第55話 平時の一日

 階下が静かになり、しばらくしてウダヌスが部屋に戻ってきた。

「あれ、仲がよさそうでなによりです」

「はい、仲良くさせてもらっています」

 リュカが笑った。

「いい事です。気になったのでケニーの部屋をちょっと覗いたのですが、ムスタ共々地図に埋もれて寝ていましたよ。そのうち起きると思いますが」

「ったく、無理すんなっての」

 俺は苦笑した。

「では、私は気配を消して座っています。なにか用事があれば呼んで下さい」

 スッとウダヌスの気配が消えた。

「これが夜体勢だな。あとは相棒が帰ってくるかどうかだ」

「凄い……完全に気配を感じない」

 リュカが驚きの声を上げた。

「この世界の住人に気取られるようでは、とても仕事は出来ません。姿を消していれば、隣に座っても分からないかと」

 闇の向こうから、ウダヌスの声が聞こえてきた。

「だってよ、神とかいうよく分からん存在だからな」

 俺は笑った。

「神ですか……一応、私とは対極にある存在なんですけどね。私は魔ですから」

 リュカが苦笑した。

「確かに魔ですが、この世界の住人に変わりはありません。外からやってくる魔を退治するのが私の仕事の一つです。なので、気にしないで下さいね」

 ウダヌスの小さな笑い声が聞こえた。

「だってよ、相手じゃねえって。気にすんな!!」

「……な、なんだか、とんでもない相手のような気がしますね、これ以上は怖いので、いわないでおきますが」

 最後に小さく笑い声が聞こえ、それきりなんの気配もなくなった。

「まあ、ウダヌスは気にしなくていいぜ。まだ、モフるつもりか?」

「いえ、これ以上はやり過ぎでしょう。ありがとうございました」

 リュカが俺を放したので、そのままベッドを飛び下りてソファの上に乗った。

「おやすみなさいだな。もういい時間だろ」

「はい、気分がほぐれたお陰か、眠くなってきたので休みます。おやすみなさい」

 リュカは笑みを浮かべ、そっと目を閉じた。

 しばらくして寝息が聞こえてくると、俺は小さく笑った。

「可哀想なんていったら、それこそ可哀想だがな。どうしたもんかねぇ」

「まずは国を取り返してからでしょう。あとは、神のみぞ知るです」

 闇からウダヌスの笑う声が聞こえた。

「んだよ、ケチくせぇな。教えろよ!!」

 俺は小さく笑った。

 不意に猫用出入り口が開き、相棒が入ってきた。

「遅くなっちゃった!!」

「そうでもねぇさ。まあ、疲れただろうから寝ちまえ」

 相棒が俺の隣りに乗った。

「……ん?」

 不思議そうな声を上げた相棒が、俺の体に向かって手をかざした。

「なんだろう、この半端な呪印。途中で強制終了させたんだね。コーベットの強烈な魔力だけでかき消されてるよ。不安定だから、完全に無効化しておくか」

 相棒が呪文を唱え、バチッと音が聞こえた。

「終わった、気分はどう?」

「特に変わった事はねぇな。よく気がついたもんだな」

 相棒が笑みを浮かべた。

「僕を誰だと思ってるの。さて、寝よう」

 相棒が隣で丸くなった」

「……だから、相棒なんだよな。いわなくても分かるってな」

 俺は小さく呟き、目を閉じた。


 いつもの癖で明け方に起きると、まだウダヌスは気配を消したままで、リュカと相棒は寝ていた。

「相変わらず早起きですね。誰もきていないですよ」

 薄闇の中ででウダヌスの声が聞こえた。

「そうか、平和だな」

「平和が一番です。ああ、気になるでしょうから、隣国のルピ王国の軍も合流して二カ国連合となった大軍がドラキュリート領内に侵攻を開始したようです。これでは、ドラキュリート王国に駐留しているパテラス王国の兵力では勝負にもならないでしょうね」

「おいおい、派手になってきやがったな」

 俺はため息を吐いた。

「これは恐らくですが、ドラキュリートはルピ王国軍に任せ、こちらの軍はパテラス王国を狙う算段でしょう。ルピ王国を縦断してからでは、攻撃の手が及ぶまで時間が掛かるので」

