第63話 サプライズ

 出発時はエラい距離を馬車で移動すると覚悟したものだが、途中で船に変えたので、大幅に時間を短縮する事が出来た。

 早くもその初日が終わろうとしていた頃、俺は寝ているリュカに抱きかかえられたまま、なにするでもぼんやりしていた。

 ケニーと相棒は相変わらず地図で遊んでいるし、ウダヌスとランサーは酒、コリーは夜風に当たりたいと、部屋を出たばかりだった。

「……あ、あれ、寝過ぎました。退屈だったでしょう」

 リュカが慌てて身を起こした。

「まあ、今までの人生を三回くらい思い返すくらいは暇だったぜ」

「ひ、暇そうですね」

 リュカは俺を放すと、そのままベッドに座った。

「コリーが夜風に当たりにいったぜ。俺たちもいこうか」

「はい、行きましょう」

 そのままベッドから立ち上がろうとしたリュカを、俺は手で止めた。

「なにもないとは思うが、武器は持っていけ。コリーも弓を持っていった

「分かりました」

 リュカが壁に立てかけてあった短槍を手に取った。

「よし、いこうぜ」

「はい、行きましょう」

 リュカが部屋の扉を開け、俺たちは下手の外に出た。

 船内案内図を見ると、さらに一階登った屋根が、そのまま小さなオープンデッキになっているようだった。

 俺たちが上に行くと、コリーが手すりに寄りかかって夜空を見上げていた。

「なんだ、物思いか?」

 俺が近寄って声を掛けると、顔を俺の方に向けた。

「まぁね、コーベットたちはまだ始めたばかりだけど、私たちはもう二十年近く冒険者をやってるからね。そろそろやめて、グレイス・シティに家を買おうかって話しになっていたんだよ。まあ、結果としていい出会いだったけどね」

