第8話 緊急ミッション

華やかなものほど、あっけなく終わり、後には余韻と、ちょっと寂しげな感覚が残る。祭りの後、昔からそういう言葉があるように、最高潮に達してから、いきなり終わった花火の余韻に、俺たちはしばらく浸っていた。


「さて、そろそろ帰らないとね。お父さん、片付けよろしくね」


そう切り出すのはお袋の役目である。この中で、お袋ほど適任者はいないだろう。特に、隣でいい気持ちになっている親父に対しては。


「じゃ、俺も手伝うわ」


俺がそう言って立ち上がろうとすると、沙依が浴衣の袖を引っ張る。


「なんだ、沙依」

「ううん、なんでもないよ。もう少しこうしていたいな~とかちょっと思っただけ」

「さて、お開きにしますか。お父さん、帰るよ!」


沙依は立ち上がると、酔っ払っている親父の肩を軽く揺すった。


「楽しかったですね。これだけでも来て良かったです」

「だよね。久しぶりに日本の夏って感じだったよ。ねぇ、美月」

「そうね」


美月は一言だけ返すと立ち上がって、おもむろに片付けを始める。周囲の人たちも三々五々散っていき、俺たちが帰る頃には、だいぶ人も少なくなっていた。


「なんか、ちょっと寂しいね。もう少し盛り上がっていた気がするな」

「そうですね。お祭りの後の寂しさみたいな」

「それ、わかります。このあとうちで盛り上がりましょう・・・って言いたいところなんですけど、うちじゃ狭いですよね」

「それじゃ、皆でうちに来る?」

「いいんですか、美月さん」

「いいわよ。男子たちも、ご両親も、皆で来るといいわ。おばあちゃんも、おじいちゃんも歓迎してくれると思うわ」

「おお、大宴会になりそうじゃん。いいねいいね。そうしよう」

「でも、ご迷惑になりませんか?もう時間もだいぶ遅くなってますし」

「大丈夫よ。ちょっと連絡してみるわ」


そう言うと美月はコミュニケータを取り出して、実家に連絡する。


「大丈夫よ。大歓迎だって言ってるわ。ケンジのご両親ともお話ししたいそうよ」

「おお、美月ったら、どさくさにまぎれてご紹介・・・かな」

「あんたねぇ、それどういう意味よ。変なこと言わないでくれる」

「ほらほら、照れない照れない」


お約束の突っ込みを入れるケイに美月が食ってかかる。でも、俺だって、家族ごと美月の実家にお邪魔するのはちょっと恥ずかしい気がする。


「あら、美月ちゃん、ほんとうにいいのかしら。それに、この人ったら、こんな状態だし」


お袋が、いい感じでへべれけになっている親父を見て言う。


「ん? 大丈夫だ、俺は酔ってないぞー」


と親父は言うのだが、酔っ払っていることは誰の目にも明らかである。


「お父さん、しっかりしてよ。はいお水。これ飲んでちょっとお酒をさましてね。あとで、ちょっとお話しもあるんだから」


沙依がそう言って差し出したコップの水を親父はぐいっと飲み干す。


「話ってなんだ?」

「それは後。そこ片付けるから、ちょっとどいててね」


沙依は親父を立たせると、親父が食い散らかした残骸を片付けにかかる。結局、俺たちは、その後、全員で美月の実家に押しかけることになったのである。



その頃、アカデミーは大騒ぎになっていた。フランクの報告で理事会が招集され、集められた情報が検討された。その結果、太陽系惑星評議会に対し、緊急警報が発せられ、同時に、アカデミーでは、技術的な対応策を検討するためのプロジェクトチームが組織されたのである。当然、その中心的なメンバーとして、フランクとデイブが参加することが決まっていた。警報を受けて緊急の遠隔会議を招集した評議会では、事態を重く見て、アカデミーが対応策に目途をつけるまでの間は、この情報を公表せず、対応が万一失敗した場合の対処策を検討することになったようである。


「やはり重力遮蔽が一番有効だな」


シミュレーション結果を見ながらフランクが言う。


「それでも単に重力を遮蔽するだけでは、ちょっと不十分じゃないか?軌道変更はできるにはできるが、ぎりぎりの線だ。ちょっとでも制御が狂えば、太陽系への影響は避けられないぞ」


