第6話 謎解き

さて、家に帰った俺たちは、ちょっと日焼けしてヒリヒリする体をシャワーで冷やして、それから例によってベランダで夜風にあたりながらくつろいでいた。


「うーん、不思議だ。2回チェックしたけど、おかしなところは見当たらないな」


ジョージが例の小箱を手に、そうつぶやく。


「例のバグか?」

「いや、だからバグと決まったわけじゃ・・・。アルゴリズムチェッカーの結果だと、特に問題になるような処理はないんだよね。そもそも単純なバグなら、全員に現象が出ていいはずなんだけど」

「たしかにな。俺たち3人にだけってのも不思議だけど。何か共通点でも・・・」

「共通点か・・・。そう言えば、3人とも同じDIユニット使ってたよね」

「ああ、・・ってことは、そっちのバグか?」

「いや、バグとは・・・・」


きっとこれは親父お手製のDIユニットのバグに違いない。そうでなければ、説明がつかないだろう。


「親父ぃ、ちょっといいかな」

「なんだ、今はビールがまわって、いい感じなんだが。急ぎか?」

「大急ぎだ!」


親父はリビングのソファーから立ち上がって、グラスを片手にベランダに出てくる。


「親父、バグだ」

「ん?バグ?」

「あ、バグと決まった訳じゃないんですが、今日、ちょっと変なことがありまして」

「変なこと?」

「ああ。今日、ジョージが情報共有モードで夜空に星図を出してくれたんだけど、俺と沙依、それから美月の3人だけ、変な星というか、光点が表示されたんだ。3人だけってのは、親父ご謹製のDIユニットが何かやらかしてくれたんじゃないかと思うんだけどな」

「おいおい、そんなはずは。お前ら2人のはともかく、美月ちゃんのは、もうずいぶん前に作って渡したものだし、ソフトには特に手を加えていないからな」

「もともとバグってて、たまたま今日、その条件が合って3人とも現象が出たんじゃないのか?」

「うーむ、ソフトウエアは3重にチェックをかけてるし、昨日の夜、沙依のを作った時にもフルの動作チェックをしてるから、そんなはずは」

「それじゃ、3人だけって説明がつかないんだが」

「たしかにな。ちょっと待てよ・・・」


そう言うと親父は家の中に入って行き、なにやら持って戻ってきた。見た目はリストバンドのようなものである。


「ジョージ君、それ、もう一度やってみてくれるかな。その星図ってのに興味があるんだが」

「それは?」

「私のDIユニットだよ。基本的なソフトは同じだから、バグなら同じ現象が出るはずだからな」

「わかりました。それじゃ、やってみますね」

「あ、ちょっとまった。母さん、手が空いてたら来ないか。ジョージ君が面白い物を見せてくれるって言うから、一緒に見ないか。DIユニット持ってこっちに来るといい」

「なんですか?面白い物って。あなたがそう言う物で、これまでロクなものが無かった気がするんだけど」

「それはジョージ君に失礼だろう。ちなみに、母さんのDIも同じだから、出るとしたら3人一緒に同じ現象が出るはずだ」

「なんですか。なにやら嫌な予感がするんですけど」


親父の奴、ちゃっかりと夜空の星図を鑑賞するつもりだ。たぶん、その後、ジョージは夜遅くまで質問攻めに遭うに違いない。


「それじゃ、情報共有モードに。いきますよ」


ジョージがそう言うと、また夜空の星に重ねて星座が表示される。


「すごいな、これ」

「ほんと、綺麗ね。お父さんも、たまにはこういうロマンチックな事してくれれば、いいんだけどね」


お袋がまた余計なことを言う。これで、完全に親父に火が付いたはずだ。たぶん、今夜ジョージは寝かせてもらえないだろうな。


「でも、これって、お父さん覚えてない?」

「ん?何をだ?」

「ほら、学生の頃、コペルニクスで」

「あ、あのシャトルで彼女が、えっと・・・・」

「サラ、サラ・ホイットニーだったわよね、彼女がやってくれたのに似てない?」

「そうだな。思い出した。そうそう、あの後が大変だったんだけど」

「本当に大変だったわよ。あの時はお父さんの日頃の行いを恨んだものよ」

「おいおい」

「他にもこういうことをやった人が?」

「ああ、もう昔の話だけどな。私と母さんが、初めてコペルニクスに旅行した時の話だ。そうそう、アンリにも、その時初めて会ったんだが、ちょうどお前たちみたいなアカデミーの学生グループと、たまたま一緒になってな。その中の1人が、ジョージ君みたいな感じで色々とやってくれたんだ」

