第7話 花火

「ケンジ、起きてくれ!」


いったい何だ。もう朝なのか? 何か生暖かい夢を見ていたような気がするのだが、目覚めた瞬間にそれがなんだったか忘れてしまったのが心残りだ。これは俺のそんな幸せを打ち砕くほどの事件なのか・・・。俺はちょっと不機嫌そうに目を開ける。目覚めの瞬間に目を合わせたのがジョージだというのにもちょっと不満が残る。


「なんだ、もう少し寝かせてくれよ。どうせ今日は夕方まで何もないだろう」

「ちょっと面白いことがわかったんだ。ケンジの話も聞きたいから親父さんがケンジを呼んで来いって」

「もしかして、二人とも寝てないのか?」

「ああ、気がついたら朝になってたよ。DIユニットの通信履歴をトレースするのに夢中になっててね」

「やると思ってたけどな。でも、こんな朝っぱらから叩き起こされるとは思わなかったよ」


親父の差し金だと、ここで拒否してもたぶん本人が出張ってくるに違いないからな。しょうがない。俺は大あくびをしてから、ジョージについて親父の部屋に向かった。


「来たな、ケンジ。一つ聞きたいんだが、前に使っていたDIで、これと似たようなことはなかったか?」

「いきなりかよ。これと似たような、って言われてもな。星が見えるようなことはなかったぞ」

「そうじゃなくて、美月ちゃんとお前の間で同じようなものを見たとか聞いたとか、感じたとか」

「なんで俺が美月と・・・。いや、そういえば同じような夢を見た、というか同じ夢の中にいたってのがあったな」

「それはいつだ」

「最初は、帰りのシャトルの中でだ。二回目は昨日の朝方だよ」

「昨日の朝か、やっぱりな。それは、このDIになってからだな。ちょっと前のDIを見せてくれ」

「まったく親父は・・・。その前に何がどうなってるのか、ちょっと説明してくれたらどうなんだ?」

「後でゆっくりと説明してやるから、とりあえず早く持ってこい」


こうなったら親父は人のことも気にせず、自分の興味で突っ走る。だいたい、それがお袋との喧嘩の種なんだが、とりあえず、この話は俺も興味がある。俺は自分お部屋に戻ると、古いDIを持って親父の部屋に戻った。親父はそれを受け取ると、しばらくあれこれ調べていたが、やがてジョージに向かって言った。


「ビンゴだよ。これにも同じ痕跡が残っている。間違いないな」

「そうですか。やはり・・・。でも、どうして二人は?」

「いや、それは私にもわからん。だが、間違いなく同じ回路を信号が流れてる」

「なぁ、親父。そろそろ俺にもわかるように説明してくれないか」

「今回の現象の時も、それからお前が見たという夢の時も、本来使われるはずがない回路に信号が流れてるんだ」

「使われるはずがない?どういうことだ?」

「一昨日の夜ちょっと話しただろう。抽象思考を伝達するインターフェイスの回路だよ」

「でも、あれは神経側のインターフェイスがないと役に立たないんだろ?」

「そうだ。そこが不思議なところなんだよ。いまだかつて、そんなインターフェイスが実装されたなんて話は聞いたことがない。まして、お前にそんな機能を入れた覚えもないからな」

「そりゃそうだろ。そんな人体実験みたいなことをされたら困る」

「でもなぁ、星はともかく、夢の話は、このインターフェイスを使わないと説明ができないんだよ。それに、確かに双方向で通信が行われているんだ。これはお前がそういうインターフェイスを持っていないと説明できない」

「親父がそれを言うか?それじゃ、まるで俺はもらわれてきた子みたいじゃないか。それに星の一件じゃ、俺だけじゃ無くて沙依も同じだったわけだろ。まさか二人とも、出生の秘密とかいうのが・・・・?」

