第7話良きひとへ
Amazonにはデリバリープロバイダと総称される配送業者がいる。ネットで検索してみるとあまり良い噂を聞かないこのシステムではあるが、かつて私の住んでいる地域を担当していた配送業者のおばさんについて書いてみたい。
おそらく東南アジア出身と思われるその女性は、ずいぶんと気さくな人柄だった。初めて届けてくれた日から、日本人の配送業者にはまず見られない愛想の良さで挨拶をしてくれて、「お姉さん」と私を呼ぶ。その距離感の近さに面食らったものの、「そういう国柄の人なのだろう」と思うと、機械的な荷物の受け渡しとは違う、あたたかな気持ちに包まれた。彼女の出身国ではそのようなフランクなやりとりが日々行われているに違いない。
異国の地で見知らぬ日本人を相手に荷物を届けている彼女にとって、恐るるに足らない小娘の私は、親しげに接してもなんら違和感のない存在だったのだろう。他の配達先でどのような態度で客と接していたのか、私には知る由もないが、そういう彼女の距離の近しさが私にはうれしかった。
転居して約一年、普段近所付き合いも全くなく、病気療養のためひとりで家にいる時間が多い私にとって、自分に心を開いてくれた人がいたというのは、それだけで得難いことだった。普段彼女と、同棲している恋人の他にはほとんど誰とも口を利かない生活を送っている私にしてみれば、彼女はこの暗い小さな部屋に灯ったひとつの灯火だったと云っていい。
女性ということもあって安心感を得られていたというのも大きい。あまり頻繁に友人知人を家に招くこともないため来客にも慣れておらず、ひとりで家にいると、セールスの類いを含めて、外から訪ねてくる見知らぬ男性が怖いと感じることも多い。そのような心理的状況の中で女性の配送業者がこの地域を担当してくれたことがありがたかった。
とはいえ国柄の違いを感じることもままあった。ある日の朝、ドアのベルに起こされて寝ぼけたまま玄関に出たら、彼女は「お姉さん寝てたの?」と笑いながら云うので「はい……寝てました……」というと彼女は微笑んで荷物を渡してくれた。まるで母親のようだと思ってこちらも思わず笑ってしまったが、恥ずかしさも感じた一幕だった。
またある時には注文していたお米を届けてくれて、
「重かったですよね、すみません」
「中身は何? コメ?」
「そうです、重かったですよね」
「ちょっと重かった。コメ、いいなぁ」
とほのぼのとしたやり取りを交わした。本来ならば配達品の中身を訊くことは由々しきことなのだろうが、彼女の笑顔はそんなことなど忘れさせてしまう。
「コメ、いいなぁ」と云った彼女の声は未だに私の耳の奥に残っている。彼女の普段の暮らしぶりが窺えるようでなんとも味わい深い一言だったのだ。
そして今日も彼女がAmazonの品を配達してきてくれると思ってドアを開いたら、待っていたのは見知らぬ外国人の男性だった。彼女は仕事を辞めてしまったのか、まだこの国に留まっているのか、あるいは母国へと帰ってしまったのか。いずれにせよ私には分からない。彼女に少しなりとも感謝の気持ちを伝えておけばよかったと思うが、今となってはもう遅い。
せめてもう少し処遇のいい仕事に就いて、どうか幸せに暮らしていてほしいと願う。デリバリープロバイダの労働環境は過酷と聞く。彼女には養っていた子供もいたのかもしれないし、母国を離れて働くことの厳しさに直面したことも一度や二度ではあるまい。だから、どうかお幸せに。たとえこの国にいたとしても、そうでなくても、家族みんなであたたかい食卓を囲んで、おいしいお米を食べていてほしいと祈る。
2019.07.21
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