フランクの脇でデイブが言う。


「やはり、もっと詳細な情報が必要だな。近くまで無人機を飛ばして情報を集めるか。だが、ここまでのシミュレーションでは、もうあまり時間の余裕がない。余裕を見て3ヶ月、遅くても半年以内に制御を開始できないと間に合わないぞ」

「重力遮蔽の準備にどれくらいかかる? かなりの数のシールド発生機と、それにエネルギーを供給できる大型船が必要になるだろう」

「そうだな。ざっと5千機の発生機に、少なくとも巡航艦クラスの船が100隻以上は必要だろうな。船はかき集めるとしても、発生機は足りないだろう。製造が間に合うかどうか。故障の可能性を考えると予備機もほしい。3ヶ月と言わず、まずは、ありったけを集めて、一刻も早く制御を開始した方がよさそうだな。その方が時間を稼げる」

「善は急げで、実際に行って出来るところから始めるか」

「そうだな。俺はすぐに計画を作って、評議会に持って行く。当面の輸送と全体の指揮拠点として、ヘラクレス3を借りようと思うんだが、どうだろうか」

「そう思って、さっき船長には話をつけてある。幸いにも荷下ろしは終わっていて、当面の仕事はキャンセルできそうだから、準備ができ次第、いつでも動けるぞ」

「それは、ありがたい。実際に制御をかけながら、シミュレーションをやり直して微調整していく必要があるから、ヘラクレス3のコンピュータの支援も必要になるだろうしな」

「それがいい。あっちとこっちは一心同体だからな。センターコンピュータの能力もフルに使えるだろう。いっそ、こいつに全体の計画も考えさせてみたらどうだ。面白い結果を出してくるかもしれんぞ」

「そうだな。シールド発生機の生産と配備の計画なんかも含めてできると助かる」

「よし、それじゃ、早速やらせてみよう。センターコンピュータの通信網を使えば生産企業の状況や物流系の状況も収拾できるだろう。通信の許可と各企業に対する情報提供の依頼は、そっちで頼むぞ」

「わかった。早速、評議会経由で依頼を出してもらう」


デイブは、コンピュータのコンソールに向かうと、手短に指示を入力する。とたんに量子演算ユニットが激しくまたたき始めた。


「なるほど、それはいい考えかもしれんな・・・」


デイブがつぶやく。


「どうした?」

「いや、こいつが言うには、生産や在庫関連の情報を得る手続きの間の時間がもったいないので、先遣隊を送って詳細な情報収集を始めたいのだそうだ。そうすれば、必要なシールド発生機の数がより正確にはじけるから調達計画が立てやすいだろうと」

「なるほど。それじゃ、俺が行こう。幸いに手元には新型の宇宙艇もあるしな」

「SF2Aか。羨ましいな」

「正確には、学生訓練用のST2Aだがな。問題はクルーの人選だが」

「おいおい、本気か?こいつ、お前の学生たちを一緒に連れて行けと言ってるぞ」

「たしかに、奴らなら、あの宇宙艇に、ある程度慣れてはいるが、基礎過程の学生たちにはちょっと荷が重いんじゃないか?」

「こいつは自分がサポートできると言っている。特に中井ケンジと星野美月の2人は不可欠だと。意味がよくわからんのだが、あの2人とは、特別な関係を作れるんだそうだ」

「エイブラムスが言っていたことに関係がありそうだな。もともと、この件はこいつが彼らに情報を流したことが発端だし。ただ、学生を実任務に連れ出すには、理事会の許可をとらないといけない。もう少し詳しい理由が知りたいんだが」

「ちょっと待てよ。それは俺も知りたい」


デイブはそう言うと、またコンソールに向かう。


「それは本当なのか?彼らが?まさか・・・・」

「どうした?」

「聞いて驚くなよ。あの娘と坊主の2人は、こいつらと抽象思考ベースのコミュニケーションができるらしい。彼らさえ同意してくれれば、彼らが見聞きしている情報を共有しながら、必要な知識を直接送り込むことも可能だと。信じられるか?」

「信じろと言う方が無理じゃないか?だいたい抽象思考が伝達可能なインターフェイスを持っている人間なんて聞いたことがないぞ。百歩譲ってアンリの娘なら・・・というのは考えられないことは無いが、中井までとなるとちょっと信じがたい。だいたいハードウエアが対応できないだろう」