「めっそうもない。お前たちは間違いなく父さんと母さんの子供だ。それに、自慢じゃないが、うちは、余計なインターフェイスコンポーネントを買う余裕なんてなかったんだ」

「ああ、自慢にはならんけどな。それは俺もよくわかってる。VPIだって、よく手に入れたなと思ってたんだから」

「VPIは・・・・・・まさかな、いや・・・」

「なんだよ。まさかVPIも何か怪しいことやって手に入れたんじゃないだろうな」

「そんなことはない。あれはきちんと正規のルートで入手したものだから心配はいらない。お前こそ、変な闇市場に手を出したりしてないだろうな」

「悪い冗談だ。そんなことしたら、あっという間に退学だっての。そりゃまぐれかもしれないけど、せっかく手に入れた切符を台無しにするようなマネを俺がすると思うのか?」

「いや、今のは言い過ぎた。忘れてくれ」


まったく、自分の息子がそんなマネをするとでも思ったのか。冗談じゃない。しかし、さっき、なぜ親父は一瞬考え込んだのだろう。何かひっかかる。


「でも、そのインターフェイスがなければ、あり得ないことなのか? 他の回路と混線したとかいうことはないのか?」

「それはありえないよ」


脇からジョージが言う。


「インターフェイスは、多重化された信号から、特定の回路へ渡す信号をコードで分類しているんだ。その部分は共通コンポーネントだから、間違いはあり得ない。もう百年以上、ノートラブルで使われているからね。対応していないコードの信号があれば無視されるだけだよ」

「ジョージ君の言うとおりだ。コードと神経回路は一対一でしか対応しないから、別回路に信号が流れることは考えられない」

「俺と沙依はともかく、それじゃ、美月も同じことになってるのか?」

「そうなるな。少なくとも、同じ現象が起きたのなら、そうだろう」

「まぁ、美月の場合、両親が両親だからな。もしかしたら、そんなこともあるかもしれないけど」

「いや、いくら遺伝子工学の天才でも無理だろう。そもそも、私がこれをアンリに渡したのは4年前だ。彼女が生まれる前に対応する回路を作る事なんてできないよ。その後、後天的に埋め込んだのなら別だが」

「いや、ただでさえ実験台にされたって怒っている美月が、それを許すとは思えないな。でも、それじゃ完全に行き止まりだ」

「いや、必ずしも手がかりがまったくないわけじゃないんだ。ジョージ君、さっきの話をちょっと説明してくれないか」

「はい。昨日、海で最初に現象が起きた時、僕のコンピュータユニットは、美月のインターフェイスを経由して宇宙局の専用回線に接続されてたんだ。ログを見ると、問題のデータは、間違いなくその経路から流れ込んできていた。それで、その先をたどってみたら、出所がアカデミーだとわかったんだ」

「アカデミー?それじゃ、アカデミーの誰かが俺たちに、そんなデータを送ってきたというのか」

「わからない。アカデミーの中は、外部からはトレースできないんだ。中からなのか、もしくはアカデミーを経由して他の誰かがやったことなのか。それは、アカデミーに行って、むこうでトレースしてみないとわからない。ただ、ここに来てから発生した二回目の時、僕はアカデミー経由で宇宙局にアクセスしてたんだけど、この時のデータは宇宙局ではなく、アカデミーの中から接続に割り込む形で送られてきていた。つまり、いずれもアカデミーが一枚かんでるのは間違いなさそうだ」

「それに補足するなら、お前の前のDIユニットに残っていた履歴では、データはアカデミーの学生専用回線を経由して送られてきていたようだ。つまり、これもアカデミーが起点と考えられる」

「それじゃ、帰ったらすぐに調べないとな。それに、沙依と美月のDIも確認しなきゃいけない」

「とりあえず、あとでフランク先生に連絡して、向こうで調べてもらおうと思うんだけど、いいかな」

「いいけど、先生、アカデミーにいるのか?休み中だから、どこかへ行ってるんじゃ」

「大丈夫。実は、今、ちょうどヘラクレス3がL2に入港していて、デイブさんと先生は、例のコンピュータの起動試験をやってるはずさ」

「デイブさんも来てるのか。それじゃ、ちょうどいいな。あの人、こういうのも詳しそうだから」

「そうそう。僕もそこに期待してるんだ。あのコンピュータの設計者だしね」


なにやら、おかしなことになってきた。いったい何が起きているんだろう。それに、あの夢、それから星、あれは何かを暗示しているのだろうか。気になるのだが、少なくとも今のところ、それ以上のことを探るのは難しそうだ。あとは、帰ってからか。


