑星から降格されてしまった冥王星もそれらの仲間である。そこでは太陽はもはや明るい星にしか見えなくなっているだろう。しかし、そんな速度でも目的地までには半年かかってしまうから、太陽系の外縁がいかに遠いかを実感する。それでも最も近い恒星までの距離の四分の一しかない。ワープ航法が開発されるまでは、太陽系の端へいくことすら空想の世界だった。実際、あと数時間もすれば、700年ちょっと前に地球を飛び立った探査機を追い抜いてしまう距離に達する。だが、これは慣らし運転に過ぎない。機関の安定が確認できれば、段階的に速度を上げていく。ワープレベルがひとつ上がるたびに速度は2倍になる。最終目標速度であるレベル8に到達すれば、目的地まで1日ちょっとで飛んでしまうのである。3,4日あれば、隣のプロキシマ・ケンタウリ星系まで行ける速度だ。この船の設計上の最高速度、レベル12ならば、それも、ほんの数時間で飛んでしまう。考えるだけで、ちょっと気が遠くなりそうだ。俺は、もう一度航路をチェックする。


「現在のところ、航路に異常はありません。自動操縦も正常に機能しています」

「機関も問題なさそうだな。このぶんなら、少し予定を繰り上げて、速度を上げてもいいかもしれんな。どう思う、ユイ」

「私も同意します。早めに速度を上げて、また微調整をするのがいいでしょう」

「よし、それじゃ次に全員が揃ったタイミングで速度を上げることにしよう。それまでの間は、問題が起きないか、注意深く監視しておこう」

「了解です」


このぶんだと、ちょっと予定は早まりそうだ。もちろん、この先、異常が起きなければだが。あと6時間ほどの間、今の調子で船のシステムを監視しているのは、かなり退屈なことになりそうである。


「中井、何もないからって、居眠りするなよ。緊張感を保つのも訓練だからな」


俺の心を読んだように、フランクが言う。


「わかってます。問題ありません」


俺は、とりあえずそう答えた。



それから退屈な数時間が過ぎていった。俺たちの船は特に問題もなく、既に太陽系の惑星圏を抜け出している。惑星軌道面から離れたこのあたりは、比較的空虚な空間だ。惑星軌道面ならば、いわゆるカイパーベルトのどまんなかあたりになるだろう。このまま、もう少し飛べば、太陽系を取り巻く球状の「オールトの雲」の端に到達するはずだ。そこは、長周期彗星の故郷である。ここから太陽系に落ちてくる彗星は、数千年レベルの長周期になるか、太陽や惑星の重力によって加速されて双曲線軌道を描き、二度と戻ってこない。オールトの雲は、そのあたりから、ほぼ1光年ほどの厚みを持つと言われている。今回の目的地は、その少し先である。かつて、小さな恒星か褐色矮星が太陽系をかすめたことがあり、それが原因で、大量の彗星や小惑星が太陽系の内側に落ちてきた。そのひとつが地球に衝突して恐竜が絶滅したと言われている。かすめただけでも、そんな影響がある星が、太陽系の中を横切ったら何が起きるかは容易に想像がつく。彗星や小惑星ならば、今の技術で衝突を防ぐこともできる。だが、太陽系の重力バランス全体が崩れてしまえば大騒ぎだ。かつて、太陽系の内側にあった天王星や海王星は、土星と木星の軌道共鳴(軌道公転周期がある比率になると、重力干渉が発生して周囲の惑星に影響をもたらす現象)の影響で今の位置に飛ばされたという説もある。カイパーベルト天体の多くが同様に、かつてはもっと内側にいたと言われているが、惑星の重力バランスが今の状態に落ち着く過程で、外に飛ばされたようだ。長い混沌を経てようやく安定した太陽系のバランスが一度乱れたら、我々にはもうどうしようもない。地球も、はるか遠くへ飛ばされて凍った惑星になってしまうか、もしくは太陽に近づいて灼熱の惑星になってしまう可能性があるのだ。とりあえず、そんなことにならないようにしよう、というのが俺たちのミッションなのである。