「その辺はよく分からねぇけど、とにかく大騒ぎだってのは分かったぜ」

 実のところ、あまり派手な争い事は好まないが、この場合はやむを得ないのだろう。

 俺はソファから飛び下りた。

 すると、モゾモゾとベッドの布団が動き、掛け布団の隙間からリュカの手が出て手招きした。

「なんだよ、ちゃんと呼べ!!」

 俺は苦笑してベッドに駆け上った。

 リュカは乱暴に俺を掴むと、布団の中に引きずり込んで強く抱きしめた。

「……私の国の事なのに、なにも出来ない。ここにくる前、ルピ王国の国王様に面会を申し込みましたが、門前払いでした。それで、逃げ出す前にいわれたこの国を目指したのです。結果として、大成功でしたが虚しいですね」

「それは致し方ない事でしょう。この国がヤル気満々の数千の即応軍を連れてきて、なおかつ大きな借りがあるとなっては、ルピ王家も手を貸すしかありません。これは、ここの国王しか出来ない事です」

 気配を出したウダヌスがソファから立ち上がり、ベッドの脇にきた。

「はい、分かってはいるのですが……」

「分かっているのなら、その抱きかかえてる猫でも弄って気分転換してください。間違っても、今から行くなどといわないように。いい結果になりません。時がきたら、何らかの方法で連絡が来るでしょう。では、私は階下でお酒でも飲んできます」

 ウダヌスが部屋から出ていった。

「珍しくはっきりいったな。これは、守った方がいいぜ」

「分かっています。だから、こうして抱っこしているんです。こういう時に、猫はいいですね」

 布団の中の闇の中、リュカが笑う微かな声が聞こえてきた。


「ご、ごめんなさい。油断したらつい!!」

 リュカが放つ派手な魔力光に包まれた俺は、ぐったりとベッドに横になっていた。

「なに、また吸っちゃったんだ。コーベットって、そんなに美味しいのかな……」

 相棒が自分の頭を掻いた。

「おい……相棒。お前も手伝え。分かってるだろ、コイツの術の欠点……」

  俺がぼんやりいうと、相棒は笑みを浮かべた。

「さすがコーベット、気がついてたね。リュカの魔法は膨大な魔力を使うわりには、効果が低いって問題があってね……」

 相棒がリュカに解説を始めた。

「そ、そんな事が!?」

「うん、簡単だけど意外と気がつかないんだよ。唱え直してやってみたら。すぐに効くと思うよ」

 リュカは一度術を解除して、すぐに唱え直した。

 青い光りに包まれた俺は、急速に体力が回復していった。

「ふぅ、動けるくらいにはなったな。なっ、全然違うだろ?」

「は、はい。こんなことで……」

「うん、ここに気がつかないと、どれだけ魔力があっても足りないよ。これで、大分変わると思うけど」

「はい、ありがとうございます。コーベットは教えず気がつくのを待つタイプなんですね」

 リュカが笑みを浮かべた。

「い、いや、教えられる状態じゃねぇだけだ。そんな意地悪しねぇよ」

「ああ、そうでした。ごめんなさい……」

 リュカはため息を吐いた。

「まあ、これでいつ吸っちゃっても大丈夫だね。僕もいるし、最低限の策は取れてるよ」

「最低限って、お前な……」

 俺は苦笑してリュカをみた。

「つまり、気にするなって事だ。それより、落ち着いたのか?」

「えっ、はい。バタバタでそれどころではなくなってしまって……」

 リュカが小さく笑った。

「なら、吸われちまった価値はあったな。これでいいと思うぜ!!」

「なに、コーベット。癖になっちゃったの?」

 笑みを浮かべた相棒の顔面に、俺の右ストレートが炸裂した。

「……猫パンチじゃないの?」

「猫がパンチしたんだから、猫パンチだろ!!」

 俺が息を吐くと、リュカが笑った。

「相変わらず仲良しですね。さて、なんだかんだで朝ご飯の時間ですね。階下に行きませんか?」

 いわれて俺は窓の外を見た。

「そうだな、なんか食わないとヤバいしな」

 俺たちは部屋を出て、階下に移動した。

 