「コペルニクス?また贅沢な・・・。でも、まてよ・・どこかで似たような話を聞いた覚えがあるな。そう言えば、美月の親父さんがお袋さんにプロポーズしたとか・・・」

「そうそう。あれはなかなか感動的だったわ。一生君を守るよって」

「あはは、結果、奴は奴隷に身を落としてしまったわけだが」

「でも、あの時、体を張って私たちを助けてくれたデイブは、ちょっと残念だったわよね。彼もいい人なんだけど」


そういえば、デイブが最初にあった時にそんなことを言っていた。あまり思い出したくない話なのだが。


「え、それじゃ、デイブってのは、デイビッド・ムラカミさんのこと?」

「そうだよ。知ってるのか?」

「知ってるも何も、あのシャトル事故の時に救助してくれた船の副長さんだよ」

「なんだって?美月ちゃんといい、いったいどういう縁だろうな、これは」

「本当に不思議ね。じゃ、フランクとかも知ってるんじゃない?」

「僕たちの教官ですね。フランク先生は。そう言えば、デイブさんとは同級だったっておっしゃってましたよ」

「しばらく遠くへ行ってるって聞いてたんだけど、戻ってきたのね。アカデミーの教官か。女生徒が放っておかないわね、きっと」

「ああ、もう大変だよ」

「二枚目だったからな。たしか彼はサラと付き合ってるんだったっけ?」

「なんか、いい雰囲気だったけど、どうなのかしらね」

「サラさんって、その人は知らないな」

「おっと、余計なことを言ってしまったかな」


フランク先生に彼女が・・・・いや、これは聞かなかったことにしておこう。ケイあたりに知れると、あっという間に学校中に広まりそうだからな。


「それはそうと、何か変わったことは?」


ジョージが聞く。


「あ、そうだった。昔話をしてる場合じゃないな」

「んーっと。見た限りでは、変わったところはないみたいだな」

「たしか、あの時は美月の回線で宇宙局のデータベースにアクセスしてた時だったからね。今は接続がないからちょっと環境が違うんだけど」

「こちら側での問題なら、それはあまり関係ないだろうね。その情報が向こう側から送られてきているんだったら環境を同じにしないといけないだろうが」

「やってみますか。美月がいないので、ちょっと面倒ですけど、例のプロジェクトのアカウントを使えば接続できると思うので」


ジョージはそう言うと、しばらくアウトバンドのパネルで何か操作をしていた。


「これで繋がったけど、どう?」

「うーん、特に変化は・・・。待てよ、出た。さっきよりもはっきりしてる感じだ」

「どれだ。こっちは変化がないが」

「ねぇ、何の話?」

「母さん、何か明るい星が増えて見えたりしてない?」

「特に何も変わらないわよ。ケンジは見えるの?」

「今度は俺だけ?DIのせいでもないと?」

「不思議だな。ちょっとデータのトレースをとっておくね。あとでじっくり調べて見よう」

「それじゃ、DIの側もあったほうがいいな。ケンジのはデフォルトでトレースがとれるようになっているから、ケンジに言って出してもらうといい。なんなら解析も手伝おう。バグと疑われたからには、疑いも晴らしたいからな」


親父がそう言う魂胆はもう見えている。ついでに、星図のしくみをパクるつもりに違いない。


「そうしてもらえると助かります」

「よし、それじゃ準備をするからな。ちょっと待っていてくれ」

「あなた、ほどほどにね」

「わかってるって」


そんな感じで、親父とジョージは、親父の自称ラボ兼自室に入り、俺はとりあえず先に寝ることにした。たぶん二人は徹夜だろう。どうせ明日は夕方までは暇だ。昼間は寝ていても問題はない。まぁ、俺はそんな問題よりも睡眠時間を優先したいから、後はジョージにまかせよう。明日の朝には結論を出してくれるだろう。そんなことを考えている間に、俺は眠りに落ちていた。


                    ◇


その頃、美月の実家では、女子たちがガールズトークの真っ最中。中世日本の旧家を模したという広い和室に5人が床を並べ、布団の上で今夜も恋愛談義に盛り上がっている。


「まぁ、あれだ。アカデミー附属高男子のレベルは、残念ながらあまり高くないのが現実だよね。格好いい宇宙船乗りの卵なんて夢は、入学初日に軽く打ち砕かれちゃったし」

「えー、そうなんですか?なんか、一般人のイメージとだいぶ違いますね。同級生なんか、女子も男子も、すごい夢見てますけど。私なんか、お兄ちゃんの話とか、しょっちゅう聞かれますよ」

