第4話 家族

無数の星がちりばめられた漆黒の空間を背景に、太陽が輝いている。ここは太陽系惑星軌道面から南側に少し離れたワープアウトゾーン。恒星間航路の宇宙船のワープイン、ワープアウトは重力衝撃波を伴うため、混雑した惑星軌道面ではなく、太陽の極方向へ南北に離れた場所で行われる。そのエリアの一角で、今、巨大な船がワープを終え、太陽系に入ろうとしていた。


「ワープアウト完了、機関異常なし」

「座標チェック完了。予定通りの座標にワープアウトしました」

「よし、太陽系内航路管制にコンタクトを」

「船長、ワープアウト完了、異常ありません」


大柄の男は振り返るとそう言った。


「よろしい。進路を地球軌道へ。あとは管制の指示通りにやってくれ。デイブ、到着まで君も少し休むといい。交代しよう」

「了解しました。では、失礼します」


デイブと呼ばれた男は、そう言うと軽く敬礼をしてブリッジを後にする。貨物船ヘラクレス3、このかなり年季の入った巨大船は、足こそ遅いが、貨物の搭載量はそこいらの船とは比べものにならないくらい大きい。太陽系近傍の恒星系と地球との間を行き来して、機材やら資源を運ぶのが主な仕事である。


デイビッド・ムラカミ、通称デイブはこの船のナビゲーターであり、副長でもある。そして、彼にはもうひとつの顔がある。電子機器とコンピュータに関しては、名の通った超一流のエンジニアなのだ。この船のコンピュータは古ぼけた図体に似合わず、最新型、いや、それ以上の代物である。それは彼がスペースアカデミーと協力して作り上げた次世代技術の実証機なのだ。

この船のコンピュータルームはブリッジの裏手の、堅固な防壁に囲まれた区画にある。船のすべてのシステムを統括するコンピュータシステムはセキュリティ上の理由から厳重に防護されている。この部屋に立ち入れるのは、デイブを含め3人ほどしかいない。

コンピュータの中枢部はドーム型のシールドで囲まれている。デイブはその前に立つと、仮想表示パネルを操作した。ドームの壁のドアが音も無く開く。中に入ると中央に薄緑色に輝く演算ユニットのタワーがあり、周囲の壁には様々な仮想パネルが表示されている。念のために言うならば、これらのパネルはアウトバンドを介して直接意識に投影されているもので、物理的にパネルがあるわけではない。デイブはパネルのひとつを手元に引き寄せると、しばらくそれをのぞき込んだ。


「よし、問題なさそうだな。さて、これからお前の分身をアカデミーに送るとしよう。お前にとっては弟分が、いや妹分かもしれんが・・・できるわけだから、仲良くしてやってくれよ」


そう言うとデイブは、パネルを操作する。一瞬、演算ユニットの光がまたたく。そしてデイブの脇にもうひとつのパネルが開く。


「やぁ、デイブ。お帰り」


パネルに現れたのは、フランク・リービスだ。


「よぉ、フランク。元気そうでなによりだ。そっちの準備はいいか?」

「ああ、ダウンロードの準備は出来ている。いつでもいいぞ」

「そうか。こっちも、いましがたこいつのクローニングを終わったところだ。これから送信する。これは、現時点でのスナップショットだから、ライブでそのままインストールしてくれ。すぐに動くはずだ」

「了解した。送ってくれ」

「よし、送信する」


デイブはパネルを操作する。通信用パネルにゲージが表示され、データの転送が開始された。稼働中のコンピュータのすべての状態を写し取ったスナップショットのデータ量は数百ペタバイトのオーダーである。太陽系内の高速通信網でも、転送に一時間はかかる。


「着いてから直接持って行った方がよかったか?」

「いや、こっちの連中は待ちきれないよ。そっちがワープアウトするのを首を長くして待ってたんだからな」

「まぁ、大事にしてやってくれ。俺も着いたらそっちに顔を出すから」

「ああ、待ってるよ」


デイブはフランクとの通信を切ると、また正面のパネルをのぞき込む。


「そうか、お前も楽しみにしてるのか。太陽系内にいるときは、互いにほとんど遅延なしで通信ができる。あれこれ情報交換するといい」


デイブはコンピュータに話しかける。返事はパネルに文字で返ってくる。音にすることもできるが、デイブは音声対話があまり好きではない。会話していると、感情移入してしまいそうだというのが彼の理由なのだが、そういいながら、既にかなりの感情移入をしてしまっているデイブだった。



「お兄ちゃん、ほら、そろそろ東京だよ」


俺は沙依の声で目を覚ました。どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだ。それは全員同じようで、美月とマリナ、ケイの三人も互いにもたれ合ってまだ眠っている。ジョージなどは口を開けてよだれをたらしている始末。唯一、目を開けていたのはサムである。


「起きてたのか、サム」

「ずっと景色を見ていた。緑が多くて気持ちがいい」

「そっか。このあたりは特に緑が多いからな。300年ほど前に建造物を集約した時に、植林したらしいよ。今じゃ結構深い森になってる。サムの故郷にはこんな緑は無いのか?」