「さて、それじゃ、もう一眠りしていいか?夕方までには間があるしな」

「そうだね。僕もさすがに眠い。一眠りするよ」

「私も母さんに見つかる前に寝るとしよう」


親父はそう言うと、大きなあくびをひとつして、寝室へ入っていった。ジョージも眠そうだ。何かに熱中している時は眠気を感じなくても、それが一段落した時には、いつものジョージに戻ってしまうのである。今夜はまた寝かせてもらえなさそうだから、今のうちに、もう少し寝ておくとしよう。


                  ◇


「今何時?」

「もう午後2時まわってるわよ」


ケイの眠そうな声に、これまた不機嫌そうに応えたのは美月である。結局、朝まで盛り上がって、全員徹夜。マリナ、サムそして沙依の三人はまだ寝息をたてている。珍しく、一番寝坊しそうな美月は、窓際に立って外を見ている。なにやら考え事をしていたようである。


「もうそろそろ準備しないと間に合わないわよ」

「うーん、もう少し寝ていたいけどなぁ・・・。花火って何時からだっけ」

「7時からよ。忘れたの?」

「じゃ、まだ2時間は眠れるか」

「バカね。寝起きで行くつもりなの?」

「いいじゃない。相手はケンジとジョージなんだしさ」

「だから嫌なのよ」

「え、それってさぁ、美月ってやっぱりケンジのこと意識しちゃうわけ?」

「何言ってるのよ。そんなんじゃないわ。あいつに、だらしないところを見せたくないだけよ」

「ふーん、私は別にかまわないけどなぁ。そういう見栄張ってると後で辛くなるんだよ」

「大きなお世話よ。あんたとは違うんだから。そもそも寝起きで出かけるなんて、女子的にどうなのかしらね」

「女子的に・・・かぁ。めんどくさいなぁ。いっそ男に生まれた方がよかったかな」

「好きなこと言ってなさい。じゃ、私はちょっとシャワー浴びてくるから、あんたは皆を起こしておいてよね」


美月はそう言うと、部屋を出て行った。ドアが閉まったところで、案の定、ケイはまた布団をかぶって寝てしまう。一時間ほどして美月がバスタオルを頭にかぶって戻ってきた時には、まだ全員が寝息をたてていた。それを見た美月は、無言でベランダの戸を全開にした。こうするとエアコンは自動的に切れ、まだ蒸し暑い外気が、一気に部屋の中に入ってくる。


「あ、暑ぅ・・・」


真っ先に布団をはねのけたのはケイだ。


「いいかげん起きなさいよ。もう3時よ」

「あと一時間・・・」

「起きないと、置いていくわよ」


ケイは、しぶしぶ起き上がると、他のメンバーを起こしにかかる。


「ほらほら、マリナもサムも起きなさいよ。美月さんがお怒りだよ~」

「うーん、もう3時ですか。起きないと・・・・」


マリナも眠そうだ。サムと沙依も、やがて目を覚ます。さすがに全員汗だくになっている。


「ほら、さっさとシャワーでも浴びて支度しなさいよね。6時半に待ち合わせなんだからね。その前に浴衣を買うんでしょ?」

「そうでした。急がないといけませんね」

「そっか、すっかり忘れてた。一度、ベイエリアまで行かないといけないんだ」

「呑気なものね。沙依ちゃんは、後で私のを着せてあげるわ」

「ありがとうございます。楽しみです」


ケイ、マリナ、サムの三人は、大急ぎでシャワーを浴び、支度するとベイエリアのショップに浴衣を買いに出かけた。美月と沙依は浴衣に着替えてから俺の家で合流することになったようである。


「これ、着てみて。サイズは大丈夫だと思うけど」


美月が出してきたのは、ピンクの朝顔柄の浴衣である。美月のお古にしては以外とかわいい。しかし、こうして妹が美月にだんだん飼い慣らされていくのは、兄としてちょっと心配なところである。


