第52話 帰路へ

 宿に晩メシが届いた頃になって、外に飲みにいっていたランサーとウダヌスが帰ってきた。

「ちょうど食事でしたね。間に合ってよかったです」

 どれほど飲んできたかしらないが、珍しく顔をやや上気させたランサーが笑った。

「いえ、普段より長い滞在になったので、宿のお酒がなくなってしまったのです。せっかくだからと、ちょっと飲み過ぎました。食事にしましょう」

 ランサーがいってテーブルにつき、ウダヌスも笑みを浮かべてソファに座った。

「それでは、いただきます」

 ランサーの挨拶で全員が同時にメシを食べ始めた。

 しばらくすると、たまたま隣りにいたリュカが俺を抱きかかえた。

「ば、馬鹿野郎、また吸われちまうのか!?」

「い、いえ、こうしたくなったもので。失礼な事だと分かっています、ご容赦を」

 リュカはなにかを捧げるかのように俺を持ち、体に顔面を思い切り突っ込んだ。

「イテテ、もっと穏やかにやってくれ!?」

「ダメなんです、自覚するくらい極度の猫好きなので。ずっと我慢していたので、もう我慢が……」

 気がつけば、俺とリュカ以外は大爆笑していた。

「他はともかく、相棒。なんとかしろ!!」

「うん、もふもふは特定の性質を持った者には、絶対に欠かせない成分らしいからね。止めるわけにはいかないよ」

 相棒が俺の分の焼き魚を食べ始めた。

「お、おい、なんでそれ食っちまうんだよ!?」

「当分放してもらえないでしょ。だったら、冷める前にね」

 などと相棒とやり合っている間にも、リュカは俺をギュウギュウ顔に押しつけていた。「お、お前な……って、はぁ」

 リュカは俺の体を顔に強く押しつけながら、声に出さずに泣いていた。

「……怒れん。好きにしろ」

「……ありがとう。私の焼き魚を食べて下さいね」

 リュカの微かな声が聞こえ、俺は苦笑した。


 メシが終わればやることもなく、俺たちは部屋に入った。

「猫たちはこの二人用ソファで事足りるようで、私はこの机の前の椅子で十分過ぎます。なので、ベッドはリュカが使ってくださいね」

 ウダヌスが珍しく交通整理した。

「まあ、そういうこった、六人で狭い部屋だろうがゆっくりしてくれ」

 俺は笑みを浮かべた。

「ほ、本当にベッドを私に……ありがとうございます」

 リュカが笑みを浮かべ、ベッドに座った。

「ああ、やっとこの中でまともにベッドを使うヤツが出来たぜ。俺たちには広すぎるし、ウダヌスは基本的に寝なくていいし、まあ、気にすんな」

 俺は笑みを浮かべた。

「はい、ありがとうございます。ベッドはありがたいです。お金を持っていなかったもので」

 リュカが苦笑した。

「そりゃ大変だったな。まあ、明日は早いしなるべく早く寝た方がいいぜ」

「はい、分かりました。ちょっと早いですが、寝られるか試してみます」

 リュカがベッドに入り、目を閉じた。

 すると、当然ながら疲れていたようで、程なくリュカは寝息を立てはじめた。

「寝たか、いいことだ。かなりヘビーな思いをしたみてぇだからな」

「だろうね、想像も出来ないけど、あそこで泣いちゃうくらいだからね」

 相棒が笑みを浮かべた。

「なんだ、気づいていたか。それで、俺の魚を食ったのかよ!!」

「うん、他に手がなかったからね。誤魔化そうと必死なんだもん。ついでに、満腹にもなるしね」

 相棒が小さく笑った。

「ったく……」

「ああ、もふもふの話はマジだからね。どうも、僕たち猫をもふらないと、ストレス溜まっちゃう人がいるらしいから」

「人だけではありません。神にもいますよ。コーベットは先約があるようなので、ムスタにしましょうか」

 ウダヌスがニヤリと笑みを浮かべ、相棒を抱きかかえた。

「ええ!?」

 相棒が死にそうな声を上げた。

「ずっと我慢していたのですが、やっと解禁です。おりゃあ!!」

 気合いの声と共に、しかしソフトな当たりでウダヌスは相棒の体に顔を埋めた。

「コーベット、なんとかして!?」

「しらねぇよ。もふもふは止めちゃいけねぇんだろ?」