「詳細は本人たちか、エイブラムス、エドワーズの2人に聞けばわかるそうだが」

「わかった。急いで確認してみよう。ちょっと連絡をとってみる」


そう言うとフランクは足早に部屋を出て行った。


「なにやら妙な話になってきたな。さて、俺は何をしたらいい?」


デイブはコンソールをのぞき込んで、そうつぶやいた。



一方、美月の実家では、全員が集合していた。


「さあさ、ゆっくりしてくださいな。たいしたおもてなしも出来ませんが」


なにやら、ご馳走がならんだ和室のテーブルを前に、飲み物を持ってきた美月の祖母が言う。俺たちはテーブルの周りに車座になると、思い思いに話し始めた。大人たちは、その脇で小宴会を催している。親父は、あきれるお袋を横目に、またしてもビールを片手に、ご機嫌になっている。美月の祖父母は温厚な感じで、美月からはちょっと想像しがたい感じである。4人でどんな話をしているのか、ちょっと気になるところではあるのだが、こっちはこっちで、またしてもつば競り合いをやっている美月とケイから目が離せない。マリナとサムは2人でなにやら話をしているが、マリナはちょっと眠そうである。ジョージは、既にうとうとしている。


「ねぇ、お兄ちゃん。お父さんが潰れちゃう前に、あの話、しておいたほうがよくない?」


沙依が脇に来てささやく。


「そうだな。ちょっと親父を呼んできてくれ。ちょっとみんな、いいかな」

「なによ、今ちょっと忙しいんだけど・・・」


ケイと睨み合いをしていた美月が言う。


「例の話だ。昨日の晩、親父とジョージがあれこれ調べてくれたんだが、サムのほうでも何かわかったようだし、ちょっと話を整理したいんだが」

「そうそう。それ気になってたんだよね。皆で謎解きか。面白そう」

「あんたね、人ごとだと思って、いい加減なこと言ってたら承知しないんだからね」

「まてまて、喧嘩は後だ。ジョージ、まずは昨日わかったことを説明してくれないか」

「OK、知っての通り、現象としては、大きく2つあるよね。ひとつは、ケンジと美月の夢の話。それから、昨夜の星の幻影だ。これは、ケンジと美月だけじゃなくて、沙依ちゃんも見ている」


ジョージは、小型のホログラム投影機を持ち出して、話を進める。


「どうやら、この両者にはケンジと美月、そして沙依ちゃんのDIユニットが関係しているらしいことがわかったんだ。実際、ケンジのお父さんによれば、この3人のユニットはすべて、ケンジのお父さんが作ったもので、同じ仕様のものだそうだ」

「えへへ、お揃いですっ」


沙依が、左手のDIユニットを見せびらかす。


「こら沙依、静かにしてろ!」

「はーい」

「ジョージ、続けてくれ」

「それで、このDIユニットには、いずれも特殊な機能が実装されている。ケンジのお父さんが昔研究していた、抽象思考コーディング方式のインターフェイス機能だ。これは、人間の思考を言語に変換することなく伝送するための理論に基づいている。僕もその論文は以前アカデミーの図書館で読んだんだけど、とても興味深いものだったよ。ただ、この機能は実験的なもので、それに対応する神経回路側のインターフェイスがなければ機能しない。実際、そのようなインターフェイスはまだ実用化されていないはずだから、この機能は使われるはずのない機能なんだ」

「でも、それが機能した・・・・」


そう言ったのはサムだ。


「そうなんだ。サム、君も気がついたんだね」

「美月と沙依ちゃんのDIユニットを調べたら、確かにその回路に信号が流れた形跡があった。夢の時間帯は、アカデミーの学生専用回線から大量のデータが回路に流れ込んでいた」

「やはりね。こっちも同じだ。ケンジのユニットにもアカデミーの専用回線からデータが流れ込んでいたよ。ちなみに、ケンジが今のDIユニットを手に入れたのは一昨日だけど、以前のDIユニットにも同じ機能が実装されていて、そちらにも、地球に来るときのシャトル内で同じように信号が流れ込んでいた。それと、海に行ったときは、僕のコンピュータを経由して、美月の宇宙局直通回線に接続していたんだけど、その通信に割り込む形で、アカデミーから通信が入っていたんだ」

