第12話

「さて、まず、誤解のないように申し上げておきますと…今回のカリキュラム変更は…防衛省と外務省の毛利派の差し金です。」


最初に切り出した尊の言葉は弁解に近かった。


「なるほど、発端は尊さん、あなたではないと?」

「ええ、つまりはその通りです。まあ、便乗したのは否定しませんが…」

「フフフ…随分と早くに便乗を認めましたのね?」


可笑しそうに笑う零美と無表情のまま受け流す尊。


「それで、便乗した理由は何かしら?」

「…端的に言えば、軍内の二条院に近しいものが五月蠅かったものでして。第2のテロ騒動を起こされるくらいなら、と思いまして、まず倉崎を教頭の位置に。学校長も毛利重蔵の親戚とあれば…手出しはしないでしょう。もし国立魔術院に手を出せば、我々軍だけでなく、後宮家を敵に回しますからね。今の力はそこまでではないものの…後宮を敵に回すようなことはしないとふみました。」

「なるほど…何かしらを計画している二条院に計画を実行するチャンスを与えたということですか…。他の選択肢をけずらせたうえで…自分の手が及ぶ範囲でやらせると?」

「まあ、他にもテロ事件の全容究明を行いたい、という算段もあるのですが…」


ここでちらりと零美を見る尊。しかし、零美の表情は全く変わらない。


「テロ事件…何か抜けている気がするんですよ。違和感がありすぎましてね…」

「そうかしら…まあ、いつでも腑に落ちないことはあるわよ?」


少し探りを入れる尊。しかし、そんな小細工程度では零美の表情は崩せない。今度は逆に零美が仕掛ける。


「誰かさんが情報を伏せていたせいで、読み切れませんでしたからね。」

「情報は命ですから。私の一存で国が収集、保管している情報を流すことはできません。」

「院宮には開示する必要があったのではないかしら?当家が調べ上げたところ、倉崎魔術大将が処分した大陸の禁術使いは正規のルートで入国してはいませんでした。これはすなわち海外の敵対勢力の不正入国と捉え、院宮にも要請すべきだったのでは?」

「零美さん…あなたもおかしなことを言う。そんなことをすれば匿っていた二条院家が邪魔をする可能性だってあるでしょうに…」

「おかしなことを言っているのは尊さん、あなたではなくて?少なくとも四宮と聖光院には通達すべきでしょう。」

「そんなことをすれば院宮の対立を更に助長することになりかねないでしょう。それは避けるべきでしょう?」

「そうかしら?あなたも当家の末席に座っていたならわかっているでしょう?当家の扱いを巡って他の院宮に亀裂が走っていることくらい。今更のことではなくて?」


お互いに矛先を収めずヒートアップしていく二人。これはいつものことであり、この先はいつも決まって同じところに行きつく。


「確かに今更ではありますが、その件に関しては有栖院家の強大さ、いわば少数での徹底した強さの探求が原因であるのは日の目を見るよりも明らかだ。ここは有栖院家が矛を収めるところでしょう。実力の拡大さえもっと慎重に行えばさほど対立は招かないことでは?」

「確かにそうかもしれません。しかしながら、我々は他の家よりも1歩2歩程度ではなくその先にまで到達してしまった。だからこそ当家は唯我独尊で先進技術を海外勢力へ漏らさぬように努めなければならない。それが我々有栖院家の国家への忠誠なのですよ?」

「零美さん。あなたのことは認めているし、有栖院家の当主としても申し分ないと昔から、今でもそう思っている。そして、その考え方も同意する。確かに、私が知っている限りでも有栖院家の魔術技能はかなり進んでいる。そして、技術を秘匿することにも同意する。

しかし、なぜ、私の提案に耳を傾けない?いつも私を否定する方向性へ進もうとする。近い将来必ず院宮全家、そして軍も含めて対応しなければならない時が来る。そのためにも、無駄な対立はしないようにしていかなければならない。だからこそ院宮内で情報による格差は生んではならない、そう私は言っている。」

「なるほど…その近い将来起こりうる出来事の火種を持つ当家は黙っていろと?」

「別にそうは言ってはいない。しかし亨がその火種になる可能性を孕んでいるのであれば、今すぐ彼の存在を消すべきでしょう。そして、来るべき日に備えるためにこれ以上の院宮内部での対立は避けるべきだ。有栖院家も院宮で協調路線に走るべきだ。そして、正規軍も魔術部隊を含め強化しなければならない。さもなくばこの国は協会かIMUの軍門に下ることになる。」


お察しの方もいるであろうが、これが有山尊が有川尊という名を捨て有栖院家と決別した理由なのだ。


「…あなたは、なぜすぐそういうふうに実子である亨さんの存在を消したいのですか?彼は特殊です。それは認めましょう。彼の能力は危険である。これも認めましょう。ですが、彼の存在を消さなければいけない、そういう理由にはなりませんよ?」

「彼の存在が目に留まれば、海外勢力は攻めてきます。その際に備えるならば、院宮内部での争いを控えるようにすべきではありませんか?」


尊の困ったような、懇願するような言い方に零美は首を振りながら、応じる。


「それはできませんよ。尊さん、あなたの主張は正しい。ですけど、院宮の方々の結束は残念ながら当家がヘイトを買うことで強まっています。当家が迎合に走れば、その結束が崩れるやもしれません。」

「しかし!それでは、もしも有栖院家が海外勢力に標的にされたらどうされるおつもりか!最大の魔術師勢力ですよ?それが空白になることだけは、避けなければならない、違いますか?」

「前から言っているではありませんか。その時は、死力をもって有栖院家が世界と戦うと…。あなただって、心の中では明日、海外勢力が攻めてきた際は、死力をもって国土を守るのでしょう?それと同じことなのですよ…」


諭す口調の零美。しかし、納得のいかない尊。

ここまでの話の中で、標的はどこであれ、どちらも海外勢力の侵攻から守る、ということは共通目標となっている。だからこそ、どちらも否定しがたいのだが…


「では、その結束した院宮が有栖院憎しと声を上げ海外勢力と結託したら、どうされるのです?あなたは他家の狙いをことごとく看破している。そうされても文句は言えませんよ。」

「…それはその時、ですよ。」


そう、零美の考えは肝心なところが不透明なのだ。だから、尊は不満を覚える。


「零美さん、あなたは何がしたいのですか?私は、あなたの思考が読めない。」

「…さぁ。」


やはり、肝心なことははぐらかされるのであった。

その後、烏間のとりなしにより、話し合いの続きとなったがお互いのわだかまりは解けないのであった。

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