「私が育った街は火星の人工都市。緑はあるけど、街路樹や公園だけ。こんな森はどこにもない」

「そっか、そういう意味では東京の臨海部と同じだな。東京湾の半分は今じゃ海上の人工都市だから。でも、都市機能の多くをそちらに移したから、旧市街は逆に緑地が増えてるんだ。住居地区は広い緑地帯の中にあるよ」

「400年前、テラフォーミング計画が失敗していなかったら、いまごろは火星もそうなっていたかもしれないけれど、植物が育つ環境が無い以上、どうしても地球のようにはならないから」

「テラフォーミング計画か。たしか、第一段階の惑星磁場の再生がうまくいかなかったんだよな」

「そう。惑星磁場なしでは太陽風から大気を守れない。せっかく大気を作っても、それを維持できない」

「でも、今ならできるんじゃないか?磁場制御の技術は当時とは比べものにならないだろ」

「問題は、磁場をどうやって永続化させるか。その結論はまだ出ていない」

「ケンジ、今の技術ならば惑星規模の磁場を作ることも可能だ。でも、作ることができるのとそれを維持できるのは別だ。常に磁場を作り続けるには莫大なエネルギーがいる。テラフォーミングを可能にするためには、地球と同じように、惑星コアを液体金属化して磁場を固定させないといけないんだ。火星のコアは何十億年も前に冷えて固まってしまっているからな。そもそもそれが火星の大気を失わせた原因だから」

「親父、詳しいな」

「あはは、俺もガキの頃は、火星に行ってテラフォーミングをもう一度、なんて夢を持ってたからな。でも、さすがに今の技術でも惑星のコアを溶かすなんてことは難しい。もし出来たとしても、それが惑星規模でどのような影響を及ぼすかは未知数だ。既に多くの人が住んでいる火星で、そんなリスクは犯せないのさ」

「タイミングを逃した・・・と?」

「そうだ。400年前の火星なら出来たかもしれないが、今ではもう数億人が暮らしている。彼らを全部移住させるなんて不可能だからな」

「そう。でも、火星も住めば都」

「だな。サムにとっては生まれ育った故郷だしな」

「そりゃそうと、テラフォーミングと言えば、アカデミーあたりじゃ金星計画の噂もあるみたいじゃないか」

「そうなのか?俺は聞いたことないけど」

「その話だったら、僕も聞いたよ」


いつの間にかジョージが目を覚ましている。


「例のプロジェクトで新しいコンピュータが動き出したら、金星大気改造のシミュレーションをやりたいという申請が理事会に上がっているらしいよ。将来的な人口増加を考えると、火星や月を含めた宇宙都市レベルではなく、惑星規模の居住可能領域が必要になるって話なんだけど、実現に1000年はかかるだろうというので、ミレニアムプロジェクトなんて名前がついているんだってさ」

「1000年か、気の長い話だな。今から1000年前と言えば、まだ産業革命の前だから、これから1000年後にどうなってるかなんて、誰にもわからないだろうに」

「まぁ、逆に1000年後だったら、案外出来てるかもしれないけどね。産業革命前の人たちには今の世の中なんて想像すらできなかったみたいに、とんでもない技術が発達してるかもしれないから」

「そんな世界を見てみたいものだな。いったいどんな世界なんだろうな」

「ちょっと、お父さん、なんか遠い目になってるよ。ま、自動運転だからどうってことないけどさ」


沙依が脇から口をはさむ。うちの親父は、お袋に言わせれば、いつまでも大きな子供なのだそうだ。またそんな子供みたいな・・・が喧嘩の時のお袋の口癖なわけで・・・。でもまぁ、そういう性格は俺も多少受け継いでいる。それが、無理を承知で附属高を受けた理由なのだから。

そんな話をしている間に、車はハイウエイを降りて、緑地帯の中を抜け、川沿いの道を走り出した。


「おお、久しぶりに見るスカイツリーだ」


いつの間にかケイも起きたらしい。行く先に見えている尖塔がスカイツリー。いまや、東京の旧市街地区で唯一残った高層建築だが、実は700年前に作られた歴史遺産である。当時、電波を使って行われていた平面動画映像放送、たしかテレビ放送という名前だったはずだが、そのためのアンテナ塔として建てられたものだ。先端までの高さは650mと、当時としては最高レベルの高さだったらしい。その頃、東京都心は200m級の高層ビルが乱立していて、そうしたビルの影響を避けて電波を送るために、この高さの塔が必要だったのだそうだ。ちなみに、先代の電波塔は東京タワーと呼ばれて、この半分の高さだったそうだが、老朽化のため、300年前の建造物集約の際、取り壊されてしまった。


「なんか、いまひとつエレガントじゃないのよね、これ。先代の東京タワーのほうが残す価値があったんじゃない?」


美月も目を覚ましたようである。


「まぁ、そう言うなよ。そういえば、パリにはまだ、その時代以前の塔が残ってるんだったよな」

「そうよ、エッフェル塔ね。正確にはレプリカだけど。産業革命直後に建てられた塔は流石に今まで持たないわ」

「たしか、取り壊す際に、保存運動が起きて、レプリカを作ることで決着したんでしたよね。歴史の授業で習った覚えがあります」


どうやらマリナも復活したらしい。


「そうね。長い間パリの顔だったエッフェル塔がなくなるのには抵抗があったみたい。フランス文化の象徴みたいなものだったのよね。その点、東京はあっさりと壊しちゃったわよね。このへんが文化の違いかもしれないわ」

