第50話 正体

 相棒が治療した少女は、とりあえず部屋のベッドに 事にした。

 時々相棒が具合を見ているが、今のところ問題はなさそうだった。

「うん、これならいいね。問題ないよ」

 相棒が何回目かの診察を終え、笑みを浮かべた。

「そりゃよかった。傷だらけでボロボロだったからな」

 俺は隣のベッドで丸くなりながら、相棒に答えて笑みを浮かべた。

「それにしても、どこからみても人間ですね。ムスタ、なにか気がついた事は?」

 ランサーが興味深げに相棒に聞いた。

「うん、今は口を閉じてるから分からないだろうけど、さっき助けてっていったときに、ちらっと牙が見えたんだ。この意味は分かるよね?」

 相棒が当たり前のようにいった。

「そ、それは、まさか吸血鬼!?」

 この上なく驚いたという様子で、ランサーが声を上げた。

「へぇ、コイツがそこら中の書物に書いてあった吸血鬼か。あとでゆっくり話を聞こうぜ」

 俺は笑った。

「な、なんか、猫チームが暢気なんだけど。本来は、敵として遭ってもおかしくない魔物だよ!?」

 ケニーが声を上げた。

「あのな、それをいったら俺と相棒もだぜ。魔物だっていわれたら魔物だぜ。喋って二歩足で歩く猫なんてよ。実際、ひでぇ目に遭ったしな。魔物だっていうなら。倒すなら寝てる今がチャンスだぜ。俺は止めねぇよ」

 俺が笑みを浮かべると、ケニーは息を吐いて黙った。

「でも、おかしいのはおかしいよ。吸血鬼はドラキュリート王国に閉じこもっていて、滅多に外に出ないはずなのに、こんな異国の王都まで出てくるなんて、よっぽどの事情があるよ。起きたらちゃんと聞こう」