「夢なんて見てるうちが楽しいのよ。現実はそんな甘くないわ。私なんか入学前から打ち砕かれてるわよ」

「え、それって、もしかして・・・・」

「あはは、美月の入学前、私の初日の共通項と言えば一人だけどね」

「そんなぁ・・・」

「でも、私も最初にお話しした同級生はケンジ君でしたけど、好印象でしたよ」

「え、入学式当日から罰当番だったのに?」

「そういえば、なんだか二人で仲良くやってたわよね。薄暗いところで」

「え、仲良くだなんて、そんなことありませんよ。普通にお話ししてただけです」

「それ見た美月の顔ったら、すごく怖かったけどねぇ」

「そ、それは、単にあいつがサボってるのに腹がたっただけで、他に意味は無いわ」

「ふーん、でもさ、発言には明らかにジェラシーを感じたよ」

「だから、違うってのよ。どうして私がケンジなんかに」

「あのー・・・・」

「あ、悪い悪い。別に沙依ちゃんのお兄ちゃんをけなすつもりは無いんだよ。ケンジはそれでも、ずいぶんマシなほうだと思うし」

「そうそう。私もケンジ君は大好きですよ」

「ほぉ・・・、大好き・・・と?」

「え、え、そう言う意味じゃなくってですね・・」


ケイの意地悪い突っ込みと、美月のちょっと殺気だった視線にマリナが真っ赤になって言い訳をする。


「でも、ちょっと安心です。お兄ちゃん、どちらかと言えば地味な性格だから、友達できるかどうか両親共々心配してたんですよねぇ」

「地味な性格だから、このチームのリーダーが勤まると分析」

「うん。まぁ、自分で言うのもアレだけどさぁ。このメンツ相手にケンジはよくやってると思うよ」

「本当に自分でよく言うわね。私も否定はしないけど」

「そうですよ。いつも土壇場でケンジ君がうまく全員をまとめてくれるから、本当に心強いです」

「そうそう。つまり、男って奴はさ、見かけも重要だけど、中身で勝負ってことだね」

「はぁ、なんか微妙な感じがしますけど、でも、必要とされてるのは妹としても嬉しいです。ところで、なんとなく話がずれちゃいましたね。それでも、男子はともかく、女子のレベルはめちゃくちゃ高くないですか?」

「そうかなぁ。まぁ、そう言ってもらえると嬉しいけどね」

「つまり、うちの女子はともかく、男子は夢見ててもいいってことですよね」

「見かけはさておき、性格はどうかしらね」

「あはは、そうだね。たしかに」


ケイが意地悪い表情で美月を見て言う。


「あんた、何が言いたいわけ?」

「別に。それとも、何か心当たりが?」

「どうでもいいわ。ばかばかしい」


美月も少しケイとの間合いを学習しているのかもしれない。最近は突っ込み一方でなく、逃げることも覚えたみたいだ。でも、そこで手を緩めるケイではない。


「ところでさ」

「何よ?」

「今朝はどうしたのさ、美月。なんか、あからさまにおかしかったじゃない」

「もう忘れたわ。どうでもいいじゃない、そんなこと」

「よくない。チームの要のパイロットがなんか悩んでそうだと気になるよね」

「食事の後、急に元に戻ったのも不自然」

「そうですね。男子がいると言いにくいことでも、今なら大丈夫ですよ」

「なんでいきなり全員、私の話に食いつくわけ?」

「皆さん、心配なんじゃないですか?やっぱり」


マリナが本当に心配そうに言うので、流石の美月もちょっと言葉に詰まってしまう。メンタル面のケアもメディカルの重要な仕事ではあるのだが、それ以上にマリナの場合は、本当に心配していそうだ。美月もそこはわかっているので、突っぱねられなかったのだろう。


