第8話 歓迎の夜

 とりあえず、城と王都がいかに巨大である事が分かった。

 今はそれが精一杯なら、他を回ってみよう。

 そんなわけで、一回寝て疲れが取れた俺たちはキャシーの家で、地図をテーブルの上に広げていた。

「まあ、秘元の滝は必須だろうな。キャシーもお勧めしてたし」

「問題はそのあとだね。まあ、滝で思うままに決めてもいいかもしれないね」

 相棒が小さく頷いた。

「それも手だな。どのみち、メンレゲから出てなにが見えるか……なんてなノリだからな」

「そうそう。よし、キャシーとお母さんを起こさないように出よう。さらに迷惑になっちゃうからね」

 俺たちはそそくさと荷物を片付けた。

「よし、頼んだぞ」

「うん、扉が閉まってるだろうし、これしかないね」

 相棒の呪文詠唱の声が聞こえ、一瞬の酩酊感と共に俺たちはキャシーの家の前に立っていた。

「転送の魔法ね。俺は怖くて覚えなかったぜ」

「無茶な距離じゃなきゃ、まず事故は起きないのに」

 相棒が小さく笑った。

「いいじゃねぇか、別に。それより、滝に向かおうぜ。普通の地図には載っていないって、面白そうだしな」

「うん、僕も気になってね。いこうか」

 こうして、俺たちはそっとエルフの集落を後にした。


「しまったな。自分がそうなのに、すっかり忘れていたぜ」

 明け方という時間帯は、肉食の動物や魔物が一番活性化する時だった。

 エルフの集落を出てからしばらくはよかったが、いきなり茂みから出てきた犬のような魔物を魔法で倒して以来、立て続けに魔物の群れと交戦していた。

「うん、僕もうっかりしてたね。でも、こうなったら抜けるしかないよ」

 実用的な攻撃魔法が使えない相棒だが、防御魔法や補助的な魔法で俺をサポートしてくれている。

 俺はといえば、さっきから攻撃魔法の連射状態だった。

 そんなゴリ押しで魔物の群れを押しのけ、日が昇る頃になってようやく辺りが落ち着いた。

「はぁ、死ぬかと思ったぞ」

「うん、僕もだよ」

 俺と相棒は笑い、滝を目指して街道を進んだ。

 しばらく街道の道なりに進み、一見するとただ手付かずのままでいる森に入り込み、地図とコンパスを頼りに進むことしばし。

 まるで地鳴りのような音で、何かがある事は容易に分かった。

「多分、ここだな」

「うん、間違いないよ」

 音を頼りに進むと、そこだけぽっかり森の木々がなく、幻想的な光景が広がる場所に出た。

 俺には滝の大小は分からなかったが、水をカーテンにすればこうなるだろうなという感じの、なかなか迫力のある滝があった。

「なるほどな。普通に街道を歩いていたんじゃ、絶対に見つけられないぜ」

「そうだね、街道からだと音も聞こえないしね」

 しばらく相棒と滝を眺めたあと、相棒がバックパックを下ろして地図を広げた。

「さて、この次は……この道筋だとなにもないまま、街道を歩いて村に着くのが今日の限界だと思うよ。違う道にしたければ、また集落前まで戻らないといけないね」

「このまま次の村でもいいじゃねぇか。なんで、あれだけ苦労した道を戻らないといけないんだよ」

 俺は思わず苦笑した。

「そういうと思った。滝はみたし移動しようか」

「ああ、そうしようぜ。分かってるなら聞くなよ」

 俺たちは慎重にきた道を引き返し、再び街道にもどった。

「よし、ここからは歩くだけだな」

「うん、このままだね」

 俺は頷き、ゆっくり歩き始めた。

「そういや、朝メシ食ってなかったな。村までなにもないのか?」

「地図によると、この先に休憩所を兼ねた茶店があるみたいだよ。軒先でいいから入れて欲しいよね」

 相棒が笑った。

「行く前から軒先でどうする。堂々と入って拒否されようぜ」

「コーベットこそ、行く前から拒否されてるじゃん。軒先より酷いよ」

 俺は笑って歩き続けた。


「おっ、茶店ってあれじゃねぇか?

 なにもなかった街道の道ばたに小さな建物を見つけた俺は、相棒に声を掛けた。

「そうだね。他にないし、間違いないと思うよ」

 相棒が頷いて答えた。

「よし、いくだけいくぞ」

「うん」

 俺たちは茶店目指して、速歩で歩いていった。

「おりゃあ、拒否するならしやがれ!!」

 俺は店内に入ると、大声で叫んだ。

「あら、本当にきたわ!!」

 店の姉さんが、予想とは正反対の反応を返してきた。

「あ、あれ……俺たちを知ってた様子だが、どこから聞いたんだ?」

 姉さんが笑った。

「ネタ元はあの渡し船の船長だよ。なにか面白い客がくるかも……なんて、ここにきてくれる常連さんにいわれてさ。普段と違う事があると、この辺り一帯はあっという間に情報が伝わるよ。よく、遠方からのお客さんを乗せた渡し船が着くと、三つ先の村の宿まで宿泊客を向かい入れる準備を始めるなんていわれてるくらいなんだ」