この数時間、俺はそんなことを考えながら退屈を紛らわしていた。何度か居眠りしそうになったが、どうにか持ちこたえた。ジョージはあれから倉庫にこもったきりである。たぶん、ユイもそっちを手伝っているのだろう。あれから、コックピットには出てきていない。はたして、作業は進んでいるのだろうか。いずれにせよ、そろそろ交代時間だから、あとで様子を見に行くとしよう。その前に、ワープ速度を一段階上げるという作業が待っているから、先に戻ってくるかもしれないが。


「お疲れ様です。フランク先生とケンジ君、体調はいかがですか?」


マリナがコックピットに戻ってきた。さすが、一番乗りである。


「ジョージ君の姿が見えないようですが・・・」

「ああ、ジョージは先生に宿題をもらって、倉庫で格闘中だよ」

「倉庫ですか。一人で大丈夫でしょうか」

「多分、夢中で作業をしてると思うから、後で見てくるよ」


そんな会話をしている間に、サムが姿を現す。やはり、最後は美月かケイのどちらかだ。寝坊しなければいいのだが・・・。そう思っていると、美月が眠そうな顔をして現れた。髪にちょっと寝癖が残っている。


「ケンジ、ちゃんと仕事してたわよね。居眠りとかしてなかったでしょうね」

「するわけないだろ。お前こそ寝癖が残ってるぞ」


まったく、一言多い奴だ。いきなりの悪口雑言には慣れているのだが、疲れているときは、ちょっとムカかつく。


「寝癖なんて・・・・」


だるそうに、そう言いながら、美月は髪に手をやる。


「おはよぉ。できたらもうしばらく寝かせてほしいんだけどなぁ」


最後にケイがやってきた。ぎりぎり遅刻は回避できたようだ。しかし、頭の寝癖は美月どころではない。ショートヘアなので、特に目立ってしまうのだが。


「あんたねぇ。もうちょっと、しゃきっとしなさいよ。何、その頭。寝癖だらけじゃない」


自分のことを棚に上げて、美月が早速突っ込みを入れる。まぁ、これもいつもの風景。まぁ、狭い船室のベッドでは熟睡できるはずもないから無理もない。だが、女子的には、もうすこし見た目を意識してほしいところだ。そういう意味では、マリナとサムはそつがない。本来、そっちが普通なのだが、どうもこのチームにいると、美月やケイが普通のような感覚になってしまうから、要注意だ。


「あー、寝癖がつきやすい髪質なのよねぇ。シャワーでも浴びられたらいいんだけどさぁ」


ケイは眠そうに、頭に手をやる。そもそも、こいつらは、ここに男子がいることなど、まったく気にしていない。少しくらいは意識してほしいものだ。


「よし、全員揃ったな。船の中じゃ、あまり休めなかっただろうが、ちょっと気合いを入れ直して話を聞いてくれ」


フランクが言う。


「ここまでの航行は問題なく推移している。そこで、予定を少し前倒しして、これから速度を一段階上げようと思う。早めに、ワープドライブの調整が出来れば、スケジュールを前倒しできるからな。各自、持ち場について準備をしてくれ」


「了解しました。でも、ジョージはどうしますか?」

「そうだな。一旦作業を中断して、持ち場に戻ってもらおう」


フランクはそう言うと、コミュニケータでジョージを呼び出した。しばらくして、ジョージがちょっと眠そうな顔でコックピットにやってきた。


「どうだ、そっちのほうは?」

「どうにか、演算ユニットの連結が終わったところです。今、ハードウエアの自己診断を実行中なので、それが終わったらOSと基本ソフトを入れます」

「そうか。順調そうでなによりだ。これから、予定を前倒ししてスピードを上げるから、機関のモニタリングをたのむぞ」

「了解しました。ユイにも手伝ってもらいましょう」

「そうだな。ユイにはワープドライブの状態をみながら、パラメータの補正をしてもらおう」

「了解しました。速度を上げる際、一時的に通信が不安定になる可能性があります。通信が安定するまでの間の問題に対処するため、フライトコンピュータに支援プログラムをインストールしたいのですが、よろしいでしょうか」

