第3話

「…納得いきません!」


少し甲高い声が響く。


「あの方のご指示だ。納得はしなくていい、理解しろ。」

「いえ、私とあき、二人で十分です。有川は必要ありません。」


女の強い拒絶に首を振る男、いや、在原樹生ありはら みきお。その目の前には樹生の娘である強い不満を顔一面に浮かべる夏樹がいた。


「そうは言ってもだな、あの方に仕えている以上、あの方の命令は絶対だ。」

「だからこそです。私はあの方のご命令であるからこそ、燦の護衛なのです。あの方は、私が力不足だというのですか?」

「そうではない、燦は我々にとって大事な存在だ。念には念を入れるのは当たり前だろう。」

「…ですが、あいつも加わるのはあり得ません。学内ならともかく、通学路などは当家の実働部隊をつければよいことです!」

「…言い忘れていたが、亨の役割は学内の護衛だけだ。それも、お前たちで対処が不可能だった場合のみ。お前が懸念している通学路はあの方がもう用意されるそうだ。」

「…」


驚きを隠せない夏樹。普通ならこのようなことは正式通達の前に耳に入るはずなのだ。なのに、何も耳に入っていなかった。そのことに対し、夏樹は疑念を抱く。


「…あの方は何かを懸念していらっしゃるんでしょうか?」

「…わからない。ただし、あの方の異能に何か引っ掛かったのだろうな。だからこそ、迅速に事を起こした、ということだろう。」

「…わかりました。有川の学内での燦の警備は理解します。では、失礼します。」


そう言って、不機嫌そうに席を外す夏樹を見て、思わず苦笑してしまう樹生であった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 翌日の5組。朝のホームルームの前の時間に来客があった。


「お久しぶりです、亨くん。2年ぶりくらいでしょうか?」


亨の前にはにっこりと笑う燦とムスッとした不満顔を隠そうとしない夏樹がいた。


「そのくらいになりますね、燦さん。それと、夏樹さん。」


笑顔で答える亨。クラスはちょっとしたパニックであった。入学試験主席と次席の美少女が5組を訪ねてきて、しかもパッとしない有川と前からの知り合いというのであるから。


「あの時のお礼が言えておりませんでしたね。その節はお世話になりました。お陰様で元気になりました。」

「それならばよかったです。どうかされたのですか」

「…いえ、昨日さくじつのことなんですが、不満そうな夏樹さんから連絡がありまして。」


そこで、クスリと笑い後ろに一瞬目を向け、また目線を戻し話を続ける。


「ですので一応ご挨拶に、と思いまして。」

「…お気になさらずに。それより、そろそろ、ホームルームではないのですか?」

「あら、もうこんな時間。それでは失礼します。」


そう言って、教室を後にする燦。一方の夏樹はとどまっていた。


「…どうかしたのか?」


問いかけると、スッと耳元まで迫ってくる夏樹。そして、周りに聞こえない小さな、しかし険のある声で言う。


「…警備の任務は私がやる。邪魔をしないでね、凡人さん。」

「…フッ、邪魔はしないよ。凡人だからね。」

「そ、では、また今度。」


そう言って去っていく夏樹。それを見て苦笑する亨であった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

早速授業が始まった。選択授業は集計が終わる来週からのようだが、必修授業は今週からとなっている。


「さて、魔術戦闘の時間だ。」


午後の授業は担任である落合恒彦であった。


「では、まず最初に、お互いに自己紹介がてら戦ってもらう。模擬戦だ。開始の合図が鳴るまでの魔術発動は禁止。死に至らしめる攻撃もなしだ。…さてと、そうだな、有川と吉田、お前らからだ。」


開始位置につく亨と吉田という生徒。吉田が口を開く。


「ちょっと本気でやるから、ごめんな。」

「…何が?」


意味が分からなかったので聞き返す亨。それに、返す吉田。

「いや、ちょっと全力でやる。俺はこんなクラスにいるべき人間じゃないんだ!」

「そう。どうぞご勝手に。俺は俺なりに戦うだけさ。」

「意識が低いな…。そんな奴が俺は嫌いだ。俺は来栖燦とか言う主席を倒してやる…」

「はぁ…まあ、どうぞご勝手に。」

(…何を言っているんだ、こいつ…吉田、て言ったっけ?お前程度があいつと戦って勝てるほど、あいつは弱くないと思うんだけどな…。てかこいつ、どのくらい強いんだか…)