「そんな、心配なんて・・・。ほら、誰でもあるじゃない。ちょっと嫌な夢見てブルーになることなんて。そういう話よ」

「あ、やっぱり図星だったんだ。子供じゃないわ、みたいな事言って、実は」

「う、うるさいわね。あんたの言い方にムカついただけよ」

「もう、素直じゃないんだから、美月ってば。でも、そう言えば、ケンジも変な夢見たとか言ってなかったっけ?」

「そうですね。天の川に流されたとか」

「まさか同じ夢見た?」

「・・・・」

「図星か。たしか、静止軌道から地球へのフライトの時もそんなこと言ってなかったっけ?」

「・・・・」

「でも、二人が同じ夢見るなんて事、あるんでしょうか。心理学的には、同じようなトラウマがあるとかかもしれませんが、うまく説明できませんし」

「例の事故体験が影響してる・・・とか?」

「見たのが事故の夢なら、そう推定できる。でも、そうじゃないなら関連性は薄い」

「あのね、どうして同じ夢って決めつけてるわけ。私はまだ何も言ってないわよね」

「違うの?」

「・・・・」

「ほら、やっぱり図星じゃないのさ」

「同じってのはちょっと違うのよ。場面は同じだけど、それぞれ違う役を演じてるみたいな」

「そんなことあるの?」

「同じ仮想現実の中に二人が入ったとも考えられる。でも、それを誰が作ったのか、また、そうする理由が何かがわからないから、単なる仮定に過ぎない」

「しかも、睡眠中にだよね」

「たしかに、レム睡眠の最中なら考えられないことではありませんが、サムの言うとおり、どうしてそれが起きたのか、理由がわかりませんね」

「ケンジは、川に流されている時、対岸に美月がいたって言ってたよね。じゃ、美月はケンジが流されていく夢を見ていたってこと?」

「そうよ。流石に見ていられないから、手を引っ張ろうとしたんだけど、届かなかった。あいつ何かを叫んでたけど、それも聞き取れなくて」

「そう言えば、ケンジ君、上流から大きな星が、とか言ってませんでしたか?」

「言ってた言ってた。美月はそれには気づかなかったの?」

「それは知らないわ。ケンジに手が届かなくて、そこで夢が終わったのよ。ケンジなんか、って思ったけど、なんだか後味が悪かったわ」

「わかりますよ。私ももしそんな夢を見たら、ちょっと考えてしまいそうですから」

「なんか不思議ですよね。誰かがお兄ちゃんと美月さんに何かを伝えたがってるんでしょうか」

「うん。でも、その誰かが誰で、どこにいて、何のためにそんな夢を見せたかが謎だよね」

「星と言えば、さっきのあれ。やっぱり、美月さんとお兄ちゃんでしたよね。私も入ってましたけど」

「そう言えば。あれも何か関連してるのかな。沙依ちゃん、その星ってどのへんに見えたの?」

「そうですね、ちょうどデネブとベガの間くらいの天の川の脇のあたりでしたね。大三角の一辺のちょっと内側あたりでした」

「ということは、ベガとアルタイル、つまり牽牛、織女の少し上流ですね。なんだかこの話、繋がってないですか?」

「その星に何か意味があるのかも」

「そう考えるのが妥当」

「ということは、その情報はインターフェイスを介して3人だけに送られてきたという事だよね」

「でも、昨日、沙依は夢を見ませんでしたよ」

「そうだよね。昨日はなくて、今日はあった共通点がわかれば」

「そう言えば、今朝、お父さんから新しいDIユニットをもらったんですよ。ほら、これ」


沙依はそう言うと左手首のDIユニットを見せた。


「え、それ、どこかで・・」


美月が自分のDIユニットに目をやる。


「同じじゃない。どうして?」

「ほんとだ。見た目、まったく同じだね」

「あ、ごめんなさい。話すと長くなるんですけど、実はこれ同じ物なんです。お父さんが夕べ徹夜で作ってくれたんですけど」

「どうして、美月さんのDIと同じ物を沙依ちゃんの、というかケンジ君のお父さんが?」

「そこが長い話なんです。私も昨日、お父さんから聞いたばかりなんですけど。実は、うちの両親、美月さんのご両親と知り合いだったそうなんです。なんでも、学生時代にコペルニクスで知り合ったとかで」

「こ、コペルニクス?それじゃ、パパの知り合いの電子工学の専門家って、沙依ちゃんの、ケンジのお父さん?嘘でしょ、まさかそんなことって・・・・」

「おおお、なんだか因縁めいた話になってきたじゃないのさ」

「茶化さないでよ。それで、沙依ちゃんのお父さんはどうしてうちのパパにこれを?」

「詳しいことはわからないんですけど、13歳の誕生日のプレゼント用に、情報処理能力を大幅に上げたものを作ったとか言ってました。それが、例の事故の時に壊れたので、バージョンアップして作り直したらしいんです。で、昨日、お兄ちゃんも同じ物をお父さんからもらってるんです。誕生日に渡せなかったプレゼントだって。お兄ちゃんは、美月さんと同じだからってちょっと恥ずかしがってましたけど、ついでに沙依もおねだりしたら、お父さん、徹夜で作ってくれました。ということで、今は3人お揃いなんです」