「素敵です。これ、お借りしていいんですか?」

「私にはもう合わないから、沙依ちゃんにあげるわ」

「ええ?いいんですか?ありがとうございます」

「お古だし、気にしないで。それじゃ、おばあちゃんに着せてもらってね」

「美月さんは、ご自分で着られるんですか?」

「浴衣ぐらい、なんとかなるわ。私のことはいいから、さっさと行ってきなさい」

「はーい」


沙依が別室で美月の祖母に浴衣を着付けてもらう間、美月は自分の部屋で、しばらく悪戦苦闘していた。見栄を張って着るには着たが、なにやら怪しげな感じになってしまった美月は、結局、沙依のあとに着付け直してもらうことになる。それから、車を呼んで二人は俺の家へ向かったのである。


「うわぁ、もう結構人が出てきてますね」

「そうね。ゆっくりしてたら、いい場所取られちゃうわね」

「それじゃ、着いたらお兄ちゃんに場所取りをたのみましょう」

「それ、いい考えね」


そんな不穏な会話をしながら車は川沿いの道を走る。隅田川沿いの土手には、既に多くの人が出て、思い思いの場所で花火見物の準備を始めている。そして、ほどなく車は俺の家に到着した。


「ただいま。お兄ちゃんは?」


沙依は家に入りざま、そう言いながらリビングに駆け込む。


「おかえり。あら、沙依、その浴衣はどうしたの?」

「あ、これ、美月さんにいただきました」

「本当? よかったのかしら美月ちゃん、申し訳ないわね」

「もう私は着れなくなったので気にしないでください」

「ありがとうね。そろそろ沙依にも買わなくちゃって思ってたところなのよ。お父さん、沙依が美月ちゃんに浴衣をいただいたそうよ」

「浴衣? お、似合うじゃないか。すまないね。ありがとう」

「お父さん。お兄ちゃんは?」

「ああ、ケンジならジョージ君と一緒に飲み物の買い出しをして、その後、場所取りに行くって出て行ったぞ」

「おお、さすがお兄ちゃん。わかってるなぁ」

「ふん。ケンジにしては気が利くわね」


このあたりは美月らしい反応だが、俺の妹や両親の前でやるのはいかがなものか。少しは遠慮しろと言いたいのだが。


「それじゃ、私たちは皆さんを待ってから合流ですね。お父さんたちも行くでしょ?」

「もちろん。ケンジにビールの買い出しも頼んだしな」

「今、ご馳走作ってるから、後で運ぶのを手伝ってちょうだい」

「了解です。楽しみだぁ」

「それはそうと、あなた。そろそろシャワーでも浴びて支度してちょうだい。そんな寝癖のついた頭で一緒に行かないでね」

「あはは、わかったよ。それじゃ、ちょっと・・・」


そう言いながら親父はタオルを掴むと風呂場に入っていった。


「お父さん、昼間っから寝てたの?」

「そうなのよ。夕べはなにやら徹夜だったみたい。ジョージ君を付き合わせてね。困ったものだわ」

「あはは、こっちでも? お兄ちゃんも一緒に?」

「ケンジは一人で寝てたみたいよ。朝早くに起こされたって文句言ってたけど」

「徹夜でいったい何してたの?」

「なにやら、あれこれ調べてたみたい。DIユニットがどうとか言ってたけど、私にはさっぱり」


お袋は、困ったものだと言うような顔をする。


「どうやら、ジョージも気がついたみたいね」

「そのようですね。お父さんも巻き込まれたのか」

「いったい何の話なの?お父さん、話してくれないんだから」

「話すと長くなるから、あとでゆっくり説明するよ。とりあえず、お母さんはご馳走の用意をお願いします」

「はいはい。準備ができるまで、あなたたちもゆっくりするといいわ」

「それじゃ、美月さん。私の部屋へ行きましょうか」


そう言うと沙依は美月を連れて自分の部屋に入って行った。

やがて、買い物に行っていた3人も到着。浴衣姿の女子が5人も揃えば、なかなか華やかになる。体型的に沙依、サム、そして美月は浴衣向きだ。ケイも悪くない。マリナは、ちょっとキツそうだが、それはそれで色っぽいのである。ただ眺めていられれば幸せなのだが、そうは問屋が卸さないわけで、男どもは、それなりの対価を支払わなければならない。