「そうか、邪魔しちまったか?」

  コリーが小さく笑った。

「邪魔なんて思った事ないよ。むしろ、何倍も面白くて助かるよ。魔法なんてみたこともなかったしね」

 コリーが呪文を唱え、「明かり」の光球を上げた。

「オマケに、一個だけ使えるようになっちゃった。あり得ない事はあり得ないってね」

「ならいいがよ……リュカ、黙ってどうした?」

 なにか考えている様子で黙っていたリュカに声を掛けると、ビックリしたように飛び上がった。

「い、いえ、なんでもありません。ただ、このままお別れは悲しいと思っただけで」

 リュカが苦笑した。

「そうだな。でも、リュカはドラキュリート王国の第一王女、バリバリの姫様なんだろ。帰るしかねぇだろ!!」

「分かっています。その自覚は消えていないので」

 今度はリュカが夜空を見上げた。

「まあ、いいよ。こういう長旅も久々だし、しっかり楽しもうかなって思ってる」

 コリーが笑みを浮かべた。

「ならいいがな、俺たちだけ楽しくても問題だからな」

 俺は笑みを浮かべた。


 程よく体が冷えたところで部屋に帰ると、相棒とケニーが床に崩れて寝ていた。

「どうも、燃え尽きたみたいです。どうやっても道が一本で、短距離しかないって」

 ランサーが笑った。

「で、ですから、最初から一本道なんですよ!!」

「それでも違う道を探す。それが冒険者だって感じですね」

 ランサーが笑みを浮かべ、ケリーをベッドまで抱いていった。

「この一つ空いているベッドを猫チームにしましょう。全く、こんなになるまで……」

 ランサーは笑みを浮かべ、相棒をベッドの上に置いた。

「コーベットもあちらで、相棒さんを一人にしてはいけません」

 てっきりまた抱きかかえられると思ったのだが、リュカは相棒の隣に俺を置くと、小さく笑みを浮かべて自分のベッドに戻った。

「……なんだ、猫断ちの訓練か?」

 まあ、いいやと俺はベッドに座ってなにか書き物をしているリュカをみて、軽く目を閉じた。


 二日目、三日目と取り立ててなにもない船旅が続き、それぞれがそれぞれの時間を過ごしていた。

 いよいよ到着という四日目の朝、メシが住んだあとで、ランサーが斧の手入れを始めた。

「おっ、スイッチ入ったか?」

「はい、今から切り替えます。このところ、ただの飲んだくれになっていたので、今夜はお酒も飲まないでおきます」

「あら、残念ですね。まあ、それもいいかと」

 ウダヌスが笑みを浮かべ、朝メシ後の酒を飲み始めた。

「皆さんも準備はしておいて下さいね。なにがあるか分かりませんので」

「そうだね!!」

「それもそうだね」

 ケニーとコリーが武器の手入れを始めた。

「あの、コーベット。この弓の手入れはどうやってやるの?」

 緑に輝く魔法の弦が張られた弓を示して、コリーが俺に聞いてきた。

「基本的にメンテフリーだ。実体がある方にへんな亀裂なんかがなければ、威力が落ちる事もないぜ」

「そうなんだ。便利だね」

 コリーが笑みを浮かべた。

「まあ、これに慣れるまでが大変なんだがな。もう分かってると思うが、魔封してあっても念じなければ普通の武器だ。そう大差はないはずだぜ」

「はい、大丈夫です。いい斧ですよ」

「私の剣も異常なし!!」

  ランサーとケニーがいった。

「私も問題ありません。これを打ってくれた鍛冶屋さんは腕利きですね。ミスリルをここまで出来るとは……」

 リュカが笑みを浮かべた。

「でしょ、いい武器屋なんだ!!」

 ケニーが元気よくいった。

「はい、凄いです。これも、旅の証ですね」

 リュカが笑った。

「コーベット、一応僕たちの杖も確認した方がいいよ」

「いわれなくても毎日やってるさ。当然、異常なしだ」

 俺は笑みを浮かべた。

「僕はやってなかったな。見てみよう……あれ、ヒビが入ってるな。これは直さないとダメだね」

 相棒が杖を俺に差し出した。

「はいはい、直せばいいんだろ」

 俺は小さく呪文を唱えた。

 壊れかけた相棒の杖が、新品同様の光りを放った。

「杖を直すのって、魔法なんだ」

 ケニーが興味津々といった様子で聞いてきた。

「杖の場合、一番これが早いんだ。ちゃんと直そうとするとかなり手間が掛かるが、ヒビが入ったくらいならこれで元に戻るぜ」

 俺が答えると、ケニーは頷いた。

「へぇ、面白いな。魔法は新鮮だね」

「まあ、いうまでもねぇが、魔封は出来ねぇぞ。中には、魔法の力を持つ杖もあるが、それは最初からそう作られているからだ」

 俺は笑みを浮かべた。


