第66話 営業初日

 一週間後、店の準備が終わり、いよいよ開店という運びになった。

「私の方でも宣伝をしておいた。まだ復旧の最中だから、派手な事は出来ないがな」

「地味でいいですよ。宣伝して頂いただけでも助かります」

 ランサーが笑みを浮かべ、店の大扉を開いた。

 まだ昼メシ前という時間だったせいか、扉が開くと同時に入ってきたのは、作業服を着た数名という状況だったが、これは俺も予想していた。

 機械まで投入して、急ピッチで王都の復旧作業が行われている最中だ。のんびりメシ食ってる場合じゃないだろう。

「まあ、出だしはこんなものでしょう。まだ、人がいない街ですしね」

  ランサーがいった時、予想に反して普通の服を着込んだ親子連れがやってきた」

「いらっしゃいませ」

 ランサーがにこやかに対応した。

「家の復旧が終わったって聞いて、急いで戻ってきたんだ。この店はよくきていてね、オーナーが代わったって聞いて、気になって食べにきたんだ。この国にはない料理があるって聞いてるよ。異国の人たちがやってるともね」

「はい、お任せ下さい。すいませーん、四名ご案内お願いします」

 奥にいたお手伝いさんを呼び、家族連れを店の奥に案内していった。

「なんだ、どっかでやってたのか。妙に手際がいいが?」

「世界中のメシ処を回っていますからね。自分がいいと思った事をやっているだけです」

 ランサーが笑った。


 ちゃっかりリュカの父と母も混じってメシを食っている昼時の店内は、行列まで出来る状態だった。

 ほとんどが作業着姿だったが、普通の服を着た客もちらほらいて、この街が着実に復旧していると感じた。

 俺は店の隅に設けた、ウダヌスの占いスペースと猫スペースに座って店内を眺めていた。

「あの……」

 お父さんに連れられた女の子がやってきた。

「この子は戦乱で腕に酷い傷痕が残ってしまいました。何でも治療出来ると伺いましたが、いかがでしょうか?」

「おい、相棒。出番だぞ」

「う、うん、そのままでいいです。魔法で分かるから」

 相棒は杖を片手に呪文を唱えた。

「……これは酷いね。いくよ」

 再び相棒が呪文を唱え、女の子の体が光った。

「はい、終わったよ。もう大丈夫」

 笑みを浮かべた女の子を抱え、お父さんが財布を出した。

「ああ、オープン記念で今は無料だよ。気にしないで」

「そ、そんな、受け取って下さい」

 お父さんが金貨三枚を相棒の前に置いて、再び店の奥にいった。

「……どうしよう、ランサーから無料でっていわれてるのに」

「相変わらず、押しに弱いな。もらっちまったもんはしょうがねぇ。自分の財布にでも入れておけば?」

「そうはいかないでしょ、店の売り上げなんだから」

「そういう事。すっごい喜んでる親子連れがいると思ったら、やっぱりね」

 どこからきたのか、ランサーが金貨を回収した。

「あとで分けるから。お手伝いさんたちは国から給料をもらってるから、受け取らなくていいって頑なにいってるし、困ったもんだ」

 ランサーが苦笑した。

「この調子じゃ、少なくとも俺の出番はなさそうだぜ。まあ、攻撃魔法なんざどうにもならんからな」

 俺は苦笑した。


 大混雑の昼が終わり、店に静けさが訪れた頃、ランサーが売り上げ計算をしていた。

「初日という事もありますが、まずまずの出足でしょう。みんな、異国の料理に興味があるみたいですね」

「うん、なぜか豚バラの煮込みばかりに集中したから、売り切れるかと思ったよ」

 コリーが笑った。

「ドラキュリートにも似たような料理があるのです。それででしょう」

