第3話 旅立ち2人目
「岩城さん、わざわざ
朝早くに
お越しいただきすいません」
六本木のコワーキングスペースの
ラウンジで
本日の仕事相手の坂本が会釈してくる。
30代前半らしいが、もっと若く見える。
丸顔の童顔に人懐っこしそうな笑顔を
浮かべている。
そうした、素朴で無邪気な態度とは対照的に
一目で上質と分かる光沢感のあるスーツを着込み
顔が写り込みそうなくらい磨き上げられた
茶色い革靴を履いている。
坂本なりの、戦闘服といったところだろう。
対する岩城正俊は
スーツどころか、ジャケットすら着ていない
革靴ではなくて、綺麗な光沢のエナメルの白いスニーカーを履いている。
一応、黒のスラックスと白いシャツを
着てはいる。
が、白いシャツはスラックスの中にしまっていない。
スラックスのデザインとサイズ感
シャツの丈、すべてのバランスが取れていて
野暮ったくない。
彼のスラッとした長身と
端正な顔立ちも相まって
一見するとビジネスマンというよりは、
ファッション雑誌の読者モデルのようだ。
しかし、もしあなたが彼を見かけても
「モデルさんですか?」などと
聞くことはないだろう。
彼のような人間がカメラの前で
ポーズを決めるようには到底思えないと
感じるだろうから。
彼の纏う雰囲気は実に鋭角的だ。
銀縁の眼鏡から覗く、切れ長の目。
歩き方、喋り方、声、その佇まいすべてが
極限まで無駄を削ぎ落とし
鍛え上げられた刀のような印象を受ける。
飾り気もないが隙もない。
抑えがたい鋭い威圧感を放っている。
「いえ、こちらこそどうも。
お金は好きなので。」
抑揚なく、しれっと答える岩城に対し
坂本は一瞬気圧された気配を見せた。
が、すぐに切り替えて
VSEEDの社長である坂本は鷹揚に笑う
「あはは!
本当に、YouTubeの動画のまんまですね!」
穏やかに、
一通りの挨拶や世間話をそつなく
こなしつつ、対談の部屋まで
案内してくれる。
なるほど、
VSEED急成長の一番の要因は
やはり目の前のこの男:坂本孝明の
営業力か。
岩城は坂本と相対しながら観察し、
坂本について
知りうる知識と統合しながら
分析しているのだ。
VSEEDは
最近、急成長している
スタートアップ企業
VR /AR /MR
技術を使いこなす
精鋭のエンジニアのみが
在籍する。
誰でもVtuberになれる
スマートフォンアプリや
企業向けの技術提供など
この業界の表も裏も
この企業の技術者が
躍進している。
以前、NewsPicksの特集記事で
「優秀な人材をどのようにして
採用しているんですか?」
というインタビューに対し
「いや、私はありがたいことに、
出会いに恵まれているんです」
などと答えている記事を岩城も目にしていた。
その時は、よくいる
人との出会いをやたらと
大事にする人情系の経営者かと
大して気にも留めなかった。
その後
岩城に Facebookのmessengerで
坂本からダイレクトで依頼が来た。
内容は会社の宣伝を兼ねた
対談動画の撮影だ。動画の権利は
岩城自身のものとなる。
さらに
そこには法外な報酬が提示されていた。
かなり譲歩した内容だったことと
誠実で、曖昧さがない
無駄のない文面に好感が持てたし
ダイレクトにYouTuberに仕事を依頼する
その行動力とインタビュー記事のギャップに
少し興味を持ったのだった。
出不精の岩城が午前中の早い時間に
コワーキングスペースまで出向いた目的は
依頼された仕事を果たす以上に
投資家として坂本を見極めに
来る価値があると判断したからだ。
対談内容はざっくりとしか決めていない。
今後の事業の展望を坂本が述べ
それに対して岩城がコメントする。
というもの。
企業の内情
今後の展望
戦略
そして、
何より豊かな人材が
その才能を余すことなく発揮する
組織運営に興味があったので
先に、その辺を全部坂本に聞く。
坂本は1つ1つ丁寧に
横道にそれることなく答えてくれた。
眉ひとつ動かさず、坂本の目を見据え
次々と入ってくる情報を
ノートにメモしながら
整理・分析する。
ノートはいつも持ち歩き
思いついたアイディアや
抽象的な概念イメージなど
その場でメモする癖がついたいる。
商談の場でも
飲み会の場でも
構わずメモしている。
後でそのメモがどんな役に立つかわからない。
組織運営に関しては、坂本ならではで
「みんなを信じて、やりたいことを
やってもらえるように力を貸してます」
経営者がよく言うセリフだ。
しかし、坂本がいうとその言葉は
紛れもなく本物なのだろうな、
と思えるから不思議だ。
一通り会社の現状や課題感、
そして坂本のビジョンを踏まえた上で
岩城は、「自分だったら・・」と
様々なアイディアを話した。
坂本の目の色が変わった。
ふんふんと身を乗り出して
真剣に話を聞き、相槌を打っていたが
かなり、具体的な話に踏み込んで話をすると
録画中ということを忘れたのか
なりふり構わず
Ipadを取り出して必死にメモし始めた。
岩城は話しながら頭の片隅で
この対談動画の編集をどうしようか
考えていた。
前半は坂本がひたすら話をして、
後半は自分がひたすら話している。
うーむ・・・
単調だな。
対談が終わると
感極まったように
「すごい!ちょっと今からいただいたアドバイスをもとに動きます!
あ、あと、コンサル料も追加でお支払いしますね!!
