第2話
平日昼時、筧は普段着で街を行く。ビルから勤め人たちが吐き出され、食事に向かう。その姿を眺める。
このあたりは食べ物屋が充実している。鳥料理、中華定食、カフェ、パスタ、立ち食いソバ。それに、ラーメン。
ラーメン屋の前は機動隊らしき装備をした男が立っている。出入り口をはさんでふたり棒立ち。ラーメン屋に入ろうとする者は止められる。
「免許証は?」
「ラーメン食うのに免許いるのかよ」
スーツの若い男が食ってかかる。
「そうだ。ラーメン禁止法でそうなった」
「ふっざけんなよ」
店に強行突入をはかった男は機動隊によってあっさり排除された。腕のひと振りで。尻もちをついた姿勢のまま機動隊を罵っていたが、相手にしてもらえず退散した。
筧があとをつけてゆくと、男は中華定食屋にはいった。店の前には「ラーメンやめました」ののぼり。筧も店へ。
「チャーシュー麺ひとつ」
男がキッチンの方に向かって叫んだところだった。つづいてコップに水を汲み丸椅子をまたいですわった。筧はとなりのテーブルについた。
「今日は豚骨醤油の気分だったのによ、くそっ。煮タマゴ食いたかったな」
「お客さん、すみません」
どうやら中国出身の男性店員。
「なんだよ」
「チャーシュー麺やめたよ。ラーメン作れない。免許ない」
「ラーメン禁止法ってやつかよ」
「そう」
「じゃあ、五目あんかけ焼きそば。それならいいんだろ」
「ありがとうございます」
男は頭を掻きむしってから、ケータイをいじりはじめた。
店員が筧の前にお冷のコップを置いた。
「麻婆豆腐定食」
広東風とメニューにあった。花椒のピリピリした刺激が好きなのだ。
ラーメン禁止法施行一週間、地方を中心に全国でおよそ三百のラーメン店が無免許ラーメン調理で、三十万人が無免許ラーメン食で検挙された。
アベは本気だ。
筧は内心ほくそ笑んだ。
麻婆豆腐定食で腹を満たした筧は、もう一度ラーメン店の前を通り、誰も入店しないことを確認して店に帰ってきた。
「忙しいときにどこ行ってたんだい、大将」
常連客である。
「ちょっと麻婆豆腐を食べにね」
「ラーメン屋見てきたんだろ、人が悪りいな」
常連客同士で笑っている。筧は帽子をかぶり、前掛けをする。店の扉が開く。
「いらっしゃいませ」
「天婦羅蕎麦ね」
筧は、はいよっと威勢よく答えた。
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