第16話 新パーティ始動前夜
部屋に戻ると、相棒が大きく息を吐いて床に座り込んだ。
「コーベットの事をリーダーなんて言い出すから。一瞬お別れかと思ったよ。堪らなくなってケニーにしがみついちゃった」
相棒が苦笑した
「あのな、それは絶対にねぇよ。そんなに浅い仲じゃないだろ!!」
俺は相棒の脇に座った。
「それにしても、ランサーはこの街に定住したいのか。どんな街か、気になってきたな」
「そうだね、少し散歩してみようか」
俺と相棒は猫用出入り口から廊下に出た。
「あれ、お出かけ?」
ちょうど外出しようとしていた様子のケニーとコリーに出会った。
「おう、時間が半端だから、どんな街かと思ってな」
俺がいうと、二人は頷いた。
「では、護衛兼案内役で私たちが付き添います」
「ここで二足歩行の喋る猫をフラフラさせたら、あっという間に連れさらわれてしまいますからね」
「ああ、やっぱりそういう感じ?」
俺は苦笑した。
「大きな街なら、どこでもついて回る問題です。では、いきましょう」
俺たち四人は揃って宿を出たのだった。
街の中は規模が大きいだけあって、それなりに人や馬車で混んでいた。
「この混雑が苦手なんだよなぁ……」
「僕もまだ慣れないね」
俺と相棒は苦笑した。
「こればかりは諦めて慣れるしかありません」
ケニーが笑った。
「まだいい方ですよ。ピークの時など、人が渋滞して動けない程です。主に街の外に田畑がある、農業を営んでいる方ですけどね」
コリーが笑みを浮かべた。
「そんなに田畑があるのか。きたときは草原だったけどな。
「使った出入り口が違うのです。反対側になるので、見えなかったのでしょう」
ケニーがすかさずフォローを入れてきた。
「へぇ、そのうち見る事になるのかな。現状、この街に拠点を置いたようなもんだしね」
相棒が笑みを浮かべた。
「そうだな、どっか拠点を置きたいと思ってはいたからな。とりあえず、ここを中心に行動してみるか」
俺がいうと、ケニーとコリーがハイタッチした。
「よかった、宿の引っ越しまでして、この街を離れるって話にならなくて」
ケニーが嬉しそうにいった。
「宿を移してまでやられたら、元々根無し草だった俺たちが、どっかよその街になんていえるかよ。別に嫌な思いはしてないしな。
俺は苦笑するしかなかった。
「うん、さすがに僕もなにもいえなかったよ。打撃と魔法でやっとバランスが取れたし、よかった事だと思うよ」
「そうなんだよ、今までは武器でどうにか潰して突っ込んでいくような、無茶な方法しかなくて、魔法しか効かないないようなのがでたら、もう逃げの一手だったんだけど、これからは無理しないで色々出来るから安心だよ」
相棒の言葉にケニーが答えた。
「色々か……俺と違って相棒の方が日常でも使える魔法が多いから、困ったら相談するといいぜ」
「へぇ、そうなんだ。いい事聞いた。
「今までちゃんと魔法を習う機会がなかったから、これはありがたいかも」
エニーとコリーがそれぞれいって笑った。
「それにしても、この街といえばこれっていうのはないか。甘味系だと嬉しいぜ」
俺がいうと、ケニーとコリーは考える素振りを見せた。
「この街の甘味といったら『ファルフィン饅頭』くらいしかないな」
「ぶっちゃけ、普通の饅頭だけど……」
ケニーとコリーが同時に苦笑した。
「おい、相棒。饅頭ってなんだ?」
「僕に聞かれても困るよ。食べた事ないからね」
相棒が小さく笑った。
「えっ、饅頭知らないの?」
「嘘……」
ケニーとコリーが固まった。
「ほらな、メンレゲにいたら、こんなことも知らねぇんだぜ」
「そうだね。そのなんとか饅頭ってどこで売ってるの?」
相棒が聞くと、二人がキョロキョロと辺りを見回した。
「あった、あそこにある屋台で売ってるよ。食べるなら買ってくるよ」
「もちろん、あるなら食いたいぜ」
「同じく」
俺と相棒は笑った。
「分かった、買ってくるから待ってて」
ケニーが屋台に向かい、程なく紙袋を持ってやってきた。
「お待たせ。宿の部屋で食べようか」