かなり具体的なお話を聞き出してしまいました!!」と
頭を掻きながら、詫びてくる。
あざといな・・・岩城の胸のあたりに、冷たい感情が広がっていく
坂本はすぐさまスマホをいじり、
会社の人間とやり取りをしている。
もう、自分の事業に夢中になっているようだ。
岩城は、そんな坂本に御構い無しに声をかける
「コンサル料、1時間300万なので、それに準じて後ほど請求書送ります。」
坂本は、顔を上げて
「はい!ありがとうございます!!」
と満面の笑みで答える。
先ほどよりも岩城の声のトーンが下がっていることに
流石の坂本も気づいていないようだ。
岩城は出口に向かいながら
「じゃあ、後半の私の話は全面カットにしときますね。
前半の坂本さんの話と、別撮りで私の感想乗っけて終わる感じで
30分後、編集した動画送るのでチェックお願いします。」
と伝える。
「はい。今後ともよろしくお願いします!!
また、正式にコンサル契約結ばせていただけますか?」
岩城は、背後で坂本が目を血走らせて
こちらの反応を伺っている気配を感じたが
振り向きもせずに短く答える
「もちろん」
これが、坂本の本当の目的だ。
対談動画の依頼はフェイク。
岩城のコンサルティングの能力を
確認し、確かなものなら契約する。
見かけによらず
なかなかしたたかだ。
経営者としては優秀かもしれないな・・・。
メールでも薄々そのねらいに気づいてはいたが
対談中に坂本の本来のねらいが
やはりそれと確信した時点で
一気に坂本への興味は失せていた。
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外に出ると
UBERで手配した
ドライバーが洗練された動きで
車のドアを開ける
「本日もよろしくお願いします。」
「タニサキさん、ありがとうございます」
軽く会釈して車内に乗り込む。
スマホでクライアントからのメールに目を通す。
ほとんど言いがかりに近い内容のクレームが一件入っていた。
怒りと呆れ、僅かな憐れみを感じる。
が、
彼の脳みそは正確に稼働し
自己の利益を最大化し、
かつ相手に再起不能の痛手を与えるべく
やるべきことを導き出す。
あとは指を動かしメールを超速で打ち込む。
相手を完膚なきまでにやり込める内容だ。
そのための手回しも怠らない。
方々に指示を出し、周りを固め
・・・
かかった時間は8分。
「クソが」
乱暴にスマホをポケットにしまう。
小さく呟いたのが
タニサキに聞こえたらしい。
「ふふ、また強い者いじめですか?」
岩城は微かに口角を上げ、
感情のない声色で答える。
「いえ、少し意地悪されたので、
やめてくださいとお伝えしただけですよ」
そういうと、タニサキは
「なるほど、それはお気の毒に」
と含みのある言い方で
笑いをこらえながら答えた。
この場合、相手のことを
気の毒に思っているのだ。
それに乗っかって
岩城も笑う気にならなかった。
一体いつまで
こんなバカ(クライアント)を
相手にしなければならないのか
自分の頭で考えることを放棄して
人にアドバイスを求めておいて・・・。
挙句にそのアドバイス通り動かずに、
うまくいかなければ、人のせい。
岩城側が差し出した
簡素な契約書にすら
目も通していないだろうから
今回の依頼人もまた莫大な違約金を
岩城に支払うはめになるだろう。
今日出会った坂本も
いずれは・・・。
そろそろ飽きたな・・・。
自分のことを賢いと思っている
バカの相手にはもう疲れた。
自分の金と能力を取り込もうと
あの手、この手で絡んでくる
そんな連中に心底疲れた。
新規事業を起こしてもいいが
結局は同じような連中を
相手にすることになる。
いっそ
YouTubeで思いの丈を吐き出して
世の中の経営者に対して
一石投じてやろうか。
あ、でも今度
それに近い形の
ビジネス書が出るから
内容かぶるか。
などと、
気づくとまた仕事のことを考えている。
頭が固く重たくなっていくようだ。
気分を変えようと窓の外を見ると、
首都高やビルに切り取られた
小さな青空が見える。
その灰色の光景は、
まさしく自分の現状を
表しているようでげんなりする。
どこか遠くへ行きたい
そう小さく心の中でつぶやくと
LINEの通知がくる。
懐かしい名前だ。
メッセージの内容に心がほぐれ
口元が緩む。
「ふ・・・」
それは、微かなものだったが
岩城が笑ったのを
タニサキは今日初めて
バックミラー越しに見た。
少し動揺するが
同時に嬉しく思い、
知らずに自分にも笑みが溢れる。
タニサキは、よくタニザキと言い間違えられる。
長年の客の中にもタニザキと呼んでくるものもいる。
そもそも横柄な態度で、会話どころかまともに挨拶しない客は多い。
しかし、著名人でありながら
全くおごったところがなく、「タニサキさん」と
自分の名前をしっかりと覚えてくれている岩城に
好感を持っていた。
ただ、とてもハタチそこそことは思えないほど
落ち着いており、隙がなく、
「一体、何を楽しみに生きているんだろう」
と、他人事ながら心配していた。
「タニサキさん
やっぱりこのまま八王子までお願いします」
年相応に、少しはしゃいだ様子で
オーダーする岩城に戸惑いつつ
軽やかに答える
「承知しました。」
岩城はそんなタニサキの変化に
気づきもせず
窓の外を見ながら小さくつぶやく。
「よし、旅立ちだ」
異世界Good Will Hunting:善意の狩 @yorimeinu
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