第53話 夕飯の時

 昼メシの後は通りがかった街や村には目もくれず、ランサー操る馬車はひたすら先に進んだ。

 その間遭遇した魔物や盗賊は可能な限り避け、ダメな場合は俺の攻撃魔法で追い払い、とにかく止まらず走り続けたおかげで、夕方には無事にグレイス・シティが見えてきた。

「はい、無事に戻ってきました」

 ランサーが笑みを浮かべた。

「最近は、俺も帰ってきたって気がするぜ」

 俺は急速に近づいてくる街の姿に、どことなく安心した気持ちになった。

「それはいい事です。帰るべき場所があるのは」

 ランサーが笑った。

「まあ、野良よりはいい。相棒もだろ?」

「うん、そうだね。野良は気楽そうで、全然気楽じゃないからさ」

 相棒が笑みを浮かべた。

 馬車は街に近づき、半分まで扉が閉ざされた門を通り、街中に入るとランサーはそのまま役所にいった。

「パーティ変更届けです。これは、早くやらないと文句をいわれますし、窓口が開いている時間に間に合いましたので。」

 馬車を役所の前に駐めたランサーがいった。

「おう、リュカ。大した手続きじゃねえぇが必要な事なんだと。ランサーといって手早く済ませちまえよ」

「は、はい、分かりました」

 リュカが馬車の荷台から降りると、小さく笑ってランサーが降りた。

 役所に入っていく二人をみて、ケニーが笑った。

「あーあ、今のリュカが最も頼りにしているのがコーベットか。偉くなったねぇ!!」

「おいおい、んなわきゃねぇだろ!!」

 俺は苦笑した。

「だって、コーベットの安心して行ってこい的な発言で、あっさり馬車を降りたよ。なにするか分からないのに、一緒にこいともいわずにだよ。酷い目に遭ったら、嫌でも不安になるはずだけどなぁ」