 コリーが笑みを浮かべた。

「そ、それもそうですね。ドラキュリート王国からここまで、隣国を縦断しなければならないはずです。生半可な事ではありません」

 ランサーが咳払いして、少女の頭を撫でた。

 俺がふとウダヌスをみると、一瞬小さく笑みをうかべ、片目を閉じた。

「今度はなんだよ!!」

 俺は笑った。


 少女が気になってか、みんな寝ないで明け方を迎えた。

 相棒が診ている中で、少女がゆっくりを目を開け、ベッドの上に身を起こした。

「あれ……あっ!!」

 なにが起きたか分かっていない様子の少女が、隣のベッドで丸くなっていた俺を奪うように抱き上げた。

「な、なんだよ!?」

「……頂きます」

 少女が小さく呟き。俺の体に思い切り噛みついた。

「ぎゃああ、なんとかしろ。フシャァァァ!?」

 なんとか叫んだが、それきり俺の意識が飛び飛びになってきた。

「あ、あれ、私って!?」

 少女が慌てて俺を口から引っぺがし、思い切り抱きしめた。

「ごめんなさい。このところずっと食事していなかったので、なにを勘違いしたのか『美味しそう』と思ってしまって。だ、大丈夫ですか!?」

「な、なーに、このくらい問題ねぇ。軽い自己紹介だろ……」

 俺は笑みを浮かべ、そのまま一気に意識が暗転したのだった。


「……ん?」

 俺が目を開けると、いつもの相棒ではなく、あの少女が俺に手をかざして、そこから青い光りが放たれていた。

「うん、気がついたよ。変わった回復術だから、勉強になるよ」

 視界に入ってきた相棒が笑みを浮かべた。

「はい、ドラキュリート王国で使われている魔法は、人間のそれとは違うので」

 額に汗を浮かべた少女が、光りを消して手を退けた。

「ごめんなさい。助けて頂いたのに、よりによって吸血してしまうとは。お詫びに私の血でも!!」

 少女は服の袖を肩口までめくり、俺の口にねじ込もうとした。

「い、いやいい……確かに牙はあるが、そういう用途じゃねぇんだ。元気になってよかったじゃねぇか」

 俺は苦笑して、ゆっくりベッドから降りた。

 ここで、ウダヌスが微かに小さく笑った。

「……ここまで見えてたな、この野郎」

 俺は心の中で粒やき苦笑した。

「どうでしたか、吸血されるという体験学習は?」

 安心したせいか、大きく息を吐きながらランサー笑った。

「体験学習って……まあ、滅多にねぇな!!」

  俺は笑った。

「よかった、元気になって。あの、本当に私の血しかないのです、お詫びの品が……」

「い、いや、いいから。んなもん困っちまうぜ!!」

 俺は笑って窓の外をみた。

 だいぶ高くまで日が昇っているので、明け方の珍事より結構な時間が過ぎているようだった。

「腹減ったぜ、なにメシだ?」

「はい、昼メシです。ずっと、コーベットに回復魔法を使っていたのです」

 ランサーは寝ているケリーとコリーを指さした。

「心配して粘っていたのですが、つい先ほど寝てしまいまして。ちょうど食事が届いたばかりなので、起こしましょう」

 ランサーが二人をそっと揺り起こした。

「あ、あれ……おお、コーベットが生きてる!!」

「うん、足がある。問題ないね」

 ケニーとコリーが笑った。

「お、お前らな……。まあ、メシだってよ。行こうぜ!!」

「わ、私は……」

 少女がオドオドした様子で声を漏らした。

「遠慮すんなって、話もしてぇしな。普通のモン食えねぇって事ねぇだろ?」

「は、はい、大丈夫です。今時の吸血鬼は、吸血衝動さえなければ、人間とさほど変わりませんので」

 少女は頷いた。

「その吸血衝動がヤバいがな。まあ、いい。行こうぜ」

  俺たちは、メシを食べるためにゾロゾロと部屋を出た。


 ランサーの事だからちゃんとやってると思ったが、やはりここはしっかり押さえていて、用意されたメシは、人数分の七人前だった。

「さて、食べながら聞きましょう。まずは名前からですね」

 ランサーが聞くと、少女は身を固くした。

「そ、それは……」

 なにかモソモソしている少女に、ウダヌスが笑みを向けた。

「この方たちなら問題ないですよ。何しろ、念じるだけでここの国王様がすっ飛んでくるような極めつけに変なパーティーですから。ああ、ランサー。話が出たついでに、国王様を呼んで下さい」

「えっと、そういう感じの話が飛び出るわけですね。分かりました」

 ランサーが魚の煮付けに手をつけた。

「あ、あの、一体どうして!?」

 少女がぶっ飛んだ声を上げた。

「ああ、ランサーは魔法実験の結果、この王都にいる間は『通話』の魔法で国王と話せる。ウダヌスはスケールがデカすぎて理解しきれねぇが、この世界の面倒をみているって、正真正銘の神なんだと。直接手を出したって事は、ルートが見えてなかったな!!」

「はい、どうやっても必要な名乗るという事象が発生しないので」

 ウダヌスは笑った。

「あ、あの、みなさんとんでもなかったりしますか?」

 ポカンとして、少女が聞いた。

「いえ、ただの変わったパーティーです。国王様は間もなく到着するはずです」

 しばらくして、派手な音と共にいつもの豪華な宿の前に止まった。

「これは、ドラキュリート王国第一王女リュカ殿。このような形でお会いするとは思っていませんでした」

「うわわ!?」

 いともあっさり身の上とその名をいってしまった国王に、少女……リュカというらしいが、慌てた様子で手を振った。

「なるほど、リュカですね。第一王女が護衛もなしにここまで……なにかわけがありそうですね」

 ランサーが頷いた。

「は、はい……国王様もいらっしゃる中で、適切なのか分かりませんが、今はドラキュリート王国は無きに等しい状況です。隣国のパテラス王国の侵攻を受け、いずれ王家の再興をと私だけなんとか逃げるようにと……」

 リュカの目に涙が溜まった。

「うむ、パテラス王国もなにを思ったか分からぬが、ドラキュリート王国とは密約があってな。なにしろ吸血鬼の国ということで、いつどこから攻められるか分からぬのでな。万一そのような事があれば、我が国も軍勢を上げる事になっておる。至急の連絡も届かぬ程だったか。安心されよ、我が国の精鋭部隊を派兵する。吉報を約束しよう」

 国王は笑みを浮かべた。

「……それで、この国にいけと。ああ、何でもありません。ご助力ありがとうございます」

 リュカは目元を拭いながらいった。

「よし、久々に戦だな。私はやることが山積みなので、これにて失礼しよう。また、なにかあればな」

 国王は手を上げてから、馬車に乗って勢いよく走り去っていった。

「要するに亡命ですね。ここのパーティでよければいて下さい。私たちは、肩書きはみませんから」

 ランサーが笑みを浮かべ、リュカが小さく頷いたのだった。

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