「その後、俺の家で親父とお袋と俺の3人で、またやってみたんだが、同じ回路が入っているにもかかわらず、見えたのは俺だけだったよな」

「そうだね。あの時は、美月の回線の代わりに、僕の持っているプロジェクトのアカウントを使って、アカデミー経由で宇宙局に接続していたんだ。で、調べて見たら、アカデミーの中で、通信に割り込む形でデータが流れ込んでいた。だから、いずれも、データの出所はアカデミーで間違いないと思う」

「そして、状況から推定して、3人は、抽象思考伝送に対応する神経系のインターフェイスを持っている」

「そう考えるのが一番素直なんだけど、残念ながらアカデミーでも、その種のインターフェイスが開発されたなんて話は聞いたことがない。それが一番大きな謎だよね」

「私は、もしかしたらその可能性があるのよね。ちょっと癪に障るけど、パパが面白半分に正体不明のインターフェイスを山ほど入れてくれたから」

「でも、それは難しいんじゃないかな」


口を挟んだのは親父である。


「そもそも、理論はたしかに、もう20年近く前にできあがってはいたけれど、その実装を考えたのは、ほんの数年前だ。アンリだって、少なくとも、そのDIユニットを渡すまでは、知らなかったはずだ。ならば、美月ちゃんが生まれる前に組み込むことはできないと思うが。それに、俺たちはケンジと沙依に、そんなインターフェイスを入れた覚えもない」

「そこが、一番大きな謎だよな。どうして、俺と沙依まで、そんなことになってるのか、って話だが」

「3人が同意するなら、遺伝子解析をしてみる手もある」

「たしかにそうだけど、ちょっとデリケートな話だから、無理強いはできないよね、サム」

「遺伝子解析か、あまり気持ちのいい話じゃないな」

「私はかまわないわよ。この際だから、パパがどんなものを入れたのか、洗いざらい調べて見るのも悪くないわ」


美月が言う。たしかに、彼女にしてみれば、父親が何を入れたのかを知りたい気持ちも強いのだろうが、俺ばかりか、沙依も巻き込むのはあまり気が進まない。そう思っていた時に、ジョージのコミュニケータに着信があった。


「フランク先生だ。はい、エイブラムスです。何かわかりましたか?」


そう言えば、ジョージは通信の件をフランクに頼んで調べてもらうと言っていた。その話だろうか。


「はい、そうです。データは二人のDIユニットに流れていました。え、回路ですか?それが、ちょっと一言では説明しにくいのですが、なんと言ったらいいか、本来使われるはずのない回路に流れ込んでいたようですが・・・そうです。たしかに抽象思考インターフェイスですが、どうしてそれを? いえ、僕はそのあたりは、よくわかりません」

「ジョージ君、私が説明しようか」


そう言ったのは親父だった。


「助かります。先生、ちょっとケンジのお父さんに代わりますね」

「中井健太です。いや、浅沼健太と言った方がいいかもしれない。覚えてませんか。昔、コペルニクスでお会いしましたよね」


そうだった。親父は昔、フランク先生と面識があるのだ。どうやら、向こうも思い出したようで、ちょっと昔話をした後、しばらく話し込んでいた。まさか、先生も俺の親父と知り合いだったなんて想像もしていなかっただろう。


「データの送り手がわかったそうだ。この前、ジョージ君が言っていた新型のコンピュータらしい。しかも、送られたデータは、抽象思考コーディングされたものだそうだ。ちょっと信じがたいが、彼が言うには、コンピュータは唯一連絡ができる相手に、今起こっている事態を伝えたかったらしい」

「事態?あの夢や星が、その事態を意味するって言うのか?」

「俺もよくわからんが、それについて彼から君らに頼みがあるそうだ。ジョージ君、全員に音声共有できるかな」

「わかりました。共有しますね」


そう言いながら、ジョージはコミュニケータを音声共有モードに切り替える。こうすると、音声をDI経由で共有できる。


「諸君、フランク・リービスだ。これから話すことは、当分、我々の中だけでとどめて欲しい。落ち着いて聞いてくれ。現在、太陽系のはずれを、超高速の褐色矮星が、こちらに向かっている。およそ20年後に、地球と火星の軌道の間を通過することになるが、質量が木星の3倍近い褐色矮星が、しかも超高速で太陽系内を通過したら、どのようなことになるか、君たちもわかると思う。現在、惑星評議会の指示で、アカデミーはその対応策を検討中だ。唯一の手段は、重力シールドを展開して、太陽や周辺の恒星と褐色矮星が引き合うのを妨害し、軌道を変えることだが、そのためには、詳細な情報を集めることが必要になる。現在、必要なシールド発生機や、それにエネルギーを供給するための船の手配を行っているが、時間が無いので先遣隊を送ってデータを集め、シミュレーションの精度を高める必要がある。ついては、君たちにその協力をたのみたい」

