第56話 出発準備

 ふと起きると、俺はベッドに座ったリュカの膝に乗せられ、そっと背中を撫でられて「いた。

「もう夕方です。よく寝ていましたね」

「あれ、そんなに寝ちまったか。疲れるようなことしたかな……」

 俺はあくびをした。

「朝の私が吸血してしまったせいでしょう。魔法で回復しても、やはり睡眠は必要ですから」

「そういう事か……」

 俺は苦笑した。

 どんな回復魔法でも、睡眠に勝る効力はなし。

 例え回復魔法を知らない俺でも、この標語のような言葉は知っていた。

「どうです、どこか怠いところとかありますか?」

「特にねぇぞ。元通りだ」

 俺はリュカの膝上から降り、床に立った。

「問題ねぇぞ」

「よかったです、どこか行くにも半端ですね。お昼も過ぎてしまいましたが、階下の食堂にでも行きますか?」

「そうだな、腹減ったといえば減ったな」

 リュカは笑みを浮かべ、ベッドから立ち上がると部屋の扉を開けた。


「ああ、きましたね」

「遅いですよ」

 ランサーとウダヌスが声を掛けてきた。

 食堂ではいつも通り、全員がテーブルを囲んで待っていた。

「あ、あれ、待っていたのですか?」

 リュカが声を上げた。

「はい、街にいるときは、食事くらいは極力全員でと思っています。二人とも、疲れ果てたように寝ていたと聞いたので、無理に起こしませんでした。では、食事にしましょうか」

 なにもいわなくても、宿の兄ちゃんが食事をテーブルに置き始めた。

 ソファの端っこに俺たちは座った。

「まさか、待っているとは……」

「ああ、ランサーの拘りだな。俺もすっかり忘れていたぜ」

 俺は苦笑した。

「あっ、そうだ、さっき撃ち落とした鳥だけど、高空を飛ぶからなかなか仕留められないって有名なんだよね。味はなかなかいいよ。このご飯のスープにしてもらった」

 コリーが笑った。

「あ、あの馬鹿デカい鳥か。どこもっていったのかと思ったぜ」

「うん、下処理してたんだ。甲板の目立たないところで」

 コリーが笑みを浮かべ。

「そんなことしてたのかよ。どこにもいねぇと思ったらよ」

「うん、わりと得意だよ」

 コリーが笑みを浮かべた。

「さて、冷めてしまいます。いただきましょう」

 ランサーの一言でメシが始まった。

「そういえば、地図を見ていて分かったけど、この街の近所に緑泉洞って洞窟があるみたいなんだ。

「うん、なんでも最奥部にある泉が緑色に光っているらしくてね。マックドライバーの地図によれば、大した魔物もいないし、観光スポットみたいだって書いてあるよ」

 ケニーと相棒が口々にいった。

「近くとは、馬車でどのくらいですか?」

 ランサーが笑みを浮かべた。

「多分、一時間は掛からないと思う。こんな場所に……って感じだから」

 ケニーがいった。

「なるほど、では明日いってみましょうか。今日はもうお酒を飲んでしまったので。そんなに近いのなら。明日はゆっくりでいいですね」

 ランサーが笑顔になった。

 これで、明日の予定は決まった。

「また、ウダヌスみたいに封印されてされているのがいたりしてな」

 俺は笑った。

「それはないでしょう。いても困ります」

 ウダヌスが苦笑した。

「では、明日はお散歩として、今日はこの後晩ご飯まで自由行動としましょう」

  というわけで、俺たちは昼メシを終えた。


「よし、近いけど一応確認しておこう。その変な地図は、ムスタしか読めないから」

「そうだね、僕もギリギリ読めるかどうかなんだけどね」

 ケニーと相棒が階段を登っていった。。

「マックドライバーとは、まさかあのマックドライバーですか?」

 意外なところで、リュカが反応した。

「まあ、こんな名前二人いるとは思えねぇから、たぶんそのマックドライバーだ。俺と相棒が生まれた村に家があってな、ちょうど旅立ちの時にいて変な地図をくれてな」

「ま、マックドライバーの地図。出すところに出せば、大金になりますよ。そんなものを持っているとは、正直驚きました。

 リュカは驚きを隠さない表情でいった。

「俺にはあんなものとしかみえぇねぇがな。今は使用中だろうから、あとで見せてもらえばいいさ」

「い、いえ、見ると欲しくなってしまうのでやめておきます。コーベットも相棒さんも、マックドライバーと繋がりがある事があるのも驚きました」

 俺は苦笑した。

「いきなり、俺も二本足の猫になるとかいって、三食猫缶にするようなヘンテコ野郎だぞまあ、可愛がってはもらったがよ、こういうのばかりだぜ」

「はい、間違いなく私の知るマックドライバーです。彼はドラキュリート王国建国に大きく携わっているのです。目立ちたくないという理由で、トレントという偽名でやっていましたが、建国の祖といっても過言ではないでしょう」

