第3話 競プロの才能

(くそっ……似たような問題やったことあるだろ、どうして解けないんだよっ!)

イライラしてペンを叩きつける。

(はぁ……落ち着こう。こういうことはたまにあるじゃないか)

最近焦り気味だと自省する。


 あの日――。ranxt君が初めてのEBCでいきなり緑色になってから焦燥感が付いて離れない。コンテストの前から確かに飲み込みが早いとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。なにせ一年かけて僕が積み上げてきた今のレートに一瞬ですぐ後ろまで迫っているのだ。ギルドメンバーの中ではどちらかといえば成長が早い方であったし、今の調子でこれからも頑張っていこうと思っていた。しかし、ranxt君を見ていると僕の今まで積み上げてきたものは何だったんだろうと考えてしまう。

 圧倒的な才能の壁があるように感じてきて薄暗い気持ちが湧いてくるのを感じる。

(いや、こんなこと考えちゃ駄目だ……僕がもっと努力するしかないだろ。)

 そうして朝まで思うように働いてくれない頭にイラつきながら問題と格闘するのであった。



 EBCで緑レートになってから一週間が経っていた。あの日茶色を飛ばしていきなり緑になりなかなか実感が湧いてこなかったが、ほとんど通されていなかったボス問題を通すことが出来たおかげでもっと先に行けるという自信が段々とついてきた。

前回のEBCではたまたま難しい問題を解くことが出来たが、やはりまだ知識が圧倒的に不足していることに気付き、この一週間はUnionFindやDFS、BFSなど典型と呼ばれるアルゴリズムを重点的に勉強してきた。

(今日の夜がもうEBCか……やれることはやってきたはずだ、とりあえず朝飯食べるか)


 階段を降り食堂へ向かっているとなにやら憔悴しきった顔のkrmがこちらへ歩いてきた。

「おはよう、krm。そんな疲れ切った顔してなにかあったのか?」

「ああ、ranxt君か……。すまない、今は放っておいてくれないか?」

顔を背けながら何かを抑えるような声でそう言う。

「ん、わかった。よくわからないけど無理はするなよ」

何かあったのかと気になるがあまり追及して欲しくもなさそうなのでとりあえずは様子を見ることにする。

「今日のEBCはもちろん出るよな?お互い頑張ろうな!」

「……ああ、そうだね。」

一瞬krmの顔が怖くなった気がした。そう思ったのも束の間krmは走り去ってしまった。

(どうしたんだろう……。流石になにかあったのか気になるな……。)

思えばこの一週間ほとんどkrmの姿を見ていなかった気がする。俺がずっと部屋にこもって精進していたからというのもあるのだが、いつもだったら何か困ったことは無いかと声をかけてくれたりと、このギルドで一番関わることの多いメンバーだ。

(いつもお世話になってるし、後で少し様子見に行くか。)

そう思い、ひとまず食堂へ向かうのだった。



 いつもいろんなことを教えてくれるkrmへのお礼として何か返せるものは無いかと考えて、FFTの話でもすることを思いついていた。元々数学の勉強をしていた時にフーリエ変換というものがある、という程度に知っていたのだがこの世界に来てから実はこのフーリエ変換を利用することで畳み込みの計算を高速に行うことが出来るという事を知り、とても興奮した覚えがある。

(krmにはいつも教わってばかりだったからな。FFTのこと教えてあげられたら喜んでくれるだろうか、元気出してくれたらいいな)


 一呼吸置き、krmの部屋のドアをノックした。

「krm、いるか?」

しばらく待っているとドアが開いた。

「ranxt君、どうしたの?EBC前の精進はいいのかい?」

「ははっ、精進したいのもあるけどそれよりもkrmが元気なさそうだったからさ、すこし話でもしようかと思ってさ。何かあったのか?」

「まあ、いろいろあってね……。話はそれだけかい?」

早く切り上げたそうな態度でkrmはそう言った。

「実はいつもkrmには教えてもらってばかりだったなって。今日はその恩返しもできたらなってさ。」

「……。」

FFTの話をしたらkrmも元気出るだろうと思うと早く話したくて一気に捲し立てる。

「krmはFFTって知ってるか?高速フーリエ変換のことなんだけど、これを使うと畳み込み演算をNlogNで解くことが出来てな、例えばこれを使うと多項式の乗算なんかも高速に解けるから特定のDPなんかでも、」

「……てくれ。」

「、え?」

「止めてくれって言ってるんだよ!」

怒鳴られるとは夢にも思わず体が硬直する。

「え、どうしたんだよ、krm?」

「FFT?ああ、面白いだろうね、君みたいに理解の早い人にとっては。」

「……。」

「楽しいかい?格下の相手にマウントをとるのは。」

「俺は、そんなつもりは、」

「うるさい!わかってる、そんなことは……。でも君を見てると惨めになってくるんだよ。ごめん今は話したくないんだ、帰ってくれ。」

「……ああ、わかった。」

咄嗟のことに何も考えがまとまらず、かけるべき言葉が何も思いつかなかった。何が悪かったのだろうとぼんやりと考えながら俺はその場を去った。



「はぁ……。」

ギルドのカフェでkrmがどうして怒っていたのかをずっと考えていた。しかし、いくら考えてもよくkrmの気持ちがわからない。

「溜息なんてついちゃってどうしたの?らしくないわね。」

「reiさん、こんにちは。うーん、実はkrmと喧嘩というか、すれ違ってしまって。」

俺はreiさんに簡単に事情を説明した。

「なるほどねぇ、それでどうしたらいいのかわからないと。」

「はい、さっきからずっと考えてたんですけど、一向に考えがまとまらなくて。」

「君はさ、どんなに努力しても上手くいかなくて悔しいって経験はしたことあるかな?」

「努力しても上手くいかない経験ですか?実は競プロに触れるまで何か一つの事を突き詰めた経験がなくて……。」

「競プロを今そこまで頑張っている理由はなにかしら?」

競プロを今頑張っている理由……。少し考えたが思い当たることは一つしかない。

「始めてコンテストに参加したとき、実は自分ならある程度結果を残せるだろうと思ってたんです。でも、チャーリストにボコボコにされて現実を知って……。生まれて初めて悔しいって、いつか絶対に自分が勝ってやる、ってそう思って頑張ってるんだと思います。」

