第64話 開店準備
アーカス王国から遠く離れたドラキュリート王国にいくと、リュカを守っていたお礼ということで、空き屋になっていた宿屋兼食堂をプレゼントされた俺たち。
まだ馴染みはなく、店を開ける状態でもなかったが、とりあえずということで、ケニーとコリーにリュカを加えた三名で店の厨房で昼メシ作りを始めた。
その間に、ランサーは椅子の一つに腰を下ろした。
「こっちの立場から、逆の立場ですか。ある意味で冒険心を刺激されますね」
ランサーは笑みを浮かべた。
「気が向いたら、またやればいいさ。俺は文句いわないぜ」
「それは僕も。こっちはやろうと思っても、なかなか出来ないし」
俺と相棒は笑った。
「私は売れない占い師でもやりますか。なにせ確率100%に近いですし、見えないところは適当に誤魔化せばいいのです」
「じゃあなんだ、相棒は売れない回復野郎で俺はもっと売れねぇ用心棒か。猫の」
俺は笑った。
ウダヌスと俺が笑った。
「まあ、その辺りはおいおいやりましょう。まずは、料理と宿をどうにかしないといけません。私だけでは、とても手が回りませんよ」
「だな、城から派遣されるっていうメイド待ちだな。ところで、メイドってなんだ?」
「大きな家や城に雇われた使用人だよ。普通は外に出さないから、破格のサービスだね」
俺の問いに、何かと物知りな相棒が答えた。
「へぇ、要するに城の連中の世話役か。こりゃまた大層なものを」
俺が呟いた時、リュカがメシを乗せた皿を持ってきた。
「次いでなので、ドラキュリート王国ではメジャーな料理を覚えてもらう事にしました。絶対、注文されるので」
「ああ。それですが。あえてこの国の料理はあまり出さない方針でいこうと思っています。せっかく、異国の者がやっているお店なので」
ランサーが笑みを浮かべると、リュカが頷いた。
「なるほど、いい考えだと思います。では、最低限ないと怒られるレベルの簡単なものだけにしますね。」
リュカは笑みを浮かべ、皿を並べていった。
「今は携帯食しかないので、間に合わせのスープしか出来ません。食材の入手ルートを探さないといけませんが、これは父にお願いしようと思っています」
リュカが笑みを浮かべた。
「このスープで十分です。食材ルートはお願いしますね。では、いただきましょう」
俺たちは手早くメシを済ませた。
「ここの厨房凄いよ。知らない器具だらけ!!」
「うん、リュカに教わらなきゃなにもできないな」
椅子に座ったままで、ケニーとコリーが笑った。
「興味本位でちょくちょく厨房に出入りしていた事が役立ちました。怒られていましたけれど」
リュカが笑った。
「でも、正直いって二人で回すのは難しいかも。キッチンが広すぎて!!」
「そうだね、広いっていうか、この客数だからね。勝手が違うよ」
ケニーとコリーが唸った。
「そうですよね。私もそれが問題だと思っていました。かといって、他に人もいないですしね……」
ランサーがため息を吐いた時、店の扉がノックされてから開いた。
「失礼します。国王様より、本日よりこちらで働くようにとの事で参じました」
戸口に姿を見せたのは、何かの制服のようなものを着た一団だった。
総勢八名の中から一名歩み出て、優雅な動きで一礼をした。
「こ、これはご丁寧に……」
ランサーが椅子から立ち上がった。
「代表の方はランサー様と伺っております。なんなりと作業指示をお願いします」
「ああ、まず様はやめて下さい。なにかあっても、ストレートに耳に届きません。出来ますか?」
「はい、ではランサー……これでよろしいですか?」
「はい、結構です。作業指示といっても、今昼ご飯を食べたばかりで、なにも考えていないのです。どうしましょうか?」
「そうだ、この中で厨房の作業出来る人いる。王宮料理を作ろうってわけじゃないから、簡単な調理が出来れば大丈夫!!」
ケニーが声を上げると。全員が手を上げた。
「他国は存じませんが、王宮の料理も私たちがつくっていたのです」
「そうなんだ。それは心強い。三人いれば大丈夫だと思うけど休憩用に一人追加で四人厨房に入ってもらえる?」
「はい、お名前は伺っています。ケニー……様は抜きでしたね」
「そういえば、名前聞いてなかったね」
ケニーが笑った。