「東京でも保存運動はあったらしいよ。でも、こっちはホログラム化して残すことになった。だから、今でも特別な日には東京タワーが森の真ん中に出現するんだ。たぶん、今回の花火の夜も見られると思うよ」

「もうすぐ到着だよ、お兄ちゃん」


車は川に沿って広がる住宅地の一角で止まる。緑地の中に背の低い建物が、小さな庭を伴って並んでいる。あまり都会には見えない牧歌的な風景だ。川の土手の並木と、向こう岸のスカイツリーがなんとなくアンバランスな感じもする。ここも300年前に大きく変わった。それまでは、ごみごみとした下町の町並みが連なっていたのだが、多くの住民が臨海部や近郊に新しく作られた集合住居地区に移り、この地区には、広大な緑地と、そこに溶け込む形で少数の住宅が作られた。住んでいるのは、当時、ここでの暮らしを希望して、抽選で選ばれた住民たちの末裔と、その後、同じようにしてここに移り住んだ人たちである。俺の家は、親父の祖父の時代にここに引っ越したのだそうだ。


「とりあえず、みんな、一度うちに上がってゆっくりしていくといい。女子たちは後で、星野さんのお宅まで送ってあげよう」


親父はそう言うと、俺たちを家に招き入れる。俺にとっては1年半ぶりの我が家だが、お世辞にも立派とは言えない家に、みんなを招き入れるのは少し恥ずかしい気がしないでもない。


