第10話
在原樹生・夏樹の親子との昼食が終わり、零美は次の用事までの間、本邸内の研究室に籠っていた。昼食後、樹生は帰宅、いや有栖院家御用達の医師のもとへ夏樹の診断書を取りに行き、夏樹は烏間に宿泊部屋へ案内されていた。
午後4時半を回ったころ、巣鴨家親子が本邸を訪ねてきた。すぐに応接間へ案内された二人は、しばらくの間待たされることとなった。
10分が過ぎたころ、零美が応接間に入ってくると同時に、腰かけていたソファから立ち上がる二人。そんな二人に零美が声をかける。
「お待たせしてしまいましたか。ごめんなさいね。」
「いえ、約束は5時でしたが、遅れてはならぬと急ぎ参った次第です。急かすような真似をいたしまして申し訳ありません。」
こう返し頭を下げるのは巣鴨家当主の京一。その隣で息子の恒一も頭を下げている。
「あら、そんなことないわ。座って頂戴。楽にしていいわよ。」
「では、お言葉に甘えまして。失礼します。」
「失礼します。」
着席するとともに、紅茶とコーヒーのポッドを運ばれてくる。
「京一殿はどちらに?」
「これはこれは、烏間殿、ご丁寧に。ではコーヒーを。」
「かしこまりました。恒一殿は?」
「紅茶でお願いします。」
二人の前におかれるティーカップ。零美の方はと言うといつの間にかコーヒーが置かれていた。
「さて本題の前に…恒一さんは私の前でも緊張しないのね。」
おかしそうにクスリと笑う零美。恒一はすぐに返答する。
「いえいえ、内心では心臓の鼓動が荒ぶっております。表情に出さないようにするので精いっぱいです。」
「あら、そう?そうは見えないわよ。朝、がちがちに緊張していた女の子と会ったものですから…対照的なのが、おかしくてつい笑ってしまいました。許してね。」
「え、ええ。わかりました。」
見えない話の流れにペースを乱される恒一。京一は横目で恒一の様子を見ると
「それで、本日お訪ねした理由なのですが…」
と本題を切り出す。零美は視線を恒一から京一へ戻しつつ、
「ええ、続けて。」
と話の続きを促した。
「花田流星という者を覚えておいでですか?」
京一は確認の意図も含めて質問から入る。零美は首肯する。
「ええ、覚えているわ。彼と根来香帆のおかげで燦さんと夏樹さんを国立魔術院に入学させる羽目になったけれども…」
「はい。その二人なのですが…昨日、東京駅より新幹線に乗り兵庫に向かったようです。」
鋭い視線になった零美は恒一の方を向き、
「本気でやったのかしら?」
と尋ねる。この事実関係の確認作業ともとれる零美の質問に、首を振りながら否定の言葉を返す恒一。
「まさか…もとからマークされていたならまだしも、平均より上の魔術技能しか見せていません。少し無駄な行程を含めて余剰魔力をにおわせるなどの工作も行っていますし…なにより、御当主様のご意向を無視して全力を出すことなどはしておりません。」
普通ならば疑念を抱かれてムキになるところであるが、努めて沈着に冷静な言葉を紡ぐ恒一。
「そうよねぇ…燦さんとかならともかく…あなたが、命に関わる時以外、全力での魔術技能使用は禁止、という私との約束を反故にするとは思えませんからね。一応の確認です。気を悪くしないでね。」
「いえ、少し熱くなりました。申し訳ありません。」
大人の対応をする恒一を視界の端に移動させ、零美は京一の方を再度見る。
「そう…なら、何が原因かしら?」
「はい、恒一の話によれば、前日すなわち、おとといの段階で出頭命令のようなものが出た模様です。」
「呼び出し?…その根拠は?」
「恒一。」
「はい。根拠ですが…昨日、花田流星は数人の男女と遊びに行く予定だったようです。しかし昨日の放課後、その集団の中に花田がいないことを確認し、情報を収集したところ、その前日の夜に急用が入ったと集団のメンバーに連絡があったそうです。そのためその用事が出頭命令だと愚考し、おとといの時点で来るように命じられたと判断いたしました。」
恒一の報告に耳を傾けていた零美は頷く。
「そう考えるのが自然ね…もしかしたら、我々が監視していたのに気づいた可能性もあるわね。」
「そのために、前日のドタキャンを仕組んだと?」
「ええ、そうすれば時間は稼げるでしょ?現に関西の方に拠点を置いてもらっている方々には連絡ができなかったのだから。」
零美の言葉に沈痛な面持ちで頷く京一。
「その後の足取りは?」
「マークは再度し直しましたが…さすがに斉宮家の本邸に諜報戦を仕掛けるには数が足りなかったものでして…」
「そこは仕方ないわね…あの老人が居座る斉宮の本邸相手に準備不足で挑んだら流石の当家でもかなりの損害を覚悟しなければなりませんから…」
京一の成果が乏しい報告に零美は理解を示す。
「…おそらくは、燦さんかしらねぇ。」
「燦嬢ですか?」
零美の仕方がない、とばかりの独り言に京一は反応する。
「ええ…あの子調子に乗ってオリジナルの光魔術で“鬼体装甲”を使った“鬼兵”竜胆兵馬のにとどめ差しちゃったのよね…」
「…」
「…」
零美の呆れた口調で告げた事実に言葉が出ない巣鴨親子。
特に恒一の方は、何やってるんだ、あの子は?と表情に出てしまっている。
そんなことお構いなしに零美は続ける。
「それで、目を付けられちゃったかしら…あの老人は軍に太いパイプを持ってますから、合宿のことを聞きつけたのかしらね。それで合宿の偵察を命じた。そんな感じかしら?」
「暗殺、ではないのですか?」
恒一が異議を唱えるが、
「あの老人がそんなことするわけないでしょう。流石に久馬先生、花田家、根来家だけじゃ我々に歯が立たないことくらいわかっているでしょうし…」
零美は、斉宮久馬と言う人物の人となりから否定する。しかし、
「でも、暗殺の可能性はあるにはあるかしら…その辺はうまく警備させればいいと思うわよ。」
と暗殺という手段を実行される、という可能性を捨てきらなかった。
「とりあえず、報告はこのくらいかしら?」
「はい、これで終わりです。」
「そう、ご苦労様でした。お夕飯ご一緒にどうかしら?」
「是非に。」
「では、食堂に行きましょうか。」
有栖院家の話し合いは夕飯のお誘いで幕を閉じた。
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