「はい、私はとりまとめ役のアデネニアと申します。あとの者は何かの折りに確認して下さい。四人でしたね。ではケニーと一緒についていって下さい」
八人固まっていた一団が、半分に分かれてケニーと厨房に向かって行った。
「あっ、私も忘れてた」
ぼんやりしていたコリーが慌ててあとを追った。
「あと二人はホールです。よろしいですか?」
「あっ、ここは私もやります」
リュカが声を上げると、残った四人は大いに驚いた。
「りゅ、リュカ様が!?」
「ほらほら、ここでは様抜きだよ。コホン、恩返しと自分の興味を兼ねてです。この程度のお転婆は想定内でしょう」
「は、はい、姫様を敬称なしで呼び捨てなんて……面白いです」
アデネニアが笑みを浮かべた。
「では、ホールは三人でお願いしますね。足りなかったら、私も加勢します。あとの二人は宿スペースの管理ですね。ここにいるウダヌスは数に入れないで下さい、特殊な事情があって同行していますので」
「分かりました、埃だらけなのでさっそくベッドメイクに入ります」
残った二人が階上に上がって作業を開始すると、ランサーは笑みを浮かべた。
「これなら上手く回りそうですね。助かりました」
ランサーがホッとため息を吐いた。
「あのホールとは?」
残ったアデネニアが聞いてきた。
「給仕ともいいます。厨房で出来た料理を運ぶといえば簡単ですが、掃除などもありますし、なにより店で一番目立つ存在です。看板といっていいでしょう」
「そんな重責を……ありがとうございます。そのくらいでないと、やり甲斐が出ないので」
アデネニアが笑みを浮かべた。
「なんだおい、猫チームはお役御免か?」
俺はランサーに笑みを送った。
「まさか、猫では出来ない事ばかり続いただけです。あの一角をウダヌスの占いコーナーにしますので、待機していて下さい。魔封で稼いだり怪我や病気を治したり、場合によっては荒っぽくお帰り願うお客さんもいるかもしれませんね」
「んだよ、あのアイディア採用かよ。ウダヌス、一稼ぎできるぜ」
「これは配慮頂きありがとうございます。荒稼ぎしますか」
ウダヌスが笑った。
みんなで掃除だなんだでドタバタしていると、リュカの父親と母親が様子を見にきた。
「いい匂いがしたので、立ち寄ってみました。どうですか?」
「はい、八名も応援を送っていただき、助かりました。あっ、そういえば店名を決めていませんでしたね。どうしましょう?」
ランサーが小首をかしげた。
「んなもん簡単だ、『赤い火吹きドラゴン亭』だ!!」
「よっぽどレッド・ドラゴンをみたいんだね……」
相棒がツッコミを入れて苦笑した。
「えっ、そうだったのですか。早くいって下さい、いくつもポイントがあったのに」
ランサーが苦笑した。
「まあ、店名はそれでいいと思います。せっかくです、食事を召し上がって頂けますか。まだ、メニューといえるメニューはないですが」
「そうだな、せっかくきたのだ。食事をしよう」
「そうですね。頂きましょう」
リュカの両親がいうと、教えてもいないはずなのに一人がテーブルまで案内した。
「……で、出来る」
ランサーが呟いた。
「はい、これは日常の事ですので。ここで注文を取るのですよね?」
「そ、そうです」
案内した一人がもう少々お待ちくださいといってテーブルを離れ、厨房に声を掛けた。
「て、手慣れてる……言葉を知らなかっただけか」
ランサーが苦笑した。
「我が城でこのような感じで食事をするのだ。かしこまった事が嫌いでな」
「さて、どんな料理でしょう。楽しみです」
リュカの父親と母親がいってすぐ、なにかのスープが出てきた。
「食材が全くなかったので、携帯食を料理して作ったスープです。誰かに出せるような者ではありませんが、ご容赦ください」
「もちろんだ、野菜と肉類のルートを最優先で作っている最中だが、順調に進んでいる。戦乱に巻き込まれなかった地域も多いからな」
「これは本当に携帯食ですか。塩加減が絶妙で美味しいですよ」
リュカの母親がいうと、父親もスープを掬った。
「ほう、携帯食でここまでの料理が出来るのか。これは楽しみだな」
二人とも残さずスープを飲み、笑みを浮かべた。
「お代といってはなんだが、もう二人ここの運営要員を連れてきた。入りなさい」
「はい」
一人が代表して返事して、二人が入ってくると、さっそくアデネニアが話を始めた。
