第3話

 日がのびてきやがった。真楼は鍋の湯を沸かしながら、ほのかに立ち上がる湯気越しに空を見つめる。薄くかかった雲が茜色に染まる南の空。ふん、こんな風景を眺めたくなんかないんだ、こっちは。

「たすかったあ、チャーシュー麺大盛ね」

「俺も。ほんと、禁断症状出て手に震えきてたもんな」

 そう、客だ。ラーメンを食いたいって客がいれば、それで満足なんだ。

 真楼は麺を四玉鍋に放り込み、箸で湯の中を泳がせる。代金を支払った客はベンチに腰を下ろして待つ。区だか都だか知らないが、ベンチを設置してくれた組織に感謝するといったら嘘になる。

 ラーメン禁止法なんていうバカげた法律ができてからは、ひっきりなしに客がくるようになった。ネロの災禍。大量の殉教者をだしているらしい。

 完成したラーメンを客がとりにきて、ベンチで食べはじめる。半分吸い込むようにして。砂漠でアラビア人から水をもらうサン=テグジュペリくらいの勢い。ラーメンに飢えることは水に渇くことだ。やつらも砂漠に落ちた飛行士。

 これだけ飢えているのは、取締りが厳しいからだ。あれだけの反対を押し切って法律を通して、実際に厳格に運用している。

 狂っているとしか思えない。権力者にとってはたかがラーメンだろう。庶民にとっては重要だ。それなのに。

 この国はすこしづつ狂ってきて、今のアベになって、ほとんど独裁といっていい状況になってしまった。基本的人権まで抑圧している。

 いつか破綻するだろう。人類の歴史が証明している。ソフトランディングしてくれるといいが。


 ビルの影にスーツの男。口が動いている。真楼は目の端に止めた。

 客のふたりは同時にドンブリをあおって最後のスープを飲み干した。

「食い終わったな」

 満足そうな顔。真楼の口の端がもちあがる。

「ドンブリはベンチに置いていけ。二手にわかれて走った方がいい」

 ネクタイをゆるめる。

「おやっさんは?」

「ゆっくり片付けていくさ」

「ごっそさん」

 ふたりは駆け出し、二手にわかれて姿を消した。真楼は屋台をまわってドンブリを取りにゆく。紺色の空。ベンチの横の街灯がともった。

 スーツの男がほかの取締官と合流し現場へ駆けつけたとき、路駐していた屋台は消え、石造りのベンチだけが街灯に照らされて佇んでいた。

 取締官達は散って捜索したが、収穫はなかった。

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