 武器の点検も終わり、昼メシを済ませたと頃になって。窓の外を流れていた景色が緩やかになってきた。

「おっ、そろそろ着くかもな」

「かもではなく、間違いなく到着ですね」

 俺の呟きにランサーが苦笑した時、長い汽笛が聞こえた。

「下の兵士の皆さんが降りないと馬車が出せません。しばらく待機ですね」

 ランサーの呟きと船が何かにぶつかったような、コンという衝撃が一緒になった。

「おっ、着いたよ。今まで入国許可が出なくて、入れなかったドラキュリート王国にね!!」

 ケニーが楽しそうにいった。

「そうですね、こんな形というのは不本意ですし、あくまでもリュカを王都に釣れて行くという目的がありますけれどね」

 ランサーが苦笑した。

「へぇ、行こうとしたのか?」

「コーベット、当たり前でしょ。冒険者ってそういう習性があるの。謎とか秘密が大好きだからさ」

 コリーが笑った。

「さて、ここから馬車なら三十分も掛からないでしょう。あちらでなにが待っているかは、正直分かりませんが、覚悟は出来ています。皆さん、よろしくお願いします」

 リュカがペコリと頭を下げた。

「……あら、よくいう」

 なんとなくウダヌスの楽しそうな声が聞こえたような気がしたが、俺は特に気にしなかった。


 船員が呼びにきて、俺たちは馬車に乗って船を降りた。

 船着き場の周りは多数のテントが並び、今着いた兵士と引き換えに帰る兵士が船に乗り込み、とにかく大騒ぎになっていた。

「まるで、軍の駐屯地ですね。当たらずしも遠からずといったところでしょうが……」

 ゆっくり馬車を走らせながら、ランサーが笑った。

 しばらくテントの群れを避けながらゆっくり進み、兵士たちの一団を抜けると、ランサーは馬車の速度を上げた。

「これがドラキュリートですか、そこいら中に戦いの痕が残っていますね」

「こんな国ではないですよ。とても平和な国ですから、誤解しないで下さいね」

 馬車の中から、ため息交じりのリュカの声が聞こえた。

「だろうな、こんなだったら嫌だぜ」

 俺は苦笑した。

 馬車は眼前に見えてきた、一瞬廃墟かと思うほど、ボロボロになった壁に囲まれたデカい建物めがけて走っていった。

 開け放ったというより、なんかでぶっ壊されたという感じの門扉に守られた門を通り、 破棄された街を走って行くと、進む先に三人の姿があった。

「あれ、国王様だ……」

 ランサーが呟き馬車を駐めた。

「お父さん、お母さん!!」

 馬車の後方から飛び下りて、リュカが三人のうち見慣れぬ二人に抱きついた。

「おっと、ドラキュリート国王様と王妃様だったよ。みんな馬車から降りて!!」

 叫びながらランサーが馬車から飛び下り、地面に片膝をついて頭を下げた。

 それにケニーとコリーが並んだが、俺は困ってしまった。

「おい、相棒。俺たちもやっておくか?」

「敬意がないのに敬礼したら失礼でしょ。猫だし」

 などとやっている間にも、リュカの父親……ドラキュリート国王がランサーに近寄った。

「堅苦しい事は抜きです。気楽にやりましょう」

「はい、分かりました。失礼して……」

 リュカの父親の言葉に敬礼をやめたランサーが立ち上がると、ケニーとコリーが立ち上がった。

「娘を保護して頂き、お礼の言葉もありません。ありがとうございました」

 リュカの母親が笑みを浮かべた。

「なにかお礼と考えていたのですが、城の宝物庫も荒らされている有様で、どうしたものかと思っていた矢先に、娘から転移のスペルで手紙が届きまして……ちょうどこの建物なのですが、奇跡的に難を逃れたのです」

 そこら中瓦礫の中、確かにその建物は窓ガラスすら割れていなかった。

「どうぞ、ついてきて下さい」

「は、はい……猫チームとウダヌスもきて下さい。リュカが?」

 

 俺と相棒が馬車から飛び下り、ウダヌスが荷台から降りた。

 リュカの父親が扉を開くと、かなり大きなメシ屋件宿と分かった。

「あ、あの、ここがなにか……」

「はい、あなた方に家を差し上げようと思ったのです。ここならば、食堂利用者から情報を仕入れられるでしょうし、気が向いた時に冒険も出来るでしょう。今はすっかり壊されてしまった城下町ですが、かつては大勢の人で溢れていた場所でした。必要な従業員は城のメイドを派遣しますし、十分再三は取れるはずです」

「いきなりの話でごめんなさい。ここをこの街の復旧のシンボルにしたいのです。あそこに行けば、美味しいご飯や眠る場所がある。そのようなイメージですね。どうか、お願い出来ませんか?」

