第6話 王都は近くて遠し

 渡し船の中で護衛の仕事を依頼してきたエルフのキャシー。

 難儀な話だが、自分が住む集落にたどり着くためには、魔物がいるエリアを通らねばならないらしい。

 渡し船を降りてすぐにその場所があり、俺たちは危険エリアへ踏み出した。

「さて、どこからくるか……」

 俺は杖を片手にゆっくり歩いた。

「上だ!!」

 相棒の声で空を見上げると、何かデカい鳥のような魔物が急降下していた。

 俺は瞬時に呪文を唱え、杖先から光弾を三発放った。

「フン……甘いぜ」

 そのまま地面に落ちて黒焦げになった魔物を一瞥すると、俺たちはさらに歩を進めた。

 その後もバカスカ魔物は出てきたが、俺の攻撃魔法一発で全て片付けて進んだ。

 そして、キャシーが安堵のため息を吐いた。

「もう大丈夫です。集落はすぐそこなので、ぜひお礼をさせて下さい。

「相棒、どうする?」

「うん、せっかくだから行こう」

 相棒が目を輝かせて答えてきた。

「……要するに、単なる好奇心か。まあ、俺も気になるから異存はないぜ」

「では、こちらへどうぞ」

 俺たちはキャシーにくっついていき、森の中にあるこぢんまりした集落に到着した。

「あら、キャシー。忘れ物でもしたの?」

 集落に入って、すぐにいた人がキャシーに声を掛けて笑った。

「お母さん、二ツ山の入山制限を知ってたでしょ。なんで、私が出かける前に教えてくれないの」

「いっても聞かないでしょ。無駄な事はしないわよ。それより、変わったお友達を作ってきたわね」

 どうやら、キャシーの母親だったらしい。

 その母親の目が俺たちに向けられた。

「ああ、友達というかなんていうのかな。私の護衛をしてくれたんだ」

「まあ、金で繋がった縁だが、友人でいいんじゃないか。俺は拘りがないぞ」

「僕も別にないから、友人でいいと思うよ。拘ってないからね」

 俺と相棒が同じような事をいうと、キャシーの母親が笑った。

「喋る猫か。しかもバリバリ魔法を使って、あのエリアをあっさり突破だもんね。面白いなんてもんじゃない。まあ、この子がお世話になったみたいだし、お茶でいいのかな?」

「ああ、気遣いしなくていいですよ。それより、少しだけ集落をみたいのですが、大丈夫でしょうか?」

 相棒がキャシーの母親に問いかけた。

「もちろん構わないわよ。キャシー、ついててあげなさい」

「うん、分かった。それじゃ適当に周りましょうか」

 こうして、キャシーの案内で集落を歩いた。

 どうやって建てたのか分からなかったが、太い木の幹にも小屋があったり、今までみた事がないものばかりで、なかなか見応えがあった。

「これで一周ですね。私は見慣れてるのでなんとも思いませんが、面白かったならよかったです。あの、お時間が許せば家で少しお話でもと思うのですが、どうでしょうか?」

「相棒、どうだ?」

「うん、そうだねぇ……ドランの街はパスして先に進もうって思っていたんだ。ここから王都はゆっくり歩いても二日くらいだからね」

 相棒がいうと、キャシーが手をパタパタ横に振った。

「今は徒歩で王都に入ろうなんて無謀です。新国王が玉座に座ったばかりで、極端に出入りが制限されているのです。ゴランから出ている乗り合い馬車を使うのがベストですが、チケットを買うのが大変だと思います」

