第62話 船旅へ
野宿じゃどうもなと思っていたら、野営という便利なことばがあるらしい。
そんなわけで、野営地を後にした俺たちは、この先にあるホウライの街を目指した。
街が近づいてくると、草原にいくつもテントをつなぎ合わせた、まるで村のようなものが見えてきた。
「ドラキュリート国民の避難所ですね。船便があるというのは、間違いないようです。でなければ、ここに集まる理由がないので」
ランサーが呟くようにいった。
「なるほどな、そうなると船に乗るのは難しくないか。ここの人が帰る分で一杯な気がするが?」
「それは試さないと分かりません。国王様の手紙とリュカの存在で、申し訳ないですが優先度が高いので、動いているなら意地でも乗りますよ」
程なく馬車は街の門を潜った。
「さて、船着き場を探しましょうか」
ランサーは街中を馬車で走り、川の上に作られた桟橋に停泊しや船を発見した。
「動いてはいるみたいですね。この国の歩兵が大勢乗って行きますし。ちょっと、様子をみてきます」
適当なところに馬車を駐めたランサーが、桟橋の袂にある小屋に向かった。
しばらくして戻ってくると、ランサーが苦笑した。
「国王様の手紙を見せたら一発でした。今出発する便はすでに兵で一杯で馬車が積めないので、次の便になるそうですが、ドラキュリート王国までノンストップで進むそうです。リュカ、船に乗ればドラキュリート王国までは、一気にいけますよ」
「そ、そうですか。なにか、複雑です」
後ろの方でリュカの声が聞こえてきた。
恐らく、その顔には苦笑が浮かんでいると分かった。
「それで、どのくらいで着くんだ?」
「ビックリのたった四日です。味気ない旅といえばそれまでですが、今は早く行く方がいいですからね」
ランサーがいったとき、汽笛の音が聞こえて船が出発していった。
「さて、次です。早めに列の先頭に並んでおきましょう。
馬車が船着き場にいくと、隊列を組んでいた兵たちの先頭に回された。
「なるほど、こりゃ帰れねぇな。まだこれだけ兵士を必要としてんだからよ」
「そういう事ですね、まだ落ち着いてはいないのでしょう。当然ですね」
ランサーと会話していると、反対方向からきた船がやってきた。
船に乗せられていた明らかに怪我人や病人と分かる一団が降りると、いよいよ乗船隣った。
馬車は甲板の端にロープで固定され、適度な隙間を空けて兵士が床に座った。
「こ、ここで行くのかよ!?」
「いちいち客室に入れるのは面倒という事でしょう、兵とはそういうものであり、私たちもその一員に過ぎないという事でしょう。
ランサーが楽しそうに笑った。
「ああ、あなた方がは上の客室です。リュカ王女をこんな目に遭わせるわけにはいきません」
近くの誰かが教えてくれた。
「だって、いこうぜ!!」
「あらまぁ……これは、有り難くそうさせて頂きます。
ランサーが苦笑すると、皆に声を掛けて馬車から降りた。
居並ぶ兵士の隙間を縫って上に登る小さな階段を登ると大勢で雑魚寝出来る空間にでた。
「船といえばこれです、一番安い二等船室。やはり、これでないと」
俺がそっとウダヌスを見ると、軽く片目を閉じて見せた。
「おい、ランサー。乗船券をよく見てみろ!!」
「乗船券ですか……嘘、また特等になってる。なんでこう!!」
よほど特等が嫌なのか、ランサーが地団駄を踏んだ。
「ここもいいけどよ、リュカのためと思えば鍵の掛かる個室の方がいいぜ。それが、優先だろ」
「それはそうですが……贅沢は覚えると抜けなくなるんですよね。特等はもう一階上です」
ランサーがため息交じりにいって、俺たちは狭い階段を登った。
特等といっても個室なだけで、後はベッド六個と小さなテーブルセットがあるくらいだが、これでも贅沢だとランサーがブチブチいってると、船員が顔を出した。