「じゃあもしranxt君が死ぬほど努力して、それでも絶対に勝つことが出来ないってことがわかってしまったらどう思うかしら?」

「……。めちゃくちゃ悔しいし、絶望するかもしれないです。」

なるほど、krmの気持ちが少しはわかったような気がする。だが……。

「そう、だったら、」

「でも!俺は絶対あきらめないです。何年かかっても、絶対に勝ちます。」

そう俺は言い切ると、reiさんは少し驚いたような顔をしていた。

「はぁ、君は本当に……。実はね、私も絶対にトップに立ってやるって思ってた時期があったのよね。」

「俺から見るとreiさんもすでにめちゃくちゃ強いんですが……。でもなんでその夢を諦めてしまったんですか?」

「私も努力して、努力して、そしてようやく橙になった頃ね。橙になって満足してしまっている自分がいることに気付いたの。そしてその時、ああ自分はここまでの人間なんだなってわかってしまった。で、まあなんだかんだあって、後輩たちを育てていくことにしたってわけ。」

「……なんか意外です、reiさんにそんな時期があったなんて。」

「努力なんてしてなさそうに見えたかしら?でもね、私と同程度以上の人は極一部を除いてみんな同じようなものよ。誰もが君みたいな思いをもって死ぬほど努力して、でもそれでも適わない世界があると思い知る。トップ以外の人間は一生この感情と付き合っていかなきゃいけないのよ。そしてこれはきっと下のレートに人にも言えること。」

「はい、少しだけわかった気がします。もう少し自分でも考えてみます。」

「そうね。まずは今日のEBC頑張ってね。」

まだ完全にkrmの気持ちを分かったとは思わない。でもreiさんに話を聞いてもらうことで大きな足掛かりを得ることが出来たと思う。

(まずは今日のEBCに集中しよう)

俺はreiさんに礼を言うとカフェを出て部屋に戻った。

「……君なら本当に違う世界の景色を見れるかもしれないわね。」



 そして始まるEBC。前回と打って変わって典型ばかりで何も苦戦することなくへ問題まで辿り着いた。

(数直線上にそれぞれ高さが決まった建物があり、一回の爆発で範囲dの建物の高さをH減らすことが出来る。最小何回で建物を壊せるか……。左から貪欲にやるだけでは?)

全完出来るかもしれないという高揚感から心臓が早鐘を打つ。震える手で打ち終わった手で提出を押すと、そこにはACの二文字が刻まれていた。

(やった……。全完だ……。え、25分?)

コンテストに集中していたため全く気付いていなかったがまだ始まってから25分しか経っていなかった。今回はかなり簡単な回だったようでかなりの数の全完者がいた。だがそれでも、

(80位……。俺が80位か。)

ゆっくりと嬉しさを噛み締める。俺はやったんだ。嬉しさからにやけ顔で順位表を眺めていると、krmはどうやらある程度問題を解けてはいるものの苦戦しているようだった。少し複雑な気分になりつつ、俺は心を落ち着かせていった。


 そしてコンテストが終わる。しばらく待っていると前回同様、今度は体が水色に変化していく。

(俺もついに水色か。だけど当然こんなところで満足はしていられない。)

「ranxt君。順位表で見てたけど成し遂げたんだね、水色おめでとう。」

「krm。うん、ありがとう。」

気づけばkrmがなんとも形容しがたい表情で後ろに立っていた。

「もう抜かされちゃったか、もう少し先輩面していたかったんだけどな。」

「krm、さっきはごめん。」

「いや、ただの僕の嫉妬だろ、君が気にすることじゃない。」

「それでも。俺はさ、正直なところ今まで挫折とか感じたことなかったんだ。多分今でも他の人と比べて躓くところは少なかったりするのかもしれない。」

「ranxt君……。」

「でもさ、俺も圧倒的な差を見せつけられて絶望的な気分に初めてなって、それでそれを覆すために頑張ろうって、そう思って今こうしてるんだ。krmの気持ちを分かったわけではないけどさ、なんていうか俺も嫉妬することはあるっていうかそういう……。」

「……。」

「なんかうまくまとめられないや。ごめん。」

「はは、もういいよ。こんな薄暗い感情を抱いてしまうのは僕が悪いと思ったけど、君にもそういうことはあるんだね。」

「そりゃそうだよ。でも本気でいつかトップに立ちたいと思ってる。そこで違う光景を見ることが出来たら、その時またこの話の続きをしてくれないか?」

「はいはい、わかったよ、君には敵わん。」

「なんだよ、それ。」

多少ぎこちなくはあったがまたkrmと笑いあうことが出来た。これを嬉しく思うとともに俺は一つ新たな決意を固めていた。

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ようこそ、競プロの世界へ!~異世界転生~ @transien

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