ラーメンを中心にして

九乃カナ

第1話

 ラーメンどんぶりから湯気が立ちのぼる。チャーシューの載った山盛りのもやしをよけ、姿をのぞかせた麺を割り箸で汁からつまみあげる。

 湯気の勢いが増す。

 透明感のある麺を上下させながらふーふーして冷ます。口にもってゆく。

 大音量の騒音。

 箸をどんぶりに突き刺し、アベは立ち上がる。勢いよくドアが開き、スーツの男が駆け込んでくる。秘書だ。

「どうした。なにが起きた」

「大変です。デモです。物凄い人数です。テレビをつけてください」

 テーブルのリモコンで電源をいれる。

 これは。

 国会議事堂正面の道路を埋め尽くす群衆。人人人。報道ヘリで上空からの映像。

 あわわわわわ。これ全員が反対者なの? ビーズクッションの中のビーズみたいじゃないか。

 殺されるんじゃ。

「首相、どうしましょう」

「どうしましょうって、どうにかしてよ。そうだ。ヘリコプターにどっか行けって命令を出そう。それから、テレビに放送中止するように。えっと、あとは、あとは」

「ったく、よりによってラーメン禁止法施行日にラーメン食べてる画像SNSにあげたりすっからだよ」

「なんか言った?」

「いえ」

 またドアが開いた。

「落ち着きなさい、首相」

 姿勢よく直立した男。

「あ、佐藤くん」

「いま機動隊を要請しました。デモ隊を押し返します。それから、首相。すぐにラーメン取締専門の機関を作るのです。違反者を逮捕して締め上げるのです。奴らを調子に乗せてはいけません」

「うん、そうだね。わかった。ラーメン取締機関だね。佐藤くんにまかせる」

「これはもうテロ対策です。機動隊と自衛隊員から人選しましょう。こちらを閣議決定してください。政令案です。ただちに取り締まりにあたります」

 佐藤は一枚紙を手渡すと大股で出て行った。

 テレビ画面の群衆が大画面からあふれて襲いかかってきそう。身震いしてから電源を切る。アベは秘書に閣議の招集を命じた。

 ひとりになって、どんぶりから割り箸をもちあげる。麺は、白く濁りのびていた。

 デモ隊の叫びが届く。

「こんなやつらに負けるわけにいかない」

 アベは麺をやめ、チャーシューを噛みしめた。


ラーメン禁止法

令成元年五月一日施行

第一章 総則

(目的)

第一条 この法律は、我が国における急速な高齢化の進展及び疾病構造の変化に伴い、国民の健康の増進の重要性が著しく増大していることにかんがみ、国民の健康を害する恐れの大きいラーメンに関し基本的な事項を定めるとともに、国民の健康をラーメンから守るための措置を講じ、もって国民保健の向上を図ることを目的とする。

(定義)

第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。

 一 ラーメン 中華麺とスープを主とし、様々な具(チャーシュー、メンマ、味付け玉子、刻み葱、海苔など)を組み合わせた麺料理。

(略)

第六章 ラーメン免許

(ラーメン免許)

第八十四条 ラーメンを食しようとする者は、都道府県知事の第一種ラーメン免許(以下「第一種免許」という。)を受けなければならない。

2 ラーメン調理の業務に従事しようとする者は、都道府県知事の第二種ラーメン免許(以下「第二種免許」という。)を受けなければならない。

(略)

(政令への委任)

第九十七条 その他ラーメンに関する事項は、政令により定める。

(以下略)


ラーメン禁止法施行令

(略)

(ラーメン取締官)

第九条 厚生労働省にラーメン取締官を置き、ラーメン取締官は、厚生労働省の職員のうちから、厚生労働大臣が命ずる。

(以下略)

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