 俺は笑ってソファの上に丸くなり、そっと目を閉じた。


 時間は回って明け方近くになると、一晩中ギャースカやっていたウダヌスが相棒をそっと俺の隣りに下ろした。

「コーベットの馬鹿野郎!!」

 相棒が俺の顔面に猫パンチを繰り出した。

 ポミュッというヤワな感触に、俺は片目を開けた。

「おい、なんで爪なしなんだよ。ちゃんと爪を入れろ」

「爪なんか入れちゃったら痛いよ?」

 相棒の声に、俺は開けていた目を閉じた。

「フン、相変わらずだな。お前は俺に猫パンチで一度も爪を立てた事がない。だがな、フルスイングの猫パンチで爪なしとかあり得ないんだよ。もっと自分を解放しろ……」

 俺は鼻で笑った。

「なに、痛くして欲しいの。知らなかったよ、コーベットがそういうタイプだって」

「馬鹿野郎、そうじゃねぇよ!!」

 相棒が笑みを浮かべた。

「おはようございます。よく寝ました」

 ここにきて、リュカが目を覚ました。

「おーい、コーベットが痛くして欲しいって!!」

「違う!!」

 リュカは一瞬キョトンとしたが、そっと泣き始めた。

「それは……また吸っていいという事ですよね。なんと優しいのでしょうか。ですが、そこまで甘えるわけにはいきません。ありがとう」

 リュカは目を擦り、部屋を出ていった。

「おい、なんか誤解されて、勝手に俺の株が上がっちまったぞ!!」

「うわ、泣いちゃった。そんなつもり微塵もなかったのに!?」

 端で黙って見ていたウダヌスが、小さく笑みを浮かべた。

「さて、もう皆さん起き出しています。私たちも行きましょう。もう出発の時間では?」

「おっと、いけね。朝からこれかよ!!」

 俺たちは慌てて部屋の外にでた。


「こら、コーベット。ちゃんと介抱しなさい。なに、コーベットが優しすぎて感動したって!!」

 部屋を出てすぐに、リュカをそっと抱いているケニーの声が飛んできた。

「い、いや、介抱ってどうやって。俺は猫だぞ?」

「そんなもの気合いでなんとかしろ。優しいコーベット!!」

 とまあ、ケニーは朝から元気だった。

「馬鹿野郎、優しくねぇよ。相棒がリュカの妙なボタンを押しちまっただけだ!!」

「ムスタがって、どうやったらこうなるのよ!!」

 相棒がそっとケニーに近づき、なにか耳打ちした。

 瞬間、ケニーが笑った。

「な、なにそれ。まあ、真面目に頼めば、コーベットは何回でも大丈夫な気がするけど!! ケニーが爆笑していると、コリーがやってきた。

「なかなか階下にこないから、みてこいって。なにか楽しそうだけど時間だよ」

「コリー、手紙にしてなにがあったか教えるよ」

「わざわざ手紙ねぇ……まあ、いいや。早くきなよ」

 コリーが不思議そうな顔をして、階段を下りていった。

「お、おい、お前らとりあえず下りるぞ。馬車が渋滞に飲まれちまうぜ!!」

「はいよ、いこう!!」

 ケニーが明るく返事して、抱えていたリュカ肩を叩いた。

「はい、大丈夫です。いきましょう」

 リュカは笑みを浮かべ小さく息を吐いた。

「よし、急ぐぞ!!」

 朝からよく分からないバタバタがあったが、俺たちは階下にいった。


「おはようございます。急ぎましょう」

 階下で待っていたランサーとコリーに合流し、俺たちは馬車に飛び乗った。

 今回初となるリュカは、とりあえず馬車の真ん中でウダヌスと並んで座った。

「そういえば、ずいぶん楽しそうでしたが、なにかあったのですか?」

 馬車を門に向けて走らせながら、ランサーが笑った。

「……全ては誤解の産物です。相棒の野郎」

「誤解ですか。まあ、それで仲良く出来るのであれば、悪くないと思いますよ」

 ランサーが笑みを浮かべた。

 馬車が門に着くと、幸いまだ誰もきていなかった。

「さて、帰ったらなにから始めますか。今回の王都は、なかなか濃い感じでしたね。

 門の前で馬車を止め、ランサーは笑ったのだった。

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