第10話 移動の日
相棒と見張りを何度か交代していると、窓の外が明るなってきた。
「明け方か。雨じゃなきゃいいけどな」
俺は寝息を立てている相棒をチラッとみてから、ベッドを飛び下りた。
そのまま、部屋の窓枠に飛び乗り外を見ると、地面はグチャグチャだったが被害らしい被害はなく、雨も止んだようだった。
「よし、これなら今日も移動できるぜ。朝メシ食ったら出るか」
俺は誰ともなく呟いた。
「ん……あれ、寝過ぎちゃった?」
目を覚ました相棒が声を掛けてきた。
「いや、まだ明け方だ。次はどこに行くんだ?」
「そうだねぇ、次の村までは三十分もあれば着いちゃうし特に用事はないから、ここは通過でいいや。思い切って、さらに先にある街を目指そうか。地図によれば、ここから沿岸部への近道もあるよ」
俺は笑った。
「おいおい、沿岸部はも目的地じゃねぇだろ。急ぐ事はねぇよ。この道はどこまで繋がっているんだ?」
「その街までだよ。そこからは三本道が出てるけど、一番遠回りのルートなんて選んだら、海が見えるまででも半年は掛かるし、もう一本は王都への直行コースだね。そんなわけで、一番近いルートを勧めるよ」
相棒が地図と睨めっこしながら、呟くようにいった。
「まあ、その辺りは任せるつもりで、地図をお前に押しつけたんだ。近い方がいいっていうなら、それがベストなんだろ」
「うん、遠回りしても、なにもないんだよね。ただ、無駄に歩くのは嫌だからね」
相棒が笑った。
「なら決まりだな。ちゃんとメシ食って出ようぜ」
「そうだけど、昨日の食堂は開いているかな」
俺たちは部屋を出て、食堂に向かった。
「あら、もう起きたの。おはよう」
婆様が食堂で料理をしていた。
「宿泊されたお客様へ、ささやかながら朝食サービスをやっているの。今日はあなた方合わせて三組いるから、早めに作り始めたんだけど遅かったみたいね。夜の子から聞いて、同じように椅子に詰め物を置いてあるから、座ってちょうだい」
俺たちはその椅子を見つけ、飛び乗った。
しばらくして、婆様が料理を運んできた。
「簡単だけど、どうぞ」
「いや、助かったぜ」
「ありがとう」
婆様が笑みを浮かべて、テーブルから離れて行った。
「メシ付きとは思わなかったぞ。ちゃんと猫仕様に薄味だし」
「うん、これは無料というわけにはいかないね」
相棒が財布から金を適当に取り出し、テーブルの上に置いた。
「標準的な宿泊料だとこのくらいだよ」
「そうだな、それでいいんじゃねぇか。よし、行こうぜ」
他に泊まっていたらしい一組が食堂にきて。婆様と話し始めたのを機に、俺たちは部屋に戻った。
「よし、いくぜ!!」
「うん、行こうか」
部屋で荷物を纏めた俺たちは、なるべく邪魔しないようにと、急いで外にでた。
「まだ、門が開いてないか。まあ、やっと日が昇った位の時間だからな」
「もう待ってる人がたくさんいるね。外の畑かな?
門の前は、ちょっとした行列になっていた。
「また、寝坊かよ」
「おい、誰か呼んでこい」
周囲の人が口々に呟き、何人かが村の中を走っていった。
「しばらくして、寝癖で寝間着のいかにも今起きましたという感じの人がやってきて、村の門を開けた。
「なんだ、係の人が寝坊しただけか」
「ここではそうみたいだねぇ。これ、街によっては損害賠償ものらしいよ」
相棒が小さく笑った。
「まあ、迷惑掛けちまうからな」
「そういう事だね」
開門まちの列が動いたので、俺たちはそのまま街道にでた。
「村一個飛ばすんだろ。急いだ方がいいか?
「いや、急ぐ必要はないよ。ゆっくり歩いても夕方には着くと思うから」
俺たちは昨晩の雨で泥濘んだ街道をそこそこのペースで歩き続けた。
「おっ、もう次の村か。なるほど、パスしたくなるな」
「でしょ。どっちに泊まってもよかったんだよ」
相棒が笑った。
結局、その村は通過して街道を行くと、一目で乗り合い馬車と分かる馬車が後ろから迫ってきて、慌てて道ばたに避難していた俺たちを追い抜いていった。
「危ねぇ、もう少しで頭から泥まみれだったぜ」
「うん。まあ、仕方ないと思うよ、結構細かく時刻表が作られているからねぇ」
俺は笑った。
「ったく、事故っちまったらその方が遅れるぞ」
視界から消えていく乗り合い馬車に、俺は叫んだ。
「分かってるけど、やめられないってね」
相棒が苦笑した。
一応警戒はしているが、何事もなく平和な草原の中を、俺たちは街を目指して歩いていた。
特になにもないまま延々と歩いて行くと、ずいぶん前に俺たちを追い抜いていったあの乗り合い馬車が道の真ん中で止まっていた。
「……警戒だ。なにかあったぞ、これは
「……分かってる。魔法で周囲探索してるよ」
俺と相棒はその場に立ち止まって、馬車付近の監視をした。
「大丈夫っていえば大丈夫だね。周りにはなにもいないよ」
「分かった、いくぞ」
俺と相棒は、ゆっくり馬車に近づいていった。
扉が開けっぱなしの馬車の中には、椅子以外になにもなかった。
「御者さんがやられてるけど、空っぽの馬車だったみたいだね」
「ああ、恐らく盗賊じゃねぇのか。魔物や動物の仕業だったら、もっと荒らされてるだけだろうな。その御者には申し訳ないが。不幸中の幸いだったかもな。
俺は小さく息を吐いた。
「よし、行こうぜ。俺たちじゃ、これ以上どうにもならねぇよ」
「そうだね。いこう」
俺たちは、素早くその場を離れ再び街を目指して歩き続けた。
「ったく、旅の怖いところを見ちゃったぜ」
「明日は我が身だよ。猫だって油断出来ないからね」
俺と相棒が口々にいい合っていると、武装した鎧姿が三人ほど向かい合う形でやってきた。
「なんだ、あれ……」
「ああ、敵じゃないよ。街道パトロールの人たちだね。街道の安全を守るためにいるんだ」
相棒がいうその街道パトロールの連中が、俺たちのところに到着すると素早く取り囲んだ。
「なるほど、喋る猫か。噂は聞いている。あちらから来たのなら、もしかしたら分かるかもしれん。乗り合い馬車がずっと到着しないので、運営会社から捜索依頼が出ているのだ。なにか見たり聞いたりしていなかったか?」
俺たちの正面にいたオッチャンが声をかけてきた。
「ああ、恐らくこれで正解だろうが、そこを曲がってすぐにもぬけの殻になった馬車があるぜ。最初から、空荷だったかもしれないけどな」
俺が答えると、パトロールのオッチャンが頷いた。
「分かった、助かる。恐らく、その馬車だろうな。あとはこちらでやっておく。よい旅を」
オッチャンが全員を率いて、すぐさま俺たちの背後に向かっていった。
「よし、誰にどうやって伝えればいいって考えてたからな。これで、心残りないな」
「うん、やっと気が楽になったよ」
俺と相棒は同時に笑った。
「まあ、ああならないように、無茶はしないだな」
「そうだね、さて少し急ごうか」
俺は頷き、相棒と共に街道の先へと進んだのだった。
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