第16話
「え…違うんですか?」
驚きのあまり、反射的に言葉が漏れる亨。
「もちろん違うとも。木原を即座に失脚させるほど、切羽詰まっている状態ではない。それに、今回の件については木原も了承している。」
「…あの木原魔術大将が、了承ですか?」
「ああ、快諾だった。理由も説明したら、即座に頷いたよ。」
「なるほど…暴走されそうだから協力を、といったのですか…。確かに国民を第一にをモットーとしている木原魔術大将なら頷くほかありませんね。」
現在、国防正規軍魔術部隊内では主に2つの派閥がある。1つは有山元帥率いる強国路線推進派、もう一つは木原魔術大将率いる専守防衛・国民第一主義派である。そこまで大層な違いはなく、どちらも国土、国民を守るという点では一致している。しかし、強国路線派はさらなる魔術分野の軍事力の増大を目指し、人工的に優れた魔術師の作成もさらに推進している(院宮内、軍でも以前からやっていることではあるがある程度の制限がある)のに対し、木原魔術大将は院宮との分担、分離を制度化することによりこれ以上の魔術分野の軍事力の増大は急務ではなく、専守防衛できる程度の軍事力さえあればよいから、血税を他の分野に投資すべきであるという考え方である。
残念なことに、現在の国際情勢では、教会やIMUの軍門に下ることはあまり得策ではないとの見方が大半を占める。理由はどちらにつこうと優秀な魔術師は徴兵され、さらには国土の防衛ではなく、協会とIMUの緊張が高まっているヨーロッパとアフリカ大陸の防衛に与させられることが目に見えているからである。このことから、どちらの軍門に下らないためにも、有山元帥の考え方にも国民は一定の理解を示しており、対して木原魔術大将の考えにも一定の支持層がおり、国民を分断とまではいかないものの軋轢が生じていることは確かである。
そして、なぜ亨が『木原魔術大将なら頷くほかない』といったのかだが、前回のテロ事件で国立魔術院周辺の一般市民には被害がなかったものの、危険にさらしたことは事実であり、木原魔術大将としては看過できないことだった。さらには、軍内の二条院派が活発化したことで、知る人ぞ知る二条院家の自意識過剰、自己顕示欲の高さによる暴走を警戒せざるを得なかったのだ。警戒される暴走を国立魔術院でされるよりは、演習場でやられる方が市民への被害を抑えられる、木原魔術大将がそのように考えたのだろうというのは想像に難くない。
亨の結論に頷く尊はさらに補足する。
「そうだ…さらに内情を言えば、後宮家は外務省に強いパイプを持つことで有名だ。だからこそ外務閥、それも毛利家の親戚を据え置いたわけだ。これで、軍と外務省、ひいては後宮家の睨みが効いたこの魔術学院に二条院は手を出しにくくなった。だが、それだと思わぬ暴走を招く。市街地で暴走されたらそれこそ大変だろう。ということで今回の合宿開催を叫ぶ二条院派の要求を呑んだわけだ…おそらく、演習場なら外務閥は干渉しないと睨んだのだろうな。まあ、防衛省としても他の省庁に演習場内での出来事に関して干渉させることはないだろうし、今回のテロ事件においては表向き国防正規軍に功があるようになっている…今回、何か起きた場合の失点は先の功で帳消しにする算段だ。このシナリオを書くのはなかなかに疲れたよ。」
そう、これが尊の恐ろしいところである。何手先かまで正確に読み切る、そしてその通りに実行する…有栖院の実働部隊にいた時は、実践能力の高さとこの能力で前線でのブレーンとして活躍していた。そんな男でも一つ予想できていないことがあった。
「ただね…二条院家が何を実験しようとしているのか、それがいまだに不透明だ…。いや予想してはいるのだが、確信が欲しい。ということで、この内容を零美さんへお伝えしておいてくれ。」
論理性もへったくれもない要望を言う尊。しかし、その意味を正確に理解した亨は呆れたように言う。
「ご自分で言えばよいのでは?この前、会ったと聞きましたが…?」
「…私と零美さんが向かい合えば、件のことで言い合いになるのは目に見えているだろう?私が冷静でいられるように君を通すのだ。」
「あなたが新たな情報を返報してもらえるように、ですか…わかりました。」
「じゃあ、よろしく…まずいな、来栖燦がこちらへ向かってきている…あいつに私の隠形が通じるか微妙なんだが…」
少し、顔色が青くなる尊。さすがにこの状況は読み切れなかったようである。
一方の亨は今までの話の中で思考の底に沈んでいた。
『面会した際の情報は御当主様より聞いているが…新しい情報は木原魔術大将のことと失点の消し方か…御当主様が応じるか…だな。』
思考に耽っている間、教頭室の窓のそばまで移動した尊は、窓ガラスを熱で変形させ外への道を作ると
「…私はこれで失礼しよう。木原、あとは頼む。」
「了」
木原に事後処理(主に燦への言い訳)を押し付け外に出る。再度、熱で窓ガラスの形を元通りにすると、ジャンプし姿を消したのであった。
丁度そのタイミングで扉がノックされる。
「はい?今取り込み中なのだが…?」
「あ、失礼しました。1年1組の来栖燦と申します。有川亨君に一言伝言を。」
「そうですか…まあ、構いませんよ。おはいりなさい。」
「失礼します。亨くん。」
「…はい?あ、一言掛けるのを忘れていましたね…申し訳ない。」
「いえいえ、教室におりますので、終わったら来てください。失礼しました。」
そう言い残し退室しようとする燦。そういえば、退出許可を出さねば、と倉崎が亨に言い放つ。
「有川、退室して良いぞ。」
「…あ、はい。」
こうしてやっと亨は退室できたのであった。
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