 リュカが笑みを浮かべた。

「あ、あのジジイ、世界中でなにやってるんだよ。国まで作っちまったか」

 俺は苦笑した。

「さて、私たちも部屋に戻りましょう。お二人はお酒ですか、よく入っていきますね……」

「……それは、俺も思うぜ。暇があれば飲んでるもんな」

 昼食後の酒に入ったランサーとウダヌスを見て、俺は苦笑した。

「まあ、そのままにして部屋に戻りましょう」

「そうだな」

  俺たちは楽しそうに酒を飲むランサーとウダヌスをおいて、部屋に戻った。


 部屋に入ると、リュカは俺を抱きかかえてベッドに座った。

 それから間もなく、部屋の扉がノックされてコリーが入ってきた。

「あのさ、この弓なんだけど、微調整をお願いしていい?」

「微調整ね。あんまりシビアにするなよ。実体のある普通の矢と違って、意思だけで軌道修正されて命中するからな」

 俺は苦笑した。

「一体どうしたんだ。三人の中では一番魔法寄りになっちまった。ここまでやると、もう魔法っていっていい。弓の形を取って、攻撃魔法を撃ってるようなもんだぜ」

「うん、私もここまで変わるとは思ってなかったんだけど、午前中ずっと試射しててこれはいいって思ったよ」

 コリーが笑みを浮かべた。

「まあ、エルフの能力に魔弓なんていったら、怖いなんてもんじゃねぇけどな。それ、魔法に近いから、魔封なんか食らうとモロに影響するからな。まあ、魔法と違って撃てなくなるわけじゃねぇし、攻撃魔法の予兆みたいなもんもねぇから、いきなり矢をぶち込むなんて事も出来る。ある意味、魔法より優れてるんだ。じゃなきゃ、作る意味がねぇからな」

「なるほど、突き詰めると面白い武器だね。そういえば、リュカはなにか武器を使ったりしないの?」

「私はあくまで護身用に短刀を持っていますが、それ以外は……」

  コリーが笑みを浮かべた。

「持っていないだけでしょ。『魔槍使いのリュカ』、有名だぞ」

「そ、それは……」

 リュカがため息を吐いた。

「な、なんだ、まともな武器を使えたのか?」

 俺の問いに、リュカは頷いた。

「確かにそう呼ばれていますが今は槍もないですし、どうにもこうにも……」

「なら、作っちゃえばいいじゃん。いい鍛冶屋を知ってるよ。無茶な注文でも、文句を垂れながらもちゃんとやってくれるし、十分使える槍を作ってくれるはずだよ。明日は出かけるし、今のうち装備を揃えた方がいいかなって思ったんだ」

 コリーが笑った。

「そ、そうですね……。このままお荷物でいる事は耐えきれませんし、せめてもの装備は揃えておくべきですね」

 リュカが小さく笑みを浮かべた。

「へぇ、意外だったな。そんな一面があるとは……よし、さっそく行くか!!」

 俺は笑みを浮かべた。


 コリーを合わせて三人で宿をでた俺たちは、宿からほど近い一軒の鍛冶屋の前にきた。

「意外と近かったでしょ。ここはよくお世話になってるんだ」

 コリーがいって、俺たちは店に入った。

 店の奥にある炉の高温で、中は熱気に溢れていた。

「なんだ、お前か。連れは?」

 低く渋い声で、作業服姿のオッチャンがいった。

「新しいお客さん、『魔槍のリュカ』で分かるでしょ?」

 コリーが笑みを浮かべた。

「なるほど、珍しい客だな。それで、用件は?」

「は、はい、槍を一振り打って頂きたいのです」

 リュカがオッチャンにいった。

「なるほど、国のゴタゴタで紛失したか。こう見えて意外と耳ざとくてな、多少は情報が入ってくるのだ。はっきりいおう、あの槍と同等のものは作れぬぞ。上か下かのどちらかになる。それでもいいなら、こしらえるとしよう」