「キャシー、乗り合い馬車を使えばいいって事だな。こっちは猫だ。適当な隙間に詰め込んでもらえばいいだろ」

「それは規則で出来ないはずです。そもそも、動物を客席に乗せたらいけないというルールがあったと思いますよ」

 キャシーの言葉に俺と相棒は顔を見合わせた。

「だって……」

 相棒が不思議そうな顔をした。

「なぁ……。実はここにくるまでに、一度乗り合い馬車に乗ってるんだ。チケットも買って、普通に客室に乗せてくれたぞ?」

 キャシーが怪訝な表情を浮かべた。

「そんなはずが……。それはレアケースだと思います。乗り合い馬車以外だと船という手段がありますが、ここから港までが遠いという欠点があります。あまりお勧めしません」

 キャシーが小さく息を吐いた。

「なんだ、どれもダメじゃ困るんだよな」

「そうだね、ここで足踏みしちゃうのはもったいないよ。とりあえず、ドランにいって乗合馬車の人に相談してみよう」

 相棒が小さく頷いた。

「あれ、こんなところで立ち話ですか?」

 キャシーの家から母親が出てきた。

「うん、王都に行きたいらしいんだけど、今はちょっと……って話していたんだ」

 キャシーの母親は一つ頷いた。

「問題ありません。人の間を上手く通過すればいいだけですし、猫が無断で街に入ったところで、誰が追いかけたりしますか。それでも不安という事であれば、毎夜ここから王都に薬を届ける配送便に便乗していくといいでしょう。存在を忘れていましたか」

 キャシーがハッとした表情になった。

「そうか、あの馬車便……ごめんなさい。当たり前過ぎて、逆に忘れていました。この集落から、王都に向けて魔法薬を運ぶ馬車便があるのです。貴重な人間の通貨を手に入れる方法の一つとして」

「へぇ、そんな便利なものがあるのか。じゃあ、それで決まりだ!!」

 俺が笑みを浮かべると、キャシーも笑みを浮かべた。

「なるほど、エルフと人間は交易してるんだね。初めて知ったよ。

 相棒が頷き、笑みを漏らした。

「エルフと人間は仲が悪いというのが人間の定説ですが、実はそうでもないというわけで。その馬車が出るのは街道沿いの倉庫からです。それまで、家で休んでいくといいと思います」

「そうか、そうだな。今のうち休んでいこうぜ」

「うん、ちょうど疲れていたからね」

 相棒が笑みを浮かべた。

「じゃあ、こちらです。なにもありませんが、ゆっくりして下さい。」

「おう、邪魔するぜ」

「あのね、こういう時はありがとうが先だって……」

 相棒がため息交じりにツッコミを入れてきた。

「楽しそうね、羨ましいわ」

 キャシーの母親が小さな笑い声を漏らした。

 

 キャシーの家は地上にあり、小屋という言い方が一番正解に近いだろう。

 素朴な感じが好きな俺は、こういう家は速攻で爪とぎ対象に……。

「あ、危ねぇ。うっかり爪痕を残すとこだった!?」

「好きだもんねこういう素朴な家。よく頑張った」

 相棒が笑った。

「いいですよ、こんなボロ屋ですから。さてと……

 キャシーの母親が扉を引いて開けた。

「うーん、久々の我が家!」

 キャシーが大きな伸びをした。

「そういや、旅してたっていってたな。どこにいってたんだ?」

「それが、二ツ山という山があるのですが、エルフとバレると面倒なので、それなりに苦労していったら、火山活動が活発だということで入山制限されてしまったのです。ありがちなんですけどね。ああ、こちらがリビングです」

 俺たちが案内されたのは、無理矢理ソファを置きましたという感じの部屋だった。

「狭いですがゆっくりして下さい。冷たいお茶をお持ちします」

「ああ、気を遣わないで!!」

 相棒が声を上げたが、それが聞こえたか聞こえなかったか。キャシーは深皿を二つ持ってきた。

「湯飲みやグラスなどでは飲みにくく、かえって失礼に当たると思いまして」

「いや、もうこれで十分だから!!」

 キャシーは向かいのソファに座って俺たちをみた。

「王都でなにをされるのですか。今は厳戒態勢が敷かれているはずなので、観光もロクに出来ないですよ」

「いや、単純に城をみたかったって程度だな。でも、今はなんか大変みたいだしよ。あとに回してもいいかなって思い始めてるぜ」

 俺は軽くため息を吐いた。

「なるほど、その程度であれば、問題ないでしょう。薬を運ぶ馬車は城を大回りして搬入口に向かいます。歩けないのが残念ですが、馬車の御者は交代制で今日の担当がたまたま母だったので、私に代えてもらいました。連絡はこのくらいですね」