小さく笑ったケニーの声に、俺は笑みを浮かべたのだった。
宿に戻ると、ランサーがまだ開いていない一階の食堂スペースで酒を嗜んでいた。
「おっ、帰ってきましたね。その紙袋はセルフィン饅頭ですか?」
「うん、猫様たちが饅頭自体を知らないと聞いて、これはいかんと思って」
ケニーとコリーが笑った。
「それは本当ですか。驚きました」
ランサーが苦笑した。
「俺はこの世界の事を全くっていうほど知らねぇんだ。相棒の方が、まだ知ってるかもな。で、その饅頭ってヤツを見せてくれ」
「ああ、はいはい。大体が一面潰れた横からみたら半月みたいな感じなんだけど、セルフィン饅頭は綺麗な球状なのがポイントかな」
ケニーが紙袋から取り出したものは、確かに球状で焦げ茶色をしたものだった。
「はいどうぞ。熱いよ」
「熱いのか……」
俺は覚悟してケリーから饅頭を受け取った。
「……そうでもないぞ。熱くない」
「うそうそ、一度蒸かしてから冷まして出すのが特徴なんだ」
ケニーが笑った。
「なんだよ、やりやがったな!!」
俺は苦笑して、手に持っている饅頭をかじった。
「僕も食べるよ。どんなだろう」
相棒も一口囓った。
「美味いな。中になにか詰まってるが、これが美味い!!」
「セルフィン饅頭は、中にカスタードクリームが入ってるのが正統派なんだ。どうだった?」
「美味いな。これ、晩メシの後まで大丈夫か?」
「うん、明日くらいまでは平気だよ」
俺は相棒に視線を合わせ、頷いた。
「あと何個あるのか知らねぇけど、こんなに食い切れねぇよ。今晩、食堂が閉まったらここ借りてみんなで食おうぜ」
「それいいね。みんなで食べようか」
ケリーが笑った。
「もう少し数が欲しいね、追加買ってくる」
コリーがパタパタと宿から出てった。
「結構あるのに、まだ追加するのか?」
「コリーは甘党だからね。このくらいじゃ足りないと思うよ。さて、一休みしようか」
「そうだな、軽く寝ておきてぇな」
俺がいうと、ケニーが頷いた。
「では、頃合いを見計らって起こしにいきます」
「悪いな。どっちかは起きてると思うぜ」
俺はそう言い残して、相棒と一緒に部屋に戻った。
例によって交代で寝たり起きたりしていると、部屋の扉がノックされた。
「お疲れのところ申し訳ありません。一階の食堂が開いて晩ご飯となりました。大丈夫ですか?」
扉の向こうからコリーの声が聞こえてきた。
「わかった、大丈夫だぞ。今出る」
俺は相棒を揺り起こした。
「あれ、もう起きる時間なんだ……」
「晩メシだってよ。いこうぜ」
「分かった」
大きなあくびをしてから、相棒が立ち上がった。
俺も立ち上がると、猫用出入り口から廊下に出た。
そのままコリーと一緒に一階に下りると、すでにケニーとランサーが座っていた四人掛けのボックスシートに向かった。
「おっ、きたきた。大丈夫?」
ケニーが声を掛けてきた。
「ああ、問題ねぇ」
「うん、大丈夫だよ」
俺と相棒が答えると、ケニーは笑みを浮かべた。
「よし、さっそくですが明日はどうしたいですか?」
ランサーが笑みを浮かべて聞いてきた。
「そりゃどっか行きたいけどよ。相棒、どっかあるか」
「そうだね、しばらくここにいるからこの辺りの地図情報は頭に入ってるけど、どこがいいか迷うね」
相棒が思案顔になった。
「そうだ、登録にいかないとダメだ。うっかりしてた」
ケニーが声を上げた。
「なんだ、登録って?」
「そうでしたね、パーティに変更がありましたので、変更届けを出さないといけませんね。いえ、私のパーティは国に届け出た正式な冒険者なんです。お二人が加わった事を役所に届けないといけません。まあ、これは紙に書いて出すだけなので、問題ありませんね」
ランサーが笑みを浮かべた。
「そうだ、ここの役所でもいいけど、隣の『ケイプヒル』までいって、そこの村役場でやらない? ここは混んでてやってられないから」
コリーが笑った。
「そうだな、なんだか知らんが、混んでるのは嫌だな」
俺は苦笑した。