「は、はい、お願いします」

 リュカの声を聞いて、オッチャンが動いた。

「どのみち魔封を使って魔槍にするのだろう。ならば、高く付くがミスリルがいいと思う。俺はオリジナルの槍を知らぬ。短槍と長槍のどちらだ?」

「はい、短槍です。少し重めが好みです」

 リュカが小さく笑みを浮かべた。

「短槍か。分かった、重めな……」

 俺はてっきり槍の形で出来上がってくるのかと思っていたが、オッチャンが打っていたのは槍の刃の部分だった。

 真っ赤になるまで加熱した刃を金槌で叩き、また炉に入れる。それを何回も繰り返した。

「鋼は打つ度に一度冷やすのだがな、ミスリルはそれをやってしまうと、もう二度と形が変わらなくなってしまう。冷やすのは、最後だけだ」

 まさにその最後の冷やしを終え、鈍色に光る槍の刃が出来上がった。

 それを壁に掛けてあった軸の先端に括り付け、オッチャンは槍をリュカに渡した。

 長い槍は知っていたが、身長にも満たない中途半端な感じの長さの槍は初めてみた。

 これが短槍というものなのだろう。

「こ、これは、いい感じです。ちょっとだけ試し振りを……」

 リュカは槍を構え、素早く振った。

「前の槍よりいいですね。ありがとうございました」

「それはなによりだ。あくまでも魔封で何らかの強化などを行う前提だ。そのまま使わないように」

 オッチャンが釘を刺した。

「はい……あっ、お代が」

「もちろん、私が出すよ。無理に連れてきたようなものだからさ」

 コリーはマジック・ポケットを開き、中から財布を取り出した。

「そのポケット、便利ですね」

「うん、簡単だからコーベットに聞いてみなよ。すぐ覚えるよ」

 リュカの目が俺を見た。

「ちょっと待て。スペル版のマジック・ポケットなんぞ分からんぞ」

「そ、そうですね。こっちの呪文が分からないので、そこから入らないといけません」

 リュカは苦笑した。

「そういうこった。呪文形態が変わっちまうと、覚えるのが大変なんだ」

「へぇ、そうなんだ」

  コリーが呟くようにいった。

「はい。でも、今のをみてなんとなくこうだろうというのは分かりました。あとで試してみます」

「うん、便利だからね。はい、代金はこんなもん?」

 コリーは金貨を十枚ほどカウンターに置いた。

「そうだな、お友達割引で二枚は返す。ミスリルの武器としては妥当だな」

「よし、会計済んだよ。後は魔封だね」

 コニーが笑みを浮かべた。


 リュカが短槍を携え、俺たちは宿に帰った。

 それを、さっそく一階にいたランサーが見つけた。

「あ、あら、短槍とはマニアックな……でも、かなりの使い手ですね。見ればわかります。今の境遇を何かしら変化させる事は悪くありません。暴れないで下さいね」

 ランサーが笑った。

「あ、暴れませんが、なんとなく落ち着きました」

 リュカは小さく笑った。

「ほら、正解だった。よし、魔封で固めよう」

 コリーがいって、俺たちの部屋に向かって階段を上がった。


 俺たちの部屋にくると、床に魔法陣を描きながらいった。

「ミスリルなら五個くらいまでは魔封できるはずだ。使い慣れてるって前提でいってるぞ。慣れてねぇとパニックだからな」

「はい、元の槍も五個封じていました」

 リュカがメモ用紙にサラサラとリストを作った。

「どれ……やっぱりな。悪いが、一個だけはダメだ。どれだか分かってると思うが、俺のポリシーに反するからな」

 俺は苦笑した。

「やはり、これはダメでしたか。これがあるので、魔槍と呼ばれていたのですが、今のこの槍は違いますからね。四つで事足りるので、切れ味強化でお願いします」

「なら問題ねぇ。贅沢な槍だぜ。四大精霊の攻撃魔法に切れ味強化だ。見た事ねぇよ」

「あのさ、なにを没にしたの?」

 当然ながら、コリーが聞いてきた。

 俺は笑みを浮かべ、手に持ったままだったメモ用紙を魔法で燃やした。

「秘密だ。知られるわけにはいかねぇ」

「私もいえません。ごめんなさい」

 俺とリュカは笑った。

「……なに、二人して」

 コリーが俺の首根っこ掴んで片手でぶら下げた。

「おい」

「……そんな目でみてもダメ」

 しばらく睨んでいたコリーだったが、飽きたように俺を放り出した。

「まあ、想像は付くけどね。コーベットがあの魔法を使えたって、別に見る目は変わらないけどな。即死系!!」

「馬鹿野郎、はっきり言うな。誰かに聞かれたら、シャレにならん!!」

 俺はため息を吐いた。

「蘇生と即死は魔法使いが求める究極の一端だ。禁術指定されているが、こっそり使えるヤツなんざそこら中にいる。使うとバレるから、切り札的に隠してるだけに過ぎん。馬鹿なもんだ」

 俺は苦笑した。

「ほらね、これなら変な風には使わないもん、別に怖くないし。大体分かった、リュカが即死を魔封してくれって頼んで、コーベットが断ったんでしょ。そりゃ当たり前だね。納得したよ」

 コリーが笑った。

「頼む方も凄いよ、面白い!!」

「はい、絶対嫌っていわれると分かっての事です。すんなり分かったとかいわれたら、逆に怖いです」

 リュカが魔法陣の真ん中に槍を置いた。

「よし、五個あるからな。気合い入れねぇとな」

 俺は長い呪文を唱えた。

 魔法陣が光り、宿が揺れる程の振動が起こった。

 魔法陣の光りが消えると、俺は小さく息を吐いた。

「終わったぜ。危ねえから気を付けろよ」

「ありがとうございます。さっそく試し振りしたいですね」

 リュカが槍を取って笑みを浮かべた。

「それじゃ、今なら街の外に出られるね。コーベットは?」

「気合い入れた反動で疲れちまった。少し休ませろ!!」

 俺は苦笑してソファに飛び乗った。

「だって、私たちだけで行こうか」

「はい、すぐ戻ります」

 コリーとリュカが出ていったあと、俺は笑った。

「俺も馬鹿だねぇ。絶対に知覚出来ない六個目を仕込むなんてよ。まあ、気持ちだ」

 俺は苦笑してソファに丸くなったのだった。

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