「そろそろ行くわよ。お父さんは、こっちの重いのをお願いね。沙依はこれを持って行ってくれる?」

「はーい。了解です」


親父は、既にビール片手にご機嫌だ。


「あなた、飲むのは後にしてちょうだい。だいたい、お客さんがいるのに行儀が悪いったら」


お袋に、そう言われて、親父は手にしたビールを飲み干すと、しぶしぶ大きなクーラーボックスを持って、表に出て行った。


「あ、私たちも持ちましょうか?」

「悪いわね、マリナちゃん。それじゃ、こっちをお願いできるかしら」

「私も何か持つわ。ほら、ケイも何か持ちなさいよね」

「じゃ、私は沙依ちゃんのを半分持つよ。おお、なんだか美味しそうなにおいがするな」

「つまみ食いしたら承知しないわよ」

「あはは、バレた? 残念。ご馳走はお預けか」

「あんたねぇ」


いつも通りの美月とケイである。それぞれ荷物を持って表へ出ると、家の前に車が到着している。とりあえず、荷物を積み込んで、出発。


「場所はいつもの所でしょ」


沙依が言う。


「そうよ。旧浅草の川沿いで、ケンジたちが場所取りしてるはずだから」

「お兄ちゃんたち、大丈夫かな。場所なかったらどうしよう」

「さっき、場所が取れたって連絡があったから大丈夫よ」

「そっか、それなら安心だね」


俺は家族に信用がないのだろうか。なんとなく悲しくなる会話である。さておき、全員予定通り合流。川沿いの公園に陣取って、料理を広げる。


「すごい。ご馳走ですね」

「どうぞ、遠慮なく召し上がれ。飲み物は、各自好きなのを取ってね」

「ありがとうございます。美味しそう・・」

「マリナったら、食べ過ぎるとキツいよ」


ケイが、意地悪そうに言う。


「あんたも人のこと言えないんじゃないの?」


と、すかさず美月。その脇で親父は早速ビールをあけている。あたりはそろそろ薄暗くなり始めて、川の土手の街灯が、うっすらと輝き始めている。見上げれば、スカイツリーが、薄い青色にライトアップされている。これは、花火の夜の特別なイベント。この歴史的な建造物が作られた当初のライトアップを再現したものらしい。


「だいぶ暗くなってきたね。そろそろかな」

「口に食べ物を入れて喋らないでよ。行儀悪いわね」


ケイと美月がそんな会話をしている脇で、少し離れた川の土手から、白い光が尾を引いて空に上がっていった。少し遅れて、ドンという音が響いてくる。


「あ、始まったよ」


沙依の声に重なって、光は空ではじけて白い雲となり、パンパンという乾いた音が響く。これが開始の合図なのだろう。それからしばらくして、幾筋もの光の筋が空に上って、色とりどりの大輪の花を咲かせた。