「皆さん、どうぞ!狭い家だけど、遠慮しないで上がってください」

「だから、お前が仕切るな!」

「だって、今回はお兄ちゃんもお客さんの一人だしさぁ、沙依が仕切ってもいいじゃない」


沙依はちょっとふくれっ面になる。正直言うと俺もこの顔にはちょっと弱い。


「わかったわかった。それじゃ、たのむよ。粗相の無いようにな」

「りょーかい。お兄ちゃんっ!」

「ふーん、ケンジは沙依ちゃんに弱い・・・っと。メモメモ・・」


脇からケイが俺の顔をのぞき込んで言う。

「あのなぁ、どうして俺がこいつに・・・」

「そうね。ケンジが妹に弱いってのは興味深いわ」


美月も後ろで、ちょっと意地悪そうに言う。ほらみろ、こうしてこいつらに俺の弱みを、というか俺をイジるネタを与えてしまうのを俺は恐れていたわけで。


「あら、お帰りなさい。早かったわね」


そういってキッチンのほうから顔を出したのはお袋である。


「ただいま。みんな元気そうでよかったよ」

「ケンジもね。あ、皆さんいらっしゃい。今お茶を入れるわね。こちらへどうぞ」


俺たちはリビングに入ってテーブルに座る。さすがにこの人数だと、かなり窮屈だ。


「狭くてごめんなさいね。皆さんのお話はよくケンジから聞いてます。仲良くしてもらってるみたいで、ありがとう」


そう言いながら、お袋はティーカップをテーブルにおいていく。沙依がそれにお茶を注ぐ。


「あ、お手伝いします」


とマリナが席を立つ。


「いえいえ、お客様ですから、お気遣い無く。クレアさん」


そう言ったのはお袋ではなく沙依のほうだ。しかし、この笑顔が俺には怖い。


「あ、私のことはマリナでいいですよ。でも、大勢でお邪魔してご迷惑じゃなかったですか?」

「とんでもない。いつも兄がお世話になってますから。それに私も一度皆さんにお会いしたかったので」


いったいこいつは何を企んでいる?だいたい、沙依がこういう猫っかぶりな態度を取るときは、何かよからぬことを考えている時だ。ちょっと注意しておこう。


「すまないねぇ、狭い家で」


そう言いながら親父が入ってきた。そうやって家族全員が、狭い家を強調すると、それはそれで少々情けないのだが・・・。


「じゃ、皆揃ったところで、紹介するよ。マリナ・クレア、うちのクラス委員、生徒会の役員でもあるんだ。実習ではメディカル担当だ」

「マリナです。初めまして。よろしくお願いします」

「えっと、それからサマンサ・エドワーズ、C&I担当」

「初めまして。エドワーズです。サムと呼んでください」

「沢村ケイ、札幌出身のナビ担当」

「初めまして。沢村です。あ、私もケイでよろしく」

「で、星野美月・ガブリエル、俺と同じパイロットだ」

「星野です。初めまして。美月と呼んでもらった方が私も気楽ね」

「ガブリエルって・・・」

「なんだ、親父?」

「あ、いや、すまん何でも無い。続けてくれ」

「最後に、ジョージ・エイブラムス、エンジニアリング担当。なんとアカデミーのセンターコンピュータをハッキングしたトンデモ野郎」

「おいおい、その話は・・・。あ、エイブラムスです。僕もジョージでお願いします」

「で、こちらがうちの家族。親父と妹の沙依はもう知ってるよな。こっちがお袋だ」

「不祥ケンジの母です。よろしくね」

「あ、自己紹介はまだだったね。ケンジの父です。息子が世話になってるね」

「私も・・ね。中井沙依です。中学二年生、中井家の長女兼妹です。よろしく」

「なんだ、その兼、妹ってのは?」

「え、お兄ちゃんの妹だからだよね」

「そりゃそうだが・・・。ま、いいか。とりあえず堅苦しいのはこれくらいにしよう」

「そうだな、皆さん、長旅で疲れただろうから、少しゆっくりしていくといい」

「女子たちは、美月さんのお宅に泊まるのよね。まだ時間もあるし、ゆっくりしていくといいわ。そうだ、沙依、あれお出ししなさいよ」

「やったぁ。了解です」


沙依は満面の笑みで敬礼すると、キッチンの方から箱を持ってくる。


「はい。好きなのをどうぞ。これ、新銀座のちょっと有名なお店のケーキなんですよ。皆さんを迎えに行く前に調達しておきました」

「てか、お前が食いたかったんじゃないのか?」

「ま、そうだけどねぇ。こんなことでもないと、なかなか食べられないから」


あいかわらず調子のいい奴め。結構、図々しい奴なことは間違いないのだが、このあっけらかんとした性格故に、かなり得をしている沙依なのだ。うちのメンバーだと、ケイあたりといい勝負をするかもしれない。


「美味しそうですね。ありがとうございます」

「おお、なんだか目が覚めるような甘い香りだ。新銀座っていうと、例の店だよね。札幌にも支店はあるけど、本店のを一度食べてみたかったので」


そんな感じで、俺たちはお茶とケーキで一息つく。


「静止軌道からのフライトは長かったでしょ。退屈したんじゃないの?」

「そうでもなかったよ。ファーストクラスだったし」

「ファーストって、あんたそんなお金よく持ってたわね」

「あ、ちょっと訳あってアップグレードしてもらえたんだ。全員ね」

「ケンジと美月のおかげよね」


ケイがまた余計なことを・・・


「どういうこと?シャトル運航会社にコネがあるとかって話じゃ無いわよね」

「コネ・・・というか、機長が知り合いで」

「知り合い?先輩とか?」


こういう突っ込みはお袋が得意とするところなのだが、話がどんどん核心に向かってしまうわけで・・・


「いや、実は入学式に行くときの便の機長さんだった人で」

「え、そうなの?そういう偶然ってあるのねぇ。でも、あの時は本当に心配したのよ。ニュースで流れた便名を見たら、ケンジが乗った便じゃない。お父さんもお母さんも生きた心地がしなかったわ」

「お母さん、沙依も忘れないでよ」

「そうね。沙依なんか泣いちゃって大変だったんだから」

「お母さん、それは恥ずかしいから、やめて」

「無事だってわかるまでは、何も手につかなくて、ずっとニュースばかり見てたよな」

「そうそう。で、無事はよかったんだけど、今度はいきなりインタビューだものね。もうお母さん、気が気じゃなかったわ」


ほら、結局こういう話になってしまう。お客さんそっちのけで、内輪の話もないだろう。俺だけなら、適当にごまかしておけばいいのだけど、美月がいるのは、かなりやりにくい。


「そういえば、去年は美月さんとは別のクラスだって言ってたわよね。今年は一緒になったの?」

「ああ、色々あってね」

「お兄ちゃん、色々ってどういうこと?」


いかん。これはまずい。話が美月の方に行ってしまうと収拾がつかなくなりそうだ。


「私も聞きたいわね。色々ってどういうことかしら?」


ほらきた。ちょっとした一言が墓穴になるわけで・・・


「まぁ、そりゃ色々だろう。入学以来顔を見ていなかった奴が新学期に突然現れたんだからな」


ちょっと苦しいごまかし方だが、ここで本当のことを言うと、たぶん美月が火を噴くから口が裂けても言えないわけで。


「私も入学式以来でしたから、気になっていたんですよ。また会えて、それも同じクラスで同じチームって偶然にしても、不思議な縁ですよね」


そうです。マリナさん、いつも絶妙のフォローをありがとう。


「縁・・・ねぇ。たしかにそれはあるわね。もっともケンジとは腐れ縁だけど」

「悪かったな腐れ縁で」

「そうじゃない?だいたいあのシャトルに乗り合わせた時点で既に十分臭ってた気がするんだけど、また同じクラスで同じチームなんてね、本格的な腐れ以外の何物でも無いわよ」


