第8話
「それで、話って何だい?」
穏やかな声音で話し掛けられた私は今一歩踏み出せない状況になっていた。何度も何度も口に出そうとしても口に出せない。喉のところで止まってしまう。せっかく泊まってもらえるように燦にお願いして、そしてさらになずなも連れて来て貰えるようにお願いして、いろいろやって貰ったのに、最後の最後でコケてしまうなんて…なんて私はダメなんだろう。
自分で燦を守る、そういう風に決めたし、命じられもした。だけど、この前のテロ事件、ふたを開けてみれば、私は何もできずに燦に助けらた。その後に襲い掛かってきた特級の魔術も抑えきれず、守る対象であるはずの燦が対となる魔術を発動しなければ…私も燦も死んでいた。私一人で守れなかった。
強くなるために努力をした。そして現に強くなった。だけど、兄の春樹には敵わない。妹と弟には勝てはするけど、成長の伸びが明らかに私より上。お父さんには全く歯が立たない。入学式の夜、あいつが警備に加わることに怒りを覚えた。だけど実は心の奥底ではほっとしている自分もいた。だって、警備対象者より弱い護衛なんていらないものね。あの方にも私は見損なわれるほど、やっぱり弱かったんだ…
だって、強い人は外の人に助けを求めないもの。今、私がやろうとしていることは父に強くなる方法を教えてくれと頼むのと同義。稽古の相手をしてください、ではなく強くなる方法を教えて下さいって…そんなの弱い人がやることだ…やっぱり私は…
「ふぎゃっ」
何度目かわからない自己否定をしようとした時、私は突然わき腹をつつかれ、不意打ちに対し変な声を出してしまった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「それで、話って何だい?」
優しいおじさまが夏樹に対して穏やかに尋ねました。だけど、返事がありません。横を見てみると、追い詰めた顔をしながら何もしゃべれない状態の夏樹がいました。おじさまの方を見ると、困惑した表情を浮かべています。おじさまは表情を変えないまま私の方へ顔を向けました。
「…夏樹は…どうしたんだ?」
「…さぁ。私にもわかりかねますが、いい傾向ではないですね。」
私にはわかります。これは、夏樹が負のスパイラルに陥っている状態だと。
「おじさま。」
「なんだい?」
「少しだけ粗相をしますがよろしいでしょうか?」
「ん…?俺は外に出ていた方がいいのかな?」
「いえ、大丈夫です。」
私は言い終えると同時にゆっくりと立ち上がり、夏樹の背後に立ちました。そして、
「ぇぃ!」
脇腹を思いっきりつつきました。結果は予想通り、
「ふぎゃっ」
という奇声を上げて、元通りに戻りました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「燦、なんてことするの!」
「夏樹、良いじゃないですか。それよりも今はやることがあるでしょ?」
「燦ぃ~、あんたねぇ…」
「文句なら後でいくらでも聞いてあげますから、目の前の課題から終わらせましょう。」
「…絶対よ。…それと、ありがとう。」
プイっと燦から顔を背け、父親の方を向く夏樹。
「ようやく話してくれそうだね。で、何の話だい?」
改めて穏やかな口調で語りかける樹生。
「お父さん、相談なんだけど…いや、悩みかな。私、置いてかれている気がするの。燦に。そして、焦っている…有川亨という男の強さに…」
「…」
「お父さん…私、どうすればいいのかわからない。燦のことを守るんだ、とか言いながら、全く守れていない…挙句の果てには燦に守られる始末…自分のことがみっともなくて仕方がない。兄には勝てない、妹弟に比べてそこまで技量が伸びない、誰よりも努力しているつもりなのに…。強くなりたい…燦を守る、そんな理想は言わない。でも、燦と同じ場所で同じように並んで戦える、背中を預けられるくらい強くなりたいの…でも…どうすればいいのかわからない…」
「…」
話し終えた夏樹が樹生を見ると険しい顔をして考え込んでいた。そして、時計の針が3周と半したころ突然頭を下げた。
「夏樹…気付かずに済まなかった。そんなに悩んでいるとは…。ただ、いくつか俺から言えることは、魔術技能の成長スピードに関してだが…それは普通だ。悲しいことだが徐々に伸びが低くなっていく。次に俺の勝手な所感だが、秋世と冬樹の技能はそこまで高くはならないと思う。実戦に関してはどれだけ場数を踏んだか、に依るからわからんがな。加えて実戦経験が豊富な春樹に勝つには今までの何倍も努力せねばならん…だろう。」
