第4話

 金一色の世界が晴れたとき、クラスメイトも落合もも黒焦げの死体を想像していた。しかし、そこに立つのは無傷の亨だった。落雷が迫った時、亨はその魔術の範囲内の電子を対象に、収束魔術を発動し、自身の半径5メートルの円周上に落雷をすべて落とした。そして、その円周上のさらに外側の地面の電子を発散させ故意に電圧差を作り出し、その電流すべてを自身に向かないようにした。

 ただ、それだけのことをしただけであった。しかし、そんなことを知らない吉田は驚愕する。


「な、なんで?喰らったはずじゃ…」

「…一応警告を発しておきます。吉田君、投降してくれませんか?」


口調は穏やかではあるが、これ以上相手をする気がない、という強い意志を感じさせる亨。その意思を気にも留めず、吉田は言い返す。


「は?何を言ってる。俺は殺傷性ランク2級まで使えるのに、お前みたいな属性を使えないやつに俺が負けるはずないんだよ!親には止められていたが、こんだけなめられたんだ。使ってやる!現在、俺が使える最高の魔術」


聖光剣舞ダンシング・ホーリー・ソード。殺傷性ランク2級の光属性の魔術。しかし、それも一瞬で消え去る。


「は…?なぜだ、なぜ。」

「…属性が満足に使えない、言い得て妙だな。だけどさ、魔術なんて、俺からすれば理論なんだ。だから、属性なんて…」

「は?最強は属性だ!理論なんてクズがやる奴なんだよ!」

「…なら、これ防げよ?」


音速に匹敵する氷の弾丸が、正確無比に吉田の四肢を貫いた。


「俺のことを一応言うとだ…体系化された魔方陣の展開による魔術だと…殺傷性ランク4級までしか、実用に耐えられるレベルでは使えない…。」

「はぁ?俺は、5級を実用的と呼ばれる1.5秒で発動できるんだぞ、同じじゃないか!」


その言葉にせせら笑う亨。吉田はそれに激昂し、左手をあげ、魔術を発動しようとするが、貫かれた痛さで断念した。


「いいや、違う。実用的な炎球ファイアボールは、こうだ。」


四肢を貫かれた吉田はなすすべなく、一瞬で発動された5個の炎球ファイアボールすべての攻撃を喰らう。


「グッ。」

「因みに、4級の代表格、爆球バーストボールの実用的なレベルは、こうだ。」


瞬時に起動する魔術。吉田の近くに着弾し、爆風によって吉田は吹き飛ばされる。


「大体ね…5級と4級の魔術は0.2秒以内に発動しないと…1.5秒も掛けちゃダメなんだよ…。これでもまだ、戦うんですか?早く投降してくれませんか?」

「…コノヤロー!!!!!」

「…焼け野原にする気かよ…ハァ…」


最後の抵抗とばかりに、吉田が地面に展開しようとした2級魔術“炎界”。それを亨は一瞬で発動した雷属性の殺傷性ランク5級の魔術で、吉田の意識を刈り取ることで防ぐ。そのあっけない幕切れに観戦者全員が唖然とする。そのなかで一番早く回復した雄二が落合の袖を引っ張る。引っ張られたことによって、回復した落合が口を開く。


「…試合終了。勝者、有川亨。」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その後の授業は、全員が一試合ずつしたところで終了となった。ただ、一試合目を超えるような戦いは全くなかった。授業が終わり、解散となった後は、各々教室へ戻っていた。


「亨君、すごかったですね。」


鼓が実習場から教室へと一緒に戻る雄二に語り掛ける。


「…ああ。あれは凄すぎる。この学院に勝てる奴がいるのか?」

「…1組の主席の来栖燦さんとか?」

「どうだろうか…。恐ろしい奴と知り合いになっちまったかもな…。」


そう呟く雄二であった。



当の亨はそそくさと実習場から教室へと戻っていた。それは、少し確かめたかったことがあったからだ。教室へ入るとそこには教員ではない老年でありながらただならぬ気配を放つ男がいた。


「…どなたでしょうか?」


亨が誰何する。その声に振り向かず、背を向けたまま男は答える。


「初めまして。有川亨君。私は聖光院輝晃せいこういん てるあきと言います。配下の吉田家のガキが失礼いたしました。」


驚愕に目を見張る亨。院と宮がつく家柄、魔術師の大家と呼ばれる家の当主が、配下が粗相をした程度で気軽に来るものではないのだ。裏があることを察する亨。そこで初めて有川の方を振り向く、輝彦。


「…君は、何者だ?」

「はい?」

「4級魔術のほぼラグ無での発動。あれができれば、実戦でも一級として使えるレベル。この年で呼吸をするようにそんなことができる域に至っている者など数えることができる程度しかいない。おそらく、この学院の生徒会長の二条院家のご息女や生徒会書記の四宮陽介、その他学年上位数人だろう。だから、貴様は何者か、と聞いているんだ。」

「有川亨です、としか言えませんが…」

「院や宮の身内ではないのか?」

「身内ではありません。」

「そうか…そういうことにしておこう。また会うこともあるかもしれないな。では、失礼するよ。」


そう言って教室から去っていく輝彦。

そして、輝彦が去った少し後、クラスメイトが続々と戻ってきた。


(…意識誘導系の精神干渉魔術か。やるな。俺ですら引っ掛かりかけた。)


亨が急いで戻ってきたのは、何となくの違和感を感じたからに過ぎない。その違和感の正体が輝彦の精神干渉魔術だとは思わなかったのだ。


(少し、失敗したな…気付かないふりの方がよかったか。そうすれば目を付けられずに済んだのにな…。あんまり、俺の素性は知られてはならないんだけどな…。ま、何とかなるか。)


そう楽観視する亨であった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


輝彦は学内を歩いていた。すれ違う生徒たちは、輝彦が歩いている場所を何故か避けるように歩くし、そこに何もないように振る舞っている。これと同じ魔術をこの学内に到着してから使っていたのだ。


「これに気付くのか、面白いな。」


輝彦はそう呟き、学院から出ていった。

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