第9話
優雅にハーブティーを飲む淑女。その前には先日、出浦と呼ばれていた男がいた。
「出浦さん、各捜索隊の報告を。」
「遍界殿を筆頭とする僧たちは現在、古式魔術などを使い、国立魔術学院がある東東京一帯を捜索中。来栖家が西東京並びに山梨、静岡を、在原家が吉田が脱走したと思われる聖光院の関東拠点がある神奈川地域を、他の二家は千葉、茨城を、そして我々は埼玉の捜索を行なっておりますが、いまだに手がかりはございません。」
「…そう。それは困ったわね。長野に入った、という兆候はありませんし。もう少し拡大したいところではありますが、他家はどうなのかしら?」
「現在、わかっているだけでも、神奈川を中心に四宮、聖光院が捜索、二条院も関東近郊の配下の魔術師に警戒を命じた模様です。それ以外は表立った動きを察知できてはおりません。」
「そう…。少し厄介ね、あの2つは。でも今回は仕方ないかしら。私も積極的介入をしていませんものね。」
「事前に四宮には流したはずでは?」
「ええ、そうですわね。まあいいでしょう。ところで、失踪前の足取りは掴めているのかしら?」
「ある程度、ではありますが。」
「そう。では、その中で魔術至上主義の団体はありましたか?」
「それが…巧妙な偽装を施されておりまして、接触したと断言できません。」
「…そうですか。困りました。烏間さん、いるかしら?」
「なんでございましょうか、奥様?」
「可能性が高い、魔術至上主義者の団体に心当たりはありますか?」
「いえ、ございません。しかしながら、当家のモグラや監視がある団体は除外しても構わないかと。」
「…そうですか。最近はうるさいですわね、至上主義も排斥主義も。あと、当家直下の実働部隊は残ってますか?」
「はい、残っておりますが。」
「そうですか…屋敷の警備と地域の監視要員を除き、魔術学院とその周辺へまわして頂戴。それと、巣鴨殿に櫻雄の警備の増加をよろしくお願いしてくれますか?」
「承知いたしました、奥様。すぐに取り掛かります。」
スッと立ち去る烏間。
「私めは、捜索を続行いたします。」
「ええ、よろしく。できれば、背後の団体も洗って頂戴。捜索がうまくいかなくても、どの段階まで、禁忌の研究が進んだのかまでわかればいいわ。」
「仰せのままに。」
スッと姿を消す出浦。それを見た女は、ハーブティーをゆったりとした美しい所作で口に含んだ。
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「総領、見つかりません。」
「…参りましたね。」
そう言って、頭をかくのは四宮家の跡取りであり、国立魔術学院の生徒副会長を務める四宮一騎。四宮家はこの一騎を中心として吉田の捜索を行なっていた。実際のことを言うと、当主である騎郎が中心となっていてもよかったのだが、流れてきた“魔術至上主義者の暗躍による首都への攻撃”という噂の真偽の確認のため、分担をしたと言うことだ。
「時期が悪いですね…。先の失策で南関東近郊の最大勢力だった
「有栖院家がいるのでは?」
「有栖院家が我々に公表している戦力はどう見たって少なく偽装していますが、おそらく有栖院家を含まない内の最小規模である
「では、なぜ三竦みとまで言われているんでしょうか?」
「…三竦み?なんですかそれは?」
「総領、知らないのですか?院宮の中で問題児とされる有栖院家と、それを抑え込めると言われている、二家によるにらみ合い。二家とは当家と聖光院家ですが…」
「…ああ、思い出しました。誰がそんなことを、と一笑にふしたんでした。うちの家での見識はこうですよ。」
そこで少しタメを作る一騎。そして、部下に告げる。
「有栖院家に、勝てるものはこの日本国内に一家たりとも存在しない。当家も聖光院家でも、赤子だろう、とね。」
「…な、まさか。」
「ははは。院宮は合計で23家ありますが…有栖院家と22家が戦っても、勝率は有栖院の方が高いです。それほどまでに彼らは強いんですよ。構成メンバーも不明ですしね。ああ、私の想像ですが、おそらく今年の新入生の首席と次席は関係者でしょう。」
「‼︎」
「まあ、誰にも報告しないでください。彼らはちょっかいさえかけなければ、何もしてこないですから。浅慮な二条院家のじゃじゃ馬がつつくとそれこそ厄介になります。」
「…承知しました。」
「さてと、探しますか。」
と言って、部下と歩き出す一騎。しかし、ふと思い出したように部下に尋ねる。
「ちなみに、有栖院家の気配を感じたことはありますか?」
「いえ…ありませんが。」
「ええ、でしょうね。当家の中でも探知などが得意なあなたですら、気づけませんよね。今夜の捜索で3回ほど、いえおそらくそれ以上ですが、有栖院家配下の魔術師と遭遇していますよ。」
「…」
唖然とする部下。それを見て、うっすらと笑う一騎。
「わかりましたか?こういうことです。だからこそ、彼らとは穏便に、なんですよ。」
「…わ、わかりました。」
そういう部下の額にはうっすらと冷や汗が浮かんでいた。その冷や汗は、有栖院家の気配を感知できなかったからなのか、自身が感知できなかったものを感知した一騎への畏れなのかは分からなかった。
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ある地下の広間に多くの人々が集まっていた。その群衆の前の壇上には2人の男がいた。長身痩躯の男が声を張り上げる。
「我々の悲願はもう少しだ。我々のあり方を否定した国に対し、明日、復讐をする!皆の者準備はいいか!明日が、世界を変える一歩になるんだ!」
「「「「「「オーーーーーー!」」」」」」
男の声に呼応する群衆。大きな騒ぎとなっている。壇上のもう1人の男も声を上げている。しかし、その目はトロンとして生気を失っている、というより操り人形のようであった。
そして、その男を見れば学園中が驚きの声を上げるだろう。そう、その男は吉田、だったのだ。
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