「おっ、きたきた。珍しく寝坊かい?」

 ケニーが笑った。

「いえ、私がまたコーベットを吸血してしまって、バタバタしていました」

 リュカが苦笑した。

「当たった、ウダヌスってやっぱ凄い!!」

「予言ではなく事実をみていますからね」

 先にここにきて飲んでたはずのウダヌスが、小さく笑った。

「んだよ、みてたのかよ!!」

 俺は苦笑した。

「はい、これでいいのでは。下手に収まりがつかなくなって、リュカが暴走してしまうよりは。もう一度いいます、今は息を潜めて待つときです。最良のタイミングで、なんからかの連絡はあるでしょう。これは見えませんが、ここの国王の性格上、そういった事には抜かりはないと思いますので」

 ウダヌスは笑みを浮かべた。

「はい、分かっています。問題ありません」

 リュカは頷き答えた。

「さて、今日はどうするのですか?」

 珍しく眠そうなランサーが聞いてきた。

「あれ、珍しいな。眠そうなんて……」

「はい、私も夢くらいは見ますので。なんで、いきなり出てきたか分かりませんが、旦那が命を落とした瞬間が……。いえ、もう大丈夫なのですが」

 ランサーが苦笑した。

「うわ。それはキツいな……」

 ケニーがいった。

「あれはね……忘れよう」

 コリーが咳払いした。

「……聞かねぇ方がいいな」

「……うん、これは触らない方がいい」

 俺と相棒でヒソヒソした。

「さて、それよりどうしますか。今からだと、大して遠くにはいけませんが」

「それなら、リュカを連れて遊覧船でも乗ってこようかと思ってるよ」

 ケリーが小さく笑みを浮かべた。

「それはいいですね、私も気分転換したいです」

 ランサーが笑った。

「それじゃ決まりだね。ご飯食べたら行こうよ」

 コリーが笑みを浮かべた。

「はい、楽しみです。船に乗る事自体、滅多にないので」

 リュカが笑った。

「まあ、いいんじゃねぇか。それなら、ランサーも酒が飲めるしな」

  俺は笑みを浮かべた。


 朝メシのあと、俺たちは港に向かった。

 普段は使われていない桟橋に、巨大な白い船が泊まっていた。

「エイラート王国が誇る巨大豪華客船キング・ベサート号ですね。私もみるのは初めてですが、確か世界一周の大航海に出ているはずなので、その途中でしょう。優雅なものです」

 ランサーが小さく笑った。

「へぇ、世界一周ねぇ。興味はあるが、今はこの辺りを歩いている方がいいや。規模がでかすぎるぜ」

「だね、僕もそう思って必死に探してるところだよ」

「私もね!!」

 相棒とケリーがそれぞれいった。

「そっちは任せたぜ。さて、遊覧船だな」

「はい、チケットを買ってきます」

 ランサーが小屋のような窓口にいって、人数分のチケットを買ってきた。

「すぐ出るそうです。急ぎましょう」

 ランサーに促され、俺たちは遊覧船に乗り込んだ。


 遊覧船という性格上でオープンデッキしかないが、俺たちはそれぞれに過ごしていた。

 相棒やリュカと立ち話していると、どうやら持ってきていたらしい弓を俺に差し出した。

「これ、魔法の矢を射るようにできないかな。今のところ不満はないけど、ランサーやケニーが魔法の力で攻撃出来るのに、私だけ通常の矢って不安なんだよね」

 コリーは笑みを浮かべた。

「結論を言えば出来るが、その場合は弦の部分も魔法で生み出される、実体のないものに変えないとダメだ。まあ、ちゃんと手応えは残せるがそんな弓を引けるか。慣れるまで時間掛かるぞ?」

