第34話 記憶の相違

 人はいるが、特に目立った都市ではなかったグレイス・シティ。

 それが一夜にして港がある海沿いの街に変わってしまった。

 しかし、それを知るのは俺とやった張本人のウダヌスのみ。

 なぜか、俺だけ以前の記憶が残され、なんとも変な気分だった。

「さて、朝食の途中だったのでは。変に思われると嫌なので、時間差で下に行きましょう」

「そ、それもそうだな。先にいくぜ」

 俺は部屋から飛び出て階下の相棒のところに戻った。

「ど、どうしたの?」

「何でもねぇ、変な夢を見ていたっぽい。もう一つ聞くが、この前ランサーの旦那の魂切りやったよな?」

「うん、最近っていうか数日前じゃん。どんな夢を見たんだか」

 相棒が苦笑して、俺に回復魔法を使った。

「つ、疲れてるわけじゃねぇんだが、ありがとう……」

「そう、ならいいけど」

 しばらくして、ウダヌスが降りてきた。

「お早いですね。料理が美味しそうです」

 兄ちゃんが相棒とウダヌスの前のテーブルの上にメシを置き、また店の奥に引っ込んだ。

「あとは、ランサーとケニーにコリーか。まあ、まだ日が昇ってすぐだからな」

 しばらくすると、起き出したらしいランサーがやってきて、間もなくケニーとコリーもやってきた。

「おはようございます。今日はどうしましょうか?」

 運ばれてきた朝メシを食べながらの、全員揃って作戦会議? となった。


「朝からコーベットが変なんだよね。今度はいきなり港が見たいって。今さらなんだけど」

「うるせぇ、みたいものはみたい!!」

 不思議がる相棒に、俺は苦笑した。

「まあ、いいじゃないですか。散歩にはちょうどいいです」

 ランサーが笑った。

「うん、これが猫の気まぐれだ!!」

「なるほど!!」

 ケニーとコリーが笑みを浮かべた。

 俺だけみたことのない港は、宿から大通りを歩いてすぐだった。

「……へぇ、立派なもんじゃねぇか」

 俺はひっそり呟いた。

 ちょうど船が入港してくるところで、大声が飛び交っていた。

 これで、桟橋といったか、それが八つ埋まったが、港にはまだ余裕があった。

「いつか、乗組員を含めて自分の船がもてたらいいなと思っています。まあ、その前に家ですけれどね」

 ランサーが笑った。

「家ねぇ……それがあったら、気楽に旅には出られないぜ。今のままがいいんじゃねぇか?」

「いえ、帰る場所という意味です。なにがあってもここに戻るという象徴ですね。実際、家を買っても、ほとんど帰らない冒険者もいますよ」

 ランサーが笑みを浮かべた。

 その後、俺たちは適当に散策して、宿に戻った時には閉じていた店が開くような時間になっていた。

「ねぇ、これじゃ真面目に気張らし遊覧船だよ。次いく場所決めないと!!」

「そうだね。コーベット、ちょっとケニーに部屋に籠もるよ」

「おう、あんまり熱くなって変な場所にぶち込むなよ!!」

 俺は笑い、ケニーと相棒が急いで二階にいった。

「いつもこんな感じなのですか?」

 ウダヌスが笑った。

「そう、なにか拘りがあるらしくて。この粘りが、あるいはあの洞窟に私たちを導いたのかもしれませんね」

 ランサーが笑みを浮かべた。

 ウダヌスも笑みを浮かべ、小さく息を吐いた。

「それは、ありがとうございました。端から思っていませんが、私は文句をいえませんね」

 ウダヌスが小さく笑った。

「コーベット、私たちも部屋に行こう。ウダヌスもだよ!!」

 コリーが笑みを浮かべた。

「はい、行きましょうか」

 ウダヌスが頷いた。

「では、私も部屋に戻っています。何かあれば、遠慮なく」

 ランサーが先に階段を登っていった。

「じゃあ、いこう」

 声を掛けてきたコリーに頷き、俺たちは部屋に移動した。


 入った部屋はケニーのそれではなく、俺たちの部屋だった。

「よっと……」

「なにすんだよ……」

 部屋に入るなり、コリーは俺を抱きかかえてベッドに座った。

「ウダヌスも隣にきなよ。立ってるのも変でしょ?」

 コリーが笑みを浮かべた。

「分かりました」

 ウダヌスはコリーの隣に腰を下ろした。

「毎度の事だけど、ケニーとムスタの念の入れようは半端じゃないね」

 コリーが笑った。

「まあ、相棒も熱中できていいんじゃんぇか。そんなのなかったからな」

 俺は笑った。

「ああ、そうだ。エルフの間で信仰されている神はアルラヒムっていうんだけど、これってウダヌスの事?」

「アルラヒムはこの世界で自然に生まれた神です。同じようですが、私はその神も管理対象にしています。これを土着の神といいますが、反対に私を認知することは出来ません。どれだけこの世界で有力な神でもそうです。あくまでも、私は裏方でひっそりとなのです」