「わかった。許可しよう」

「支援プロフラムをインストールします。情報はジョージさんのエンジニアリングコンソールに表示します」

「よし、それじゃ、まずシステムチェックからだ。エイブラムス」

「了解しました。システムチェックシーケンスを開始。フライトコンピュータは異常なし。ワープドライブ、反応炉出力15%で安定。各ステーションチェック願います」

「機長席、操縦系統チェック、異常なし」

「副操縦士席、操縦系統チェック、異常なし」

「ナビゲーター席、ナビゲーション機能チェック、異常なし。航路正常」

「通信席、通信及び情報系チェック、異常なし」

「メディカルシステムチェック、異常なし。乗員バイタル、すべて正常」

「全システム異常ありません」

「よし、こちらもすべて異常なしだ。中井、ワープ速度をレベル2まで上げてくれ。ゆっくりな。エイブラムスは機関のモニターを」

「了解。ワープ速度をレベル2まで上げます。1.1、1.2、1.3・・・」

「機関異常なし。反応炉出力18%で上昇中」

「1.5、1.6、1.7・・・・」

「機関異常なし。出力22%、上昇中」

「1.8,1.9,速度レベル2.0です」

「機関異常なし。出力25%で安定」

「よし、ユイ、繋がってるか?」

「はい。通信は安定しています。ワープドライブの調整偏差は許容範囲内ですが、次のステップに備えて、さらに補正することを推奨します」

「わかった、補正をたのむ」

「了解しました。補正します。作業時間は22秒です」


あいかわらず、ユイは手際がいい。この調子ならば、スケジュールをもっと早めても大丈夫かもしれない。


「沢村、航路の状況はどうだ」

「航路偏差は10のマイナス6乗未満で正常範囲。現在のワープ深度で航路上に障害はありません」

「よし、速度、航路ともに今の状態でロック。また8時間ほど様子を見る。その間、中井とエイブラムスは休憩を取れ」

「了解。航路、速度を現状で固定。すべて自動制御に移行します」

「ワープドライブの補正を完了しました」

「さて、それじゃジョージ、一休みさせてもらおうぜ」

「ああ、流石に疲れたよ。ユイ、僕が寝ている間、倉庫番をお願いできるかな」

「了解しました。お任せください。自己診断チェック完了後に基本ソフトウエアを導入しましょうか」

「そうだね。やってもらえると助かる」

「了解しました。それでは、ゆっくりお休みください」


なにやら、ユイとジョージはすでに意気投合しているようである。そう言えば、ヘラクレス3のコンピュータも、乗員とのコミュニケーションが得意だとデイブが言っていたのを思いだした。たぶんユイも同じなのだろう。


「それじゃ、俺たちはちょっと休ませてもらうよ。美月、あとはよろしく。居眠りするなよ」

「しないわよ。失礼ね。ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと寝てしまいなさいよね。寝坊するんじゃないわよ」

