第9話 旅は色々

 明け方はもう懲りたので日が昇った頃になって、俺たちは宿をでた。

「次はこの村。僕たちの足出歩いて、半日くらいかな」

「そうか、ならゆっくり出来るな」

 地図を片手にした相棒に答え、俺は朝の空気を吸い込んで吐き出した。

「そうだねぇ、なにかとバタバタしていたけど、やっとだよ」

 相棒が笑った。

「まあ、バタバタしてはいたが、いい連中でよかったぜ」

「そうだねぇ、最初に宿が取れなかった時点で、終わったと思ったからね」

 俺は道を歩きながら笑った。

「あれにはまいったよな。でも、あそこで普通に宿を取れていたら、乗り合い馬車なんて頭になかったから、王都に着いても中に入れなかったぞ」

「うん、そうだね。そう思えば、悪い事じゃなかったよ」

 俺たちの周囲は一面の草原地帯。歩くにはちょうどいい気温だった。

 しばらく進んだところで、とちょっとした林になり、俺は足を止めた。

 意味が分かったらしい相棒が、すかさず防御魔法使った。

「おい、気配の消し方も知らねぇのかよ。猫二匹に大層なこった!!」

 すると、微かな足音と共に俺たちの周りを六人の人間が取り囲んだ。

「どう考えても友好的じゃねぇな。どこのどいつだ?」

 当然といえば当然だが、俺の声に反応はなかった。

 その代わりといわんばかりに一斉に短剣を抜いた。

「やる気になったみたいだね。でも、もう遅いよ」

 相棒の声と同時に、俺は攻撃魔法を放った。

 俺たちを中心に、ドーナツ状に盛り上がった土のキリが連中の体に刺さって再び元の地面に戻った。

「おい、この林はコイツらの根城みてぇだぞ。気配の数が半端ないぜ」

「どうしようか?」

 相棒に問われ、俺は少し考えた。

「この林を丸ごとぶっ飛ばしてやりてぇところだが、それじゃ芸がねぇしな。遠慮なく出てくりゃいいのに……よっ!!」

 俺が杖を振った先には、そこそこの人数で突っ込んできた連中がいた。

 先頭を走っていたヤツに、俺が放った光球が衝突して小爆発が起きると、後続も巻き込んであっさり倒れた。

「もう、懲りただろ。さっさとどっかに消えろ!!」

 俺が怒鳴ると、辺りの気配がスッと消えた。

「なんだよ、根性ねぇな」

  俺は杖を腰の鞘に収めて、笑みを浮かべ。

「お疲れさま。怪我らしい怪我はないね。大丈夫」

「どこに怪我する要素があったよ。まあ、あしらいが雑でいいけどよ!!」

 俺は笑って相棒の肩を叩いた。

「よし、いこうぜ」

「うん、いこう」

 俺たちは林を抜け、街道の先へと向かった。


 相棒がいうには次の村まで、もう半分は過ぎたらしい。

 時々すれ違う旅人が、ギョッとする様子もまた楽しかった。

 そんなこんなで歩いていくと、野菜を満載した荷馬車が俺たちに横付けして止まった。

「あれまぁ、長生きはするもんだね」

 御者台に乗っていた婆様が笑顔で声を掛けてきた。

「おう、立って歩く猫なんざ滅多にいねぇだろ」

「いや、そこは多分滅多にどころか、僕たちくらいだと思うよ……」

「噂通り喋ったよ。なにせ半信半疑だったもんでな。今はどこに向かってるんだい?」

「相棒、次の村の名前は?」

「えっと、フォルクスだね。フォルクスです」

 相棒が答えると、婆様が笑みを浮かべた。

「私はフォルクスに住んでいる貧乏農家だ。今は市場で買い物してきた野菜を運んでいるんだよ。うちで作っていない野菜や肉なんかは、こうやって買いに行くんだ」

「へぇ、大変だな……」

「市場か。見てみたいな」

 市場という言葉に。相棒が反応した。

「まあ、俺も気にはなるが、今いってきた帰りだぜ。我が儘はいえねぇだろ」

「そうだけど、だから惜しいなって思ってさ」

 相棒が苦笑した。

「市場に行きたいのかい。それじゃ馬車に乗ってくれ。今日は買い物が多くて、元々二往復だったから気にしないでくれ」

「そうだったのか、ならちょうどいいや」

「これまたラッキーだ」

 俺と相棒がそれぞれ御者台に飛び乗ると、婆様が馬車を動かした。