「つまり、城はみられるんだな。よかった、ここまできて戻るとなると、かなり面倒だからな」

「そうだね、今のところ、ラッキーが重なってるね。こんなこともあるんだね」

「そうだな。ラッキーの始まりは、やっぱり宿なくて困っていたところの、あの兄ちゃんだな。あれがなかったら、今頃どこに行ったか分からねぇぜ」

「だね、ずっとこれだといいけどね」

 相棒が満面の笑みを浮かべた。


 キャシーの家で晩メシまで食ってしまった俺たちとキャシーは、再び魔物はびこる危険エリアに入った。

「ったく、何匹いるんだよ。面倒だから、一気に叩くぞ。相棒、アレだ!!」

「分かった、アレだね」

 相棒が呪文の詠唱を始めた。

 これは発動条件が難しい上に時間も掛かるので、相棒も実践的ではないと認めている。

 だから、俺の指示がなければ、絶対にこの魔法を使う事がないような代物だ。

 呪文詠唱中に邪魔されると、またやり直しになってしまうので、俺は気配を感じた方に向かって、ひたすら攻撃魔法を撃ち続けた。

「キャシー、相棒に触れない程度に近寄れ、巻き込まれちまうぞ」

「わ、分かりました」

 それとほぼ同時に、相棒がなにやら叫んだ。

 瞬間、辺りの景色がバラバラになる変な事が起きた。

 それは数瞬で収まり、元の景色になった。

「あ、あの、今なにを?」

「ああ、結界魔法の応用で空間に干渉して、見えない刃みたいに切断してやる……だっけか?」

「もう、なんで僕の台詞を取るかな。要はこの辺りの魔物を一掃したんだ。しばらくは保つと思うから急ごう」

 俺と相棒の言葉に、キャシーはコクコクと首をぎこちなく縦に振った。

「……怒らせないようにしよう。うん」

 こうして、俺たちはきた時と逆方向に、勢いよく街道に飛び出た。


「はぁ、毎回これなんです。あの地域、どうかしてます……」

 倉庫の中にいて、薬瓶が詰まった木箱をせっせと馬車に積んでいく人たちを眺めながら、俺は小さく笑った。

「トレーニングできていいだろ、ついでに侵入者よけにもなるしな」

「……うん、それもそうだね」

「ま、待って。自分の家に帰るだけで命がけなんですよ!?」

 キャシーが声上げた。

「……そうだな。すまん」

「ごめんなさい」

「二人揃って反省されると、変な罪悪感があるのでやめて下さい!!」

 俺は大声で笑った。

「なに猫相手にビビってるんだよ。あの地帯はあとで調べてみるさ」

「うん、暇っていえば暇だからね」

 俺に同意のようで、相棒はあっさり頷いた。

「あ、ありがとうございます。これを解決すれば、気安く外に出られて気持ちがサッパリします」

 キャシーは笑みを浮かべた。

 これは、急いでやるべき事だなと思いながら、俺も自然と笑みを浮かべていた。

「はいよ、積み込み終わったぞ」

 馬車の荷台に荷物が満載され、それを引く馬はいかにも屈強そうなヤツが二頭だった。

「二人とも御者台にきて下さい。荷物の間は危険なので」

 俺と相棒はいわれた通り、キャシーが座っている御者台に飛び乗った。

 人間ならとても三人乗りなんて出来ないが、ここは猫の強みを遺憾なく発揮した形だ。

 しばらくして、短い声と共にキャシーが馬車を走らせた。

「いつもは一人ですが、今夜は話し相手がいてよかったです。可能な限り急ぎますので……」

「おいおい、無茶すんなよ」

 俺はそんなキャシーをみて笑ったのだった。

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