「しねーよ」


そんな会話をした後、俺たちは船室へ入り、着替えるとベッドに横になった。疲れてはいるが、ちょっと気が張っているから、なかなか眠れない。こういうときは、何か難しいことでも考えればいい。そうすればすぐに眠気が襲ってくる。そう言えばワープ航法の理論を、このまえの講義で習ったばかりだった。難解な数式もさることながら、多次元の曲がった空間を実際に頭の中でイメージすることは難しい。次元を落として考えても、結局、3次元を超えてしまうから、イメージできる範囲を超えてしまうのである。現実に、こうした空間を数式で表現するためには少なくとも10次元を必要とする。我々が認識している3次元空間は、高次元の空間に浮かんだ3次元の膜らしい。「膜」というのは、3次元以外の次元に対して厚みがない状態を言うのだそうだが、これもイメージが難しい。次元を一つ落とせば、3次元空間内に漂う二次元の面としてイメージ出来るのだが、ワープで利用する「亜空間」は、それと並行しつつ、大きく圧縮された空間である。つまり、実空間の座標と1対1で対応しながら、よりコンパクトな空間になっている。空間とその亜空間は大きく歪んだ高次元の連続体の、ひとつの断面ということも出来る。3次元空間に直交する次元、これは余剰次元と呼ばれ、複数存在しうるが、ワープに利用する余剰次元は、ある方向に進むとやがて収斂して特異点に至る特殊な空間を構成する。実空間から特異点の方向への距離をワープ深度と呼び、深度が大きくなるにつれ、その空間の実空間に対するスケールは指数関数的に小さくなる。つまり、実空間においての二点間の距離も、亜空間においてはそのスケールに応じて小さくなるのである。一方、光速は実空間スケールで一定である。従って、亜空間に潜れば、物理的な最高速度の上限は、実空間のスケールに換算してどんどん大きくなる。いかなる空間内でも光速を超えることはできないが、空間のスケールが変化することで、実質上、実空間スケールでの光速を大きく超えた速度が得られるのである。言い方を変えれば速度は同じだが距離がどんどん短くなると言うこともできる。実空間内の2点を結ぶ直線より短い経路が無限に存在するという言い方もできるだろう。我々がワープ速度と呼んでいるものは、実際には亜空間の深度に応じた距離スケールの逆数にその亜空間内での速度をかけたものである。この比率は原理的には無限の組み合わせがあるが、実際の航路では標準化されていて、亜空間内で光速の10分の1を単位にして、10分の8まで8段階の速度をもとに、それが実空間において、それぞれのワープレベルにあたる速度になるような深度の航路を選ぶことになる。同じワープレベルの速度でも、高速船はより早い速度で、浅い亜空間を航行し、低速船は、低速でより深い亜空間を航行する。もちろん深い亜空間への潜行は多くのエネルギーを要するから、低速船は結果的に、ワープ速度においても低速とならざるを得ないのである。この宇宙艇の実速度は最大ポイント5c、つまり光速の半分だが、巡航速度はポイント3cである。従って、ワープレベル1つまり光速の2倍の速度を得るならば、亜空間の巡航深度は、実空間とのスケール比が3対20つまり、約6.66倍となるような深度である。実はこの深度は、実空間のスケールに換算すれば数十ミクロンに過ぎない。つまり、実空間との間には髪の毛一本の太さほどの距離もないのである。言い換えれば、この方向の余剰次元は、それほど大きく歪んでいるということなのである。それでも、実空間の物体と直接干渉することはない。それは、実空間のすべての物体や宇宙艇自身も、この余剰次元方向の厚みがゼロだからである。ただ、重力は例外だ。重力は余剰次元方向にも拡散する。つまり、物体はないが、重力場だけは存在するのである。小惑星程度ならほとんど問題は無いが、惑星クラス、特に木星や土星クラスの巨大惑星になると飛行コースへの影響が無視できなくなる。さらに、恒星の場合は、その重力場の大きさから潮汐効果の影響が無視できなくなる。小型船はまだマシだが、ヘラクレス3のような大型船では、船体に強い力がかかるため、恒星の重力場付近の航行は避ける必要がある。最も注意が必要なのが、ブラックホールの重力場である。実空間同様、ブラックホールは亜空間でもブラックホールである。飛び込んだが最後、抜け出すことはできないし、その前に、潮汐効果でスパゲッティみたいに引き延ばされて、バラバラにされてしまうだろう。こればかりは距離を十分取って迂回するのが賢明である。まぁ、太陽系の庭先にとどまる今回のミッションではそんなものに出会うことはないはずなのだが・・・。さてさて、そんなことを考えていたら、さすがに眠くなってきた。しばらく眠るとしよう。


「先生は、休憩されなくて大丈夫なのですか?」


マリナが心配そうに言う。


「ああ、まだ大丈夫だ。もう少し様子を見てから、ちょっと仮眠させてもらうよ」

「あまり無理をなさらないでくださいね。まだ先は長いんですから」

「ありがとう。気をつけるよ」

「この先のシフトについて計画を立てた方が良さそうですね。それぞれの役割と作業量から負荷が平均化されるようにしないといけませんし」

「そうだな。予定の作業はだいたいまとめてあるから、それを元に案を作ってもらえると助かる」

「わかりました。やってみます」

「役割的には、パイロット2名は互いに補完できるから問題ないとして、エンジニアリングは私がサポートできる。ナビゲーションと通信は沢村、エドワーズでカバーできるだろうな。あとはメディカルだが・・・」

「バイタルのモニタリングは私がサポートできますよ」

「そうか、ユイがいたな。クレア君が休憩中はユイにメディカルをたのむとしよう。それと、各パートのバックアップもたのむ」

「了解しました。お任せください」


フランク先生は腕組みをして、教官席のシートにもたれかかると、ちょっと目を閉じた。流石に疲れたのだろう。無理もない。クルーが学生ばかりのミッションでは、その責任は重大である。おそらくは、休憩をとっても気は休まらないだろう。