 ゆっくりではあったが、馬車は街道を進んで行った。

 これでも、歩くよりは断然速かった。

 ガタガタ揺れながらしばし。村とすぐ分かる大きな門が見えた。

「近くに盗賊の巣があってな、昼でもほとんど門扉は閉じたままなんだ」

「……おい、盗賊の巣って、さっきのあれか?」

「……自分で聞いてみなよ、多分、他になさそうだしね」

 俺は小さく頷き婆様を見上げた。

「その盗賊の巣って、ここからちょと離れた林の事か?」

「あれ、知ってるのかい?」

 婆様が心底驚いたという感じでいった。

「だって、通り道だったから……」

「あの輩のせいで街道が使えなくなったから、迂回路が作られたんだよ。よく無事だったね」

「おい、相棒。地図に迂回路は描いてなかったのかよ」

「描いてあるけど、『心高まる素敵な空間。男なら断じて街道だ』ってなってるから。なにが起きるか楽しみでね」

 相棒が頭を掻いて苦笑した。

「あのジジイ………は。まあ、いいや。あの盗賊を追っ払ってやったから。しばらくは大丈夫だと思うぜ」

「いや、大したものだよ。これは、みんな喜ぶだろうね。はい、とりあえず一往復目は終わったよ」

 婆様の馬車は庭が広い一件の家に入った。

「おっ、ばあちゃんが帰ってきたぞ」

 御者台の俺たちには気がついてないようで、荷台の荷物を家から出てきた若い兄ちゃんが手早く下ろした。

「それじゃ、もう一度いってくるよ」

「気をつけてね~」

 兄ちゃんの声に送られ、俺たちと婆様は再び村の外にでた。


 街道を走ってしばし。

 馬車は街道から外れ、枝道を走っていった。

 そのまま進んでいくと、平べったい巨大な建物が見えてきた。

「あれが市場だよ。私はここに野菜を卸しているし、反対に買い物もしているんだ」

「へぇ、なんか楽しそうだな」

「うん、面白そうだね」

 俺と相棒は笑った。

「この時間なら空いてると思うけど、中は迷路になってるからねぇ。馬車を駐めた場所で待機してもらっていいかね?」

「おう、邪魔はしないさ」

「うん、ここにいるだけで十分だよ」

「悪いねぇ。なるべく早く戻るから」

 婆様が馬車から降りて、市場の建物に入っていった。

「そっか、ここでこの地域も色々な物をやりとりしてるんだね。大きいわけだ」

 相棒が笑みを浮かべた。

「なんだ、結構重要な場所だな。ただ、デカい店だなって思ってたくらいだぜ」

「うん、大きく間違ってはいないよ。メンレゲの近くにもショボい市場があるんだけど、アレがなくなったら大変な騒ぎになっちゃうよ。市場は大事だよ」

「こういう話になると、相棒には勝てねぇぜ」

 俺は思わず笑った。

「ん……帰ってきたよ」

 相棒が手で示した方を見ると、台車に木箱を乗せて押す人と婆様が馬車に近づいてきていた。

「今回はそうでもない量だな。でも、あの箱は野菜じゃないな」

「確かに。野菜ではないね。なんだろう?」

「お待たせ。積んでもらったら、帰ります」

 婆様が馬車の御者台に座り、荷物の積み込みも終わった。

「魚、魚だぜ!?」

「うん、ビックリした」

 俺たちの反応をみて、婆様が笑った。

「ここでは魚も手に入るの。まあ、鮮度は落ちてるから、加熱しないといけないけれど」

「お、俺、魚って最後にみたのはいつだっけて感じだぞ」

「僕もねぇ……メンレゲまで魚を運ぶのは、不可能に限りなく近く厳しいだからね」

 荷物の積み込みが終わり、馬車がゆっくり市場から離れた。

 枝道どころか市場に繋がる重要な道を進み、街道を村方面に向かって、馬車は走って行った。


「なに、ばあちゃん。猫も買ってきちゃったの?」

 俺と相棒の存在に気がついたようで、家の兄ちゃんが婆様に問いかけた。

「バカをいいなさい。こちらが噂の喋る猫です」

「えっ、本当の話だったの!?」

 兄ちゃんが俺をみた。

「ど、ども、初めまして」

 俺は思わずどもった挨拶をしてしまった