「俺たちに、ってどういうことですか?」

「現在、対応計画のシミュレーションは、新しく稼働を始めたコンピュータが行っている。エイブラムスは知っていると思うが、ヘラクレス3に搭載されていたもののクローンだ。それが君たちを指名したんだ。理由は、うすうす気がついているかもしれんが、抽象思考によるコミュニケーションが可能なことだ。それにより、必要な情報を瞬時に交換できることが今回のミッションに必要だと、コンピュータが言っている」

「でも、抽象思考でのコミュニケーションなんて、俺たちはまともにやったことがないですよ。大丈夫なんですか?」

「必要なサポートは、コンピュータがすると言っている。それ以上のことは俺にもわからんのだ。だが、事態の重大さはわかってもらえると思う。協力してもらえるなら、君たちには、私と一緒に、先遣隊として調査に行ってもらいたい」


これはまた、いきなり大変な話になった。これは俺一人で結論を出せることじゃない。


「どうする?俺はともかく、チームでということなら、全員の意見を聞く必要があると思う」

「私はかまわないわ。役に立てるなら行くべきよね」

「面白そうじゃない?太陽系の外縁部まで行くんでしょ。なかなか行ける所じゃないし」

「あんたね、遊びに行くんじゃないわよ」

「行くとしたら、ST2Aを使うんですよね。僕も行きたい」

「興味深い。褐色矮星の軌道を変えるなんて前代未聞。私も参加したい」

「あの、私もかまいませんが、危険はないんでしょうか」


マリナは、さすがに冷静である。


「危険が無いと言えば嘘になる。もちろん、データ収集を行うことが目的だし、褐色矮星からは十分に距離を取って行動するが、これは学生の君たちを本来巻き込むべきではないミッションだ。不測の事態が起きる可能性はゼロではない。君たちが断っても誰も責めることはできんだろう」

「そうですね。でも、そうした危険は日頃の訓練でも同じですよね」

「マリナの言うとおりよ。これまでだって、色んな事があったじゃない。それに比べたらリスクはむしろ低いわね」

「なによりも、急がないと大変なことになるわけだから、ここで行かないって言う選択肢はないんじゃないかな」

「同意」

「皆さんがそうおっしゃるなら私も異議はありません。行きましょう」

「よし、決まりだな。先生、先遣隊引き受けます」

「わかった。だが、中井のご両親はどうなんだ。今の状況だとお前一人で決められる訳じゃあるまい」

「親父、お袋、そういう状況なんだ。いいよな」

「事態はわかった。やむを得ないだろう。行くからにはしっかりやってこい」

「ちょっと心配だけど、あなたたちしかできないことなら、仕方が無いわね。くれぐれも気をつけて。無茶はしないでね」


美月が祖父母の方を見る。


「心配しないって言ったら嘘になるけど、皆さんが一緒なら安心ね。きっと美空も同じだと思うわよ。ねぇ、おじいさん」

「そうだな。気をつけて行っておいで。美月も美空に似てちょっと無鉄砲なところがあるからな、無理は禁物だよ」

「わかってるわ」


美月はそう言うと、俺の方を見る。


「先生、お聞きの通りです。これからどうすればいいですか?」

「ありがとう。最終的には、これから理事会に君たちを同行することを報告して了解をもらわなければいけない。結果が出て準備ができるまでの間は休んでいてくれ。そっちは、もう夜中だろう。明日の朝、改めて連絡するが、おそらく、すぐに戻ってきてもらうことになる。一応、準備はしておいてほしい」

