第5話 仕事発生
「ところでお前、昨日馬車の中で寝ちまってだろ。交代制で見張ってたはずなのによ」
街道を歩きながら。俺は隣を歩く相棒に軽くツッコミを入れた。
「そ、そんな事ないよ。は、半分だけ寝てただけで……」
相棒がワタワタした。
「別にいいけどな。それにしても、どこまでいっても草原だな」
「うん、この辺りは草原地帯だからね。ドランの渡しまで、あと少しだよ」
相棒が嬉しそうにいった。
「また猫拒否じゃなければいいけどな。こればっかりは、どうにもならん」
「それはないと思うよ。人間がやってるけど、他種族も頻繁に使うみたいだしね」
相棒が答えて笑みを浮かべた。
「それならいいが……まあ、いけば分かるか!」
俺は気持ちを切り替え、道の行く先を見つめた。
どんな場所で船なんかみた事がない俺は、ドランの渡しで目にした光景はある意味ショックだった。
馬車も乗せられるような、俺からみたら大型船が対岸といったりきたりしている様子は、なかなかの迫力だった。
「おい、相棒。マジでこれ乗せてもらえるのか?」
「うん、料金さえ払えばね。いこうよ」
桟橋というらしいが、船に乗るための場所の入り口に立っているおっちゃんが料金を受け取っているのはすぐに分かった。
「おう、おっちゃん。猫二人乗せてくれ」
「あいよ、猫は乳幼児扱いだ。無料だから、そのまま乗ってくれ」
おっちゃんが桟橋を親指で示して笑った。
「に、乳幼児だってよ……」
「でも、無料はありがたいよ。早く乗ろう」
今さっき桟橋に着いたばかりの船に、俺たちは飛び込んだ。
相棒がいった通り、明らかに人間ではない連中も乗ってきて、船はほぼ満員じゃないかというくらい混雑してきた。
「へぇ、結構混むんだな」
「この道で王都に行こうとするなら、絶対に通らないといけない場所だからね。僕も初めてだけど、聞いていたより混んでるね」
甲板というらしいが、船の上で相棒と雑談をしていると、時間がきたのか船が進み始めた。
「この船って、こっそり最新鋭らしくて、なんか蒸気船っていうらしいよ。僕も詳しくは分からないけど、人力で漕いだりはしてないみたい」
「そりゃ、こんなデカいものを人力で動かすなんて無理だろ」
俺が苦笑したとき、遠慮がちにお姉さんが近寄ってきた。
『あの、喋る猫さんを初めてみたので、思わず声を掛けてしまいました』
「おっと、こいつは現代エルフ語だな」
俺が相棒に目配せすると、小さく頷いてきた。
「コホン。俺とそこの相棒も、住んでる街の人間以外は初めてって感じだぞ。エルフ語を使うって事は、あんたはエルフなのか?」
俺が同じ現代エルフ語で返すと、一瞬驚いたような表情を浮かべてから、お姉さんは頷いた。
「はい、私はエルフです。驚きました、エルフ語で答えて頂けるとは思えなかったもので」
「旅に出る前に猛特訓して、色々な言語を覚えたからな。通じたって事は、まんざらでもねぇみたいだな」
俺は気持ち胸を張った。
「十分通じますよ。旅ですか、いいですね。私は旅からの帰りです。今はどこに向かっているのですか?」
「王都に向かっている途中だ。とりあず、次のドランに行こうと思っている。予定をガチガチに固めてはいないぞ」
きっちり計画を固めて旅するのもいいが、気の向くままのお気軽な旅も悪くないと思って、俺は地図すら持っていない。その辺りは相棒がきっちりやってくれるので助かっていた。
「そうでしたか。それでしたら、向こうの岸に着いたら、私が住む集落まで護衛をお願い出来ますか。街道からさほど離れてはいません。ドランの街によるついでと思って。これは、少ないですが謝礼です」
お姉さんが金貨……ってヤツだよな。円形の何かを三枚、俺の前に差し出した。
俺が相棒をみると、当たり前とばかりに首を大きく縦に振った。
「分かった。引き受けよう。猫でよければな」
俺は受け取った金貨をそのまま相棒に手渡した。
バックパックを外し、慌てて金貨をしまう相棒を目の端でみながら、俺は小さく笑った。
「俺はよく分からねぇが、相棒の様子からしてかなりの大金なんだろうな。そこまでして俺たちに依頼するって事は、なんか意味があるんだろ?」
「人間ではダメなんです。集落に近づいただけで、もう臨戦態勢になってしまうのです。そこで、猫なら問題ないと考えました」
笑みを浮かべたお姉さんに、俺は小さく鼻を鳴らした。
「怖い種族だねぇ、エルフってのはよ」
「そうでもないですよ、行けば分かります」
お姉さんが笑った。
「行けば分かるか。そういうの、大好物だぜ」
俺は小さく笑みを浮かべた。
「はい、交渉成立ですね。私はキャシーと申します。よろしくお願いします。
「俺は勝手に名乗ってるだけだがコーベット、こっちの相棒がムスタだ」
俺は相棒をみた。
「言語は理解してるよな。仕事が出来たぞ。ビックリしたぜ」
「僕もだよ。これも、旅なんだろうね金貨三枚あったら、よほどの散財をしない限り一ヶ月は遊んでられるはずなんだ。どれだけ大金か分かった?」
「な、なんだと、もらい過ぎじゃねぇか……おい、キャシー。いくらなんでももらい過ぎだ」
「いいのよ。集落に戻ったら、人間のお金なんて無意味だからね。それじゃ桟橋の袂で合流しましょう」
キャシーは笑みを浮かべて、俺たちから離れていった。
「な、なんか、いきなり金持ちになっちまったな」
「うん、これは大変な仕事かもね。護衛か……」
相棒が小さな息を吐いた。
「まあ、やってみようぜ。俺たちの牙は腰にあるんだからよ」
俺はそっと腰の杖に手をやった。
船が対岸に到着すると、周りの連中が続々と降りていった。
「よし、俺たちもいこうか」
「うん、今なら踏まれる心配がないしね」
俺と相棒が船を降りて桟橋を歩いて行くと、桟橋の付け根の部分でキャシーが立って待っていた。
「では、いきましょうか。道はすぐそこにありますので」
キャシーを先頭にして広い道を少しだけ歩き、道ばたの茂みに分け入った。
その茂みを抜けると、細いが確かに森に向かって伸びていた。
「秘密の通路ってか。こういうの悪くないぜ」
「コーベットらしいね。まあ、僕も猫並みには好きだけどね」
ちなみに、船を降りた時点で、俺たちは現代エルフ語に切り替えて会話しているので、キャシーだけのけ者にはなっていない。
「この先が危険エリアなんです。油断しないで下さいね」
やや緊張が滲んだ声でキャシーがいった。
「おう、任せろ」
俺は杖を抜き、同じように杖を抜いた相棒が呪文を唱えた。
三人の体が青い光りに包まれた。
「あ、あの……」
「ああ、心配すんな。相棒の防御魔法だ。準備はできたぜ。いくか?」
俺が声を掛けると、キャシーが頷いた。
「よし、一発ぶちかますぜ!!」
俺は杖を片手に笑みを浮かべたのだった。
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