「そ、そうなのか。それはすげぇな」

「うん、これならビックリして拒絶される事はないかもしれないね」

 俺と相棒が笑うと。お姉さんが笑みを浮かべた。

「というわけで、ご注文は?」

「そうだなぁ、どうにも中途半端な時間だが、朝メシを食ってないからガッツリくっておきたい。そんな感じで」

「僕も同じで。お腹空いたからね」

「はいよ、ガッツリね。開いてるところ、適当に使っていいよ。

 姉さんに案内されて、みんなが靴を脱いで上がっている、草で編んだマットのようなものの上に乗った。

「……なあ、相棒。こういうところに乗ると、無性に爪とぎしたくならないか?」

「……気持ちは分かるけど、絶対怒られるからダメだよ」

 というわけで、ウズウズするのを必死で我慢していると、見る目もビックリの巨大な皿に盛られた料理が出てきた。

「これが、うちのガッツリだよ」

 姉さんが元気に笑った。

「先にいってくれよ、ぶったまげたぜ」

「うん、疲れて間違えたのかと思ったよ」

 相棒が苦笑した。

「まあ、ゆっくりしていってよ。喋る猫なんて、まず会えないからね」

 姉さんが店の奥に引っ込み、俺たちは巨大な皿に盛られた料理の攻略に取りかかった。

「揚げ物とか刺身なんかが盛られてる。よく分からんが、多分豪快でかつ豪華だよな」

「うん、悪くないね。たまにはこういう感じも」

 正直、食べきれる自信はなかったが、気がついたら意外にもかなりの量を平らげていた。

「すっごいね、猫って意外と食べるんだね。覚えておこう」

 奥から姉さんが出てきて、感心したようにいった。

「ああ、自分でもビックリしたよ。さて、もっとゆっくりしたいが、次の村まで徒歩だからな。相棒、いこうか」

「そうだね。多分、またギリギリだよ。急がないと」

「あれ、この先の村っていったら、アルジでしょ。今からダッシュしても、閉門時間には間に合わないと思うよ。田舎だから、早く閉めちゃうんだ」

「そ、そうなのか?」

「困ったね。いよいよ野宿だね」

 相棒がため息を吐いた時、姉さんが笑みを浮かべた。

「私はそのアルジに住んでいて、毎日この店に通いできているんだ。閉店まで待てるなら、馬車で連れていくけど、どうする?」

「どうするもねぇな。頼む、村まで乗せていってくれ。

 俺がいうと、姉さんは頷いた。

「よし、決まったね。アルジの宿屋も手ぐすね引いて待ってるよ。一件しかないからね」

「こ、怖い連絡網だな」

 おれは苦笑した。

「よし、なんとか一つ進めるな」

「うん、ここが一番長い区間だから、後は大丈夫だと思うよ」

 相棒が笑みを浮かべた。


「さて、急いで帰らないと、私まで野宿になっちゃうな」

 空の色に夕方の気配が混じり始めると、姉さんは慣れた手つきでテーブルを拭き、勢いよく掃除を始めた。

「よし、終わったよ。急いで馬車に乗って!!」

「お、おう、分かった」

「これはこれで、スリルがあるね……」

 俺たちと姉さんは、店の脇に駐めてあった馬車に飛び乗った。

「いくよ!!」

 姉さんの馬車は勢いよく街道に飛び出て、土煙を上げながら街道を飛ばしていった。

「なかなか速いぞ。落ちるなよ、相棒」

「うん、後ろの荷台じゃなくてよかったよ。御者台のこの位置なら飛ばされないし」

 俺たちと姉さんが操る馬車は街道を突っ走り、今まさに閉められようとしていた門扉の隙間を駆け抜けていった。

 急停止した馬車の上で、俺たちとお姉さんが安堵のため息を吐いた。

「ま、毎日これなのか?」

「お客さんが長居して帰れない時なんかは、開き直ってあの店で寝る時もあるよ。静かにしていれば、魔物も盗賊も気がつかないからね」

 姉さんは苦笑した。

「なかなかスリリングだな。でも、助かったぜ」

「うん、ありがとう」

「どういたしまして。まずは宿に行ってきなよ。荷物置いたらまたここにきて。せっかくだから、村中で歓迎会でもやろうかなって思ってるんだ」

 姉さんが笑みを浮かべた。

「そ、それはやり過ぎだって!?」

「いいじゃん。ほら、早く」

「わ、分かった」

 俺たちは馬車から飛び下り、宿の看板を出している家に向かった。


「はい、きたね。ちゃんとした部屋を用意してあるから安心して。そこの廊下を進むと、扉を開けっぱなしにしてる部屋だよ」

 宿に入るなり、いきなりオバサンが声を掛けてきた。

「マジだ、マジで俺たちの情報が流れてるぞ!?」

「これは、変な事は出来ないね。やる気もないけど。あの、宿代はいくらですか?」