美月の奴、ここが俺の家だって事も忘れて、いつもの雰囲気に戻ってしまってるじゃないか。少しは猫をかぶれよ。


「楽しそうね。よかったじゃない。お友達がたくさんできて。母さんもひと安心よ」

「そうだな。実は附属高なんか行って、うまくやれるか心配だったんだが」

「あのなぁ、やめてくれよ恥ずかしいから」

「沙依も心配してたんだよ、お兄ちゃん。春も帰ってこなかったしさ」


いかん。こういう話は、せめて女子たちが帰ってからしてほしいのだが。そろそろ話題を変えないとまずい。


「春休みは短いからな。色々と忙しいんだよ」

「いったい何が忙しいのかなぁ」


沙依はにやりと笑うと女子たちの顔を見回す。これは本当に話を変えないと、話を変な方向に持って行かれそうだ。


「ところで・・・」


俺が話題を切り替える前に親父が口を開く。


「2年になったら実機を飛ばすんだろ。どうだ、自分で宇宙を飛んだ感じは?」

「自分で・・っても、ほとんどコンピュータがやってくれるんだけど、悪くないよ」

「使ってるのはST1Bだったよな。ちょっと旧式だからコンピュータの性能はいまいちだそうだが」

「それが、実は俺たちのST1Bは特別製なのさ」

「特別製ってのは、どういうことだ?」

「実はフライトコンピュータは、2Aシリーズ用のを搭載してるんだ」

「なんだって?2Aと言えば最新型の奴じゃないか。でも、自律制御まではできないだろう」

「それが、実はできたりする。もちろん、ハードウエアは対応出来ないからソフトウエアでのシミュレーションだけどな」

「シミュレーションって、どういうことだ?詳しく聞かせろよ」


身を乗り出す親父の脇でお袋が咳払いをする。


「久しぶりにケンジが帰ってきて、お友達もいるのに、そう言う話は後にしなさいよ。まったく、本当に子供なんだから、あなたは」

「おお、すまん。つい・・・」


親父は我に帰って頭をかく。昔からこういう話になると、目を輝かせて子供みたいになるのが俺の親父だ。


「その話は今夜ゆっくりジョージから聞くといいよ。なんせ、全部ジョージがやったことだから」

「そうなのか?そりゃ楽しみだな。ジョージ君、そう言えばさっきセンターコンピュータをハッキングしたとか言ってたな。その話も聞かせて欲しいな。あの適応防御システムをどうやって破ったのか」

「あなた!」

「すまん・・」


親父はちょっと赤面する。こういう話は昔から親父の領分だ。話し出すと時間を忘れてしまう。まぁ、俺も子供の頃は、そういう話を楽しみにしてはいたのだけど。そんな感じで、あとは和気あいあい、とりあえず無難な茶飲み話に花が咲いたのである。


さて、親父が女子たちを美月の母の実家に送って行き、ジョージをまじえた夕食の後、俺たちは。とっぷり暮れたベランダで、ほのかにライトアップされたスカイツリーを見ながら夜風にあたっていた。空には夏の天の川。ほんの300年ほど前までは考えられなかった夜空だ。このあたりは住居地域で灯りも少ない。湾岸部の都心も、今ではなるべく空を明るくしないような配慮がなされている。なので、東京の真ん中でも天の川が見えるのである。


「いい所だよね、ここは」


風呂上がりのジョージが冷たい麦茶を手にしながら言う。


「ああ。でもちょっと寂しすぎるかもしれないけどな。雰囲気はまるで田舎だし」

「でも、地上で見る星空はいいよ。どうもまたたかない星は違和感があってね」

「へぇ、ジョージがそんなことを言うなんてな」

「ひどいな。僕にだってそういう情緒的な部分はあるさ」


たしかに、現代技術の申し子みたいなジョージだが、意外とロマンチックな一面もある。彼がパスフレーズに古い詩の一節を使ったりしているのは周知のことだ。たとえば、訓練艇の機関をメンテナンスモードに切り替えるパスフレーズは、「大いなる鳥よ、その秘めたる力を我に貸し与えたまえ」である。念のために付け加えるならば、パスフレーズは、ジョージ本人以外が入力しても受け付けられない。資格確認は、インターフェイス経由で厳密に行われているからだ。パスフレーズをあえて使うのは、本当にその機能を実行するかどうかを、厳密に確認するためである。多くの機能は、仮想パネルや通常の音声指示などで操作できるが、特に重要なものや、間違って起動すると危険な機能はパスフレーズでロックすることができるのである。学生たちの間では、ジョージが詩の一節を使っているように、自分の好みの文章の一節を使うのが流行っている。入力しているのをはたで見ていると、なにやら中世魔術の呪文のように聞こえることから、パスフレーズのことをスペルと呼ぶ者も多い。


「ケンジ、中で冷たいものでも飲まないか」


親父がベランダの戸口から、ビールのグラスを片手に顔を出す。どうせ、酒の肴にあれこれ話を聞こうという魂胆なのだろうが、ジョージも親父と話をしたがっていたから、とりあえず誘いに乗っておくことにしよう。


「ああ、今行くよ」


そう言うと、俺はジョージを促して、部屋に戻る。テーブルの上にはビール瓶と、ジュースが何種類か。さすがに未成年の俺たちがビールを飲むわけにはいかない。そんなことをしたら、実習からはずされて謹慎させられてしまう。アルコールを飲んだかどうかは、VMIにアクセスすれば確実に検知できる。血液にアルコール分が残っていなくても記録は残るのである。教師が気づく前に、きっとマリナに悲しい思いをさせてしまうから、そっちのほうが辛い。


