第7話 一応、王都で……

 俺たちとキャシーを乗せた馬車は、なにかの薬を満載して夜の真っ暗な街道を走っていた。

 さっき聞いたが、このままノンストップで王都に向かい、明日の昼頃には到着するだろうという話だった。

「代わってやりてぇが、馬車は無理だな……」

「うん、僕も知識としてはあるけど、実際は無理だね」

 俺たちが言葉を交わすと、キャシーが笑った。

「これは私の仕事なので、気にしないで下さい」

 キャシーが笑みを浮かべた。

「まあ、そういうならいいけどよ。しかし、明かりもなしでよく街道から外れねぇな」

 今日は満月。俺たちは昼も夜も大差なく物が見えるが、エルフという種族に会った事すらなかった俺には、なかなか新鮮で驚く事だった。

「暗闇でも多少は見えますが、実際は馬が勝手に通い慣れた道を走っているだけです。危ないですが、明かりに引き寄せられてくる魔物や盗賊避けにはやむを得ません」

「馬が覚えるほどか……。本当に毎晩やってるんだね」

 相棒が感心したようにいった。

「そういうオーダーなんです。運んでいるのは、変な薬ではありませんよ。人間にも効く病気の回復薬です。回復魔法では、怪我は治せますが病気は無理ですからね」

 俺は相棒をみた。

「そうなのか?」

「うん、病気はかえって悪化しちゃうよ。だから、選択的に病原にだけ作用……」

「あーあ、分かった分かった。ったく、得意分野に入るとすぐこれだ。単に病気の薬でいいだろ!!」

 俺は思わず苦笑した。

「なるほど、打ち砕く攻撃と癒やしと防御ですか。よく出来てるコンビだと思いますよ」

 キャシーが小さく笑った。


 ひたすら走り続けて、俺たちは隣の街……を通過した。

 もっとも、こんな深夜では、寄りたくても寄れないが。

 さらに進んでいくと、夜明けを迎えたようで、空が薄明るくなってきた。

「馬車ってヤツはいいな。とにかく早く移動出来るぜ」

「そうだね、僕たちで動かせる馬車なんてものがあればいいけど、それは無茶だよね」

 キャシーが笑った。

「喋る猫が馬車を操ってきたら、それだけで話題の的になってしまいますよ」

「やっぱり、目立っちまうか」

「もちろん目立ちます。それに、旅をするなら歩きの方がいいですね。お気楽で」

  キャシーが笑みを浮かべた。

「あれ、前から馬車がくるよ」

 相棒が前方を手で示していった。

「ああ、昨日出た戻りの馬車です」

 キャシーが大きく手を上げて振ると、向かってくる馬車の御者も大きく手を上げて振った。

 お互いの馬車がすれ違うと、キャシーは手綱を持ち直した。

「本当に毎晩やってるんだな」

「うん、ビックリしたよ」

 俺と相棒は同時に苦笑した。

「はい、薬の代金と人間の街でしか買えないものを積んで戻るのです。なので、帰りの方が危険なんですよ。一ヶ月に一回は盗賊被害があります」

「そりゃ狙われるだろうな。通る道が決まってるなら、待ち伏せしてりゃいいんだからよ」

「はい。まあ、私たちも対抗策を考えていまして、荷台に私の杖が載っています。これで、分かりますか?」

 キャシーが苦笑した。

「なに、魔法を使えるのか。じゃあ、あの危険エリアもなんとか出来るんじゃないか?」

「それが……回復系や結界系の魔法ばかりなんです。攻撃系は怖くて覚える気がしないのです」

「その恐怖心は重要だがよ。ちゃんと使えば、怖くなくなるぜ。まあ、相棒寄りの能力だって分かった。相棒、眠そうにしてねぇで話ししてろ。回復とか結界なんてのは、お前の専門だ」

