第3話 都会はこれだから……

 翌朝早く、俺たちは出発準備をしていた。

 相棒の話によれば、急がないと魔物が多い危険地帯で野宿という、最悪のパターンになってしまうらしい。俺もそれは勘弁して欲しかった。

「相棒、準備出来たぞ」

「僕も大丈夫だよ。いこうか」

 俺は空になった猫缶をみた。

「一応、村長に挨拶してからの方がいいだろ」

「いや、こんな時間にたたき起こす方が失礼だよ。置き手紙にしよう」

 相棒が呪文を唱えると、バックパックの中に入っていたインクとペン、紙が勝手に出てきた。

 床に落ちた紙にサラサラと書き、相棒は満足したように頷いた。

「魔法による自動筆記か。俺のは酷いくせ字だからな。お前がやった方がいいや」

「どう呪文を作ったか分からないくらいだもんね、あれは」

 相棒が苦笑した。

「俺自身が分からん。さて、いこうぜ」

「うん、分かった」

 俺たちは村長の家から出て、開門間近な様子の行列に並んだ。

「どっかで泊まればこうなるのか」

「うん、開門時間にならないと、どこも開けてくれないからね。面倒だけど防犯の意味もあるからさ」

 相棒の言葉に俺は鼻を鳴らした。

「まあ、これも旅か」

「そうだね」

 俺たちは笑った。

 しばらくして、いかにも頑丈そうな扉がゆっくり開いた。

「よし、開いたぞ」

「うん、今日は急ごう」

 俺たちは駆け足とまではいかないが、速歩で街道を進んだ。

「それにしてもよ、明らかにあの村の住人も混ざっているけど、どこに行くのかと思ったら畑で仕事か」

「そうだね、僕も同じ事を思ったけど、謎は解けたよ」

 相棒が笑った。

「謎ってほどじゃねぇだろ。大げさなんだよ」

 俺も笑った時、いきなり脇の地面が割れ、巨大なミミズのような魔物が出現した。

「おっと、お前は下がってろ。巻き添えでも食ったらシャレにならねぇからな」

 俺はバックパックの非常用取り外しボタンを押し。その下に背負っていた杖を正面で構えた。

「おはようさん、とりあえず目覚ましの一撃だ」

 俺は呪文を唱えた。

 杖の先端から光が溢れ、派手な放電音が辺りに響いた。

 巨大ミミズの胴に大穴が空き、そこから折れるように地面に倒れた。

「なんだよ、これでおしまいかよ」

 俺は苦笑した。

「それでいいって、とにかく急がないといけないからね」

 俺は杖を背中に戻し、相棒に手伝ってもらってバックパックを背負った。

「これ、次の街で改善しようぜ。バックパックの上に括り付けるだけでいいからよ」

「うん、僕もそう思う。背中が痛いしね。よし、急ごう」

 相棒が頷いた。

「ったく、ビビらせやがって。なにかと思ったらこれだよ。いくぞ」

「ワームっていう種類の魔物なんだけどね、大きいだけで特になにかやってくるわけじゃないんだよね」

 俺と相棒は、それきり倒したワームは気にせず、街道をさらに進んでいった。


 途中何回か魔物の襲撃はあったが、俺の魔法であっさり撃退してきた。

 休憩所になりそうな場所や店はなく、疲れたら道ばたに座ってを繰り返し、ようやく隣の街が見えてきた。

「あれが、僕たちがいる西部地域最大の街「ザルパイン」だよ。

「それは知らなかったな。お前、勉強してきたのか?」

 俺は小さく笑った。

「そりゃ楽しみにしていたからね。どこかのお馬鹿さんが、街を飛び出す算段をしてるって聞いてさ。そのいつかのために、僕も準備していたんだよ」

「馬鹿で悪かったな、冒険野郎と呼べ。さて、ここは都会だな。どんな感じだかな」

 俺は相棒をみた。

「いけば分かるんじゃない。僕だって、こんな遠出した事ないから、今から楽しみなんだよ」

 相棒が珍しく興味津々という感じでいった。

「よし、もう夕方だ。急ぐぞ」

「分かってるよ」

 俺と相棒は、程なく街の巨大な門を潜り、ザルパインの街に到着した。


「まずは宿だな。どっかあるか?」

「それが問題なんだよ。大きな街だからたくさんあるんだけど、猫を泊めてくれるかが分からないんだ。とりあえず、有名なところからいってみようか」

 今までみた事ないような人混みに紛れ込み、踏まれないように注意しながら、俺たちは一件目の宿に到着した。

 扉もない出入り口から入ると、カウンターの向こうにいたオヤジが固まった。

「ね、猫だと!?」

「なんだ、珍しくないだろ。そこらの猫が二本足で立って喋ってるだけだ」

「十分珍しいわ!!」

 オヤジが怒鳴り返してきた。

「あの一泊したいのですが、大丈夫でしょうか?