  リュカの母がいった。

「なるほど、他も味わって欲しいんだけどなぁ」

  ケニーがため息を着いた。

「なら、本日のオススメ料理とかやればいいじゃねぇか。少し値引きしてでも、もう一回きてくれればお釣りがくるぜ」

 ケリーが目を丸くした。

「それだ!!」

 ケニーはさっそくメニューの確認を始めた。

「コーベットがまともな事をいった。明日は雨かも?」

 相棒が笑みを浮かべた。

「……こら、俺だって考えてるんだぞ」

「そっか、こういうのも好きなんだね。僕もいいと思うよ」

 相棒が笑った。

「では、今はお客さんもいないですし、一度店を閉めるので休憩を取って下さい。夜も日付が変わるまで営業予定ですので、今のうちにしっかり休んで下さい」

 ランサーが笑顔でいった。


 俺も知らなかったが、朝に店を開けて昼過ぎまで営業。一度店を閉じて、夕方くらいにまた開けるというスタイルだったらしい。

 その昼の部を終え、それぞれが店内の椅子を使って休む中、心配なのか朝からずっといるリュカの父と母に声を掛けた。

「疲れねぇのか?」

「なに、座っているのが仕事みたいなものだ。このくらい造作もない」

「はい、ここでこうしている方が、工事でうるさい城より快適です」

 二人は笑みを浮かべた。

「ならいいがな……おわっ!?」

 俺をいきなり抱き上げたのはリュカだった。

「程よく疲れました。夜も頑張りましょう」

「あら、娘と仲がいいようですね。一人っ子なので、ぜひお願いしますね」

 リュカの母が笑った。

「一人っ子か。よく分からねぇが、大変そうだな」

「私は大変と思った事はないですが、細かい相談事をする相手がいないのは、確かに不便でしたね」

 リュカが笑みを浮かべた。

「俺でよければいくらでも聞くぞ。聞くだけだからな、返事は期待するなよ」

「はい、それで十分です」

 リュカは俺を抱きしめ、床に下ろした。

「ほら、休憩しとけ。昼間みたいに大混雑になったら大変だぞ」

「はい、では家のベッドで仮眠してきます」

 リュカは笑顔で店の奥に引っ込んだ。

「あんな顔、滅多に見ないのだがな」

 リュカの父が笑った。

「実は、ここと併設する形で治療所と武器鍛錬場のようなものを作ろうと考えている。小さな小屋のような感じだが、なんでも店に置くのはどうかと思ってな」

「それは助かるな。俺なんて居場所がなくて困ってるぜ」

 俺は苦笑した。

「詳しくはランサー殿と相談だが、今ならいかようにでも出来るからな」

 リュカの父が笑った。

「あの、名前が聞こえたのできました。なにかありましたか?」

 どこかで声が聞こえていたらしいランサーが、近寄ってきて問いかけた。

「いや、今話していたのだがな……」

 リュカの父親がランサーに説明した。

「小屋というより、大きな部屋という感じではどうでしょうか。店から出入り出来るような形なら、変に孤立してしまわないと思いますが……」

「なるほど、壁の一部を壊して部屋にするというイメージでいいかな?」

「はい、それならなにかあっても、すぐに呼べますし便利だと思います」

 ランサーが笑みを浮かべた。

「分かった。城の工事をやっている凄腕を使うとしよう。小部屋の一つくらい、二日もあればできる」

「コホン、よろしいですか?」

 ウダヌスが近寄ってきて会話に入ってきた。

「私も座して見ていたわけではありません。こうなる事は予知していたので、すでに部屋は作って頂いています。あとは、店との仕切りとなっている石壁の一部を外せば出来上がりです。これでも、占い師なので」

