第5話

学校が始まって2週間が経過し、普通であれば段々と生活も人間関係も落ち着いてくる頃合いである。しかし、今年の5組は落ち着かなかった。


「吉田君、雷麻痺弾パラライズバレットの魔方陣を黒板に書きなさい。」

「そんなもん、簡単だろ。…ほらよ。」

「その通りです。」

「チッ、こんな簡単な問題を答えさせるなよ、ったくよ。」

「…さて、次に…」


このように、吉田はいちいち教員に噛み付くのだ。あの授業の後、三日間の停学を受けた吉田は、クラスから孤立しただけでなく、その一因を作った亨のことを憎々しげににらみ、あることないことを吹聴していた。しかし、クラスでは有川の魔術戦技能や魔術への造詣に対して評価が高い。特に、殺傷性ランク2級の魔術を無傷で受け切った力は得体の知れないものであり、少し畏怖されていた。しかし、雄二や鼓と喋ることや、その二人を介して他の生徒たちと喋ることで孤立することは免れていた。それがまた、吉田の逆鱗に触れていた。


それからさらに数日が経った日、ちょっとした騒動が起こった。その昼休み、亨のもとに来客があった。


「亨くん、その節はどうも。」

「燦さん、夏樹さん、どうかなさいましたか?」

「いえ、最近、どうも違和感を感じる出来事が多いので、少し気になりまして。何か思い当たることはありませんか?」

「…特にはありませんが。」

「そうですか…。思い過ごしですかね…?お時間をお取りしました。行きましょうか、夏樹さん。」

「はい。」


そう言って二人が亨の席から離れようとしたとき、教室に悪意ある声が響いた。


「ハ…。違和感とか抜かしてんじゃねーよ。首席とか、どれだけすごいのかと思ったら、ただのビビりかよ。呆れるぜ。」


もちろん、声の主は吉田である。だが、二人は声の方にすら見向きもせず、立ち去ろうとする。だが、それが吉田の癇に障ったようだ。


「オイ!なんか返事しろよ。ビビッて声も出ねえのか?ん?…返事しろっつてんだよ!」


怒鳴ると同時に、二人の行く手を遮る吉田。出てきた吉田を一瞥し、横を通り過ぎようとする二人。だが、


「俺を無視すんなよ、てめぇ!俺の父親は聖光院家の配下だぞ?てめえが首席なんざ、なんかのミスだってんだよ、ビビり!」

「…聖光院も落ちたものですね。邪魔です。お退きください。」

「何だ、口が利けたのか、お嬢ちゃん?ただ、俺を無視したんだ、それなりのお仕置きは必要だよな?俺の言うことを…」

「三度目はありませんよ…。邪魔だ、退け。」

「…口が減らん女だな。わからせてやる!」


左手に持つ短い杖を向け、魔方陣を展開する吉田。前と同じく2.7秒で炎球ファイアボールを3つ発動し、周辺に滞空させる。


「フゥ…参りましたね。一応通告しますが、授業以外での魔術行使、並びに演習場以外での魔術行使は、校則違反ですよ?」

「うるせぇよ、ビビりが。俺の方が強いってわからせてやる!」


滞空していた炎の塊が二人へ向かって飛翔する。


「夏樹さん。魔術は使わずに、避けましょう。」

「ええ、そうですね。」


体捌きで3つの炎を躱すが着弾した結果、炎がその部分よりあがる。


「…どう対処しましょうか。埒があきませんね、夏樹さん。」

「…ええ、確かに。早く教員に来てほしいですね。」


何個目かわからない炎球ファイアボールを躱しながら悠長に相談をする二人。と、その時。


「何やってる!」


血相を変えた落合達、教師陣が駆け込んできた。


「吉田!貴様、校則違反だ!」

「うっせぇ。俺を無視したあいつらが悪いんだよ!」

「…先生方、早く止めていただけますか?」

「それも、そうなんだが…」


教師たちは逡巡していた。何せ、教室は火に包まれていたのだ。生徒は、吉田と二人以外避難しており、いつのまにか荷物も誰かによって避難されていた。しかし、消火もしつつ止めるとなると、教室内の3人を巻き込んでしまいかねない。


「消防を呼んでいる。だから、それまで待て。」

「…埒があきませんね。反撃してよろしいですか?」

「来栖…構わないが、そんなことが可能なのか?」

「…さあ、どうでしょう。それはともかく許可は取れました。夏樹さん、私の近くに。では…遠慮なく…“氷渦界”」


二人を中心に外に向かって渦を巻き、氷の世界が広がる。発動まで要した時間はわずか0.2秒。しかも補助具なしで行っていた。吉田も教員も声を失う。それほどまでに圧巻だった。


「…お、俺の炎が。クソがッ、“金色の世界”!」


とてつもない光量が埋め尽くすが、その光が晴れた後には、無傷の二人が立っていた。


「な、なんで…?」

「…ふぅ。その程度でわたくしに喧嘩を売らないでいただけますか?迷惑ですし、時間の無駄かと存じます。ちなみにですが…、そんな発動スピードでは、何百年たってもわたくしには勝てませんよ?まあ、いいです。そんなことは。“氷鎖”」


地面の氷から出現した鎖が、吉田を雁字搦めにし、拘束した。


「やれやれですね。…どうかしましたか、夏樹さん?」

「…何者かの望遠魔術を…」

「ああ、そちらは大丈夫でしょう。彼が向かっているでしょうから。」

「…」


燦の言葉に不機嫌そうな顔をする夏樹。それを見て少し笑ってしまう燦であった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


学校の屋上では…


「貴殿の息子、何をやっているんだ、あれは?」

「…聖光院様、申し訳ありません。」

「末息子だからと言って甘やかしすぎではないのか?」

「…申し訳ありません。」

「にしても、氷渦界…とんでもない魔術制御…あのガキの周りを避けて発動させるとはな。」

「…」

「どうかしたか?」

「…聖光院様、あの者を取り立てるおつもりですか?」

「いや…おそらく、院か宮の家の人間だろう。」

「…そんな名前ではなかったかと。」

「そうか。それでもだ。」

「…承知…いた…しま…し…」


ドサッ、と倒れる男。


「…有川亨君。やりすぎだよ?」

「…何を企んでいらっしゃるんですか、聖光院家は。」


教室での決着がついたとき、屋上では静かなにらみ合いが起きていた。

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