第65話 国王の食堂

 いつの間にか寝てしまったようで、いつも通り明け方に起きた。

 寝たのか寝ていないのかは分からないが、リュカが俺を撫でて小さく笑った。

「本当に決まった時間に起きますね。いかにも猫です」

 リュカが俺を抱いたままベッドから身を起こすと、リュカの腕から外れてベッドに転げ落ちた相棒が目を開けた。

「あれ、もうそんな時間?」

「どんな時間だよ……」

 俺は苦笑した。

「そっか、家にいたんだよね。どうも慣れなくて……」

「……そのわりには、死ぬほど寝てたけどな」

 俺はため息を吐いた。

「お前はもう少し警戒しろ!!」

「うん、そのつもりなんだけどね。睡魔が勝つんだよ」

 相棒が笑みを浮かべた。

「まあ、いいけどよ。もう寝られんから起きようぜ」

  俺たちは隣の部屋にでた。


「いつも通り、早いですね」

 隣室のテーブルではウダヌスが一人で酒を飲み、家庭サイズのキッチンではケニーとコリーがなにやらメシを作っていた。

「新メニューの開発だそうです。お酒に合う料理のレパートリーが少ないからだそうで、もう寝た方がいいといっているんですけどね」

 ウダヌスが苦笑した。

「おい、二人とも。俺たちが起きたって事は、今の時間が分かるだろ。それ作ったら寝ろよ!!」

「分かった!!」

「そうするよ、さすがに疲れた」

 ケニーとコニーがそれぞれ苦笑した。

「ったく、熱が入るのはいいけどよ!!」

「いやー。、酒飲み二人が揃ったから、試食してもらいながらって思ったんだけど、ランサーも今さっき寝たばかりだし、止まらなくなっちゃってさ!!」

 ケニーが笑みを浮かべた。

「いいから寝ろ。全く」

「では、私はそれを食べたら寝たふりをします。楽しみですね」

「分かった、手早く仕上げるよ!!」

 ケニーが素早く動き、あっという間にメシが出来上がったようで、フライパンの中身を皿に移した。

「はい、お待ち!!」

 ケニーが皿をテーブルに置いた。

「今思ったんだが、食材はどこで手に入れたんだ?」

「うん、城で蓄えていた分を持ってきてくれたんだ。昼間のスープが効いたみたいだよ」

 コリーが笑った。

「うん、ただ者じゃないって思われたっぽい。何でもやってみるもんだ!!」

 ケニーが笑みを浮かべた。

「そりゃスゲぇな。さて、片付けて寝ろ!!」

「うん、片付けは済んでるよ。あとは寝るだけ」

 コリーが笑みを浮かべた。

「おおっ、さすがに早い。それじゃ、おやすみ!!」

 ケニーとコリーは自分の部屋に入った。

「やれやれ、凝り性だな」

「うん、コーベットもね。魔法作ってる時なんか、三日寝なくても平気とかね。僕は寝るけど」

 相棒が笑った。

「そりゃ寝てる暇なんてねぇだろ。寝ちまうお前がおかしい」

 俺がいうとリュカが笑った。

「誰しも、熱中出来るものがあればそうなるものです。私も下手ですが、軽く料理してみますね。朝のおやつです。

 リュカが料理を始めると、一度は酒を引っ込めたウダヌスがまたグラスに酒を注いだ。

「これを頂いてからにしましょう。どうせ、寝たふりですので」

「ったく、ウダヌスも飲み過ぎだぜ!!」

 俺は笑った。


 朝日が上がって全員が起き出し、店の勝手口の鍵を開けてしばらくすると、昨日の十人が集まった。

「えっと、厨房担当はケニーとコリーの指示に従って下さい。宿担当とホールは店の飾り付けでもしましょうか。今のままでは殺風景なので」

 全員がはいと返事をして、それぞれに動き始めた。

「そういえば、朝食がまだでしたね。どうしましょうか……」

 ランサーがそこまで言ったとき、どこかにいっていたリュカがメシを運んできた。

「ケニーやコリーほど上手くはありませんが」

 運んできたメシをテーブルに並べながら、リュカが苦笑した。

「これを、あなたが……美味しそうです」

 ランサーが笑みを浮かべた。

「では、頂きましょう」

 こうして、俺たちの朝飯が終わった。

「美味しかったですよ」

「ありがとうございます。これを片付けたら、飾り付けに入りますので」

 リュカは食器を下げて、厨房に入っていった。

 ランサーも飾り付けの輪に入っていったので、ウダヌスと俺たちはやる事がなくなってしまった。

「焦らない事です。暇なら暇でしっかり休んでおく事が大事です。あんな時間に起き出して、眠くないですか?」

「いや、待て。寝たらヤバいだろ!!」

 俺は相棒に猫パンチをお見舞いした。

「……お前、今寝ようとしただろ」

「なんで分かったの。さすがコーベットだね」

 相棒が笑った。

「やっぱりな。これで寝るかよ!!」

 俺は苦笑した。

 そのとき、店の勝手口が外からノックされた。

 ランサーが扉に近づき開けると、そこにはリュカの父と母がいた。

「今日もお邪魔させてもらうとしよう」

「飾り付けのですか、いい事です。

 リュカの父と母はやんわり笑みを浮かべた。

「今日は相談にきたのだ。街の各所に魔物が入り込んでしまってな。全員が腕に覚えがあるだろうが、手空きの者を借りたいのだ」

 俺はニヤリとした。

「そういうの待ってたぞ、俺と相棒なら今すぐいけるぜ」

「すっごい楽しそうだね。さすが、コーベット」

 リュカの父は頷いた。

「噂の魔法猫だな、今はまさに猫の手も借りたい状況なのだ。大した魔物ではないのだが、数が多くてな。よろしく頼んだぞ」

「よし、いくぞ」

「分かった行こう」

「待った、私も行きます。街全体で優先度をつけて、効率よく回りましょう」

 ウダヌスが棍棒を抜いて笑みを浮かべた。

「……出た、恐怖の棍棒」

「……でも、理にかなってるから、文句はいえないね」

「ほら、行きますよ」

  というわけで、俺たちは店を出た。

 