「すごい。綺麗ですね」

「やっぱ、本物は迫力が違うね」


マリナに相づちをうちながらも、ケイは箸を休めない。親父はその脇で二本目のビールを、プシュっとやっている。


「今年は賑やかで楽しいね」


気がつくと沙依が隣にいて、俺を見ながらそう言う。去年の夏は帰れなかったからな。こいつも寂しかったのかもしれない。


「ああ、そうだな」

「毎年こんなだといいのにね」


沙依はそう言うと、俺に軽くもたれかかる。


「あ、ケンジを沙依ちゃんに取られちゃったよ。どうする美月?」

「あんたね。兄(きょう)妹(だい)なんだから、おかしなこと言うんじゃないわよ」

「いやぁ、わかんないよ。ケンジもシスコンみたいだしさ」


おいおい、それはどういう意味だ。こいつがブラコンなだけで、俺はシスコンなんかじゃ・・・


「えへへ、今夜のお兄ちゃんは沙依のものだし」

「おい、誤解されるようなことを言うな。暑苦しいから離れろ!」

「お兄ちゃん、テレてる」

「うるさい」


こういう沙依もちょっと珍しい。こんなに大勢で花火見物なんて初めてだから、ちょっと浮かれているのだろう。なんとなく甘酸っぱい感覚だが、俺は女子たちの目も気になる。さすがにシスコン扱いされると、これから先、リーダーとしての立場がキツくなりそうだ。俺は、沙依の頭を押しのけると、お茶に手を伸ばして、ひと口飲んだ。


そうこうしている間に花火も佳境となり、これでもかと言うくらいの早打ちが始まった。色とりどりの光と、腹に響く音に圧倒されて、言葉を失ってしまう。


「あれは、何でしょう」


マリナが指さす方向、花火の向こう側に、うっすらとオレンジ色の光が浮き上がってくる。やがて、その光は、大きなタワーの姿になった。


「東京タワーね。あれはホログラムよ。パリじゃエッフェル塔が本物で、花火はホログラムだけど、こっちは逆ね。花火はやっぱり、こっちのほうがいいわ」


美月が解説している。これも花火の夜限定のイベントである。300年前、老朽化のために取り壊された東京タワーだが、今はホログラムとしてその姿が保存されているのである。東京タワー記念館に行くと、その内部も仮想現実として体験できる。展望台では、一部の床がガラス張りになっていて、真下を見ることができたようだ。高所恐怖症の人間にはちょっときつい仕掛けだったかもしれない。そんなことを考えている間に、花火は最高潮。早打ちに加えて、川沿いの仕掛け花火に点火されると、あたりは一気に明るくなる。これは「ナイヤガラ」と言うらしい。北アメリカの東部にある大きな滝の名前なのだそうだ。


「すごい。綺麗ですね」

「いやぁ、圧倒されるよね。実は、この花火を生で見るのは私も初めてだし」


マリナとケイも、はしゃいでいる。美月は、音と光に圧倒されたみたいな感じで、黙って花火を眺めている。それとも何かを考えているのか・・・。


「お兄ちゃん、やっぱり気になるんだ・・・」


いきなり、沙依が耳元でささやく。


「別に俺は・・・・」

「ごまかさなくてもいいよ。もうバレバレだし。お兄ちゃん、わかりやすいんだから」

「あのなぁ、俺はただ、昨日のことが気になって・・」

「そうそう、その話なんだけど、後でサムさんとお話ししたほうがいいよ。夕べ、色々と調べてもらって、何かわかったみたいだし」

「そうなのか。実はジョージと親父も、昨日徹夜で調べてたんだけど、俺には何が何だかさっぱりで」

「じゃ、今夜は、このあと謎解きだね。沙依も無関係じゃなさそうだし」

「無関係じゃないって、どういうことだ」

「三角関係・・・かな」

「おい」


沙依は無邪気に笑う。


「少なくとも、このDIユニットが、からんでいることは間違いないみたいだし、これを持っているのは3人。沙依とお兄ちゃんと美月さんってことだよね」

「でも、それだけじゃないんだよな。本来、働くはずのない回路が働いているらしいし」

「あ、それ、サムさんも言ってたよ。本来、接続されるはずのない回路に信号が流れてるって」

「そうか、サムもそこまで気がついたのか。これは、ジョージや親父も入れて話をしないといけないな」

「それがいいよ。でも・・・・」


沙依はまた俺にもたれかかって、こう言った。


「今は花火を見ようよ。次はいつ一緒に見られるか、わからないし」

「そうだな」


俺たちは、また、しばらくの間、時間を忘れて、圧倒的な音と光に身を任せたのである。


      ◇


「これじゃないか?かなり大量のデータが学生専用回線に流れてるぞ」

「確かに。こいつの出元はどこだ?」


アカデミーの一室では、デイブとフランクが、仮想パネルを眺めながら、通信ログと格闘していた。数時間前に、地球にいるジョージ・エイブラムスから連絡があって、正体不明の通信がアカデミーから中井ケンジのDIに流れているので調べて欲しいという依頼を受けたのである。