 ウダヌスが笑みを浮かべた。

「そっか、それはいいんだ。アルラヒムが実在しただけで、もう十分驚きだよ」

 コリーが笑った。

「神を管理する神って、よく分からねぇけど、やっぱりスゲーな!!」

 俺が笑みを浮かべると、ウダヌスは苦笑した。

「そうでもないですよ。ここは無数の神の力で創られた世界です。それなのに。私だけ残された感じです。そのくらい、お前でも出来るだろうという感じで」

「うわ……酷ぇ話だぜ!!」

 俺は思わず苦笑しや。

「それは酷いな。でも、実際出来てるからいいじゃん」

 コリーが笑った。

「まあ、お陰様で。楽しい仕事ではありますけどね」

「ならいいだろ」

 俺はウダヌスに笑みを送った。


 三人で雑談していると、いきなりウダヌスがピクッと眉を動かし、険しい表情になった。

「ど、どうした」

「うん、どうしたの?」

 俺とコリーの声には答えず、ウダヌスは口早に呪文のようなものを唱えた。

 一瞬だけ光りが室内で弾け、ウダヌスは笑みを浮かべた。

「いえ、害虫退治をしただけです。この世界にいる悪魔……すなわちデーモンではなく、異界にいるあえてこういうなら『本物の魔族』です。たまに狙われるので、そういった仕事もあります。なにしろ、この世界のいかなる攻撃も効かないので、私が撃滅するしかないのです。全く、天使はなにをしているのやら……

 言葉の後半を愚痴に変え、ウダヌスは苦笑した

「……おい、今の絶対ド派手ななにかが、どっかで炸裂したぞ」

「……うん、見たかった」

 俺とコリーはヒソヒソした。

「お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。この世界の存在には使いませんので、ご安心下さい」

 ウダヌスは笑みを浮かべた。

「ま、まあ、それは俺がどうこういえたもんじゃねぇな。よし、暇だし街の中を歩こうぜ」

「ああ、それなら港内遊覧船に乗ろう。人混みよりいいから」

 コリーが笑った。

「(へぇ、そんなのあるんだな)。よし、いくか」

 俺は慌てて言葉の一部を飲み込み、どうにかマシな言葉を吐き出した。

「私も同行します。暇といえば暇なので」

 ウダヌスがベッドから立ち上がり、コリーも立ち上がった。

「じゃあ、いこう」

 コリーを先頭に、俺たちは部屋からでた。


「こっちだよ」

 宿からすぐの桟橋に、小型船が泊まっていた。

 コリーが代表してチケットを買いに行き、俺たちに配り始めた。

「はい、大人料金といつも通り特別料金だよ」

「特別料金!?」

 我慢出来ずに思わず声を上げてしまうと、コリーが不思議そうな顔をした。

「本当になんかおかしいね。疲れてる?」

「お、おう、過労死しそうだ。いいから乗るぞ!!」

 俺たちは小型船に乗り込んだ。


 しばらくして、船が静かに進み始めた。

 いつぞか乗った船のオープンデッキしかなく、港を一周するだけだった。

「まあ、いつ乗っても同じ景色なんだけどね。気分転換にはいいよ」

「そ、そうだな!!」

 実際は、初体験のことだ。

 俺は外には出さないように気を付けながら、初めて見る景色にワクワクしていた。

「そうだ、ウダヌスは初めてかな。この景色」

「はい、ここまで間近に寄って見るのは初めてですね」

 ウダヌスが俺をチラッと見て、笑みを浮かべた。

「……嘘こけ」

 俺は最小の音量でツッコミを入れた。

 やがて、船は出発した桟橋に接岸した。

「よし、もうお昼だね。宿に戻ろうか」

 コリーの提案に反対する理由もなく、俺たちは宿に戻った。


「あれ、お出かけしていたのですね。結局、今日は行き先が決まりそうにないです。いつもの事ですね」

 一階で酒を飲んでいたランサーが笑った。

「ったく、相変わらずだぜ!!」

 これはいつも通りだったので、俺は笑った。

「まあ、いいじゃないですか。そろそろお昼ですね」

 ウダヌスは笑みを浮かべ、椅子に座った。

 すかさず兄ちゃんが飛んできて、グラスを一つ置いていった。

「あらら、これは飲めという事ですね。ウダヌスさん」

「まだ明るいですが、どこにも行かないのであれば」

 二人で飲み始めた事を笑みを浮かべて見ていたコリーが、俺の頭を撫でた。

「ほら、あなたたちも混ざりなさい。お酒がダメならお茶でいいから」

「うぉっ、ランサーからお誘いがきたぜ!!」

「へぇ、珍しい」

 俺たちもテーブルにつき、ややあって運ばれてきた茶と猫用ミルクで乾杯したのだった。

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