「この瓦礫の中、走って行くのも面倒でしょう。飛んでいきましょう」

 ウダヌスは俺たちを小脇に抱え、いきなり空に飛び上がった。

「……まあ、このくらい普通か」

「……そうだね。驚くことじゃないね」

 俺たちは街を上空から眺め、程なくなにかウジャウジャいる場所で地面に降りた。

「デカい蜘蛛か。いくぞ、相棒は怪我人の治療だ」

「うん、分かった」

 俺は呪文を唱え、無数にいる蜘蛛を片っ端からなぎ倒していった。

 ウダヌスも棍棒を振りまくり、相棒は後方で怪我人の救護に当たった。

「よし、これで全部か」

「そこの壊れた壁から入ってきたようですね。塞いでおきましょう」

 ウダヌスの体が僅かに光り、壁に空いた穴を塞いだ。

「そういえば、この街を直すくらい簡単だろ。なんでやらないんだ?」

「これだけの規模の街が一瞬で直ったら、それはあり得ない神の奇跡でしょう。何でも、即座に直せばいいというものではありません。では、次に行きますよ。

「待って、怪我人が多いから終わらない。コーベット、合成魔法!!」

「分かった、あれだな。いくぞ」

 俺と相棒は同時に呪文を唱えた。

『キュア・ウィンド!!』

 一陣の風が吹き抜けたと同時に、辺りが白い光りで覆われた。

 すると、うめき声を上げていた怪我人たちの傷が一瞬で塞がり、何事かとキョトンとした。

「じゃあ、俺たちは次にいくんで、よろしく!!」

 俺は笑ってウダヌスに抱えられて空に舞い上がった。

 この繰り返しだったが、蜘蛛形の魔物は初めてみるものだった。

「おっと!!」

 魔物が放った糸をかわし、俺は攻撃魔法を放った。

 同時に飛びかかってきた一体を、ウダヌスが棍棒の一撃で文字通り粉砕した。

「その棍棒、なにで出来てるんだよ!!」

「世界樹テナの枝を削り出したものです。ただの棒きれじゃあリませんよ」

 ウダヌスはさらに接近してきた三体を鮮やかに粉砕した。l

「なんだ、分からねぇが変な棒きれだって分かったぜ。俺も負けてられねぇな」

 俺は立て続けに攻撃魔法を唱え、残る三体を細切れにした。

「さて、壁を直してと……」

「あ、あんたらは?」

 相棒の治療を受けていたオッチャンが問いかけてきた。

「ああ、城の前で『赤い火吹きドラゴン亭』って飯屋の暇な三人組だ。もっとも、まだ営業はしてねぇけどな。温水シャワーだけはあるから、今度こい!!」

「あ。ああ、是非行くよ。猫にしてもそっちのお姉さんにしても、凄いな」

 俺は笑みを浮かべた。

「メシはもっとスゲぇぞ。開くのを待ってろ」

「ああ、是非行くよ。こんな状態の街で、まともに生活してるヤツがいるとはな。こりゃ、頑張らねぇと!!」

 ちょうど怪我の治療が終わったので、俺は笑みだけ浮かべてウダヌスに抱きかかえられた。

「今ので最後です。あとは魔物が入れそうな壁の亀裂はないですし、これで大丈夫でしょう」

「よし、久々に働いたぜ!!」

 俺は笑った。

「うん、怪我していた人には悪いけど、僕も楽しかったな。魔法は使ってなんぼだからね」

 相棒が小さく笑った。

「さて、店に戻りましょう」

 ウダヌスは俺たちを抱え、店に戻った」


「あれ?」

 店の出入り口には、いつの間にか看板が掲げられていた。

「赤い火吹きドラゴン亭。そのまま採用だったみたいですね」

 ウダヌスが笑った。

「コーベットの一言で決まったよ。まあ、それっぽくていい感じだね。

 通用口の扉を開けて中に入ると、ずいぶん小綺麗に装飾されていた。

「おお、無事でしたか。あの蜘蛛は厄介なのです、噛まれると人間でも即死でしょう」

 リュカの父が笑った。

「わ、笑い事じゃねぇよ。先にいってくれ!!」

「いえ、説明するまえに出ていかれてしまったもので……」

 苦笑するリュカの父に、俺はなにもいえなかった。

「……そういや、勢いよく出たな」

「……でたね」

 相棒とヒソヒソやっていると、ウダヌスが笑った。

「魔物討伐だけではありません。ここに店があると、ちょいちょい宣伝しながらです。なかなか出来た働きぶりでしたよ」