「うわ、本当にいたよ。まさか、ばあちゃんの馬車に乗ってくるとは……」

「はい、偶然とは時にこういう事をもたらします。さて、お二方。旅の疲れもあるでしょう。この村の宿は私の友人が経営していますので、安心して下さい。

 婆様が笑みを浮かべ、それに合わせて俺たちは馬車から飛び下りた。

「普段は退屈な買い物が楽しかったです。ありがとうございました」

「おう、礼をいうのはこっちだぜ。あんなデカい店があるとはな。ありがとう」

「僕も楽しかったです、ありがとうございました」

 俺と相棒は一礼して宿を探した。

「いわなかったけど、あの兄ちゃんいきなり箒とちり取りもって、なにする気だったんだろうな

 俺は思わず笑ってしまった。

「猫バスターとか、そんな武器だったんじゃない」

 相棒も笑った。

「ったく、これだから人間はよ!!」

「あっ、宿があったよ。この様子じゃ冷遇されそうだねぇ」

 相棒が宿の看板を見つけ、俺たちは中に入った。


「あら、いらっしゃい。色々話を聞いていて、今日辺りきてくれたらいいなと思っていたところです」

 水をぶっかけられる程度は覚悟していたが、宿の婆様はまるで反対の対応をしてくれた。

「あの、宿だ……ああ、そういう事だったっけ」

 相棒が小さく息を吐いた。

「はい、そういう事です。扉の開け閉めが難しいと思い、開けたままにしてあります。ごゆっくりどうぞ」

「気遣いさせちまったな。ありがとう」

「うん、ありがとうございます」

 俺と相棒は廊下を歩き、扉が開けっ放しの部屋に入った。

「また、タダ宿だぜ。さすがに、申し訳なく思ってきたぜ」

 俺は苦笑した。

「まあ、今までの宿が繋がっているわけじゃないから、こっちは連続でも関係ないって思う事にしたよ。いつお金が必要になるか分からないからね」

 相棒が小さく笑った。

「でもまあ、軒先じゃなくてよかったぜ。俺の勘だと、今夜は土砂降りの雨になるな。ヒゲがビリビリしてるぜ」

「僕もヒゲが……雷雲接近中だね。まあ、朝までに上がればいいね」

 俺と相棒はやめようと思っていた、ベッドの上に避難した。

 大差ないといえばその通りだが、室内でここが一番高い場所だった。

 相棒と並んで箱座りしていると、宿の婆様がやってきた。

「あら、そうしていると普通の猫ね。可愛らしいこと」

「あの、近いうちに大雨が降ると思います。対策を取った方がいいです」

 相棒がそっと婆様にいった。

「雨ねぇ……そんな様子はなかったけど。注意してね程度に触れて回ってきますか」

「ああ、それで十分だ。不意打ち食らうよりは、まだマシだぜ」

 俺の声に頷き、婆様は部屋から出ていった。

「これで外れたら、いい笑いものだな」

 俺は笑った。

「その方がいいよ。そうなって欲しいもん。僕たちが恥を掻くだけだもんね」

 相棒は小さく笑った。


 夕焼けの空だった外の景色が、一転して真っ暗になった。

 そして、ド派手な雷鳴と共に空が光った。

「当たっちまったな、やっぱり本能は正しいぜ」

 俺は激しい雨が降り注ぐ外の様子を、しっかり閉めてある窓から見ていた。

「当たっちゃったね。まあ、これが止めばどうってことはないでしょ」

 相棒がベッドの上で丸くなった。

「なんだ、眠いなら寝ちまえ。ちゃんと見てるからよ」

「眠いんじゃない、怖いんだよ。よく平気だね」

 相棒の答えに俺は笑った。

「知ってるだろ、俺がこの上なく怖がりだって。今だって怖いぜ。どんな魔法だって、天候操作はできねぇんだからよ。ただ過ぎるのを待つだけだ」

 俺の答えに相棒が笑った。

「そうだったね。これ、外にいる時じゃなくてよかったね。これも、ラッキーかな」

「そういう事かもな。にしても、婆様はどこ行っちまったんだ?」

 俺がいったとき、ちょうど婆様が入ってきた。

「猫の天気予報、バッチリ当たりましたね。部屋に明かりを点けますので、少々お待ちください」

 婆様は部屋のランプに火を点けた。