「あの、この二名はどこに配置しますか?」
アデネニアがランサーに聞いた。
「宿チームです。二人では大変でしょう」
「分かりました。二人は宿管理に回しますね」
アデニアが二人と話し、階上の宿部屋コーナーに登っていった。
「また人手がいるようならいってくれ。では、失礼しようか」
「はい、また来ますね」
リュカの両親が出ていくと、ランサーが息を吐いた。
「やっぱり緊張するもんだね。知らない国王様の前だと」
「いや、分からねぇが国王って偉いんだろ。普通は緊張するだろ」
俺は笑った。
「さてと、あとは各場所が上手く動いているか確認しないと。思ったよりも忙しいですね」
口ではそういうランサーだったが、冒険中とはまた違った笑みを浮かべていた。
ドタバタで一日を終え、最後にウダヌスがマジックポケットもどきからテーブルと椅子を取り出して、店の隅に置いた。
どうやらウダヌスとはテーブルを挟んで向かい合う形になるようだが、怪しいといえば怪しかった。
「こういうものは、少し怪しげな方がいいのです」
ウダヌスはさらに細長い絨毯のようなものを取り出し、俺と相棒の居場所を作った。
「注文を受けるついでに、軽く紹介してもらえばいいでしょう」
「分かりました、そのように申し伝えましょう」
アデネニアが頷いた。
「ああ、ちょうどいいです。私の『占い』受けてみますか?」
「えっ?」
アデネニアが声を上げた。
「実際に受けた方がいいでしょう。どうぞ」
「は、はい。では、失礼して……」
ウダヌスとアデネニアがテーブルを挟んで向かい合った・
「私が占えるのは、ちょっとした未来です。気を楽にして、その起きる事は直接頭の仲に描かれます。いきますよ」
ウダヌスの体が軽く光り、アデネニアが小さく悲鳴を上げた。
「どうでした?」
「す、凄いです。まるで見てるかのようにくっきりと……ああ!?」
アデネニアが声を上げた。
「いま私がいった言葉、まさに占い通りです。本当に未来を?」
「さぁ、どうでしょうかね。信じるものは救われる……かも? まあ、今は私しか出来ないのですが、そこの猫たちも凄いですからね。困った事があったら、相談してくれるように案内してください」
「わ、分かりました。これは、凄い……」
アデネニアがしきりに感心しながらホールの真ん中辺りに移動した。
「今日はこのくらいでしょうか。食材さえ確保出来れば、すぐにでも開店出来そうですね。あとはメニュー作りですね。これは、厨房チームの仕事でしょう。ちなみにですが、この国でも『旅人の硬貨』を一般的に使っていますので、普段通りの感覚で大丈夫ですよ」
アデネニアがいった。
旅人の硬貨とは、世界中どこでも使える硬貨で、俺たちが普通に使っている金がそれだ。
国ごとに違う独自の通貨はあるようだが、そっちはまずお目に掛かる事がない。
それくらいの事は、俺でも知っていた。
「それいいね、値段でどうしようって思っていたんだ」
ケニーがどさっと紙束を近くのテーブルに置いた。
「ざっとこれくらい書き出したから、あとは間引いていくだけかな」
コリーが笑みを浮かべた。
「は、早いですね。これなら、開店までもう間もなくですね。今この街には復旧の為に作業して頂いている方々ばかりです。これは国王様からの要望なのですが、建物の裏手に魔力給湯器を使って温水が出るようにしたシャワーが八個ほどあります。そこを無料開放して欲しいとの事でした」
「ああ、作業している人向けですね。もちろんいいですよ」
ランサーが返すと、アデネニアは苦笑した。
「無論そうですが、城の者も含めてです。城の復旧もまだ掛かるので。もちろん、この建物の中でもお湯は出ますが、プライベート空間に入り込むわけにはいきませんので」
アデネニアは苦笑した。
「これは大変ですね。はい、外のシャワーはご自由にお使い下さいという事でよろしいでしょうか?」
「はい、ありがとうございます。さっそくで恐縮ですが、ここにいる十人ですが、城に帰る前にシャワーを浴びてよろしいでしょうか。また出てくるには、少々遅い時間なので」
「もちろん、いいですよ。タオルとか持っていますか?」
ランサーに聞かれ、アデネニアがハッとした表情になった。