「おお、それは素晴らしい。いや、ここがオープンしたら、私からも宣伝しようと思っていたのだ。それと、報告だ。城に物資を搬入していた業者経由で、食材の調達ルートが開けたぞ。明日には第一陣が到着するだろう。いよいよ、オープンも近いな」

「それをランサーに伝えたか?」

「もちろん。それなので、急ピッチで作業しているのだ。城の厨房がメチャメチャなのでな。ずっと昼ご飯を待っているのだが、それどころではなくなってしまったかな」

 リュカの父は苦笑した。

「ったく、おいランサー。急ぐのは分かるが、昼メシはどうした」

 テーブルクロスをかけていたランサーが、俺の声に反応した。

「あれ、つい忘れていました。ケニー、なにか作って下さい」

「もう出来てるよ、全員分あるから。パスタだから伸びすぎ!!」

 ケニーとコリーがワゴンに乗せて、メシがのった皿を持ってきた。

「えっ、私たちもですか?」

 ランサー同様、テーブルの準備をしていた一人のお手伝いさんが声を上げた。

「当然、城がどうか知らないけど、ここは『赤い火吹きドラゴン亭』だからね。みんな働いているのに、ご飯抜きはないでしょ!!」

 ケニーがいって、コリーと一緒に開いているテーブルに皿を並べ始めた。

「私は宿チームを呼んできます。ちょっと待ってて下さい」

 ランサーが階段を登り、上で作業していた四人を連れて降りてきた。

「あ、あの、国王様と同じテーブルで!?」

「嫌でなければな、出来れば嫌わないで欲しい。ここは城ではないのだ」

 リュカの父が笑った。

「そういう事、ほら食べちゃって!!」

 ケニーもテーブルにつき、いただきますとまるで呪文のように唱え、一口食った。

「うん、最高ではないけど、食べられる味だよ。遠慮しないで」

「で、では」

 お手伝い組大将のアデネニアが一口食べた。

「お、美味しい。パスタは好物ですが、この味付けは!?」

 その一言を皮切りに、お手伝いチームが食べ始めた。

 全員で喝采するのを満足そうに見つめてから、リュカの父がパスタを食べた。

「うん、いい味だ。これもメニューなのか?」

「はい、ランチメニューで出そうかと」

 コリーがにこやかにいった。

「それはいいことだな、また食べられるのか」

「私はレシピを教わりたいです。趣味で料理をするので」

 リュカの母が笑みを浮かべた。

「そんなに難しくないですよ。まかない程度に考えていたものなので」

 コリーは厨房に行き、一枚の紙を持ってきた。

「これだけです。差し上げますよ」

「これはこれは、ありがとうございます。城の修繕が終わったら、さっそく試してみます」

 リュカの母が笑みを浮かべた。


「いや、ここの方が居心地がよくてな。しばらくいるとしよう」

「城の中はグチャグチャですからね」

 テーブルクロスを敷き終え、準備ができたテーブルに移動し、リュカの父と母が笑った。「あのよ、ずっと気になっていたんだけどさ。ここって元の持ち主がいたんだろ。俺たちで勝手に住んじまっていいのか?」

「問題ない。ここは私が趣味でやっていた食堂だからな。だから、好き勝手にいじれるのだ」

 リュカの父が笑った。

「趣味で食堂やってたのかよ。国王ともなると、スケールがデカいな!!」

「だから、私としても楽しみなのだ。どういう食堂になるかがな」

 リュカの父が笑った。

「なるほどな。ここも大事な場所か」

「そうなるな、無事でなによりだった。あっ、そうそう。この国は異国で開発された機械を積極的に導入していてな。魔力灯や魔力給湯器は経験済みだと思うが、明日には普及の為に大量の機械と作業員が到着する予定だ。危ないので、なるべくこの建物の中にいた方がいいな」

「分かった。興味はそそられるが、邪魔は出来ねぇからな」

 俺は頷いた。

「では、悪いがくつろがせもらおう

「はい、徐々に素敵なお店になっていきますね」

 リュカの父と母が笑ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る