そこで一度言葉を区切る樹生。また、時計の針が進むだけの時間が過ぎた。今度は5周した時、
「ただ、夏樹…お前が望む答えは、心配せずに努力しろ…というものではないんだろう?」
樹生は咎めるような視線を燦に浴びせながら夏樹に尋ねる。
「…うん。」
「燦ちゃんが来た時点で想定すべきだったな…やはり勘の良さはあいつに負ける、か。」
小さく独り言を言うと夏樹に向かって指示を出す。
「わかった。呼ぶまで夏樹は出ていなさい。」
「…え?」
「少し燦ちゃん…いや、来栖家長女燦と在原家当主として話がしたい。」
穏やかな口調から一転して厳しい口調となる樹生。その迫力に気おされた夏樹は無言で頷き外に出た。夏樹が扉の外に出た刹那、双方が遮音フィールドと索敵妨害魔術を張り、机を挟んで紅の世界と銀色の世界に分かれた。いや、正確には紅の世界が銀色の世界を圧していた。
「…燦、たとえ匂わせただけとはいえ…お前の独断で話すなどもってのほかだぞ?」
炎の剣を燦の首筋に突き付け、睨みを利かせながら樹生は低い声で問いただす。その声は、炎とは裏腹に冷え切っていた。
「…親友があまりにもしのびなかったものですから。」
氷の盾で防ぎながら冷静に返す燦。だが、防ぐのに精いっぱいで冷静さも取り繕ったものだとわかる。
「ハッ、お前の首が吹き飛んでもか?いや、それどころか、来栖家全員が懲罰対象となってもか?」
樹生が支配している炎はさらに勢いを増し、殺気を室内にまき散らす。燦は屈しそうになりながらも、親友のために言葉を紡ぐ。
「ええ。私の首など差し上げます。何せ、私にできることはこういう形で親友を助けることだけですから。それに私の父は…私一人のために、来栖家を根絶やしにするようなことはしません。そう信じてます。」
肝が据わっている。素直に樹生は感心していた。手加減しているとはいえ、殺気に充てられても、そして、少し全力を出せば首が胴体と分離することを分かっているにも関わらず、こうやって気丈に喋っていられるのだから。
膠着状態がどれだけ続いただろうか。30秒、1分、10分いや燦の体感ではもっとかもしれない。先に折れたのは樹生だった。
「はぁ…やめた。」
たった一言ぼそっと言うと炎と殺気が霧散した。それを見て、息を荒立てながら氷を霧散させる燦。
「…一応御当主様に報告はする。」
「はい。私の件ですね。」
「それもあるが…夏樹の件もだ。」
「え…じゃあ…」
「お前の覚悟は無碍にできない。それに手を抜いていたとはいえ、俺の剣を4分間防いだ褒賞だ。いらないのか?」
「いえ…」
「とりあえず、当人を呼ぶかな…あと、明日冬樹を名代として君を来栖邸まで送らせる。覚悟しておくんだな、あいつの説教を。」
「…はぃ」
緊張の糸が切れたのか、気を失う燦。樹生は穏やかに笑いながら、夢の世界へ旅立つ燦を見送り、外に立っている夏樹を部屋に招き入れようと遮音フィールドなどを消し、扉の外に声をかける。そして、自身は端末でどこかへ連絡を取る。
「お父さん、何を話し…え…ナニコレ…燦、大丈夫なの?」
部屋の惨状を見て、すぐに燦へ駆け寄る夏樹。気を失っただけだと把握すると、樹生に視線を移す。
「ちょっとした喧嘩だよ。光流よりは弱かったが。」
「え…なにそれ。」
「それより、明日、本邸に行くぞ。御当主様に会いに行く。」
「きゅ、急だね。」
「まぁな。さて…夏樹、寝る準備をしなさい。あとそのついでに母さんを呼んできてくれ。」
「わ、わかった。だけど、父さん…」
「ん、何だい?」
若干の怯えを含むその声音に樹生は軽く応じる。
「この部屋で魔力感じられなかったんだけど…?」
「ああ、そのことか。あんな喧嘩に横から誰かが入ってきたら、そいつも死んじゃうからね。だから、隠蔽しながら戦った。久々に良い稽古になったよ。」
「え…隠蔽しながら誰にも感じさせずに戦ったの?」
「もちろん。そうだけど?」
何がおかしいんだとばかりに、こともなげに答える父親に最早唖然とするしかなかった。思考が停止した夏樹に樹生は声をかける。
「ほら、早く寝なさいって。母さんも呼んできてね。」
その言葉でやっと夏樹は解凍された。
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