第54話 夜は長い
晩メシを終えた俺たちは、例によって酒を飲むランサーとウダヌスを残し、俺たちは部屋ではなく宿の外に出た。
「……なあ、なんで俺たち抱っこされて移動なんだ?」
「……僕が聞きたいよ。なんで?」
俺をリュカが抱き、相棒はケニーに抱かれ、コリーが先頭で街中を進み。程なく宿から近い港にやってきた。
「よし、ここまで来れば、迷子にはならない!!」
ケリーは相棒を放し、地面に下ろした。
「……おい、もういいぞ」
変わらず俺を抱き続けているリュカに、俺はそっと耳打ちした。
「いえ、慣れない街は不安なのでこうさせてください」
リュカが小さく笑った。
「おや、今度はお守りだ。コーベットも急がしいねぇ!!」
ケニーが笑った。
「まあ、強力なお守りだね。いきなりなにか発射するし」
コリーが笑って、相棒を抱き上げた。
「こっちもセットじゃないと役に立たないよ。代わりに持っててあげる」
「お、お、お、お前らな!!」
俺が怒鳴った時、リュカの牙が俺の体に当たった。
「……なに、吸いたくなっちまったのか?」
「止まりましたね、穏やかにいきましょう。
リュカが笑った。
「うわ、コーベットがしてやられてる。これは珍しいね」
相棒が笑みを浮かべた。
「……怒鳴れねぇ、この逃げられねぇ状態じゃ死ぬ」
「脅すつもりはないのですが、初めて海をみた感動を邪魔されたくないのです」
リュカが笑みを浮かべた。
「ああ、そういう事か。黙ってるから、好きなだけ堪能してくれ
「はい、潮風も気持ちいいですね」
俺たちは桟橋から、しばらく夜の海を見つめた。
「コリーさんに相談して正解でした。一度海がみたいと馬車の中でお話していたのです。念願叶いました」
リュカが笑った。
「さんはいらないって。まあ、そのうち海なんて当たり前になっちゃうけどね」
コリーの笑い声が聞こえた。
「よし、そろそろ戻るか。明日は遊覧船にでも乗るか!!」
ケニーの声で、俺たちは宿に戻った。
なにか楽しそうに酒を飲むランサーとウダヌスをみながら階段を登り、俺たちはそれぞれの部屋に入った。
「ありがとうございました」
俺を部屋の床に下ろし、リュカが笑みを浮かべた。
「まあ、なんの役に立つか分からんが、好きなようにやってくれ」
「リュカ、今がチャンス。干からびるまで吸っても怒らないよ」
相棒がにんまり笑みを浮かべた。
「馬鹿野郎、お前が吸われろ!!」
俺は爪全開の猫パンチを相棒の顔面叩き込んだ。
「……痛いよ」
「おう、これが本当の猫パンチだ。覚えておけ!!」
俺は胸を張った。
「もし吸血するなら、コーベットがいいですね。ムスタさんだと、恐らく味が普通なので」
リュカが笑った。
「ふ、普通!?」
ショックを受けたようで、相棒が固まった。
「ざまぁみろ……って、俺の血は特別なのかよ。こういう時は普通がいいんだ!!」
リュカが笑った。
「それは、飢餓でフラフラしていたところで、美味しそうに見えて思わず吸血してしまった猫ですよ。これ以上特別な味は、そうはないでしょう」
「ま、まぁ、そうかもしれんな」
「……酷いよ」
相棒が俺の背に噛みついた。
「……いや、意味が分からねぇ。しかも、痛ぇ」
「私の真似でしょうか。だとしたら、ポイントがまるで違います。正しくはここです」
噛みついた相棒を引っぺがし、リュカは俺を素早く抱きかかえると、体のどこかに牙を突き立てた。
「ぎゃあ、どさくさに紛れて吸われた!?」
「吸っていません、ただ牙を刺しただけです。この辺りに動脈があるので、そこを狙って一気に突き刺すのです。もちろん、今は外しましたけれど」
リュカが俺を床に下ろすと、相棒が飛びかかってきた。
「なんだよ、もう動脈の位置を知られている関係なのかよ。コーベットの相棒なのに、動脈の位置なんて分からないよ!!」
「……いや、相棒よ。お前いつも回復魔法でみてるだろ。っていうか、動脈の位置なんてどうでもいいだろ!!」
「……それもそうだね。うん」
相棒が笑みを浮かべた。
「へ、変なヤツだな。知ってるけど」
「うん、スッキリしたから、ケニーのところで今度の目的地を探してくるよ」
相棒は笑って、猫用出入り口から廊下に出ていった。
「あれ、いっちゃいましたね」
「ああ、相棒とケニーがアーだコーだやって次の目的地を決めるんだ。最近は呼ばれたりとか急な旅とか、そんなのばかりだがな」
俺は苦笑した。
「そうなんですね、みんなで役割分担しているとは」
「そうなんだよな、俺なんて戦番長とかいわれるぜ。戦闘中は思わず口が出ちまうんだ」
俺は笑った。
「私は戦闘は好みませんが、必要に迫られたら暴れるかもしれませんよ」
リュカが笑みを浮かべた。