 相棒がオバサンに問いかけた。

「バカだねぇ、最初に料金をいわなきゃいらないって意味だよ。これ、どこでも共通だから、覚えておくといいよ」

「いらないって、無料なんですか!?」

 相棒が声をひっくり返していった。

「私だって、猫から儲けようなんて考えないからさ。ほら、早く部屋にいきな。狭いのは勘弁して」

 オバサンが廊下をみた。

「い、いった方がいいな」

「う、うん……」

 俺たちは恐る恐る廊下に向かった。

 すると、確かに扉が開け放たれた部屋があり、俺たちはその部屋に入った。

「人間はこれでも狭いのか?」

「まあ、ベッドが一つだし、多分広い部屋じゃないんだろうね。よし、荷物を下ろそう」

 相棒に続き俺もバックパックを床に置いた。

「なあ、別に床でも気にしないし、ベッドに乗るのはやめておこうぜ」

「そうだね。僕たちってどうしても毛が抜けるし、そうなると洗っても取れないからね」

 俺が頷き相棒もなるべくベッドに近寄らない位置に移動した。

「さてと、歓迎会だってな。いいのによ」

「まあ、せっかくだし楽しもう」

 俺たちは同時に笑った。

「あっ、出てきた。もうみんな集まってるよ」

 宿の出入り口で待っていた茶店の姉さんが、笑顔で俺たちに声を掛けてきた。

「全員って、もうかよ。何人いるんだ?」

「乳飲み子まで含めば三十人くらいかな。みんな広場にいるから急ごう」

「お、おい!!」

 さっさと走っていってしまった姉さんを追って、俺たちは慌てて走っていった。


 村の真ん中にある広場には巨大なたき火がたかれ、集まっている人たちはもう酒を飲んだりなにか食ったり、もう盛り上がっていた。

「な、なんだか、俺たちの歓迎ぶりが半端ねぇぞ……」

「だね。なんかやったかな……」

 相棒が小首を傾けた。

「ああ、いたいた。こっちこっち」

 茶店のお姉さんが俺たちを発見したようで、今度はゆっくり歩いていった。

 その後をついていくと、大勢が集まっている場所で止まった。

「おお、きたきた」

「噂のしゃべり猫!!」

 やはり、そこはこの集まりの主役の俺たちというか、いきなり囲まれてこんな調子で声を掛けられまくった。

「あ、相棒。これなんとかならねぇか!?」

「手段があるなら、いわれなくてもやってるよ!!」

 相棒は珍しくご機嫌斜めだった。

 こりゃヤバいと思ったときに、茶店のお姉さんが俺たちを囲んでいた人たちを徐々に散らす作業を始めた。

「ごめんね、なにもない村だから、ついこうなちゃうんだよね。悪気はないから」

「ああ、分かってるよ。相棒が不機嫌になっちまったぜ」

 俺は相棒の背中を軽く叩いた。

「そう怒るなよ。踏まれたわけじゃないんだしよ!!」

「……それもそうだね。単に耳が痛かっただけだし」

 相棒が苦笑した。

「よし、直ったぜ」

「い、今のだけで。ごめんね、予定外だったんだ」

「うん、大丈夫だよ。何か食べようかな……」

 相棒の言葉で、お姉さんが笑みを浮かべた。

「あっちにそのまま乗っても大丈夫にしたテーブルがあるから、適当でよければ運ぶよ」

「そりゃありがてぇな。さっそく行こうぜ」

「うん、気を遣わせちゃったね」

 俺たちは背が低いテーブルに案内され、そこで料理を堪能した。


「せっかく宿に部屋があるんだから、もう戻った方がいいよ。子供も帰りはじめたから、いい時間だと思うよ」

 お姉さんが俺たちに声を掛けてきた。

「そうだな、もういい感じに腹も膨れたしな」

「うん、いこうか」

 俺たちは、まだまだ酒を飲むぞという気合いに満ちた大人たちの脇を抜け、そのまま宿に戻った。


「はぁ、妙に疲れたぜ」

「そりゃあれだけの人だもん。疲れて当然だよ」

 俺と相棒が同時に苦笑した。

「まあ、善意でやってもらったからな。文句はいえねぇぜ」

「そうだね。でも、僕は危なかったよ」

 俺は小さく笑って、扉が開けたままの部屋を眺めた。

「ここも善意だぜ。いつもこうだといいけどな」

「それは無茶な注文だよ。色々思うところがあるだろうしね」

 相棒がいわゆる「猫箱」の姿勢になり、軽く目を閉じた。

「珍しいな、疲れたか。じゃあ、俺が見張りだ。眠くないしちょうどいいや」

「……あり……がとう……」

 相棒が寝息を立て始め、俺は立ったまま杖を手に取った。

「ないと落ち着かないだけぜ。なんてな」

 俺は自分に対して苦笑したのだった。

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