 リュカの父親と母親が立て続けにいった。

「え、えっと、ここで店をやるようにということですね」

「そういうお願いもありますが、ぜひ定住の地として頂きたいのです。分かりにくければ、あなた方を手元に置いておきたいでも構いません。結果は同じなので」

 リュカの母親が笑みを浮かべた。

「え、えっと……」

「私はいいと思うけどな。念願の家だよ、しかも冒険者が集まりそうな店だもん。ドラキュリート王国に定住なんて、普通はあり得ないよ」

 コリーが笑った。

「ああ、そうでした。今まで実施していた入国制限は撤廃しました。一度こうなってしまっては、害しかありませんので」

 リュカの父親がいった。

「なら、なおさらいいじゃん。私は賛成だよ」

「私もいいと思うよ、これで無理して稼がなくても、家が手に入るし」

 ケニーとコリーが笑った。

「な、なら、私は構いませんが。ああ、猫チームとウダヌスがいました。どうですか?」

「俺はいいぜ、これはこれでおもしれぇじゃん」

「うん、僕もいいよ」

 俺と相棒は頷いた。

「私は飲み相手がいればどこでもいいですよ」

 ウダヌスが笑った。

「で、では、決まりという事でいいですね。転居の手続きとかしないと……」

「これ、なんのために私がいる。全部纏めてやっておくとしよう、グレイス・シティのあの宿もチェックアウトしておく。たまには、私が動くとしようか」

 国王は小さく笑みを浮かべた。

「おう、これはいよいよ、ここが俺たちの家になりそうだぜ。とりあえず、中を一通り見せてもらった方がいいぜ」

「そ、そうですね……なんで、リュカが?」

 不思議そうにしているランサーの後ろで、俺とコリーが小さく笑みを浮かべた。

 あの夜、書き物をしていたのは、このための手紙だったのだろう。

 この時点で、少なくとも父親が健在なのは分かったはずだが、あえていわなかったのだろう。これがバレてしまうからだ。

「十部屋もあるぜ、ここの宿屋スペース。全部二人部屋だがな」

「うん、僕たちの居住スペースも広いね寝室が三つもあるって、前に住んでいた人はよほど大人数だったんだね。

 寝室は全て二段ベッドが二つあり、全部で十二人も寝泊まり出来る計算だった。

「いえ、ここは改装したのです。大人数とだけしか聞いていなかったので、これだけあれば足りるだろうという目算だったのですが、多過ぎましたね」

 リュカの父親が苦笑した。

「水道も通っていて水が出ます。城よりいい状態ですよ」

 リュカの母親が笑った。

「あ、あの、本当にここに住んでいいのですか。私は不満はないのですが……」

「はい、もちろんです。復旧復興の為に作業している方々の胃袋を満足させてあげて下さい。今すぐ店を開けろとはいいません。必要なものがあれば、いって下さい。まずは手伝いとしてメイドを三名ほどこちらにつかせます。もちろん、リュカにも手伝いさせますので、準備が出来たら開店してくださいね」

 リュカのお母さんが笑った。


「勝手なことしました、ごめんなさい!!」

 国王たちが家を出ていくと、リュカがランサーに頭を下げた。

「あの、どうしてこのプレゼントを思いついたのですか?」

 ランサーが苦笑した。

「……誰とはいいませんが、もうそろそろ冒険者をやめて定住しようとしていると聞いたのです。そこで、城下町で適当な空き家があったら確保して欲しいと父に手紙を送ったのですが、まさかここだとは思いませんでした。戦争の前は、毎晩賑わっていたお店なんです。城の目の前ですし、落ち着かないかもしれません」

 リュカがいうと、ケニーとコリーが笑みを浮かべた。

「賑わっていたんだね。私たちもやり甲斐があるね」

 コリーが笑った。

「そうですか……。ありがとうございます、こんな時でもないと家など手に入りません。有り難く頂戴しますね」

 ランサーが笑みを浮かべた。

「よし、店のキッチンの使い勝手をみてみよう。そろそろ昼ご飯だよ!!」

 ケニーが元気に叫んだのだった。

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