「コース正常、航路上1光時以内に障害なし。ほんと、何もないよねぇ。これじゃ、パイロットも暇よね」

「あんたと一緒にしないで欲しいわ。これでもシステムのモニタリングは集中力がいるのよ」


ケイと美月はあいかわらず。まぁ、こんな会話でも退屈しのぎにはなるだろう。実際、何か異常でも起きない限りは、ほとんどすることが無いのは確かだ。だからといって、異常が発生すれば大事である。出発してからまだ1日も経過していないが、既に通常航行の巡航速度では太陽系の惑星軌道外縁まで数日かかる距離まで飛んでいる。ここでワープ航行に支障が出たら、自分たちで出来ることは極めて限られてしまう。まして、この先時間が過ぎれば過ぎるほど、何か起きた場合の状況は悪化するのである。もちろん辺境とは言え、まだ太陽系の中にいるのだから、救援は比較的短時間で得られるだろうが、少なくとも今回のミッションは頓挫することになる。つまり、地球にとっての貴重な時間が失われるわけだ。


「うむ、機関も今のところ安定しているようだ。それじゃ、私もちょっと休憩させてもらうが、何か問題が起きたら、すぐに呼んでくれ。遠慮はいらん」

「わかりました。ゆっくりされてください」

「大丈夫です。まかせてください」

「そういうあんたが一番危険なのよね」

「いやいや、それはお互い様じゃない?」

「それじゃ、たのむぞ」


先生は、そう言うと、コックピットを出て行った。


「よし、これで女子だけになったことだし、ガールズトークの時間ってことで」

「ふん、勝手にやってなさい」

「えー、私は美月の話が一番聞きたいんだけどなぁ。ケンジの話とか?」

「今更何を話せって言うのよ。見ての通りじゃない」

「つまんないなぁ。そこはほら、嘘でもいいから何か盛り上がる話を・・」

「・・・・」


どうやら美月はケイを無視することにしたようである。それっきり黙り込んでしまった。


「ねぇ、マリナは何かないの?面白い話」

「あ、ごめんなさい。今、先生に言われたシフトの計画を作っているので、もうちょっと待ってくださいね」

「あー、なんだかつまんないなぁ・・・」


マリナにも振られたケイは、本当につまらなさそうな顔をしてシートにもたれかかった。そして、それからしばらくの間、会話もなく時間が流れていった。そうしている間にも、船は太陽からどんどん遠ざかっている。通常空間の速度で言えば光速の4倍、毎秒120万Km弱のスピードは、地球からL2の距離を1秒ちょっとで飛んでしまう速さだ。だが、太陽系を飛び出す宇宙船の速度としては、まだまだハエが止まりそうなレベルである。この速度をもってしても、隣の恒星まで1年かかる。なるべく早く速度を上げないといけないのだが、この船の機関はプロトタイプであり、まだ十分なテストもできていない。慎重を期す必要があるのはわかるが、ちょっとストレスがたまる。役割的には、いや性格的にも恐らく、パイロットの美月が一番ストレスをためているはずだ。だが、それで美月が何かをしでかす可能性は低い。時々無茶なこともする美月だが、少なくとも無謀なことはしていない。それに、全員のストレスレベルはマリナが常にモニターしているから、異常があれば対処してくれるはずだ。


「シフトの案で、ちょっと相談があるのですが・・・」


マリナはそう言うと、仮想パネルをひとつ開いて、そこにシフト案を映し出した。


「相談って?」


暇そうにしていたケイが真っ先に反応する。


「実は、各シフトにナビゲーション、C&Iの役割ができるメンバーを割り振ろうとすると、この中から一名、男子側のチームに入ってもらう必要があるんです。ケイとサムのどちらか、ということになるのですが・・・」

「あ、それなら私が・・・」

「待ちなさいよ。あんた、どうせ何かたくらんでるでしょ」


ケイを遮って美月が話に割り込む。


「別に、何もたくらんでないけど。まぁ、ケンジと一緒のチームもいいかなと思っただけでね」

「その事を言ってるのよ。どうせまたケンジにちょっかいを出そうって魂胆なんじゃないの?」

「美月ってば、考えすぎだって。どうやってもパイロットの美月は、こっちにいないといけないし、マリナも動けない。そこは私が皆を代表して、向こう側に行くってのが、一番よくない?」