「ちょっと待ってくれ。多重化システムを通る前の中継機のログを見てみよう」


フランクはそう言うと、仮想パネルを操作した。


「よし、これだ。発信元は・・・・センターコンピュータの統合通信ユニットだな」

「どういうことだ。センターコンピュータが直接、学生にデータを送ったというのか?」

「確かに普通では考えられない。機能としては可能だが、特定の学科の試験を除いて、センターコンピュータが直接データを学生に送るようなプログラムは組み込まれていないはずだ。誰かがセンターコンピュータに指示を与えない限りはな」

「つまり、誰かが意図的にやったということか。アカデミーの内部者か、それとも外部のハッカーがやったと言うことか」

「その二者択一なら、内部者のほうだな。少なくとも、センターコンピュータをハッキングできるスキルの持ち主は、アカデミーの歴史上、二人しか知らない」

「ジョージ・エイブラムスか」

「ああ、それとお前さんだ」

「俺が?冗談はよせ」

「いや、お前なら可能だろう。もちろん、お前がやったとは言ってない。エイブラムスについても同じだ。そもそも二人とも、そうする理由がないだろう。まぁ、誰がやったとしても、その理由は不明だが」

「しかし、いったい誰が、そんなことを?」

「わからない。でも、調べる手はあると思う」

「センターコンピュータ自身に聞いてみるとか?」


デイブがちょっと茶化した感じで言う。


「いや、それが一番いい手だよ。こいつほどじゃないが、痩せても枯れても、太陽系最大のコンピュータシステムのひとつなんだ。原因を自分で探し出すくらいのことは、朝飯前だろう」

「なるほどな。システム診断プロセスと同じアルゴリズムを使えばいいのか。たしかに、センターコンピュータは許可さえあれば、L2の全システムにアクセスできるからな。どんな経路からのアクセスでも見つけ出せるな」

「それじゃ、早速やってみよう」


そう言うとフランクはパネルに向かってしばらく指示を入力する。やがて、二人の正面に大きな表示パネルが開いた。これは、意識下の仮想パネルではなく、ホログラムによる投影である。パネルには、地球圏のネットワークが模式化され、3D表示されている。中心にあるのがL2ステーションのネットワークである。しばらくすると、経路のいくつかの色が変わる。


「出たみたいだな。拡大してみよう」


フランクが操作すると、L2のネットワーク部分が拡大され、細部の経路が浮き上がってきた。その中心にあるのがアカデミーのネットワークだ。そこに対して二つの通信経路がハイライトされている。一本はL2内部、もう一本は地球のネットワークへの経路のようだ。


「L2内部に通信の発信元がありそうだな。これをトレースしてみよう」


フランクがそういった直後に、さらに表示が拡大される。


「宇宙港か。どこかの船が発信元のようだな」

「ちょっと嫌な予感がするぞ。もしかして、これはうちの船じゃないのか」

「そのようだな。やはり犯人はお前だったか」

「悪い冗談はよせ。しかしうちの船とはな。ここから先は俺の仕事だな」


デイブはそう言うと、コミュニケータを操作して、しばらく何かをしていた。


「こりゃ驚いた。すまんが、アカデミー側の内部経路を出してくれないか」

「何かわかったようだな。ちょっと待てよ」


フランクがそう言うと、パネルの表示がさらに拡大される。


「やっぱりか。犯人はこのコンピュータだな。最終的な通信指示は、このコンピュータから出ているみたいだ。それに、うちの船の兄貴分が一枚かんでいるらしい」

「どういうことだ」

「それは俺にもわからん。本人に聞いてみるのが一番よさそうだが」


デイブはそう言うと、脇にパネルをもう一枚開いた。それをのぞき込んだデイブはちょっと戸惑った様子である。


「そうか、うっかりしていたよ。クローン化の副作用が気になったんで、前もって、周囲とのコミュニケーションを一部制限していたんだが、それを解除し忘れていた。これじゃ、何か言いたくても伝える手段がないな。ちょっと解除してみるぞ」