「わかりました。準備を整えておきます」


さて、どうやら俺たちの夏休みは終了ということらしい。


「それじゃ、今日はこれでお開きだな。これ以上夜更かしはしないほうがよかろう」

「そうね。準備もあるだろうから、一度帰りますか?」


親父とお袋が言う。たしかに、俺とジョージはそのほうが支度をしやすい。女子たちとは、明日の朝、どうするかが決まってから落ち合ってもいいだろう。


「それじゃ、俺とジョージは一緒に戻ろう。明日の朝、先生から連絡があったら、場所を決めて合流だ。それでいいかな」

「いいわ。女子はここね。明日の朝、支度して連絡を待つわ」

「よろしくたのむ。それじゃ、明日・・・」


俺たちは、美月の祖父母に挨拶をすると、車を呼んで、俺の実家に戻った。そろそろ日付が変わる頃である。荷物はそれほど多くないので、大急ぎでパッキングして、とりあえず寝ることにする。さて、明日からは気が抜けないから、今のうちに寝ておこう。そう思うのだが、なにやら目がさえて眠れない。どうやらジョージも同じのようだ。俺たちは、しばらく悶々と寝返りを繰り返していたが、やがて眠りに落ちた。


          ◇


翌朝、朝飯を食った頃に、先生から連絡があった。アカデミーの小型機をスペースポートに回すので、それで帰ってこいと言う話である。女子たちとは、スペースポートで合流することにして、俺とジョージもそちらに向かうことにする。


「お兄ちゃん、気をつけてね」

「ああ、心配するな。大丈夫だ」

「ケンジ、しっかりやってこい」

「無理はしないでね」


そんな家族の見送りを受けて、俺とジョージは車に乗り込んだ。スペースポートまでは、小一時間。アカデミーに戻ってからのことをあれこれと考えている間に、車はもう富士山の麓を走っていた。一般の旅客用ターミナルの脇にある小さなプライベート機用ターミナルに車を着けて、荷物を下ろし、こぢんまりとしたロビーでしばらく待っていると、女子たちも到着。カウンターで手続きを済ませ、ゲートに向かう。


「おお、カシオペアだ。これ一度乗ってみたかったんだよね」


そう言うジョージの先、強化ガラスの向こう側に見えるのは、銀色の翼を持った小型の宇宙機、VS120A型の汎用シャトル、通称カシオペアだ。アカデミーの専用機である。小型だが、大気圏内飛行が可能な翼と高密度プラズマエンジンを備え、地球と周辺の宇宙都市の間ならば、余裕で飛ぶことができる。それ自体の推進力は大きくないが、地球周辺宙域の加速ステーションネットワークを利用して、L2までなら3時間ほどで飛ぶことが可能だ。


「これって、VIP専用機でしょ。学生が乗るなんて、私たちが初めてじゃない?」

「そうですよね。先生たちだって、なかなか乗れないはずですし」

「それだけアカデミーも、切羽詰まってるってことよ」

「同意」


そのとおりだ。VIP専用機を送ってでも、俺たちを早く連れ戻して出発したい、ということなのだろう。ゲートでは、アカデミーの職員が待ち構えていて、俺たちはそのまま搭乗。すぐに出発となった。


「うわー豪華。ほんとに、こんなのに乗っていいのかな」

「あんたねぇ、貧乏人丸出しじゃない。恥ずかしいから騒がないでよね」

「でも、確かにすごいですね。ちょっと緊張します」


落ち着いた内装のキャビンに革張りのシート。たしかに俺たちには場違いだ。実際、これで移動するのはアカデミーの理事長や役員と賓客ぐらいである。乗れる人数はせいぜい10人から15人。今回は、俺たちの貸し切りだ。俺たちが着席するやいなや、シャトルはゲートを離れ、順番待ちもなく空に打ち出された。地球からの出発は、磁気浮上式のマスドライバーと指向性磁場による加速がほとんどだ。マスドライバーのトンネルで音速の5倍程度まで加速されたあと、指向性磁場に乗って、さらに軌道速度近くまで加速されるから、シャトルのエンジンの出番は、軌道投入の直前までない。もちろん、慣性制御によって体感する加速度はごく僅かだ。地球低軌道に乗ったシャトルは、通常ならば一旦、静止軌道ステーションを経由する。しかし、今回は、低軌道から一気に地球軌道の離脱速度まで加速され、月軌道上のルナ・ステーションのひとつによって軌道修正・再加速されて、そのままL2まで直行する。静止軌道の内側で、この速度はスピード違反である。おそらくは特別な許可で航路の優先使用を認められているのだろう。