「いったい何を代表するつもりよ」

「え?もちろん女子代表。もろもろ代表して・・・ってことで。あ、そうだ。ジョージとトレードってことでどう?あいつなら役に立つでしょ」

「まぁ、あんたと比べりゃ、天地の違いくらい役に立つわね。ついでに、そうやってフランク先生も自分の側に持ってこようって魂胆も見え見えだわ」

「バレた?ケイさんの逆ハーレム作戦」

「好きなことを言ってなさい。まぁ、あんたが別チームになれば静かでいいわね」

「じゃ、私があっちってことで問題なしだね」

「言っとくけど、人の下僕に手をだすんじゃないわよ。まぁ、あいつもそれほどバカじゃないだろうけど、仕事の邪魔したら承知しないから、覚えておきなさい」

「それでは、ケイが男子チーム側のナビ兼C&I役をしてもらうということで、いいですか?」

「しょうがないわね。いいわよ」

「問題ない」

「それでは、ケイにお願いしますね。それで、このあとのシフトから移動してもらうので、ケイには、これから休憩に入ってもらいます。ちょっと休憩時間が短くなりますが、いいですか?」

「問題ないわ。ここまでほとんど寝てたみたいだし」

「あのねぇ・・・。ま、いいけど。とりあえず4時間くらいは寝られるよね。それで十分だよ」


なんともはや危なっかしい会話の末、どうやらケイは俺たちの側に決まったようである。


「それで、エンジニアリングは、やはりジョージ君にこちらに移ってもらう方がいいでしょうか」

「そうね。でも、あいつ、なにやら工作してるんじゃないの?」

「そうなんですよ。この後のミッションで重要なもののようなので、それは続けてもらいたのですが、とりあえず、スピードを上げるとか、節目のところは見てもらうとして、あとの部分はユイにバックアップをお願いできればと思いますが」

「問題ありません。機関のモニタリングは常時行っていますから、何かあればすぐにジョージさんに連絡して判断を仰げます」

「わかりました。では、よろしくお願いしますね。あと、男子チームのメディカルモニタリングもお願いします。何か異常があれば、すぐに私に連絡してください」

「了解しました。お任せください」

「それでは、これから、このシフトで12時間交代でいきましょう。ただ、交代の時間帯はそれぞれ1時間オーバーラップする形にしたいので、実際は13時間、コックピットにいることになります。ちょっときついですが、数日のことなので我慢してくださいね」

「それでも11時間は休養ができるなら十分だと思う」

「問題ないわ。男子には・・・聞くまでも無いわね」

「ありがとうございます。先生には、あとで私が伝えて了承をとっておきますね」

「それじゃ、私は休憩するね。後はよろしくっ。どうする、ジョージを起こす?」

「あ、ジョージ君は次のシフトから入ってもらいます」

「マリナってば、優しいねぇ。それじゃ、お先っ」

「あんた、寝坊なんかしたら承知しないからね」


ケイは軽く右手を振りながらコックピットを出て行った。なにやら、俺たちが寝ている間に、シフト割りが全部決まってしまったようだ。意見を言う機会を与えられないのはちょっと不満ではあるが、マリナが決めたシフトに異議はない。強いて言うならマリナも、こちら側に来てくれると嬉しかったのだが、そうしなかったのは彼女なりの遠慮だったのかもしれない。