「じゃあ、決まりだね。明日は隣の村役場で猫様たちの登録で、あとは終わる時間次第だね」
ケニーが楽しそうにいった。
「な、なんか、楽しそうだな」
「うん、パーティメンバーが五人になったでしょ。これだけで、国からの依頼が受けられるようになるんだ。まあ、面倒な上に安い報酬って、嫌われてはいるけどね。このくらいは、勉強してきた」
相棒が笑みを浮かべた。
「欲しいのは依頼じゃなくて信用なんです。まじないみたいなものですが、国からの依頼を受けられるパーティですとなれなば、人間社会の中で異種族しかいないうちも、多少は依頼を受けられる幅が広がりますので」
ランサーが頷いた。
「五人って大きい数なんだよ。これ未満だと、よっぽどの経験を積んだ少数精鋭か、結成したてのひよっこかの評価をされるから。これまた、猫様なんだよ」
ケニーが笑った。
「そ、そうなのか。いるだけで役に立つもんだな。世の中そういう仕組みなのか……」
「うん、こうしてるだけで役にたってるんだよ」
相棒が笑った。
「無論、そういう意味で誘ったわけですよ。誤解しないで下さいね」
ランサーが笑った。
晩メシを食いつつ雑談を続け、宿の兄ちゃんが伝票を持ってきた。
「ああ、宿代につけておいてくれ」
ランサーが伝票にサインして兄ちゃんに返した。
「毎度。で、あの饅頭はどうするんだ?」
「もちろん、今ここで食べるよ。持ってきてくれ」
兄ちゃんとランサーが言葉を交わし、出てきたのはあの饅頭だったが、何か様子が違った。
「でた、揚げ饅頭!!」
ケニーが声を上げた。
「油で揚げるだけって手軽だけど、味が全然違うよ。こっちが好みの人が多いかも?」
コリーが笑みを浮かべた。
「へぇ、美味そうだな」
「うん、食べてみよう」
俺と相棒は揚げ饅頭を一つ食べてみた。
「おお、こりゃうめぇ!!」
「普通でも美味しいけど、揚げるだけでこんなに変わるんだね」
相棒が二個目を食べ始めた。
「うぉ、お前ががっつくなんてよほどだな。俺も負けられねぇぜ」
気がつけば、俺と相棒だけで、かなり食っていた。
「……やべ、調子に乗って食い過ぎた」
「……僕も」
俺と相棒は、取りあえず食べるのをやめた。
「どうした、満腹?」
こちらは快調に飛ばして食べ続けているケリーがいった。
「なにか気にしてるなら、無用の心配ですよ。私はもういいです」
ランサーが笑みを浮かべた。
「私も食べ過ぎだよ。胸焼けしてきた」
コリーが苦笑して食べる手を止めた。
「……これ、食ったほうがいいよな?」
「……捨てちゃうくらいならね」
そして、再び俺たちは食べ始めた。
結局、大半をケニーと俺たちで食い尽くし、深夜の饅頭大会は終わりを迎えた。
「よし、食べましたね。明日出かけるなら、早朝から門の前で待たないといけないです。明け方にここ集合でいいですか、リーダー?」
ランサーが笑った。
「それでいいよ。リーダーってなんだかもう……」
俺は苦笑した。
「では、解散ということで。私はもう少し飲んでいきます」
ランサーが笑みを浮かべた。
「私たちは寝よう」
「うん」
ケニーとコリーは二階の部屋に上っていった。
「よし、俺たちもだ」
「そうだね、いこうか」
俺たちも階段を上り、部屋に入った。
「なあ、このままここに拠点を移すってのは悪くないよな?」
俺は床で丸くなっている相棒に問いかけた。
「いいも悪いも、もうそうなってるのは分かってるでしょ。今さらメンレゲになにもないしね。僕は反対しないよ」
相棒が小さく笑った。
「まあ、こっちの方がいいな。軒で雨宿りする生活には戻れねぇよ」
「それが答えならそうすればいい。僕はくっついていくから。今までと変わらないよ」
相棒が小さくあくびをした。
「おう、先に寝ちまえ。また交代するぜ」
「分かった、おやすみ」
相棒はそっと目を閉じ、すぐに寝息を立てはじめた。
「寝るの早くていいな。まあ、いいけど」
俺は寝ている相棒をみて、思わず苦笑したのだった。
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