物思いに耽ていると、落合の号令が下った。

 

「準備は良いか?でははじめ!」


落合の野太い声が聞こえる。その瞬間、吉田は左手を亨にスッと向ける。その手には短めの杖が握られており、魔方陣が投影された。

炎球ファイア・ボール。炎熱系の基本魔術で5級魔術という殺傷性ランク(超級、1級、2級、3級、4級、5級の6段階で評価される)最低の魔術を発動させる。しかも通常なら1つだけである炎球を、3つも発生させ、それぞれの弾道を描いて、亨に殺到する。


(…こ、この程度?いや、手を抜いているんだよな…。どんな魔術でも複数個発動できる技量は凄い…が…。あれ…魔術補助杖だよな。それも…そこそこ性能がいい奴。なのに投影速度が1.2秒、発動までさらに1.5秒。俺なら10個の魔術の発動まで軽いだろうな…)


かなり絶望的ではあるが亨は落ち着いて、冷静に俯瞰していた。この魔術に対して、亨が何もしないのを見た、吉田も観戦しているクラスメイトも審判である落合も、誰もが亨の負けだと思った、のだが。


「「「消えた!?」」」


クラス全員が驚愕する。それもそのはず、亨に到達する1メートル手前で3つの炎が消える。その中で最も驚愕していたのは吉田だった。


「…な、なんで?…くそッ!」

「ま、待て。」


焦った落合の声が響く。炎の球が消えたことに驚いて対応が遅れてしまったのだ。杖の先では魔方陣が展開されていた。そして、その魔方陣は殺傷性ランク3級の魔術である氷礫嵐アイスブリザードが発動される。死に至らしめる攻撃を禁止する、というルール内では殺傷性ランク4級までの使用しか認められていない。完全なルール違反であり、最悪の場合、亨は死にかねないのだが、当の亨は冷静に事を見ていた。


(3級か…氷属性、そして発動まで4.5秒…致命的だな。しかも冷静さもない、やはり強くないな。…落合先生は、と。なるほど、確かに、一般的な魔術戦闘なら、高位に位置するな…。さてと、対処しようかな。)


魔術を発動する亨。その魔術はどれも単純な系統魔術。吹雪くブリザードに対して、減速魔術、低温の氷の水分子に対して振動加速魔術を発動する。これによりある程度、魔術を消え失せたが急激に気化したことにより白い霧が出る。そこで仕上げとばかりに、放出系統の魔術を発動し、水分子などの貯留を一気に空気中に拡散させ、白い霧を発散させた。この現象に、凍死体ができてしまうことを予期した観戦中の生徒は驚きを隠せない。落合は、自身が発動した障壁の前で消えた魔術に動揺を隠せない。


「な、俺の魔術が…」

「…氷礫嵐アイスブリザード。氷属性の魔術の中では、ポピュラーな魔術。この術式一つあれば、まあまあの戦果は挙げられる、だったっけな。」

「…お前、何者だ?俺は、入試の時にお前を見ていた。その時、属性魔術と称された魔術はからっきしだったじゃないか。何でそんな奴が属性魔術を防げるんだよ!」


声を荒げて問い詰める吉田。それを亨は冷めた目で見ていた。


「…魔術師はそう簡単に手の内をさらさない。それが基本でしょ?」

「…ふざけるな、俺の今までは何だったんだ!こんな簡単に防がれるために魔術を磨いたわけじゃない!コノヤロー…死ねぇ!!!!」

「全員訓練場の端まで逃げろ!死ぬぞ!」


展開途中の魔術を見た落合は咄嗟に退避を選択し、かなり、高位の障壁を同時発動する。それもそのはず、殺傷性ランク2級の“金色の世界”を展開していたのだ。落雷により、その範囲内を金色の雷光で埋め尽くす魔術。

落合の障壁魔術は観戦中の生徒を守る障壁は間に合ったが、亨に対しての障壁は間一髪間に合わなかった。


そして、逃げなかった亨は、その金色の中に、呑まれたのだった。

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