美月は、なにやら最悪・・・というような顔をして黙り込む。


「おお、それじゃ、美月とケンジもお揃いなんだ。うーん、ついでに私たち全員の分作ってくれないかな、沙依ちゃんのお父さん」

「パーツがあれば作れると思うんですけど、ちょっと聞いてみましょうか?」

「そ、それがいいかもしれないわね。私とケンジだけお揃いなんて、いくらなんでも我慢ができないわ」

「あ、沙依もお揃いですよ。最初、お父さん沙依のは渋ってたんですけど、お兄ちゃんが説得してくれて」

「ケンジにしては、賢明な判断じゃない。本当に二人だけお揃いだったら、これはお返しするわよ」

「またまた、そういうのをテレ隠しというのだよ。本当は嬉しいくせにさ」

「お揃いなんて羨ましいです」

「ほぉ、羨ましい・・・と?」

「あ、あ、それは、その・・・」


マリナはまた真っ赤になって言い訳しようとするが、どうも今夜はこういう失言が多い。もしかしたら、お泊まりの夜のガールズトーク特有の雰囲気がそうさせているのかもしれない。


「まぁ、あれだ。ケンジと美月、沙依ちゃんだけってのは不公平だから、やっぱり全員のを作ってくれるようにお願いしてみよう」

「でも、ご迷惑になるんじゃ」

「大丈夫です。自分が作ったものを皆さんが欲しがっていると聞けば、気合いを入れて作ってくれると思いますよ」

「それでも、費用くらいはお支払いしないといけませんね」

「そうだね。いくらなんでもタダって訳にはいかないし、費用を払うか、何かお礼をしないといけないよね」

「費用なら全部私が出してもいいわ。ケンジとお揃いのブレスレットをクラスで冷やかされるくらいなら安いものよ」

「お、太っ腹。よし、じゃそういうことで。沙依ちゃん、よろしく」

「了解しました。明日家に帰ったときに話してみます」

「で、ごめん。この話はしばらくケンジとジョージには内緒で」

「わかりました。まかせてください。ところで、あれって、それじゃDIユニットのせいってことなんですか?そう言えば、お父さんが何か特別な機能があるとか言ってたような気がするんだけど」

「特別な機能?」

「沙依にはよくわからないけど、ジョージさんとお父さんが、そんな話をしてました。お兄ちゃんは実験台にされたって怒ってましたけど」

「なんだろね。サム、何かわかる?」

「情報が少ないので無理。でも、そのユニットを見ればわかるかも知れない」

「よし、沙依ちゃん、ちょっとサムに見てもらおう」

「サムさんって、こういうの詳しいんですか?」

「そりゃ、我がチームが誇るC&Iだからね。時々、ジョージの上前はねてるし」

「それじゃ、お願いします。沙依もちょっと気になりますから。セキュリティは外しておきますから、じっくり調べてください」


そう言いながら、沙依はブレスレットをはずすとサムに渡した。サムはそれを受け取ると、なにやら操作して、そのあとしばらくアウトバンドのパネルをのぞき込んでいた。


「これは興味深い。市販されているユニットの10倍以上の処理能力、それに通信速度もずいぶん速い。これは私も欲しい」

「おお、サムも興味を持ったか。まぁ、ケンジとおそろ、という話じゃ無くて技術的にって話みたいだけどね」

「ひとつ、機能が不明のモジュールがある。神経系と通信回線の間で何か特殊なデータ変換を行うモジュールのようだけど、これまで見たことがない。それに・・」

「それに?」

「インターフェイスポイント側が通常の仕様外の信号経路になっている。これでは、神経回路と接続ができないから、何の役にもたたないはず」

「もしかして、失敗作?」

「でも、もし、これに対応出来るようなインターフェイスポイントを持っている人がいるとすれば、何か他の人にはできないことが出来るのかもしれない」

「もしかして、3人はそれを持っていると?」

「私の場合は、残念だけど、その可能性もあるわね。だいたい、私のインターフェイスはパパの実験台みたいなものだから。でも、流石にケンジと沙依ちゃんは、ありえないわね」

「だとすると、その機能そのものは原因ではない・・・か。でも、それが他の機能に何かの影響を与えているってことはないのかな」

「バグ、ということならそれは考えにくい。用途はわからないけれど、プログラム自体は非常によくデバッグされているように見える。たぶん、かなり綿密なテストをしていると思う」