スッと光りが生まれ、リュカの手に長い棒状の武器が生まれた。
「なんだ、魔法使いの杖だな」
「はい。でもこれが、相手を思い切り殴るのにちょうどいいのです。そこそこ破壊力がありますよ」
リュカが笑った。
「ダメだって。杖は振るだけで魔力を吸収するから、最悪暴発しちまうぞ!?」
「はい、分かっています。吸収した魔力を、相手にヒットした瞬間に一気に放出させています。物理干渉を起こせるほどは強くないので、暴発防止以外の意味はないですが……」
「……普通の棒きれにしなさい。ややこしいから」
俺がため息を吐くと、リュカが笑った。
「そんなわけないです。これは滅多に使わないスペルを使う時に使います。戦えるかといと微妙なところですが、スペルを使って色々お手伝いは出来ると思います」
「なるほどな、相棒みたいな感じだな。より安心だぜ!!」
俺は笑みを浮かべた。
「あの、誰も聞かないので先にいいますが、私に吸血されたからといって、吸血鬼になってしまうわけではありません。これまた長い年月で淘汰された能力です」
ベッドに座ったリュカがいった。
「なんだ、昔はそんな能力もあったのか。なくなってよかったぜ」
「はい、不死である事以外は特に変わった事はありません。ですが、どうしても恐怖の念を抱かれてしまいます。普段は抑えられるのですが、極限状態ででる吸血衝動のせいでしょうが……」
リュカが苦笑した。
「不死な段階で、すでに十分変わってると思うがな。吸血鬼なんだから当然吸血するだろ。極限まで我慢できるなら、それでいいんじゃねぇの」
俺は苦笑した。
「ありがとうございます。それにしても、皆さん遅いですね」
リュカは笑みを浮かべ、ベッドから立ち上がって、ソファで丸くなっていた俺の隣りに腰を下ろした。
「いつもこんなもんだぜ。ウダヌスが帰ってきたら、ちょうど寝る時間だな」
「なるほど、私は夜型なので苦にならないですが、疲れてしまったら遠慮なく寝てしまって下さい」
俺の背をそっと撫でながら、リュカがいった。
「まだ早いだろ。階下の食堂の音が聞こえるからな。さすがに、寝られねぇぜ」
「ですね、いくらなんでも早すぎます」
リュカはそっと俺を抱き上げ、自分の膝の上に載せた。
「暇つぶしに、私の国ドラキュリートについてお話しましょうか。それほど広くはありませんが、人間の国と同じです。畑を耕し牛や鶏を飼い……まあ、のどかな場所です」
リュカの話は当て所なく続いた。
「……そして、父じゃない国王も妃ものほほんとしたもふもふ好きだったのです。このように」
リュカは俺を膝上から抱き上げると、顔をすっぽり埋めた。
「もふもふ好きなら、いちいち目から液体を流すな。俺はタオルじゃねぇぞ」
俺は苦笑した。
この傷は深い。俺はそう思った。
「はい、ごめんなさい。話題が悪かったですね。とにかく、いいところなんです」
リュカは最後に俺で目を拭いて笑みを浮かべた。
「……おい、なんで俺で涙を拭く。吸水性ゼロな上に毛とか入って目が痛むぞ」
「手持ちになにもなかったもので、ついでにもふもふです」
しばらくそうした後、リュカは俺を膝の上に載せ、背中を撫でた。
「さて、皆さんが帰ってくる前に……アルファ・ラシード」
バジッと音が聞こえたが、ただそれだけだった。
「なるほど、これがスペルか。基本構成は俺たちの使う魔法と変わらない。俺に首輪を付けようなんざ十年早いぜ」
俺は笑みを浮かべた。
「痛いです。これが、失敗したときの反動ですか」
真っ黒に煤けた手をパタパタ振りながら、リュカが苦笑した。
「ったく、やるだろうとは思ったぜ。なにかを操る術なんて趣味の悪いもん、これだけにしておけよ」
「見透かされていましたか。さすがです」
リュカは呪文を唱え、自分の両手を治療した。
「今度やったら言いふらしちゃうぜ。多分、相棒がブチ切れて妙な呪術使っちまうな。アイツ、何気にそういうの詳しいから」
「やらないですよ。術士として、どちらが上手か分かりましたから」
リュカが苦笑した。
「確認するなって、面倒だからよ。そんな事しなくても、このパーティにいる限りは全員どこにもいかねぇし、安心しろって」
「そうですね、まずは安心です。先の事はあとで考えましょう」
「そういうこった。さてと、寝られねぇけど、ベッドに入ってろ。落ち着くと思うぜ」
リュカは頷き、俺を抱きかかえてベッドに入った。
「この状況で、お互い別々という方がおかしいです。どうせ寝ないのなら、心ゆくまでもふもふします」
「はい、どうぞ。やれやれだぜ」
俺は苦笑したのだった。
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