「……絶対、今作ったよ」

 俺は超小声で呟いた。

「なんと、もう用意されているのか。では、さっそく石壁をはずそう」

「はい、作業員も外で待機しています。オープンしたばかりで、いきなり二日も休めないですからね。今のうちにやってしまいましょう」

 ウダヌスは通用口に向かっていき、本当に待機していた作業員を中に入れた。

「埃など気を付けてくださいね」

「分かってる、任せろ!!」

 総勢二十名はいるだろうか。

 手慣れた様子の作業員の手によって、小部屋と続く入り口が三つ顔を出した。

「……ああ、自分の部屋ね」

 俺は苦笑した。

「これで、このお店も完成ですかね」

「そうですね、やっと全員がちゃんとした居場所に収まったという感じです」

 ランサーが嬉しそうに笑みを浮かべた。


 俺は寝ぼけてフラフラしていた相棒に猫パンチをかまし、まずは新設された診療所にいった。

「うわ、ベッドが三つもあるよ。ここが僕の受け持ちなんだ……」

 相棒は小さく息を吐いた。

「隣の俺の部屋とは、扉で繋がっているみたいだぜ。なんかあったら、呼べってことだな。さすがウダヌス、分かってるな」

「ああ、やっぱりウダヌスか。作ったんだね」

 相棒が笑った。

「次は俺の部屋だな、この扉を抜けていこう」

 俺は診療室にあった扉を押して開き、一瞬戸惑った。

 部屋の床には魔法陣……もどきが描かれ、なんか怪しい部屋だった。

「おい、これで武器を弄るのかよ!!」

「まあ、やる時は床に魔法陣を描くし、間違ってるとはいえないね」

 相棒が笑った。

「ったく、中途半端に要素を入れやがって。ついでだ、ウダヌスの占い部屋もみようぜ」

 これまた隣とは扉で繋がっていて、俺は扉を押し開けた。

「……」

「……」

「あれ、どうされました」

 部屋にいたウダヌスが、得意げな笑みを浮かべた。

 薄暗い室内は空間に妖しい光が弾け、雰囲気バッチリの空間に仕上がっていた。

「な、なんか、気合いが半端ねぇな!!」

 俺がいうとウダヌスが笑った。

「普通の部屋でやっても面白くありません。一度、神秘的な空間で遊んでみたかったのです」

 神なのに神秘もへったくれもないと思うが、まあ、やりたいなら止める理由はなかった。

「よ、よし、これで準備出来たな。俺たちも少し休もうぜ」

「でしたら、一度家に戻りましょう。ベッドの方がいいでしょう」

 ウダヌスの提案に頷き、俺たちは居住スペースに引っ込んだ。


 俺たちの部屋に入ると、リュカがベッドに座っていた。

「あれ、遅かったですね。なにかあったのですか?」

「ビックリするぜ、店に三部屋増えたから。はみ出た猫チームとウダヌスの居場所だ」

「部屋が増えたって、いつの間に!?」

 驚くリュカに俺は笑った。

「ウダヌスは神だぜ、この程度あくびするようなもんだろ。あとで見れば、センスが分かる!!」

「あれは受けるよ。特にウダヌス自身の部屋が凄い」

 俺と相棒が笑った。

「今すぐみたいですが、せっかくの休み時間ですからね。あとにします」

 リュカは笑って俺と相棒をベッドに乗せた。

 自分は横になると、俺を腹の上に載せて相棒を小脇に挟み込んだ。

「最近、こうしないと寝られません。いけませんね」

 リュカが笑みを浮かべた。

「寝過ぎるなよ。起こしてやる!!」

「当てにしてます。では、おやすみなさい」

 リュカがそっと目を閉じ、寝息を立てはじめた。

「さてと、夜には仕事が欲しいぜ。なんてな!!」

 俺はリュカに抱かれたまま、窓の外をみた。


「それでは、夜の部を開けます。頑張って行きましょう」

 空が夕焼けに染まる頃、再び居住まいを正した俺たちは、ランサーが店の大扉を開けるのを見届けた。

 仕事終えた作業員たちがこぞって入店してくるのを見てから。俺、相棒、ウダヌスの三人はそれぞれの部屋に引っ込み、入り口から店内の様子を窺った。