「役に立たない機能をそこまで綿密にテストするなんて、なにか陰謀めいたものを感じるわね」

「陰謀、とか言わないでくださいよ。うちのお父さん、たしかにかなりマニアックですけど、たぶん、陰謀とかにはまったく無縁な人なので」

「沙依ちゃんのお父さんじゃなくて、うちの両親の話よ。もしかして、パパがそれをお願いした・・・とか」

「自分の娘にそこまでやる?」

「あいつならわからないわ。そもそも、私がなんで疫病神扱いされなきゃいけないと思ってるのよ。全部あいつの、パパのせいなんだから」

「それなら、ケンジの親父さんが、そんなDIユニットを作ったってのも納得できるかもね」

「お父さんも、そういうところに興味を持つと、突っ走っちゃう人ですから、ありえない話じゃ無いと思います」

「このモジュール、実際にデータを処理した形跡がある。トレースが自動的に取られているから、これを見ればどんなデータがどこから送られてきたかわかるはず」

「でも、沙依ちゃんには、そのデータを受け取るインターフェイスがないわけでしょ。どうして、データが流れるわけ?」

「わからない。でも、確かにインターフェイス側と相互の通信が記録されている」

「それじゃ、沙依ちゃんは、その回路と繋がるインターフェイスを持ってるってことですか?」

「そういうことになる」

「ねぇ、それじゃ美月はどうなの?」

「美月のも調べて見る?」

「いいわよ。何がなんだかはっきりさせないと気味が悪いわ。これも調べてくれる?」


美月もブレスレットをはずすとサムにそれを渡す。


「これも、同じ。やっぱりデータが流れた記録がある。二人とも、なんらかのインターフェイスとの間で情報が交換されていたことが推定できる」

「それって、沙依ちゃんも私も同じようなインターフェイスを持ってるって言うこと?」

「そう考えるのが自然。おそらくケンジも同じ」

「私だけならわかるけど、どうして二人が?偶然とは考えられないわ」

「それと、今朝の明け方にもデータが流れた記録が残っている」

「それじゃ、美月とケンジが見た夢ってのも外部から来たと?」

「詳しいことは細部を見ないとわからないけど、かなりの量のデータが流れ込んでいるのは間違いない」

「そのデータはどこから送られてきてるんでしょう」

「今夜のものはジョージのコンピュータを経由しているから、そちらの情報が無いと追跡は難しい。今朝のものは、一般回線じゃなくて、アカデミーの学生専用回線を経由している。でも、その先がどこかは、アカデミー側で調べないとわからない」

「アカデミー回線経由なら、ケンジに同じデータが流れてても不思議じゃないか。まぁ、なんで二人?って謎は残るけど」

「そうなると、送信元がどこかが気になりますね。それと、誰が何の目的でというのも」

「でも、それは通信経路をたどらないと、知りようがないわね」

「学校に戻れば、調べる方法はある。でも、ここからでは無理」

「そっか。それじゃ、謎解きは帰ってからだね」

「そうね。でも、一つ疑問が残るわ。静止軌道からのシャトルで見た夢。あの時、ケンジは前のDIユニットを使ってたはずじゃない。このユニットがパズルのピースだとしたら、あの時は違ったわよね」

「確かにそうですね。お兄ちゃんもこれをもらったのは昨日ですから」

「不思議ですね。気になります」

「とりあえず、ここじゃ、これ以上の謎解きは無理そうだし、明日、ジョージとかケンジとも話して、帰ってから一緒に謎解きしたらいいんじゃないかな」

「それには同意。情報は多い方がいい」

「しかたがないわね。ケンジに話すのはちょっと気が進まないけど」

「まぁ、どうせジョージのほうもあれこれ調べてるだろうから、もしかしたら同じような結論になってるかもね」

「そうですね。これはチームの問題でもありますし、みんなで解決しましょう」

「あのー、もし原因がわかったら沙依にも教えてください。私も気になります」

「わかったわ。原因がつかめたら連絡するわ」

「ありがとうございます」

「さて、この話はとりあえずおいといて、沙依ちゃんってさぁ、彼氏とかいるの?」

「え?彼氏ですか? えーっと・・・」

「あんたも唐突ね。そんな無茶振りされても困るわよね」

「いますよ!・・・と言いたい所なんですが、どうも同年代の男子たちは夢見がちなので、いまひとつ付き合いきれないというか」

「そっか。沙依ちゃんは、お兄ちゃん大好きみたいだから、年上でないとダメかもね」

「中学あたりの男子は、たしかにそうだったわね。まだまだ子供っぽい夢を本気で見てたりして、バカじゃないの、とか思ったものよ」

「たしかに、精神的には女子のほうが成熟が早いですからね」

「ま、そう言う意味では、ケンジもジョージもまだまだ大人になりきれていないか」

「そうね。でも、それをあんたに言われたら、あの二人もちょっと辛いんじゃないかしらね」

「いやいや、私の大人っぽさは今日もしっかり見せつけておきましたので、大丈夫かと」

「水鉄砲持ってよく言うわね」

「それはお互い様でしょ」

「最初に持ち出したのは、そっちよね」

「いやいや、順番は関係ないと思うけど?」


そんな感じで、いつしか元の雰囲気に戻った5人は、夜更けまでガールズトークに花を咲かせたのである。



「どうやら、正常に動いているみたいだな」

「ああ。スナップショットだからな。こいつにしてみれば、いきなり環境が違うところに瞬間移動したようなものだろう。状況を把握するまでに時間がかかるかと思ったんだが、まったく問題なかったな」