「コーベットは相変わらずだね。なに話そうか?」

 相棒がキャシーとしゃべり始めたのを境に、俺はこっそり仮眠に入ったのだった。

 まあ、眠いものはしようがない。寝た者勝ち。

 つまり、そういう事だった。


 馬車は順調に進み、遠目になにか馬鹿デカい建物が見えてきた。

「なんだ、あの無意味にデカいヤツは?」

 俺の問いにキャシーが笑った。

「あれがお城です。とにかく大きいですよ」

「な、なんだと!?」

 俺は思わず声を上げた。

「うん、噂には聞いてたけど、確かに大きいね。見てきたっていうだけで、メンレゲの街じゃ英雄になれるよ」

「お二人ともメンレゲからなんですね。馬車便がないので不便ですが、いい場所だと思います。いつか遊びにいきますね」

「おう、楽しみにしてるぜ」

「うん、僕も楽しみ」

 俺と相棒が笑うと、キャシーが笑った。

「私たちエルフがいつかなんていったら。場合によっては数百年単位です。生きてますか?」

「おいおい、もっと早くこいよ!!」

「猫が百年生きたら化け猫になるらしいよ。それは、嫌だね」

 俺たちの言葉にキャシーが笑った。

「もちろん、お二人の旅が終わった頃を見計らってです。私はメンレゲを中心にした旅を考えます。旅の風が呼んでいますので」

「あんななにもない村を中心にしていいかわからねぇが、酒場のオマケ程度に宿もあるから、そこは心配ねぇぞ」

 俺は笑みを浮かべた。

「なるほど、意外と早く再会出来そうですね。さて、あと少しで王都です。役人の審査をパスするまで、絶対に喋ったりしないで下さいね」

「分かった、そりゃそうだな」

「うん、うっかりやったらシャレにならないもんね」

 相棒がまるで縫い包みのように固まった。

「おい、動くのはいいんだぞ。かえって目立っておかしいぜ」

「あ、ああ、そうか。力を抜こう」

 要するに、猫が猫の真似をしろというわけだ。

 これはこれで、俺は面白かった。

 馬車が進み続ける間に大きくなっていく城を見つめながら、俺はもうワクワクしていた。


「はい、ここから喋らないで下さい」

 王都の門はさすがに広かった。

 ずらっと並んだ行列にの脇を馬車がゆっくり進み、門の前でかっちり甲冑で固めた連中に止められた。

「いつもの配送です」

 キャシーが服のポケットから何かを取り出してかざしながら、声を張り上げた。

「ああ、娘の方か。滅多にこないから忘れていたぞ。よし、通っていいぞ」

 馬車の前で半開きで留められていた扉が全開になり、馬車はゆっくりそこを進んでいった。

 門を抜けて中に入ると、整然と並ぶ大きな家の列に圧倒された。

「はい、もう喋って平気です。ただし、小声で」

「……なんか、悪い事してるみたいだぜ」

「……しょうがないよ。他に入る方法がないんだから。あの行列に並んでいたら、とんでもない事になっていたよ。

 相棒と会話しているうちにも馬車は進み、いつの間にか巨大な城の間際の道を進んでいた。

「……うわ、デカいな。半端ねぇぜ」

「……うん、これは凄いね。人間ってやるときは徹底的にやるよね」

 馬車はゆっくり城を回り込み、大声が飛び交う半地下の場所に向かっていった。

「大将、持ってきたよ!!」

 木箱の間に馬車を駐め、キャシーが大声を上げた。

「おうよ、いつも通り十二箱だな。ちょっと待ってろ」

 馬車に駆け寄ってきた筋肉質のオジサンが怒鳴り、重いはずの木箱を平気で一つずつ下ろしていった。

「よし、終わりだ。伝票と代金を持ってくるから動くなよ」

「……あのオジサン半端ないな。一人で木箱を下ろしちまったぜ」

「なんでも半端ないね、さすがに城だよ」

「まさか、こんな芸当あの人しか出来ないですよ。だから、いつもご指名なんです」

 キャシーが笑みを浮かべた。

 しばらくすると、これまた大きな革袋となにか紙切れを持ってきた。

 その紙にキャシーがサインすると、持ってきた革袋を馬車の荷台に積んだ。

「よし、これでいいな。なんだ、気になっていたんだが、猫を飼い始めたのか?」

 うっかり、オジサンの目と俺の目が合ってしまった。

 変な汗が俺の肉球を濡らした。ここからしか、汗がかけないのだ。

「まあ、そんなところだ。うるさくて怖がってるから、もう出るぞ!!」

「ああ、ここはうるさいからな。無事に帰れよ」

 オジサンが笑って馬車から離れていった。

「さて、帰りです。本当は王都の案内をしたいのですが、面倒な衛兵に捕まると困るので、このまま街を出ますね」

「ああ、そこの判断は任せたぜ」

「では、入った時と同じ要領です。もう一度、城の際をゆっくり走りますね」

 キャシーは馬車を動かし、半地下空間から地上にでた。

 そのまま行きと逆に立派な城の縁を通って、門を抜けた。


「はい、もう大丈夫ですよ」

「はぁ、緊張したぜ」

 俺の言葉にキャシーが笑った。

「凄い表情になっていたの分かってますか。猫って面白いですね」

「いや、こういう猫は俺と相棒くらいだと思うぞ」

「うん、たくさんいたら怖いよ」

 三人とも同時に笑った。

「さて、問題の帰りです。運んでいるものがお金なので、とにかく急ぎます」

 行きとは桁違いの速度で、馬車は街道をかっ飛んでいった。

「なんだ、やれば出来るってヤツか?」