デイブがパネルを操作すると、いきなりパネルが大きくなり、太陽系周辺の立体星図に重ねて大量の情報が一気にあふれ出した。


「おいおい、そんな一気に出されても何が何だかわからんぞ。うっかりしていた俺が悪かった。たのむから順に説明してくれ」


デイブがそう言うと、パネル上の情報が整理され、説明用の小さなパネルが開く。そこに説明が表示されると同時に星図の一部がハイライトされ、拡大する。そこには、薄暗い星の姿が映し出されていた。


「これは褐色矮星だな。これを見つけたって言うのか。それで?」


拡大図が消え、次に、星図上に褐色矮星の軌道が表示された。その軌道は太陽系の中心部を横切って、火星と地球の軌道の中間を通過している。


「おいおい、これは本当なのか。こんなものが太陽系を横切ったら大惨事だぞ」


フランクが驚いた顔で言う。


「こいつの速度と予想される影響を計算してくれ」


デイブが言うと、しばらくしてメッセージが表示される。


「フランク、影響を詳細に計算するためにセンターコンピュータの協力がほしいそうだ。頼めるか。流石に勝手に使うのは心苦しいのだと」

「わかった、やってみよう」


フランクがセンターコンピュータに指示を与えると、シミュレーションが始まった。星図が一気に細かくなり、あらゆる小惑星や太陽系内の物体がその上に表示される。褐色矮星の動きが加速され、それに伴って、周辺への影響が表示されていった。


「まずはオールトの雲だな。大きく攪乱されるようだから、数千年、数万年の単位で太陽系内に落ちてくる彗星の数が激増しそうだ。惑星への衝突も起きる危険がある。カイパーベルトへの影響は軌道の傾きから見て軽微なようだが、小惑星帯は、だいぶ影響を受けそうだ。軌道を外れる小惑星がかなり多い。それに、惑星軌道面を通過する際の火星の位置が最悪だ。火星の軌道が大きく傾きそうだが・・・」

「通過後の太陽系はどうなる?」

「それが問題だ。特に火星は惑星軌道面から大きく傾いた楕円軌道になりそうだ。この軌道だといずれ地球とも干渉しそうだから、最終的に地球も今の場所にはいられないだろうな」

「おいおい、さらっと言ってくれるが、こりゃ恐竜絶滅級の大惨事じゃないか」

「そういうことだ。問題は時間軸だが・・・」

「今のシミュレーションは実時間だとどのくらいの期間にあたるんだ?」

「ちょっと待てよ・・・・、おいおい、冗談じゃないぞ。現在の位置から太陽系を横切るまでに20年しかないのか?しかも、オールトの雲を横切ってからほんの5年ほどで惑星系を抜けてしまうとはな」

「高速のはぐれ星だな。こいつはどっちの方向から飛んで来たんだ」

「どうやら起源は銀河系の中心方向らしい。おそらく、遙か昔に中心の巨大ブラックホールにはじき飛ばされた星だろう。そうでなければ、この速度の説明がつかない」

「そうだな。俺もそう思う。しかし、これは一刻を争うぞ。すぐに対処を考えないと手遅れになる」

「ああ、アカデミーから緊急警報を出して惑星評議会を招集してもらう必要があるな。しかし、こんな物に対処できるのか?」

「かなり難しいだろうな。そもそも木星よりデカい星の軌道を変えるパワーなんか、俺たちは持ち合わせていないからな。ひとつ考えられるとしたら、重力遮蔽だろう。この星と太陽や周辺の恒星との間で働く重力を遮蔽することで、軌道を変化させられるはずだ。問題は、どの程度変化させられるかだな。少なくとも惑星系からは遠ざけたいところだが、もっと精密な情報がないと判断ができないな」

「一度、近くに行って詳細な調査をする必要があるな」

「そういうことだ。もたもたしている時間は無いぞ」

「よし、すぐに動こう。こいつには引き続き情報収集をさせておこう」


そう言うと二人は早足で部屋を出て行った。

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