なんでも、下の二等も空いているが、安全面を考えてとの事なので、なるべくこの特等船室にいて欲しいとの事だった。
「それはそうですが……。分かりました、なるべくこちらにいるようにします」
ランサーが答えた。
「あと、食事ですが、今はレストランも売店も営業していません。弁当で申し分かりませんが、よろしくお願いします」
「それは構いません。ありがとうございます」
ランサーがいうと、船員は一礼して出ていった。
「まあ、見方に寄ってはリュカを護衛しながら進む特別船といったところでしょうか。最も、私はもうリュカ王女とは呼べませんが」
ランサーが笑った。
「よ、呼ばないで下さい。笑ってしまいます」
リュカも笑った。
「リュカはリュカだ。様なんてつけねぇぜ!!」
おれは笑みを浮かべた。
「さすがの僕でも無理だな。
俺と相棒は笑った。
「うん、無理無理!!」
「私も今さらだな……」
ケニーとコリーが笑みを浮かべた。
そのとき汽笛が聞こえ、船が動き始めた。
「それにしても、いい時にリュカがこれを思い出してくれました。今は一ヶ月も掛けて移動している場合ではありませんから」
「はい、昔何回か乗った記憶があったのですが、詳しい事は忘れていたのです。思い出せてよかったです」
リュカが分かった。
俺はあえてウダヌスを見ないで、苦笑した。
「……なるほど、国の位置を変えずにこうきたか」
「ん、なんかいった?」
相棒が不思議そうにいった。
「いや、お前猫背酷いなって呟いただけだ。気にするな」
「僕だって猫だよ。なんで!?」
俺は相棒を無視して、テーブルセットに向かった。
「ここはウダヌスとランサーの指定席になりそうだな」
「そうですね、ウダヌスはお酒があれば寝ないでしょうから、ベッドは人数分ありますね。兵士の皆さんには申し訳ありませんが、あとで馬車から船着き場に行くまでに仕入れたお酒を持ってきます」
「食料調達したから料理したいけど、船の中だしね」
ケニーが笑った。
そう、どうなってもいいようにという、ランサーの機転で馬車には食材や酒が満載されていた。
「これで、私の故郷に戻れるのですね。感無量です」
「ああ、大事な場所なんだろ。順調にいけばいいな」
笑みを浮かべるリュカに、俺は笑みを浮かべた。
船は川を順調に進み、昼頃になって弁当を持ってきた。
「俺たちの分もあってよかったな」
「うん、人数カウントされていたね」
俺は光る杖先で床に魔法陣を描いた。
「俺たちはいいが、毎回冷たい弁当は嫌だろ。この魔法陣に容器ごと乗せれば温め完了だぜ!!」
「……コーベットって、変な魔法は多いんだよね」
たまたま近くにいたリュカが、弁当を魔法陣に載せた。
しばらくして、魔法陣が青く光り輝き、温め終了を告げた。
「うわ、暖かい。凄いですよ」
リュカの声に、今度はケニーが試し、コリーも試した。
「うわ、凄いぞ!!」
「また、贅沢を……これだから」
ブチブチいいながらも、ランサーが試し、面白そうだとウダヌスも温めた。
「これ便利なんだよ、温め温度も変えられるぜ!!」
俺は冷めたままの弁当を食べながら笑った。
「これも、炎の工芸魔法の一種だよ。だから、僕には使えないけどね」
相棒が苦手な人参をより分けながら、呟くようにいった。
「一体、いくつ魔法を隠しているのやら。二人とも興味が尽きません」
ランサーがしつこく人参を避けている相棒を捕まえて抱きかかえた。
「好き嫌いはいけませんよ。コーベットなんて器こと食べそうな勢いなのに……食え」
最後だけドスの利いた太い声でランサーがいうと、相棒はビクッと体を震わせて人参を食べた。
「はい、素直ないい子です」
「きょ、脅迫だ!!」
ランサーは相棒の声など無視して、椅子に腰を下ろした。
「飲みたくなりましたね。何本か取ってきましょう」
「ああ、それは無用です。えっと……」