「地球がどんどん遠くなるねぇ。もう少し、ゆっくりしたかったなぁ。実家にも帰れなかったし」


ケイがつぶやく。俺たちのシャトルはどんどん地球から離れながら、地球の裏側に回り込みつつある。青い地球が、遠ざかりつつ、徐々に欠けていくのがわかる。地球基準の速度は、既に秒速1000Kmを軽く越えている。この速度なら、地球を回り込みつつ月軌道まで2時間弱だ。そこで、ルナ・ステーションの指向性磁場で惑星間航行速度まで加速され、さらに1時間ほどで、地球から150万KmのL2まで飛んでしまうのである。


「やっぱり宇宙に出ると、星がすごいな。しばらく地球の空を見ていたから新鮮だよ」

「正面の天の川のあたりがこと座ね。星が多すぎて星座がわからないけれど、ベガの明るさはわかるわ」

「だとすると、こっちがアルタイルだな。確か、問題の星は、はくちょう座のデネブとベガの間あたりだったか」

「そうね。夏の大三角の一辺の少し内側だったわ。ここからじゃ見えるはずもないけど」

「褐色矮星だからな。相当近くまで行かないと肉眼じゃ見えないだろう」

「でも、コンピュータは。そんな星をどうやって見つけたんでしょうね」

「もしかして、あれじゃないかな。科学局の深宇宙探査衛星ネットワーク。前に、訓練中のレスキューで使ったやつ。たしか、あの時、デイブさんはコンピュータが正式にアクセス出来るようにしてもらうって言ってたよね」

「でも、それなら、コンピュータ以前に科学局が気づくんじゃない?そのために作った衛星なんでしょ」

「それもそうだな。どうして科学局は気がつかなかったんだろ」

「必ずしも不思議ではない。深宇宙探査ネットワークは通常、オールトの雲より内側を探索範囲にしている。自動探索のプログラムに引っかかるとしたら、褐色矮星がオールトの雲に入ってからになる。それではもう遅い」

「オールトの雲って、どのへんなんだっけ?」

「あんたね。講義で何聴いてたのよ。だいたい、ナビがそんなことでどうするの。雲の一番密度が高い部分は太陽から0.1光年から0.3光年の間よ。でも、はっきりした境界はなくて、一説には、密度は低いけれど1光年くらいまで広がっているとも言われているわ。太陽の重力が他の恒星の重力より勝るぎりぎりのところまでね」

「褐色矮星はどのへんにいるの?」

「そう言えば、あと20年で、って先生は言ってたな。オールトの雲まで到達していないとすれば、1光年以上離れていることになるが、でもその距離を20年でというのは信じられない速度だ」

「ポイント05cってことよね。どうやったら、木星の3倍の大きさの星がそんな速度になるわけ?」

「考えられる原因は、銀河中心の巨大ブラックホール。ブラックホールの回転によって生じたエルゴ領域に飛び込んだために、多くの質量をブラックホールに吸い取られた結果、その質量の分加速されたという仮説が最も可能性が高い」

「いわゆるペンローズ過程だね。古典物理の授業で習ったことがあるよ。ブラックホールの回転で引きずられた時空からエネルギーをもらうんだよね」

「銀河中心からだと、その速度でも13万年はかかる計算よね。よりによって、それが太陽系に飛び込むなんて、運が悪いとしか言いようがないわね」

「まだ、銀河中心部は人類未到の場所。これはあくまで仮説に過ぎないのだけれど確率から言えば、運が悪いと言う言い方は間違いではない。敢えて言うならば、相当に・・・」

「たしかに・・」


そう、これは相当に運が悪い話だろう。6500万年あまり前、地球に落ちてきた直径10Kmほどの隕石がきっかけで、今の人類よりもはるかに長い期間栄えた恐竜が絶滅した。かつて人類は、同じような災厄の可能性について議論し、様々な対策を考えた。今では、そのクラスの隕石や小惑星ならば、造作も無く軌道変更が可能だ。しかし、それが惑星サイズとなると、現在の技術をもってしても、かなり難しい。まして、恒星のなりそこねである褐色矮星は、太陽系最大の木星よりはるかに大きな天体である。直接衝突しなくても、その重力だけで太陽系を大混乱に陥れるだろう。地球だけなら、頑張れば元の軌道に戻せるかもしれないが、太陽系全体の重力バランスが狂ってしまえば、もはや、どの惑星も軌道の安定は難しい。太陽系は誕生直後の混沌とした状態に戻ってしまう可能性が高いのである。