遡ること数時間前、ここはL2ステーション。アカデミーの情報研究センターの一室である。話をしているのはデイブとフランクの二人。貨物船ヘラクレス3は無事L2ステーションに入港していて、デイブは入港後の作業にメドがついたところで、船を降りてアカデミーへとやってきたのである。


「まぁ、こいつ、というかこいつの兄弟分には、自分のクローンが出来ることは教えてあったからな。そのままの状態で起動して、兄弟分の記憶と周囲の状況から自分がそのクローンだとわかったんだろう」

「いきなり、周囲を調べ回っている感じだな。通信量が急増してる」

「こいつは、船にいたときから、使っていない時の回線をほぼ独占してたからな。好奇心というか、もちろんその表現が妥当かどうかは別としてだが、相当に強いようだ。何か変わった物があるとすぐに興味を持つ子供みたいな感じだな」

「まぁ、文字通り、お前さんの子供みたいなものだしな。それにしても、すごい量のトラフィックだな。いったいどんな情報を集めてるんだ?」

「船にいたときは、近くの星系にあるデータベースとか電子図書館が中心だったな。とにかく暇に飽かして雑多な知識を集めていたよ。おかげで、ホログラフィックメモリーをどれだけ増設しても、全部食われてしまう。まったく金食い虫もいいところだったが、ここならメモリー容量に不自由はしないだろう」

「まぁ、ちょっとした惑星の大規模データベースくらいの容量はあるからな。しかし、そんなに情報を集めて何をしてるんだろうな」

「それはちょっとわからないな。知っての通り量子ニューラルネットワークの解析は原理的に無理だからな。調べるだけで状態が変わってしまうから」

「不確定性原理か。ならば、挙動から推測するしかないな」

「そうだな。でも、情報を集めてる意味はありそうだ。こいつは、与えられた課題に対して、結構面白い答えをたくさん出してくるんだ。ある方法がダメだと、すぐに変わりのアイデアを出してくる。推測するに、集めた知識が様々な形で抽象化され、関連づけられてるようだ」

「それは興味深いな。たとえば、どんな感じだ?」

「そうだな。一年ほど前だが、恒星間航行中にエンジントラブルがあってな。運悪く修理用部品が品切れときた。間が悪い話で次の寄港地で調達予定だったんだ。普通なら、救援船を何週間か待たなくちゃいけない。そしたら、こいつ、荷物の中に使える部品を見つけてな、それをちょろまかせと言ってきたんだ」

「そこまで気が回るのか。面白いな」

「まぁ、論理的に考えれば出てくる答えなんだがな。但し、お客によっては大問題になりかねない話だ。でも、たまたま、そのお客はうちのお得意さんでな。運んでた部品は予備のパーツだったそうだ」

「まさか、そこまで読んでの話じゃないだろう」

「俺もそう思ったんだがな。後でデータのアクセス履歴を調べて驚いた。そのお客の過去の輸送実績やクレーム記録を全部調べてたんだよ、こいつは。つまり、輸送頻度や個数から消費傾向まで推定して、このパーツの不足はクリティカルな影響を与えない上に、大きなクレームもこないだろうと計算してたフシがあるんだ。もちろん確証はないがな」

「そんなことができるなんて、ちょっと信じられないな」

「でも、本当に出来たんだとしたら、これはすごいことじゃないか?」

「そうだな」

「それに、まだその先があってな。後で、もし俺が提案を拒否したらどうしたか聞いてみたんだ。そしたら、いくつかの余剰部品を使って代替品を作るという案を用意していたんだそうだ。見たこともない設計だったが、実際、試しに作って見たら、ちゃんと動いたよ」

「人間顔負けだな。いや、他にも多くの仕事をこなしながらの話だから、人間が束になってもかなわないんじゃないか?」

「そうなんだよ。俺は、こいつがどこまでやれるか試してみたくなってな。でも、うちの船はこいつにとっては狭すぎる。だから、アカデミーでこいつを動かしてみたいと思ったわけだ」