「それより怖いって。もし落ちたら、ただじゃ済まないよ」

「止まったら、もっと怖いものがでます。少々ご辛抱下さい」

 キャシーが操る馬車は、いくつかある村を全て高速で駆け抜け、夜になる頃には集落がある、あの場所の近くまでやってきた。

「ここが一番危険なんです。もうすぐ到着だと気が緩みますからね」

 キャシーが馬車の速度をさらに上げた。

 俺も警戒態勢に入ったが、結局なにも起きないまま集落入り口の馬車置き場に入った。

「お疲れさまです。あとは、私が引き継ぎます」

「よろしくね」

 小屋で待っていたエルフの姉さんにキャシーが引き継ぎ、俺たちと一緒に集落に向かった。

「ここから先ですよ。警戒態勢でお願いします」

「分かってるけどよ、魔物の気配なんて全くないぜ。なぁ、相棒?」

「うん、今までと明らかに違うね。普通に歩けると思うよ」

 俺たちの言葉を聞いてなにか思ったのか、キャシーは目を閉じた。

「……本当だ。お二人がいった通り、なにも感じない」

 呟くようにいって、キャシーは笑みを浮かべた。

「原因は分かりませんが、安全な場所に変わっています。これなら、私も安心です」

 キャシーが笑みを浮かべた。

「多分だけどな、相棒が使ったあの派手な結界魔法のせいだと思うぞ。あれは、特定空間内を徹底的に細切れにするから、もしなにか原因があったとしても、粉々になったかもしれないぜ」

「うん、コーベットのいう通りだと思う。ならば、原因を探すのは無駄だね。なんだったかもう分からないから」

 相棒が笑みを浮かべた。

「そ、そうなんですね。ともあれ、私の家に行きましょう。今から出発というわけにもいかないでしょうし」

「そうだな、厄介になるか?」

「うん、次の目的地も決めないといけないからね」

 俺たちがいうと、キャシーは頷いた。

「まだ目的地を決めてないなら、お勧めの場所を教えますよ。いきましょう」

 俺たちとキャシーはそのまま集落に向かって進んだ。


「そう、ちゃんとお城が見られてよかったわ。普段だったら、平気で見学者を受け入れているんだけどね。今はこれが限界かな」

「いや、これで十分だぜ。わがままはいわねぇよ」

 俺はキャシーの母に返した。

「うん、僕もこれでいいな。十分だよ」

 続いて相棒が笑みを浮かべた。

「満足してもらえてよかったわ。さて、食事の準備します。キャシーが帰ってきたら、馬鹿話でも聞いてやってね」

 キャシーの母は小さく笑って、ソファが置いてある部屋から出ていった。

「さてと、次はどこにすっか?」

「それがねぇ、ざっくりいうと王都を抜けて東地区に出ようって考えていたんだ。だけど、王都が通行不可の状況だから、どこに行くにしても、逆方向の海沿いまで出て大きく迂回しないとダメだ。まあ、お陰でパス予定だった場所にも行く感じになったけど」

 相棒が苦笑した。

「なんだ、いい事じゃねぇか。別に最初から計画なんてしてないんだぜ。気楽にいこうぜ」

「そうだね。行かないつもりでいたから、この西部地区でもかなり候補地が増えたな……」

 相棒が地図をテーブルに広げてなにやら考え始めた。

 しばらくして、買い物から帰ってきたキャシーが、向かいのソファに座った。

「この近くでお勧めをいうなら、ここにある「秘元の滝」でしょうね。地図に載ってるって、どこでこれを? 場所が分からないから「秘」とついてるのに、台無しです」

 キャシーが笑った。

「……おい、相棒。この地図どこで拾ったんだよ」

「……落ちてるわけないでしょ。人間にも知り合いがいてね、あの変人マックドライバーから買ったんだ。高かったよ」

「あれ、なにかおかしな事でもいいましたか?」

「いや、なんでもねぇ。こっちの話だ。キャシー、ついでにこの地図が正確が調べてくれ!!」

 マックドライバーとは、メンレゲの街にいる自称冒険野郎な爺様だ。

 はっきりって、普段の行動をみていたら、あの爺様が描いた地図なんか、まず信用出来なかった。

「いいですよ……。うわ、なんでこれの場所まで知っているのですか。旅慣れた者でさえ、その存在すら知らない秘境中の秘境なのに。この地図、売って下さい!!」

 キャシーの鼻息が荒くなった。

「いや、正確だってのは分かったでも、この地図がないと、俺たちが困る……」

「では、心ゆくまで旅を楽しまれたらで結構です。この地図は旅好きにはまさにお宝ですよ」

「……あの爺様、やるな」

 俺は思わず苦笑した。

「高いだけあってよかったのか。まあ、安い地図なんてないけどね」

「はい、安物のいい加減なものならともかく、旅に使える精度になるとやはり高価になりますね」

 相棒とキャシーが口々にいった。

「まあ、いいか。お宝とまでいわれた地図だ。面白い場所がたくさんあるだろ」

「うん、面白いかは分からないけど、なにか色々描いてあるし、これは楽しみだね。

 相棒が笑みを浮かべた時、メシを告げるキャシーの母の声が聞こえた。

「よし、せっかくだしちゃんと食って寝よう」

「うん、明日は明け方頃に出ようか。だから、早く寝よう。

 俺と相棒は、それぞれ同時に笑みを浮かべたのだった。

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