そんな話をしている間に、シャトルは月軌道上にあるルナ・ステーションによって加速され、一気に速度を上げてL2へと向かう。距離はここまでの4倍あるが、時間は半分の1時間しかかからない。


「おや、先生からだ。共有するよ」


ジョージがそう言うと、目の前にコミュニケーションパネルが開く。もちろん、これはインターフェイス経由の仮想パネルなのだが、共有されているから全員が同じ画像と音声を認識できる。


「諸君、無理を言ってすまないな。せっかくの休みだったのに」


フランクは本当にすまなさそうな顔をしている。まぁ、それだけ自体は深刻だということなのだろう。


「いえ、問題ありません。事態が事態ですから」

「そう言ってもらえると助かる。早速で申し訳ないが、これからの話だ。現在、ST2Aをスペースガード基地の格納庫に待機させている。君たちには、到着後、支度を調えたらすぐに基地のB53格納庫に向かってほしい。私は先に行って準備しておく。何か質問はあるか?」

「支度、と言っても、今回、どれくらいの期間のミッションになるんですか? 俺やジョージはともかく、女子はそれなりに準備が必要だと思うので」

「それなり・・・ってどういう意味よ。失礼ね。でもまぁ、気を遣ってくれたことは褒めてあげるわ」

「ケンジ君、ありがとうございます。でも、訓練艇の中だと着替えもままなりませんよね。準備と言ってもたいしたことはできなさそうですけど」


マリナの言うことは確かに正しい。訓練艇のスペースでは、着替えや食事も厳しい。仮眠用のスペースはあるが、全員分はもちろんない。どう考えても長期間のミッションには不向きだ。


「その点だが、一週間は我慢してくれ。今、支援船が出航準備をしている。ちょっと足が遅い船だが、できるだけ早く追いつくようにするつもりだ」

「それなら、このまま行っても良くない? ちょうど旅支度だし」

「そうね。もともと、あと一週間くらいは地球にいる予定だったし、問題ないわ」

「そうですね。私もそれがいいと思います」

「同意」

「僕も問題ないよ」

「それじゃ、そうしよう。先生、このシャトルをそのまま基地に降ろせますか? そうすれば時間の節約になると思いますが」

「そう言ってくれると助かる。早速手配しよう」

「ところで、一つ気になることがあるんですが」

「なんだ、何でも言って見ろ」

「今回、オールトの雲の先まで行くんですよね。そのミッションにST2Aでいいんですか?」

「そうか、君たちにはまだ言ってなかったな。抜かりはないよ。まぁ、見てのお楽しみということにしておこうか」

「まさか、浦島太郎オチじゃないですよね。帰ってきたら何十年かたってました・・・なんて嫌ですよ」


ケイが言う。まぁ、1光年やそこいらだから、通常航行でも往復3、4年というところだろうが、そもそもそれでは、このミッション自体が間に合わない。おそらく、ワープが可能な船を使って運んでもらうといったところだろう。


「あはは、さすがにそれはないから心配するな。ただ、ちょっとリスクがあるのは確かだが、それは着いてからのブリーフィングで話をしよう」

「えー、もったいぶらないで教えてくださいよ」

「あんたねぇ、しつこいわよ。どのみち、もうすぐ到着なんだから、それからでもいいじゃない」

「まぁ、楽しみにしていたまえ。それじゃ、こっちは用意があるから、また後で会おう」


フランクがそう言うと通信が切れた。リスクってのがちょっと気になるが、そもそもこのミッション自体がリスクだらけだし、いまさら少しくらいリスクが増えても問題はないだろう。


「まもなく最終アプローチに入ります。着席して到着に備えてください」


アナウンスが入り、それに続いて軽いサイン音が鳴ってベルトサインが点灯する。シートベルトはないが、座ってしばらくすると、体はやんわりとシートに固定される。サラウンドに切り替えると、前方には明るく輝くL2ステーションがあった。まだ米粒のようにしか見えないが、この速度なら、すぐに着陸だ。それから、太陽系の果てまで飛ぶことになる。不安がないと言えば嘘になるが、エキサイティングな話であることは間違いない。俺は、どんどん大きくなるL2ステーションを見ながら深呼吸した。

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