「さぁ、座って座って」


親父はご機嫌だ。これは、適当に理由をつけて切り上げないと、寝かせてもらえない可能性が高い。


「あなた、明日があるんだから、ほどほどにしときなさいよ」


さすがお袋だ。きっちりクギを刺してくれた。だが、お袋が寝てしまえば、その効果も続かない。


「わかってるよ。せっかくケンジが帰ってきたんだ。たまには、あれこれ話しを聞きたいだろ。おまえもどうだ?」

「遠慮しておくわ。どうせ、私にはわからない話になっちゃうんだから。ケンジの話はまたゆっくりと聞かせてもらうわよ。それから沙依、あんた今日の分の宿題は終わったの?」

「えー、沙依も、お話ししたいのに」

「あんたは、そうやっていつもサボるんだから。先に宿題を片付けちゃいなさい」

「はーい」


沙依はしぶしぶ自分の部屋に戻っていく。さすがの沙依もお袋には逆らえないのである。


「さて、落ち着いたところで、あっちでの話を少し聞かせてくれないか」

「いいけど、あまりマニアックな話に持って行かないでくれよ」

「わかってるよ。でもな、聞きたい話はいっぱいあるんだ。シャトル事故の話もそうだが、さっきの訓練艇のコンピュータの話とかな」

「あれこれ言われても、こっちが困るから話を絞ってくれると助かるんだけど」

「それじゃ、訓練艇のコンピュータからいこう。そもそも、1Bシリーズと2Aシリーズじゃ、ハードウエアインターフェイスの規格は同じでも、アーキテクチャが全く異なるだろう。ソフトウエアは大幅な書き換えが必要になるはずだが」

「ほら、いきなりマニアックな・・・てか、親父は自分がマニアックな人間だってことをわかってないよな」

「まぁまぁ、ケンジ。その話は僕がするよ」


ジョージが脇から話に入ってくる。


「おっしゃるとおり、ソフトウエアはまったく違います。でも、スクラッチで起こすのは大変なので、1Bシリーズのソフトウエアをコンバーターにかけて、2A用に変換して、それから一部を手作業で微調整したんです」

「コンバーターって、それは君が作ったのか?」

「そうです。以前から2Aシリーズのコンピュータには興味があって、シミュレータを作って遊んでましたから。旧式のソフトを変換するコンバーターは、そのために作ったものを流用しました」

「性能的には?」

「そうですね。そこはどうしても、ネイティブなソフトに比べると落ちますが、もともと1Bシリーズ自体が、旧型のコンピュータ前提の設計なので、十分すぎるくらいの余裕は持てるんです。だから、あれこれおまけの機能も入れることができたので」

「おまけの機能って、さっき話していた自律制御のシミュレーションとか?」

「そうです。これも、遊びで作ったものの焼き直しなんですが、処理能力の余裕を使って、2Aシリーズでは、各部分の制御用コンピュータが直接やっている情報交換や、パラメータの自動修正をフライトコンピュータが仲介してやるようにしました。インチキですが、見かけ上は自律制御っぽい動きができます。残念ながら、本物と違って、フライトコンピュータがダウンすると使い物にならなくなりますから、非常時のマニュアル操縦では使えませんけどね」

「でも、フライトコンピュータがアシストしてる状態でのマニュアル操縦だと、だんだん反応がスムーズになっていく感覚がすごくいいよね。オリジナルを使ってたときは、こっちが慣れないと動いてくれなかったのが、コンピュータが自分に合わせてくれるから、ずいぶん楽だよ」

「だが、おまえたちだけそんな楽して大丈夫なのか?」

「たしかに、現時点ではズルしてる感じなんだけど、いずれ1Bシリーズは全部改修する予定なので、附属高的には、俺たちを実験台にして訓練課程を新型にあわせていくつもりらしいよ」

「なるほど。しかし、面白そうなことをやってるじゃないか。羨ましい限りだな」

「面白いと言えば、今、ちょっとアカデミーの新しいプロジェクトに参加させてもらってるんですけど、そっちがなかなかエキサイティングですね」

「おい、ジョージ。その話、しちゃっても大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。プロジェクトの存在自体は公表されてるし、だいたいオブザーバーの僕がタッチできる情報は、機密扱いじゃないものだけだからね」

「もしかして、新型コンピュータ開発の話か?」

「そうだよ。親父よく知ってるな」

「そりゃ、俺だってその道の研究者の端くれだからな。情報は入ってきてるよ。なんでも、新型の量子演算ユニットを開発中だそうだが、ジョージ君もそれに関わってるのかい」

「そうです。もともとは1Bシリーズのフライトコンピュータ更新プロジェクトに参加していたんですけど、更新は2Aシリーズのをそのまま使うんじゃなくて、新しく開発した演算ユニットを使おうということになったので、そちらのプロジェクトにも参加することになりました」