「……あっ、そういやそうだな。ランサーが笑ったのはこれだったか」

 俺はため息を吐いた。

「猫は猫だ。せいぜい、モフるくらいにして欲しいぜ」

 俺は苦笑した。


 すぐに手続きを終えて戻ってきたランサーとリュカが馬車に乗り、いつもの宿に向かっていった。

 程なく宿に到着すると、ランサーは一人で馬車を置きにどこかに向かっていった。

「さて、部屋にいって休もう。コーベット、ちゃんとやるんだぞ!!」

 ケニーが笑った。

「やるってなにをだよ。もううるせぇから、とっとと部屋に行くぞ」

 俺と相棒、ウダヌスとリュカで部屋に向かった。


「ここが部屋だ。元々一人部屋だから、大して広くないがな」

「いえ、そんな事は。あの、本当に私がベッドでよろしいのですか?」

 リュカが遠慮がちに問いかけてきた。

「ああ、構わねぇよ。俺や相棒にはデカすぎだし、ウダヌスは寝なくていいからって、見張りみてぇな事やってくれるしな」

「で、では、失礼して……」

 リュカがベッドに座った。

「まあ、ここが俺たちが今のところ本拠を置いているところだ。王都に比べりゃ田舎だが悪くはないと思うぜ」

「はい、そうですね。時間がゆっくりに感じます」

 窓の外を眺めながら、リュカが笑みを浮かべた。

「田舎村出身の俺や相棒には、これでも都会なんだかな。さて、やすむか」

 俺はソファの上に丸くなった。

「うん、僕も寝よう」

 俺の隣りに相棒が乗り、やはり丸くなった。

 しばらくして、ウトウトした頃、そっと誰かの気配を感じた。

「……美味しそう」

 囁く声が聞こえ、俺は反射的に相棒の体を蹴って起こして、抱きついた。

「効果覿面だね、私の声でも反応するなんて」

 いつ入ってきたのか、コリーが笑った。

「こ、この野郎!!」

「……ん、頂きます」

 寝ぼけた相棒が、俺の腕に噛みついた。

「イテテ、なんだよ!?」

「……ご馳走様」

 そして、何事もなかったかのように、腕の中の相棒はそのまま寝てしまった。

「ムスタはダメか。二人に関係ある話なんだけどな」

「な、なんだ?」

 俺は呼吸を整えながらいった。

「ほら、ランサーがメンレゲの村に調査団を送ったでしょ。早くも返信が届いたみたいでさ。ランサーが呼んでこいって」

「ああ、あれか。気になるっていえば気になるな」

 俺は完全に寝てグデグデの相棒を放り捨て、ソファから飛び下りた。

「よし、いこか」

「うん、行こう」

 俺とコリーは部屋から出て、階下へと向かった。


「あっ、きましたね」

 封筒を開けて中身の紙を読みながら、ランサーが笑みを浮かべた。

「あの枯れ鉱山だろ。大したものはなかっただろ?」

「ハズレです、有力な金鉱がボコボコ見つかったようで、村長と交渉して採掘環境を整えると書いてあります。これはいったでしょうか、採掘はドワーフに任せておけと」

 ランサーが笑った。

「へぇ、やればやってみるもんだな。メンレゲが金山のある村になるのか」

「村というより街になってしまうでしょうね。雰囲気が全く変わるでしょう。私もここまでとは思っていなかったので、これは謝罪しないといけませんね」

 ランサーが微妙な笑みを浮かべた。

「なにを謝るんだよ。いいじゃねえか、盛り上がるならよ!!」

 俺は笑みを浮かべた。

「ならば、いいのですが……。そうだ、ちょうど晩ご飯の時間ですね」

「分かった、呼んでくるよ」

 コリーが階段を登っていった。

「さて、久々のホームの味です。一階が食堂だと便利ですね」

 ランサーが笑顔になった。


 程なく階下に全員が集まると、兄ちゃんがメシをテーブルに運び始めた。

「美味しそうですね。国の城でも食べた事がありません」

「ドラキュリートは内陸だからね。魚料理なんて珍しいんじゃない」

 コリーが笑った。

「では、頂きましょうか。いただきます」

 全員揃ったところで、俺たちはメシを食べ始めた。

「美味しいです。魚自体が珍しいですが、これはなんという「料理ですか?」

 リュカの質問に、俺は胸を張った。

「魚のガスパッチョスープだ!!」

  隣の相棒がため息を吐いた。

「なにその不味そうな料理。これ、スープですらないし」

「じゃあなんだよ!!」

「カルパッチョだよ。何回食べても覚えないねぇ」

  相棒は苦笑した。

「そ、そうだった、カルパッチョだ。生魚なんて貴重だろ!!」

「はい、カルパッチョですか。食べてみます」

 リュカがそっと皿に手を伸ばした時、ケニーが慌てて皿を引いて止めた。

「これ、ニンニクたっぷりだよ。大丈夫なの?」

「はい、昔は弱点だらけだったようですが、今は全て問題ありません。日中でも行動出来たでしょう?」

 リュカが笑った。

「そ、そういえば……てことは、不老不死の無敵?」

「いえ、代わりに寿命ができました。数千年レベルですが、確実に老いて天寿を全うする事になります。間隔としては、やはり同じ程度の年数を生きるエルフに近いかもしれませんね」

 ケニーが皿を元に戻した。

「へぇ、今時の吸血鬼ってそうなのか。いい事聞いたな」

 ケニーが笑った。

「なんだ、昔はニンニク嫌いだったのか?」

 俺が聞くとリュカが俺を抱きかかえて膝の上に載せた。

「お、おい、メシが食えねぇ!!」

「ニンニク嫌いどころか、あるだけで力を削がれるものだったのです。特にダメだったものは銀だったのですか、長い年月の末にこれすらも克服してしまったのです。今は弱点と呼べるものはありません」

「そ、そっか、色々大変だったんだな」

 リュカは笑みを浮かべ、俺を隣の椅子に戻した。

「そんなわけで、食べ物について禁忌はありません。心配ご無用です」

「よっしゃ、それが分かれば気にしなくていいね。ガンガン食べよう!!」

 ケニーが笑ったのだった。

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