「忘れてしまいました。取りにいって戻ってくるのも間の抜けた話なので、明日は持ってくる事にします。では、なにもないようでしたらこれにて失礼します」
「はい、ありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
アデネニアが一礼して、一段を率いて出ていくと、ランサーは店の大扉とその隣にある通用口の鍵を閉めた。
「知らない土地ですからね。用心に越した事はありません」
ランサーは笑みを浮かべた。
「よし、忙しかったけど、やっと休めるね。家の部分に行こう!!」
ケニーが笑った。
宿のカウンター奥と、厨房の奥から居住スペースにいけるようになっていた。
俺たちは厨房奥から居住スペースに入るとランサーが明かりにスイッチを入れた。
天井に付けられた機械から照らされる明かりは、俺にはあまり馴染みがなかった。
「魔力灯だね。設備は最新になってるみたい。気合い入ってるよ」
「そうみたいだな、寝室も点けておこうぜ」
「はいはい、待って下さい」
ランサーが笑い、三つある寝室の明かりも点けた。
「当たり前だが、ランプより桁違いに明るいな」
こういう機械があるのはしていたが、どういう仕組みまでかは分からなかった。
下手に弄ってぶっ壊すと高そうなので、今まで見ても見ないふりをしていた。
「さて、せっかくお湯が出るシャワーがあるなら、使わない手はありません。ケニーとコリーも一緒にどうですか?
「うん、いく!!」
「三人も入れるのかな。まあ、行くよ」
三人が部屋から出ていき、俺と相棒は仲良く毛繕いした。
「三人とも、どこかに行っちゃうというのはなしですよ。私も抜けちゃいますからね」
残っていたリュカが、笑みを浮かべて俺たちの脇に座った。
「こんなロクに地図もねぇ知らない場所で、どこに行くんだよ」
俺は苦笑した。
「うん、さすがの僕もここを彷徨うのは嫌だな」
相棒が笑みを浮かべた。
「私は酒飲み友達と別れるのは嫌なので、心配はいらないですよ」
ウダヌスが笑った。
「ならよかったです。私たちは父の期待を一身に受けています。私はそれに応えたいのです」
リュカは俺を抱きかかえた。
「うん、疲れてるならそれを一気に飲むといいよ」
「お前な!!」
リュカが笑った。
「今はそんな気分ではありません。ドラキュリート王国に戻った事もあるでしょうが、新しくやる事が出来て気分がいいのです」
リュカは俺を床に下ろした。
「こうやってもふもふ出来れば十分です。私もシャワーの準備をしてきます」
リュカは荷物を適当にぶち込んだ寝室の一つに入っていった。
「さて、これからどうなるかねぇ」
俺は誰ともなく呟いた。
「まあ、なんとかなるでしょ」
相棒が笑みを浮かべた。
「せっかく寝室が三つもあるんだし、贅沢に使おうよ!!」
こんなケニーの声で、俺たちは部屋割りをした。
酒で遅くまで起きているランサーとウダヌスが、まず一部屋と決まった。
あとは慣れの問題で、ケニーとコニーが一部屋で俺と相棒、リュカとなった。
寝室に入ると、リュカは二段ベッドの一つの下段に座り、ベッドサイドにあった小さなパネルのスイッチを弾いた。
白く明るかった光が淡いオレンジ色の明かりに変わり、俺は驚いた。
「あの明るさじゃ寝られないですよね。除夜灯モードです」
「そ、そんな機能まであるのか。ビックリだぜ」
俺は苦笑した。
「何かと面倒なので、下段でいいでしょう。よっと……」
リュカは俺と相棒をベッドに乗せ、窓の鍵とカーテンを確認すると、ベッドに横になると、俺を腹の上で抱いて相棒を脇に挟んだ。
「……なんだ、これが癖になっちまったか?」
「安眠のための準備です。もふもふ好きなもので」
リュカがいった時には、相棒がすでに寝息を立てていた。
「相棒よ、お前どこでも寝過ぎだ……」
「いいと思いますよ。私はコーベットみたいに、なかなか寝付けないよりは」
リュカが笑った。
「やっぱりな、場所が変わるとな」
「だから私のお腹の上なんです。少しはマシかと思って」
俺は苦笑した。
「まあ、マシって事にしよう。寝るぞ」
「はい、おやすみなさい」
俺はリュカに撫でられながら、軽く目を閉じたのだった。
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