「なんでも、量子演算の多重化率を大幅に上げたそうじゃないか。それに消費エネルギーもずいぶん下がったそうだな」

「ジョージ、あれ見せてよ」

「そうだね、ちょっと持ってくる」


ジョージはそう言うと自分の荷物から、例の小箱を取り出してきた。


「それは?」

「ポケットサイズの小型コンピュータですけど、このサイズで、1B型のコンピュータくらいの能力はあるんですよ」

「ということは、入ってるのは新型の演算ユニットだな。ちょっと見せてくれないか」

「ちょっと中を開けてみましょうか」

「たのむ」


ジョージは、小箱の裏蓋をはずす。中にはぎっしりと部品が詰まっていて、そのうちのいくつかが淡い緑色に光っている。


「すごいな、このサイズまで演算ユニットを小型化したのか。しかも、この小さいパワーエレメントだけで動くなんて」

「エネルギーの補充なしに2、3日は動きますよ。これでフライトコンピュータを作れば、非常用のパワーでもフル稼働できます」

「なるほど、噂には聞いていたが、これほどまでとは思わなかったよ。これを実用化できれば、様々な用途で革命が起きそうだな」

「僕もそう思います。そういう意味では、このプロジェクトに関われたのはラッキーでした」

「これをもう少し小型化できれば、DIユニットにも組み込めそうだが、そうしたら、DIに高度な学習機能を持たせることも出来そうだな」

「おっしゃるとおりです。そういえば、お父さんはそっち方面の研究もされてましたよね。たしか、ニューラルネットワークを使った神経回路インターフェイスの設計理論とか」

「よく知ってるね。最近はちょっと遠ざかってるけど、若い頃はそっちの研究を結構一生懸命やってたんだ。まぁ、理論だけで、今の技術だとまだ十分な実装まではできないんだけどね。でも、これが出来ると、まんざら夢でもなくなるな」

「実は、アカデミーの図書館で、書かれた論文を読んだんです。実際、新型のコンピュータ開発に、あの理論を取り入れようという話もあるんですよ」

「それは本当か? なるほど、最近、あの論文に関する問い合わせが増えたのはそういうことだったか。主にアカデミー方面からの問い合わせが多いのも納得がいくな。自分では若気の至りな論文だと思ってたんだが、今になって役に立つとはね。うれしい話だよ」

「記号化されていない人間の抽象思考とコンピュータを直接インターフェイスできれば、それは、人間自身の能力の大幅な拡張にも繋がりますから、今回のコンピュータ開発のソフトウエア面での大きなテーマのひとつでもあるんですよ」

「それは僕もずっと夢見ていた事なんだが、大がかりな設備がいるので、あきらめてしまってたんだ。ちょっとした真似事めいたことは何度かやったことがあるんだけどね」

「あの論文に書かれていた抽象思考を伝送するためのコーディング方式は、今検討されている要件に最も適合しているという話ですから、おそらく今後、標準的な方法として採用されると思いますよ。ところで、その真似事みたいな、ってどんなことをされたんですか?」

「その抽象思考コーディングをDIユニットに実装するとかね。まぁ、実装しても相手方がいないから話にならないんだが。実はケンジには黙ってたんだが、ケンジのDIユニットにもその機能は入れてあるんだ。まぁ、単なるおまけだけどね」

「なんだよ、俺は実験台なのか? 他にも変なもの入れてないだろうな。まさか、これが親父のお手製だなんて思ってもみなかった」

「でも、あれは、インターフェイスポイントの側にも対応する神経経路が必要なんじゃないですか?」

「鋭いね。そのとおり。だから、実際は無用の長物なんだ」

「あのなぁ、そんな役にも立たないものを入れるなよ。下手にバグったりしたら大変だし」

「お父さんは遺伝子工学にもお詳しいようですね。その種のインターフェイスは、神経系に関する遺伝子工学の知識が必須だと思うんですが」

「あはは、君には驚くよ。そのとおりだ。でも、実は僕自身が考えたわけじゃなくで、知り合いの遺伝子工学者のアイデアをいただいたんだ。今じゃ有名になったから、たぶん君たちも知ってるんじゃないかな。アンリ・ガブリエルって」

「アンリ・ガブリエル!?」

「どうした、ケンジ。何をそんなに驚いている。父さんにも有名人の知り合いの一人ぐらいはいるぞ」

「そうじゃなくて、アンリ・ガブリエルって、美月の親父さんじゃ・・・」

「なんだって?やっぱりそうなのか?ガブリエルって名前を聞いたときはまさかなと思ってたんだが」

「そうだよ。彼女はアンリ・ガブリエルの娘。星野は母親の姓なんだ」

「星野美空だったな、あの二人の結婚式には招待されてたんだけど、結局行けなくてな。お前と同い年の娘さんがいるってのは知ってたんだが、まさか同級生になってるとは。こりゃ、何かの因縁かもしれんな」