「いや、我々も大歓迎だよ。今のセンターコンピュータは計算速度や容量こそトップクラスだが、自立性や知能という意味では、これには及ばない。組み合わせれば、面白いことができそうだ」

「ああ、俺もそこに期待しているんだ。それに、情報を与えれば与えるほど、こいつはどんどん成長する。センターコンピュータのバックアップがあれば、情報がオーバーフローすることもないだろうから、どこまで行けるか楽しみだよ。それに・・」

「それに?なんだ」

「いや、実はこいつとオリジナルが互いにどう影響し合うかにも興味がある。こいつと、うちの船にあるオリジナルは、量子ネットワークのレベルで繋がっているからな。これは、言語を介さずにコミュニケーションができるってことだ。いわば、テレパシーみたいなもんだが、こいつらが、その能力をどう使いこなすのか。それが、もしかしたら人間にも応用できるんじゃないかと思ってな」

「それは、アンリの研究テーマでもあるな」

「そうだ。あいつは、人間同士でそれをやりたいみたいだが、人間にその機能を与えたとしても、互いの思考の学習には時間がかかる。だが、こいつらなら、ほぼ一瞬で学習してしまうだろう。うまくいけば、人間同士の思考交換の仲介もできるかもしれん」

「興味深いな。アンリはこの実験のことは知ってるのか?」

「ああ、黙ってると後でうるさいからな。一応知らせてある。ある程度まとまった結果が出たらデータを送るつもりだ」

「奴も喜ぶだろうな。実際に誰かと繋いでみたいとか言い出すんじゃないか?」

「ありうるな。でも、そいつは無理だろう。実際、そんな形の情報を受け取れるインターフェイスを持った人間はいないからな」

「たしかに。データの伝送方式は、もうずいぶん前に考えた研究者がいるが、受け手が対応できなきゃ意味がないからな」

「でもアンリのことだ。もしかしたら実験と称して自分の神経系を改造するとか、やりかねないぞ」

「奴ならありうる。それが本業だからな。あまり刺激しない方がいいかもしれないぞ。美空に首を絞められたくなかったらな」

「そうそう。それが一番怖い。アンリを巻き込むのは、美空の許可をもらってからだな」

「許可が出るといいがな」

「いっそ、美空も巻き込むか。美空がいれば、アンリも無茶はできまい」

「そりゃ、いい考えだ。研究者としての彼女は地味だが、力は十分にあるからな。アンリとのコンビなら無敵だろう」

「アンリと言えば、あの娘はどうしてる?」

「ああ、結構うまくやってるよ。今は夏休みで、チームのメンバーと地球に遊びに行ってる。あのチームに入れたのは正解だったな」

「そう言えば、あの坊主も一緒だったな」

「ああ。あのチームのリーダーは大変かなと思ったんだが、うまくまとめ役をやってるよ。なにより、星野美月、アンリの娘との相性が抜群なのが助かってる。まぁ、教師が言うことじゃないが、あれもアンリと同じ運命をたどりそうだな」

「それはわかる。最初に会った時もそうだったが、この前見て確信したぞ。本人は嫌そうだが、娘のほうはまんざらでもなさそうじゃないか。しかし、面白そうなチームだな。なんとなく昔を思い出すよ」

「まったくだ。俺たち以上に手がかかる連中だがな」

「手のかかる生徒ほど可愛いって言うじゃないか。ちゃんと面倒見てやれよ」


薄緑色に光る演算ユニットのタワーを横目に、デイブはそう言うと、フランクの肩をぽんと叩いた。


「そう言えば、最近サラはどうしてる?」

「わからない。実は、ベテルギウスから帰ってから、まだ会ってないんだ」

「そうなのか?俺はてっきり・・・。いや、なんでもない。でも、彼女は、ここで働いてるって聞いてたんだがな」

「俺もそう思ってたんだけどな。聞いてみたら、俺が戻る1年前に、ここを離れたらしい」

「そうなのか。で、どこへ行ったかは知らないのか?」

「なんでも、地球のどこかの大学へ行くという話だったらしいんだが、実際にどこに行ったのかは、ここの連中も知らないそうだ」

「行方不明・・ってわけか。ちょっと気になるな。アンリや美空は知ってるんだろうか」

「わからない。俺も一度聞いてみようかと思っていたんだが」

「あははは、やっぱり気になるんだな」

「やめろよ。そんなんじゃない」

「ま、そういうことにしておこう」


デイブはニヤニヤしながら、フランクの肩をまた、ぽんと叩いた。

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