「そうだね……やってみないと分からないな。イメージも出来ないから」

 俺はオープンデッキの上に特殊なチョークで魔法陣を描いた。

「真ん中にのせてみな」

「分かった。こうかな……」

 コリーが弓を魔法陣にの乗せた。

 俺が呪文を唱えると魔法陣が光り、弦も張ってないのにテンションが掛かって湾曲した弓が出現した。

「持ってみれば分かるぞ」

「へ、へぇ、想像以上変わるんだね……」

 コリーが弓を取ると、今まで見えなかった緑色に輝く弦が現れた。

「普段はみえねぇが、所有者が手にすると姿を現すんだ。今度は矢をイメージして引いてみろ」

「分かった。これはまた、不思議な感覚だね……」

 コリーの手に光る矢が出現し、それを魔法で作られた弦につがえた。

「ほらな、違和感半端ねぇだろ。普通の弓に慣れてるヤツだから、その感覚が強く出るはずだぜ」

「確かにね……でも、誰にいってるの」

 コリーは笑みを浮かべ、光る矢を上空のどこかに向けて放った。

 しばらくして、頭が吹っ飛ばされたデカい鳥が落ちてきて、心底ビビった。

「これいいね。普通の弓じゃ届かないもん。気に入ったよ、ありがとう」

  コリーは仕留めた鳥を引きずって、どこかに向かっていった。

「……うわ、一番渡しちゃいけねぇヤツに、渡しちゃいけねぇ武器を渡しちまったかも」

「……コーベットの責任だよ」

 俺と相棒がヒソヒソすると、端で見ていたリュカがさりげなく腰に付けていた短刀を鞘ごと外した。

「これが、護身用として持っている短刀です。今の術は魔封の応用とみました。大分ガタがきてしまっているので、修理をお願い出来ますか?」

「な、なんだ、まともな武器を持ってたのか」

 俺は床の魔法陣に置かれた短刀を調べた。

「こりゃ、大分古くて使い込んだな。いつ折れてもおかしくねぇ。状態保存の魔法っぽい力を感じるが、作り直しの時に近い形で再現しよう」

「はい、お願いします」

 俺は呪文を唱えた。

 ボロボロだった短刀は綺麗に蘇り、そっとリュカが拾い上げた。

「完璧です。状態保存の魔法が違うだけで。ありがとうございます」

 短刀を再び腰に帯び、リュカは笑顔を浮かべた。

「ったく、俺は武器職人じゃねぇぞ!!」

「いいじゃん、使える能力は使っても。魔封を使える魔法使いは貴重だしね」

 相棒が笑った。

 船は港を回り、例の巨大な船の後ろを通って再び船着き場に戻った。


 結局、魔封で武器を作っただけともいえる遊覧を終えた俺たちは、とりあえず予定もないので宿に引き返した。

「よし、ムスタ。今日中に行きたいところを決めるぞ」

「うん、いっつもアレも欲しいコレも欲しいってプランがダメになるからね」

 ケニーの部屋に相棒が入り、ランサーとウダヌスはいつも通り階下で酒の準備を始めた。

 俺とリュカは自分たちの部屋に入り、俺はソファに座りリュカはベッドに座った。

「本当にゆっくりした時間ですね。なかなかなかったので、今のうちに満喫しておかないと」

 リュカはベッドに座ったまま、大きく伸びをした。

「退屈なら下で飲んでこい、見たところもう飲んでいいはずだぜ」

「確かに飲めますが、あのペースでは無理です。潰れた私の介抱なんて、やりたくないでしょう。どうせ飲むなら、血液の方がいいです」

 リュカが笑った。

「今日はもうやめてくれ。魔法で体力が回復出来るとはいえな!!」

「もちろんです。何度もやったら大変です」

 リュカは小さくあくびをして、ベッドに横になった。

「昼寝か。俺もやる事ないし、付き合うぜ」

「では、こちらへ」

 リュカが笑みを浮かべ、手招きした。

「その呼び方ハマっちまったか?」

 俺は苦笑してベッドに近寄り飛び乗った。

「さて、一寝しようか」

「ああ、眠くなってきたぜ」

 俺はリュカに軽く抱かれ、そのまま目を閉じたのだった。

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