親父はちょっと真面目な顔をして考え込む。


「あのなぁ、因縁なんて不吉なこと言うなよな。ただでさえ、あいつには手を焼いてるんだから」

「そう言いながらも、結構仲はいいと思うけど?」

「おい、余計なことを言うなよ、ジョージ」

「彼女、ってわけじゃないよな」

「まさか」

「そういえば、今日のクラスメイトたちは、みんな、なかなかの美人さんじゃないか。ケンジの本命は誰なんだ?」

「あのなぁ、親父。どうしていきなり、そういう話になる?」

「僕もそれは知りたいな」

「おい!」


いきなり、なにやら話が変な方に逸れている。危ない危ない。ここに沙依がいたら大騒ぎだ。あいつが戻ってくる前に、この話は終わらせないと・・・


「沙依も知りたいな。てか、お兄ちゃん、沙依に無断で彼女作っちゃだめだよ!」

「小姑か、お前は! だいたい、宿題は終わったのか」

「終わったよ。ちょろいちょろい」


これはまずい。一番まずいときに戻ってきたものだ。早く話題を変えないと。


「本命、当ててあげようか?」

「だからいないって」

「そうかな~、いい感じだと思うんだけどな」

「ほぉ、で、沙依は誰だと思うんだ?」

「親父、余計なことを言うなよ!」


ほんと、親父は余計なことを言う。だいたいいつも沙依に乗せられてお袋に小言を言われているわけで・・・


「あのねぇ。沙依の勘だと、マリナさんかな」

「さ、沙依。なんでマリナ・・・・」


俺はちょっと絶句して思わず赤面する。


「ほら、図星でしょ。お兄ちゃんのことなら沙依はなんでもわかるんだからね」

「ち、違う。断じて違うから」

「ほら、ムキになるのが、あからさまに怪しいよ。お兄ちゃんは、ああいう頭が良くて、でも、ちょっと天然な人を好きになっちゃいそうだし」

「へぇ、ちょっと意外だな。ケンジは美月だと思ってたんだけど」


くそ、ジョージがまた余計なことを。


「うん、沙依も美月さんのほうがいいと思うな。でも、美月さんだとお兄ちゃん一生下僕にされちゃうよ」

「げ、下僕だと?」

「お兄ちゃん、優しいからさ。ああいうちょっとワガママな感じの人だとリードさせちゃうのよね」

「お前は俺の何だ?」

「妹だよ。もちろん」


沙依は、思い切りの笑顔でそう言う。いまいましいが、こいつの言うことはいつも大きく外れない。だから困るのだ。これを彼女たちの前でやられたら最悪である。俺たちが出かける先に、こいつも付いてこようとするに違いない。女子たちにうまくとりいられたら阻止するのは難しくなる。どうするか考えておかないと・・


「ケイちゃんとかの目はないのか?」

「親父!」

「うーん、ケイさんだと沙依はちょっと複雑かな。だって、ケイさん、沙依と似てるんだもん。沙依のポジション取られちゃいそうだから」

「なんだ、そのポジションってのは」

「妹、兼、突っ込み役だよ、お兄ちゃん。妹ポジションは守れるけど、お兄ちゃんの突っ込み役を取られちゃうのは辛いな」

「あのなぁ、俺は漫才のボケ役か?」

「それは相手によるんじゃないの?」


いきなり後から話に入ってきたのはお袋だ。いかん、いよいよ俺の立場がきつくなってきた。


「さすが、お母さん。それは沙依も思うよ」

「ケンジは相手に合わせるのが上手よね。悪く言えば、合わせ過ぎちゃうんだけど、個性が強い子が相手なら、どんな子でも無難にやれると思うわ。逆におとなしい子だと悩んじゃいそうよね。マリナちゃん狙いなら、もう少し修行が必要ね」

「まったく、同感です」

「・・・・」


くそー、唯一沙依の天敵であるお袋と結託されてしまうと、分が悪すぎる。かと言って、親父はあてにならないし、どうしたものか。このままだと、ジョージの前で、俺は丸裸にされてしまう。


「ちょっと話を変えようぜ。なんでこんな話になるんだよ」

「だって、お兄ちゃんの女性関係は沙依の一番の関心事だよ。ねぇ、お母さんもでしょ」

「そうね。息子がそのあたり、うまくやってくれないと親としても困るしね」

「そうだな。そこは父さんも心配だ」

「そうね、あなたの息子だし」

「母さん、そりゃどういう意味だ」

「あら、そういう意味よ」


いかん、これは男性軍の窮地だ。どうやって話題を変えようか。このままでは、どんどん深みにはまって行きそうだ。


「なぁ、お客さんもいるんだし、そういう話はまたにしようぜ」

「そうだな。そうしよう」


どうやら親父も、いつのまにか自分が俺の側にいることに気がついたみたいだ。


「そういえば、母さん。美月ちゃんって、やっぱりアンリの娘さんなんだそうだよ」

「え、そうなの?それは、びっくりだわ。やっぱり何かの縁かしらねぇ。不思議な話よね。でも、だったらちょうどいいじゃない。ケンジにあれ渡しちゃいなさいよ」

「そうだな。ちょっと持ってくるよ」


親父はそう言うと立ち上がって、自分の部屋のほうへ歩いて行く。


「あれ・・って?」

「お父さん、ケンジの誕生日にプレゼントを用意してたのよ。今回、帰ってこなかったら送ろうかって言ってたんだけど」

「プレゼント? いったい何を」

「それは見てのお楽しみ。て言うか、私にはよくわからない代物なんだけど」

「それと美月とどういう関係が?」

「見ればわかると思うわよ」


なんだか話がおかしな方向に流れている。しかも、美月と俺が、実は家族レベルで繋がっていたというのもびっくりだ。俺は、なかなか戻ってこない親父を待ちながら、あれこれと考えを巡らせていた。

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