 相棒がそっとオヤジに問いかけた。

「いいわけねぇだろ。そもそも、客室の鍵があけられないぞ!」

「ああ、それでしたらどちらも魔法でなんとかしますので、どうでしょうか?」

 笑みを絶やさない相棒を、オヤジが睨んだ。

「ダメったらダメ。他を当たってくれ!」

「んだよ、ぶっ飛ばされてぇのか?」

「ああ、ダメだって。他に行こうよ」

 相棒に諭され、俺は小さく鼻を鳴らした。


「もう、いっそ野宿しようぜ。街中なら外よりマシだろ」

 何件目だか忘れたが、夜になっても宿は見つからなかった。

「それをやるなら、街の外の方がマシだよ。街は街で危ないからさ」

 相棒がため息交じりに辺りを見回した。

「あれ、乗り合い馬車の停留所まできちゃったか」

「なんだそれ?」

 俺は相棒に聞いた。

「この国だけじゃないと思うけど、国中の街を馬車で繋いでいるんだ。その馬車の乗り場がそこにあるんだけど、今は夜便の発着時間なんだ。もしかしたら、乗せてもらえるかもしれないよ。移動距離も稼げるし、宿が泊めてくれないならこれしかないよ」

「お前がいうならそうなんだろうな。賭けてみるか」

 俺たちは、馬車の出入りが激しい建物に近づいていった。

「その様子じゃ、宿は軒並み宿泊拒否されたな。いやなに、夕方からチョロチョロしているのがみえたからな」

 俺たちは馬車に人を乗せている兄ちゃんに声を掛けたら、いきなりそんな答えが返ってきた。

「あれ、驚かない人がいたよ」

 相棒がきょとんとした。

「ああ、驚くもんか。ここで、どれだけ客をみていると思ってるんだ。猫が二匹なんて微笑ましくていいじゃねぇか。どこに向かってるんだ?」

「あ、ああ、王都だけどな」

 俺が答えると、兄ちゃんは服のポケットに手を突っ込んだ。

「あーあ、王都行きの最終夜行便は出ちまったか」

 頭をガリガリ引っ掻きながら、兄ちゃんが手に持った小さな本をめくった。

「あとは田舎路線しかねぇな。グランデっていう村が、王都方面では一番近い場所だ。早朝着が嫌じゃなければ、チケットは残ってる。なにせ、一人も乗客がいねぇからな」

 兄ちゃんが笑うと、相棒がバックパックを下ろして地図を取り出した。

「グランデ……コーベット。これかなり都合がいいよ。ここの次に通る街だったんだけど、夜を越えて移動出来るなら問題ないね。歩きじゃどうやっても野宿だったから」

 相棒が嬉しそうな声を上げた。

「もうすぐきちまうぞ。ここが始発じゃねぇから、一分くらいで発車するぜ。どうする?」

「そうだな、このまま宿探しするよりいいかもな。よし、グランデに行こうぜ」

「分かったよ。お兄さん、猫二枚」

 相棒の言葉に兄ちゃんが吹き出した。

「猫二枚なんて、料金いくらだよ。どうせ、グランデにある車両置き場にただ回送するより、いるかもしれねぇ客を乗せた方がいいってだけだ。二人合わせて子供料金でいいぜ」

「分かりました、かなりの値引きだと受け止めます。このご恩は……」

「やめてくれ、そういうの。ほら、チケット」

 相棒の言葉を遮って、兄ちゃんは紙切れのようなものを俺に押しつけてきた。

「……これがチケットか。一度みたかったんだ。へぇ」

「コーベット、恥ずかしいからマジマジみない!!」

 俺の手にあったチケットをひったくって、相棒がため息をついた。

「おい、お前ら、もうすぐくるぞ。場所がきたら俺が扉を開けるからそのまま乗ってくれ。御者には話しておくから、降りるときも問題ねぇはずだ」

 兄ちゃんが声を上げてから程なく、一台の馬車が目の前に滑り込んできた。

「よし、コイツだ。いってこい!」

 兄ちゃんの声に押されるように、扉を開けてもらった馬車の中に俺たちは飛び込んだ。「確かに、他の客は誰もいねぇな。大丈夫か?」

「考えてもみなよ。わざわざ夜発って、隣街って中途半端な乗り方は普通はしないよ。王都までいっちゃうなら別だけどね。でも、これのお陰で僕たちは助かったね」

 俺は小さく笑った。

「まあ、そう思えばいいか。神経すり減らせる野宿も、今回はパス出来たしな」

「そういう事だね。これからは、こういう乗り物も有効に使う事を考えないといけないな」

「俺は今のところ王都に着けばいいと思ってる。悪いな、細々した事やらせちまってよ」

 この旅は、細かいところは全て相棒に任せてしまった。

 なんでも「その方が安心出来る」とかなんとか……。

 しばらくして、馬車の扉が閉じられると、窓から見えた兄ちゃんが笑みを浮かべて頷いた。

「行ってこい、頑張れってか」

 俺が返事を返す前に、馬車が発車したので俺は改めて馬車の中をみた。

 ランタンで明かりがつけられた車内は、人間なら六人分くらいはありそうな長椅子が用意されていた。

 俺たちはその椅子に飛び乗り、丸くなって寝る態勢を取った。

 明日の朝は早いが、その時間帯は俺たち猫が一番元気爆発の時間帯なので、全く問題がなかった。

「ああ、危ない。忘れるところだった。今回も当然交代制で見張りだからね。お先にどうぞ」

「まあ、一応街の外だからな。俺も警戒だけはやっておくぞ」

 馬車は街を飛び出し、夜の草原を走っていったのだった。

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