それから数時間が何事も無く過ぎていった。交代時間となって、また全員がコックピットに勢揃いする。


「・・・・このような形でシフトを組んでみたのですが、いかがでしょう」

「問題ないんじゃないか?」

「そうだね。じゃ、僕はこのまま次のシフトまで続行かな」

「あ、ジョージ君は適当な時間で先に休憩に入ってもらい、次のシフトの頭からお願いしますね。ちょっと休憩が短くなってしまいますが・・」」

「それじゃ、僕はそれまでの間、また作業を続けるよ」


マリナが、シフトの組み合わせを説明して、全員がそれを了承する。まぁ、文句を言う奴がいるとしたら、美月くらいだろうが、今回は事前にすりあわせ済みだ。


「よし、それじゃ、全員揃ったタイミングで、また速度を上げるぞ。各自持ち場についてチェックを始めてくれ」


フランク先生の一言で、全員が持ち場に着き、いつものように順次システムチェックを実行する。


「全システム異常ありません。準備完了です」

「よし、それじゃ、速度を上げるぞ。中井、レベル3まで上げろ。ゆっくりな」

「了解。レベル3まで増速します。2.1、2.2、2.3、2.4・・・」

「機関異常なし。出力28%から上昇中」

「2.7、2.8,2.9、・・・。現在ワープレベル3」

「機関異常なし。出力32%で安定」

「現在のワープ深度で、1光時以内に障害物は検知できません」

「ワープドライブの調整偏差は計測限界以下で問題ありません。引き続きモニタリングを継続します」


ユイもすっかりクルーの一員のようだ。自分の持ち場をみつけて楽しんでいるようにも見える。船は現在、通常空間の尺度では光速の8倍で飛んでいる。


「よし、それじゃ、このままレベル4まで持って行くぞ。中井、やってくれ」

「了解。レベル4まで増速します。3.1、3.2・・・」

「機関出力35%で上昇中。出力レベルがちょっと変動していますが、許容範囲内」

「3.7・・・3.9・・・・現在ワープレベル4」

「機関出力38%。ちょっと変動が大きくなっています。まだ許容範囲内ですが」

「ユイ、変動の原因はわかるか?」


先生が尋ねる。


「スタビライザーの過剰制御のようです。この深度の空間には小さな乱れが認められます。それに適応するための制御が原因と考えられます。フィードバックのパラメータを調整すれば解消できると思います」

「この領域で空間に乱れは珍しいな。調整できるか?」

「可能です。所要時間は2分18秒」

「よし、やってくれ」

「了解しました。調整を開始します」


現在の速度は、実空間の尺度では既に光速の16倍まで上がっている。隣の恒星まで3ヶ月ほどでいける速度だ。それでも、まだまだ遅い。最終的には、さらにこの16倍、つまり光速の256倍の速度まで加速しないといけないのである。ワープレベルが一段階上がるごとに速度は2倍になる。つまり、あと4段階、レベル8が最終目標だ。ちなみに、この宇宙艇の設計乗の最高速度はレベル12、つまり、さらにまた16倍の速度、つまり光速の4096倍である。この速度だと、隣の恒星まで約8時間で飛ぶことができる。もちろん、今回はそんな速度を出す予定はない。なにせ、この機体のワープユニットは、まだプロトタイプなのである。異常動作で宇宙の迷子にはなりたくない。


「調整完了しました」

「出力安定。変動は検出限界以下です」

「よし、この調子であと2段階くらい上げたいところだが、反応炉の状態はどうだ、エイブラムス」

「はい。出力は38%で安定。レベル6でも、おそらく50%未満でしょうから、まだ十分に余裕がありそうですね」

「ユイ、君の意見はどうだ」

「ここまでの出力曲線とフィードバック曲線の状態から推定して、レベル6時の出力は48%プラスマイナス0.2%、変動値は、空間の乱れが今の状態と同じと仮定して、最悪のケースでも検出限界ぎりぎりですから問題はないでしょう」

「ふむ、あとは深部の空間が安定しているかどうかだが、こればかりは潜ってみないとなんとも言えないからな。一段階ずつ慎重にいくしかないな」


先生は、そう言うと腕組みをして少し思案する様子を見せる。


「よし、もう一段階上げるぞ。中井、準備はいいか?」

「はい、準備できています」

「それでは、レベル5に上げよう」

「ワープレベル5に増速します。4.1、4.2・・・・」

「機関出力40%から増加中」

「4.7、4.8、4.9、現在レベル5」

「機関出力43%で安定。変動は検出限界以下です」

「問題なさそうだな。よし、もう一段いくぞ。中井、レベル6に上げろ」

「了解、レベル6に増速。5.1、5.2・・・」

「機関出力45%から上昇中。また少し変動が出ていますが許容範囲内です」

「空間の乱れが大きくなっていますが、機関の自律系が変動に対応していますから、問題はありません」

「よし、続行だ」

「5.7,5.8、5.9、現在レベル6です」

「機関出力48%、変動は許容範囲内。まだ余裕あります」

「よし、これで少し様子を見よう」


先生がそう言った直後、大きなアラーム音が鳴り響いて、機体が大きく揺れた。

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