「もう夜の暗さですから。この雨はいつ止みますかねぇ……」

 婆様は小さく笑って部屋を出ていった。

「止むときまではさすがに分からねぇな。ヒゲがビリビリしてる間はこれって事は分かるけどよ」

「だよね、そこまで分かったら便利なんだけどね」

 相棒は大きなあくびをして、そのまま目を閉じた。

「やっぱ眠いんじゃねぇかよ」

 俺は思わず苦笑した。


 屋根が壊れるんじゃないかと思うほどの雨は、あっという間に通り過ぎた。

 雷鳴も散発的になり、一瞬の嵐は峠を越えたといえた。

「ほれ、もう怖くねぇぞ」

 俺は隣の相棒を揺り動かした。

「あれ、寝てた。ごめんね」

「眠かったんだからしょうがないだろ。寝たいときに寝たい場所で寝るのが俺たちだ」

 俺は笑った。

「そうだね、結構やりたい放題だもんね」

 相棒も笑い、眠気も飛んだようだった。

「よし、晩メシ……はどうしようか?」

「いよいよ猫缶の出番かな。それにしても、賑やかだね」

「そうだな、いままで静かだったんだが……」

 耳を動かせば、こんなデカい音の発信源などすぐ分かる。

 俺は軽く頷いた。

「いってみるしかねぇな。いくぞ」

「うん、行こうか」

 俺たちは廊下に出ると、玄関とは反対の方に進んだ。

「おお、こうなってたのか」

「ビックリしたよ」

 廊下で繋がった離れは食堂になっていて、そこはなかなかの盛況ぶりだった。

「おや、なにかと働き者の猫様じゃん。どうぞ、こちらに!!」

 食堂のお姉さんに案内され、俺たちは開いてる二人がけのテーブルに案内された。

「おっと、子供用の詰め物がいるな。ちょっと待ってて」

 お姉さんがすっ飛んで取りに行った物は、椅子の上において高さを上げる詰め物だった。

「これでよし、注文決まったら教えてね」

「ああ、お勧めのもので構わねぇぜ。あれこれ小難しい中から選ぶのは面倒だ」

「うん、僕も同じでいいや」

「お勧めねぇ……猫らしく煮魚定食でいいかな?」

「魚か、それでいいぜ」

「うん、美味しそうだね」

 お姉さんが店の奥に行った。

「はい、煮魚二丁。全部マシマシでいいよ」

 よく通るお姉さんの声が聞こえてきた。

「おい、なにがマシマシになっちまうんだ?」

「僕に聞かないでよ。まあ、出てくれば分かるよ。多分」

 妙なスリルを感じつつも、出てきた料理はごく普通の煮魚だった。

「……あの、聞こえちまったんだけど、マシマシってなにが?」

 俺が聞くとお姉さんは笑った。

「意味がないといえばないよ。それやらないと、オヤジのテンションが上がらないって始めたら、私までハマったってわけ。たったそれだけだから、全く気にしないで」

 お姉さんが笑みを浮かべ、テーブルから離れていった。

「な、なんだ、脅かしやがって。食うぞ!!」

「うん、食べよう」

 魚の種類は分からないが、とにかく美味かった。

「よし、会計だ。呼ぼう」

「すません、お会計お願いします」

 相棒が声を張り上げると、すぐにお姉さんがやってきた。

「はい、これ伝票……ちょうど頂きました、ありがとうございました~」

 お姉さんの声に送られて、俺たちは部屋へと戻った。


「はぁ、食ったし眠くなっちまったな」

「さっきと逆。眠くなったら寝ちゃえばいいよ。ちゃんと見張りやるからさ」

 相棒が小さく笑った。

「眠いだけだ、まだ寝られないな。そういや、人間の金なんてどうやって手に入れたんだ?」

「うーん、それは秘密にしておくよ。絶対真似するから」

「……お前、なにをやらかした?」

 俺がジト目で問いかけると、相棒は笑った。

「非合法じゃないよ。問題ないって」

「ならいいけどよ。危ねぇのはやめてくれよ」

 俺は苦笑した。

「さてと、無理にでも寝るか。なんかあったら、叩き起こしてくれ」

「うん、いわれなくてもね」

 俺は苦笑して、そっと目を閉じたのだった。

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