 仕事終わりという事もあってか、やはりほとんどが作業員たちだったが、なかには一般の客も混じっているし、なにより大盛況なのでホッとした。

「この調子なら上々じゃねぇか……ん?」

 店に入ってフラフラとこっちに向かってくる客がいた。

「さすが、ドラキュリート王国。みた事ない魔物ばかりだ……武器の鍛錬場だと。面白いな、こんな食堂はないな。一つ、強化してもらうかな」

「おう、兄ちゃん。今なら開店無料サービスだぜ!!」

 俺が声を掛けると、兄ちゃんは少し驚いた顔をした。

「喋る猫か。面白いな、どれやってもらおうかな」

  兄ちゃんは剣を携え、俺の部屋に入ってきた。

「へぇ、それっぽい部屋じゃないか」

「作ったヤツの趣味でな。どれ……」

  俺は光らせた杖先で床に魔法陣を描いた。

「なるほど、魔封か。ゴツいオヤジが剣を打ってるのかと思ったぜ」

「それじゃ鍛冶屋だろ。まあ、その魔法陣の上に武器を載せてくれ」

 俺は笑みを浮かべた。

「これでいいか?」

 兄ちゃんが剣を魔法陣の上に置いた。

「それでいいぜ。どれ……」

  俺は呪文を唱えた。

「……これ、有名な魔法剣だ。まだ覚醒していないから普通の剣だが、これは魔封する剣じゃねぇぞ」

「なんだって、実家の倉庫に放り込んであった剣だぞ!?

 兄ちゃんが驚きの声を上げた。

「嘘じゃねぇよ。その様子じゃ覚醒させる手段も知らなさそうだし、なんなら俺が叩き起こしてやろうか?」

「是非頼む。これがそんな剣だったとはな……」

 俺は小さく笑みを浮かべ、呪文を唱えた。

 剣から凄まじい光量の光りが放たれ、それが収まると剣は宙に浮いていた。

「俺の魔法じゃねぇぞ。剣の魔力で浮いてるんだ。これが、真の姿だぜ」

 俺は笑った。

「こ、こんな剣だったのかよ。こんなの使えるとは思えねぇし、今気が付いてよかったぜ。な、なんでもいい。普通の剣はないか?」

「おいおい、旅の相棒を簡単に手放すなよ。試しに握ってみな。ちゃんと合わせてくれるはずだぜ」

 兄ちゃんは頷き、剣の握りを掴んだ。

 凄まじい魔力はなりを潜め、普通の剣のようになった。

「ほらな、いざって時はくらいに考えてりゃいい。いい剣じゃねぇか」

「ああ、そうする。いきなりぶったまげたぜ!!」

 兄ちゃんは笑みを浮かべた。

「破邪剣バルストイが正式な銘だ。斬るときに叫ぶ台詞、なんか適当に考えたらどうだ?」

「馬鹿野郎、んな恥ずかしい事出来るかよ。ああ、そうだ。今晩の宿を頼みたい。もう、今から他の街にいくのは嫌だぜ」

「それだったら、店にランサーってドワーフがいるから、そっちに声を掛けてくれ。俺は担当外でな」

「わかった、またな」

 兄ちゃんが出ていくと、俺は笑みを浮かべた。

「この時間になると、こういう客もいるんだな。いい事知ったぜ」

 需要があるのかと疑問だったが、あるときはあるもんだと思った。


 まだ復旧工事中の夜は早かった。

 日付が変わる前には大体の客は捌けていった。

 残った三組ほどにラストオーダーを聞き終えたランサーが、疲れた笑みを浮かべて俺の部屋に入ってきた。

「今日は宿のお客さんを取ってくれましたね。ありがとうございます」

「狙ってやったわけじゃねぇがな。どうも、よそからの旅人っぽいから、今後も増えるかもな」

 俺は笑みを浮かべた。

「さて、わたしは今のうちにこれを整理しておきましょうか。お客さんが話していた秘境の話を」

 束になったその紙をみて、俺は笑った。

「引退したんじゃねぇんだな!!」

「誰がいついいました。この店が軌道に乗ったら、当然またやりますよ。私は冒険者ですから」

 ランサーが笑った。

「やれやれ、忙しいヤツだな!!」

 俺はそれに苦笑を返したのだった。

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