第8話
はやくも2週間が経ち、翌日には吉田の停学が明けるその日の帰りのHRの時間、教員たちが少し慌ただしくしていた。
「明日からまた吉田が復学する…、そのはずだったのだが、今朝から行方不明になっている。どこにいるのか、全くもって不明であるが、明日、学校に現れるかも不明だ。特に有川、君は気をつけろよ。狙われる可能性がある。現在、教職員や軍の魔術師隊だけでなく四宮家、聖光院家が捜索をしているが気をつけてくれ。」
落合の話を聞きながら、亨は納得をした。とうとう動き出したのか、と。
亨が家に着くと屋内から人の気配を感じる。しかし、焦らずいつも通りに家の中に入る。家の玄関には、亨に心なしか似ている黒色の法衣を着た男がいた。
「…珍しいですね、兄上がいらっしゃるとは。」
「澪もいる。リビングで勝手にくつろいでいるがな。」
「澪はそんなものですよ。…しかし兄上は相変わらず惚れ惚れするくらいの無の境地ですね。」
「これでも坊主なんでな。邪念があってはならない。」
「たしかに。」
そう言いつつ、坊主の左横を通る亨。その瞬間、右の高速の裏拳が亨に向かって放たれる。亨はそれを回転しながらかがむことで躱し、回転を活かした足払いをする。しかし、その足払いは空振りに終わる。その瞬間、ありえない跳躍、いや飛翔する坊主。その手から苦無が投げられる。
『キィーン』
亨は苦無を細い金属棒を振ることで弾く。
「殺し合いでも無の境地ですか…」
「坊主なんでな。しばらく、体術の稽古をサボっている割には動けているな。」
「自主練はしてますので。」
玄関の上に飛んだままの坊主と亨は向き合う。にらみ合いが続くが、突如として地面から魔術兆候を感知し、その場からはなれる2人。玄関は炎に覆われる。離れた瞬間に亨は雷球を坊主は苦無を、それぞれ家の奥に向かって放つ。それを難なく防いだ人影が2人に向かって語る。
「亨兄さん、遍界兄さん。そろそろお話ししたいんですけど?」
「「…ハイ」」
場所をリビングに移した3人はテーブルに腰を下ろす。
「聖光院関係か?」
「我々も聖光院、四宮とは別口で捜索せよと命じられました。」
「捜索は背後関係を洗い、必要とあらば、社会から駆除せよという命令だ。」
「素早い決定ですね。」
「はい、失踪の一報が入ってすぐの命令でした。そこで、兄上とともに参ったというわけです。」
「…どれだけの戦力を投入しているんだ?」
「来栖家、在原家、他2家の実働部隊。さらに遍界兄上の寺の高僧の半分です。」
「…想像以上だな。相当数の戦力だ。」
あまりの規模に驚きを隠せない亨。保有していると公表されている全戦力の4分の1は軽く超え、半分に迫る戦力である。遍界が続ける。
「お前と吉田の戦いについて聞いた…。おそらくは魔術至上主義者の団体が裏にいる、と思われるが…亨、お前の意見は?」
「…いるだろうな。それもおそらく、非人道的団体が…。おそらくだが、聖光院は吉田をスパイにしたかったんだろうな。だが、ミイラ取りがミイラとなった。もしくは…いや、やめておこう。この場合、とてつもなく後味が悪い。」
「…なるほど、人身御供か。後味が悪いな。」
「それは考えすぎなのでは?」
「あくまで、推測だけどな。となると、面倒だな亨。」
「確かに…。それで、俺も入ったほうがいいんですか、兄上。」
「いや、亨、お前への命令は、学内で来栖燦殿の警備をしろ、ということだ。依頼から一時的な命令へと格上げする。学外では、出撃に備えて待機。」
「…出撃に備えて、ですか。そこまでされていると…?」
「念のため、だそうです。最近は怪しげな研究もされていますし、備えは必要かと。」
「澪の言う通りだ。たかだか未熟な魔術師1人の対処にこれだけの戦力投入は、ほぼほぼなされないんだが、今回に限っては、大判振る舞いだ。もしもあの研究が大成していた場合を加味しなければならない。」
「後味が悪い、どころではありませんね。」
「ああ、最悪の結末、を迎えるだろうな。」
「四宮、聖光院は死に物狂いのようです。」
「だろうな…」
場に揃った亨たち3兄妹は状況の深刻さを改めて実感しているのであった。
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聖光院家当主の輝彦は執務室で冷笑を浮かべていた。その笑みは底冷えするような恐ろしい笑みであった。そして、腹心を呼びつけた。
「…光浦、おるかね?」
「はい、なんでございましょうか。」
「やはり、内通者がいるようだが…わかったかね?」
「3人に絞られましたが…」
「…そうか。しかし、人選を間違えたな。あのバカを選んだのがミスだった。」
「あの若さです。承認欲求につけ込まれたとしか言いようがありません。」
「それもそうだ。それはともかく…その3人への監視、それとすぐに、二条院殿へ繋いでくれるかね?」
「承知いたしました。」
そう言って、光浦と呼ばれたスーツ姿の男は一度退出した。指示と連絡のために部屋を退出した光浦は3分後に移動式の映像電話を持参し、その場で二条院家当主へ電話を行なった。この場合の電話は、各当主間を直接繋ぐホットラインと通常の執事などに取り次がせる一般用ラインの2つがある。今回はホットラインを立ち上げたのだった。
『これはこれは…聖光院殿、どうかなさいましたかな?』
「二条院殿、お忙しい中申し訳ない。折り入ってお話がありましてな。」
『なんでしょうか。』
「二条院殿のご息女が生徒会長を務める国立魔術学院に通う、我が配下の吉田のせがれが、停学中に行方を眩ませまして…」
『ええ、娘から聞きました。それで、どうかなさいましたか?』
「逃亡されたことに関しては、当家の不徳の致すところであります。それで本題なのですが、この前、香織殿に学内で問題が起きたら、二条院家息女として、当家を敵とみなし戦争を行う、と言われてしまいまして…」
『それは、申し訳ありません。娘にはよく言いふくめます。』
「いえいえ、香織殿の気持ちもわかります。しかしながら、その学校への損害が出る可能性も出てきまして…、そうなると当家の現状ではあまり芳しくない。何せ同じ院宮の家と戦える余力がありませんので。」
『またまたご冗談を。当家ならともかく、聖光院殿ならできることでは?』
「いいえ、先の失策の原因の解決がなされておりません。その状態では無理です。なので、二条院殿には、現在何が起きているのかについて、教えられる範囲だけでも情報を提供させていただきたい、そう思った次第です。」
『…なるほど。承知しました。』
画面に映る二条院家の当主は納得の表情を浮かべ、輝彦に対し肯定を返した。この行動の意図について、二条院家は察し、その上で首肯したのだった。
そしてその後、情報の開示が行われたのであった。
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