ウダヌスはマジックポケット(のように偽装した)空間の裂け目に手を入れ、酒瓶を次々と取り出した。
「あれ、手持ちであったのですね。早くいって下さい」
ランサーとウダヌスが仲良くテーブルで酒を飲み始めた。
「……どっから持ってきたかは聞かないで置こう」
俺は苦笑した。
「あの方がいいや、怖いから」
相棒がため息を吐いた。
「好き嫌いするヤツが嫌いなんだろ。なにか、深い意味があるかもしれんが、あえて追求はしねぇぞ」
「それがいい、怖いから」
相棒が苦笑した。
弁当の容器を回収しにきた船員に川に魔物はいないのかと聞くと、海ほどじゃないけどいるにはいる。でも、強力な魔物除けの香油を常に流しているから、まず出遭う事はないとの事だった。
「って事は、アーカス王国軍の兵士だけか、警戒しないといけないのは。どんなやつが乗っているか分からんからな」
「出ましたね、猫の警戒心。悪い事ではありませんが、なるべくここにいてくれというのに、チョロチョロして邪魔するわけにはいきません。大丈夫だと思いましょう」
ランサーの言葉に、俺は小さく息吐いた。
「いけねぇな、何でも疑うのは。まあ、この部屋にいればいいなら楽なもんだ。俺も気楽にするか」
俺は笑って手近なベッドに飛び乗った。
すると、すかさずリュカがそのベッドに横になった。
「ああ、ムスタに相談があったんだった。ドラキュリート王国の地図なんてないから、その変な地図を当てにするしかないよ!!」
「ああ、マックドライバーのね。分かった、どうすれば王都に行けるか調べてみよう」
相棒が隣に陣取ったケニーのベッドに飛び乗った」
「王都まででしたら、私が案内出来ますが……」
「楽したらダメ!!」
「うん、本当に分からなかったら聞くよ」
リュカの申し出をケニーと相棒が突っぱね。あーでもないこーでもないと始めた。
「ほぼ、一本道ですが……」
「いいんだよ、地図を見るのが好きな奴らだからな。その結果になるまでやるぜ」
俺は笑った。
「ま、まあ、そのままにしておきましょう。なにか、警戒されているようですが、どうしましたか?」
「いつも通りだぜ。臆病なんだよ、俺は」
俺は笑った。
「そうですか。根拠がないならいいです。あの、昼寝しませんか。本来、吸血鬼は昼間はあまり起きていないもので……」
「ああ。いいぜ。俺も眠いからな」
布団を被り直したリュカに抱かれ、俺はそっと目を閉じたのだった。
晩メシの弁当を食べ終わると、ウダヌスとランサーはいつも通り酒を飲み始めた。
相棒は相変わらずケニーと地図を読む事に夢中で、俺はリュカに抱えられたまま、ぼんやりとしていた。
「暇そうだね」
それこそ暇そうなコリーがリュカの隣に座った。
「はい、暇です。でも、これも今のうちと思っています。向こうに着いたら、これが懐かしく思える程忙しいでしょう」
「だろうね。第一王女リュカ様!!」
冗談めかしてコリーがいって笑った。
「その肩書きが重いです。でも、やらなきゃ……」
リュカは笑みを浮かべた。
「大丈夫、その抱えてる健康ドリンクもあるし」
コリーが笑った。
「馬鹿野郎、誰が健康ドリンクだ!!」
「違うっていえる?」
コリーが笑みを浮かべた。
「……」
「そ、そんな顔しないで下さい。そんなつもりは微塵もないので!?」
リュカが慌てて俺を強く抱き締めた。
「まあ、いいや。三人で話そう。楽だけど暇でさ!!」
こうして俺たちは、しばらく洞でもいい話に明け暮れた。
「さて、疲れたからちょっと横になるよ。寝ないとは思うけど。
コリーがケニーたちとは反対方向の隣のベットに横になった。
こうして、安全で楽で、かつ早い船旅が始まったのだった。
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