第9話
様々な会合が有った翌日の11時。有栖院家本邸に在原樹生と夏樹の両名が揃って訪ねていた。玄関に車から降り立つ二人を出迎えたのはモーニングコートを身に着けた烏間であった。
「いらっしゃいませ、在原殿、夏樹嬢。少々待合室でお待ちいただけますか。」
「ええ、構いません。こちらは1日空けておりますので。」
「それはよろしかったですな。奥様が昼食を一緒に食べながらでもよいか、と仰っておりますが、どういたしますか?」
「これはこれは…ありがたい。ぜひご相伴に預からせていただきます。」
「承知いたしました。では30分ほどお待ちください。準備が整い次第案内させますので。」
「わかりました。」
案内されたのは玄関から入って少し進んだところにある一室。来客の際の待合室に使われる部屋である。夏樹はここに通されたことがほとんどない。というよりも、この有栖院家本邸に足を踏み入れたことが数えるくらいしかないのだ。数えるくらいしかない機会も冬樹が出れなかった際の一門新年会か、合同講習と呼ばれる有栖院家の配下魔術師達の合同訓練の際である。特に合同講習などは更衣室に直行し着替えて訓練し、更衣室で汗を流して速攻で帰って寝るという代物であるから、このように新年などではない時にゆっくりと本邸を訪ねることなどほぼないに等しいのだ。
「緊張しているのか?」
隣にドカリと座った樹生が夏樹に問う。
「…そりゃあ、まあね。こんな事、滅多にないし…。加えて昼食も、なんて…。」
「ハハハ、本当に緊張しているな。まあ、大丈夫だ。御当主様はそこまで怖くない。まあ、なんだ…恐れずとも大丈夫だ。」
泰然としている樹生。萎縮して体が縮こまる夏樹。
35分ほど待たされた後、待合室の扉がノックされる。
「はい?」
「失礼します。お食事のご準備が整いました。ご案内いたします。」
「ああ、よろしく。…ほら、夏樹行くぞ。」
メイドに先導されつつ屋敷内を歩く2人。
「こちらでございます。」
「ああ、ありがとう。ここか。」
ノックをするメイド。中から女性の声がする。
「はい、どうぞ。」
「失礼いたします。在原樹生様と夏樹様をお連れいたしました。」
「ご苦労様。さ、お二人ともお座りになって。食べましょう。」
「お言葉に甘えて。」
普段からそうであるように零美の目の前の椅子に向かう樹生。椅子に座る際、後からメイドが椅子を引き、エスコートする。
「夏樹さん、緊張しなくていいわ。とりあえず、立ち竦まずに座りなさい。」
零美が扉のところで固まっている夏樹に声を掛ける。掛けられた方の夏樹はビクッとなると、
「し、失礼します。」
と頭を下げ、椅子のところまで向かった。ただ、緊張はそのままに、同じ方向の手足が出ている。エスコートされつつ何とか席に着く夏樹を、にこやかに見る零美。
「そんなに緊張されると何だか私が悪いみたいだわね、いじめているみたいで…燦さんとか亨さんとか私が前にいても目に見えて緊張していないわよ?」
「そ、それは…あの二人が私より実力があるから…」
「………フフフ」
夏樹の言葉に一瞬虚を突かれた後に、面白そうに笑う零美。
「夏樹さん、目に見えては緊張してないのよ。つまり、内心に緊張を押しとどめているのよ、あの二人は。」
まあ、緊張感が無さすぎる子もいるけど、と小声で続ける。しかし、その言葉は夏樹には聞こえていなかった。お構いなしに
「つまり、弱いか強いか、じゃなくてどれだけ顔に心を投影させないか、ということよ。強弱で変わってなるものですか。さて、とりあえず食べながらお話を聞こうかしら。烏間さん、お願いできる?」
「承知いたしました。」
昼食が運ばれてくる。魚の切り身のステーキ、グリルした野菜、スープにサラダ、と健康的なものが運ばれてくる。
「あ、お二人とも、ライスとパン、どちらがいいかしら?」
「私はライスで。夏樹は?」
「…え、えーと…ら、ライスで。」
「じゃあ、私はパンにしようかしら。烏間さん、お願いしますね。」
「承知いたしました。」
全ての品が揃ったところで食べ始める3人。食事を楽しみつつ、若干1名は先ほどよりはましなものの依然として楽しんでいる状況ではないが、零美が樹生に尋ねる。
「で、今日はどうしたのかしら?樹生さんにしては珍しく急な面会だったけど…?」
「御当主様、突然のお願い申し訳ありません。ただ、夏樹が強さに悩んでいるようでして…」
「あら、そう?十分に強いけど?」
「私もそう思うのですが…納得いっていないようでして……燦嬢が匂わせたようでして」
この言葉を聞いた途端、零美の目が鋭くなる。敵を射すくめるような目をみて、縮こまってしまう夏樹。
「あの子も困ったものね…」
「私の手紙を春樹から来栖殿に渡してもらうようにしましたが………刎ねた方が良かったでしょうか?」
「…いいえ。まあ、いいでしょう。光流さんには私から沙汰をお伝えしておきます。まあ、軽いお仕置き程度にしますけど。刎ねられても文句言えなかったわね…」
「まあ…刎ねようとしたと言いますか、少し遊んでみました。」
「へぇ、そう。それは興味深いわね。防いだの?」
「3割ほどの力でやってみましたが…4分防ぎきりました。」
「あら!すごいわね。」
目を丸くして驚く零美。ついていけない夏樹。昨日何があったのかは、とうとう夏樹も樹生に教えてもらえずじまいであった。何があったのかを尋ねようと口を開くよりも先に、零美が口を開く。
「夏樹さん…確かあの時、魔力をかなり使っていたわね?」
零美のいうあの時、が先日のテロ事件のことだと気づいた夏樹はどもりながらも肯定する。
「は、はい、御当主様。」
「…そう。魔力欠乏症候群が時間差で発症したことによる長期療養、そういうことにしましょうか?…構いませんか、樹生さん?」
「はい。しごいてやってください。」
「まぁ、しごくのは私じゃないのですけど…1か月ほどの自宅静養、これで行きましょう。烏間さん、手配していただける?」
「承知いたしました。すぐに連絡を取り、診断書発行をお願いしておきます。」
烏間の返答に頷き、魚の切り身を優雅に口へと運ぶ零美。置いてけぼりにされている夏樹は最後のチャンスだと思って零美に尋ねる。
「あ、あの…私はどうなるんですか?」
そのもっともな問いにこの日一番の笑みを浮かべた零美は答えた。
「あなたにはきつ~い修行をしてもらいます。そのため、1か月間強こちらに泊まっていただきます。なので、学校へはしばらくの間行けません。その口実として『魔力欠乏症候群が時間差で発症したことによる長期自宅静養』とします。泊る所は用意しますから…詳しい修行内容は後ほど、ね。これで答えになっているかしら?」
「え、えーと……」
あまりの急展開に固まる夏樹。その夏樹に父である樹生は笑顔で助け舟を…
「ということだ。たまに様子は見に来る。あとで秋世と季世に着替えを持たすから、その辺のことは安心しろ。とりあえず今日からしばらくは本邸暮らしだ。頑張るんだぞ。」
出さずにエールを送ったのであった。
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