第2話 村にて

 俺と相棒は、故郷といっていいメンレゲを発ち、草の中に消えそうな街道を歩いていた。

 これは相棒の提案で、人通りがある街道の方が安全との事。

 なるほどもっともと、俺は頷いた。

「おや、猫の旅人とは珍しい。長生きしてみるもんだ」

 柔和な笑みを浮かべた爺様が、なにかに祈るような仕草をした。

「こら、なにしてやがる」

「なに、私もいい年して旅人でね。安全を祈っただけだよ。ではまたどこかで」

 爺様が笑って去っていった。

「お、おい、俺たちなんかご利益あるのか!?」

「なにもないよ。珍しかったから、発作的にやっただけでしょ。いこう」

 相棒が笑い俺たちは先に進んだ。

 そのうちに、大きな街道と分岐する地点に到着した。

「おい、どっちに行くんだ?」

「逆に聞くよ。コーベットはどっちに行きたいかな。王都っていってこの国の中心みたな都会と、山方面だねこの看板をみる限りはね。人の言葉は大丈夫でしょ?」

 相棒の野郎が笑い、俺は苦笑した。

「位置が高すぎるんだよ。ったく」

「これは、人間用の看板だし。で、どっちにする?」

「そりゃずっと田舎臭い街にいたんだぜ、都会ってヤツを堪能しようじゃねぇか」

「はい、決まり。ならば、ここを左だね。コーベット、急がないとヤバいよ。日暮れと同時に街とか村の門が閉まるから。野宿は最終手段だって話してあったよね」

 相棒が背負っていたバックパック降ろして、中から俺たち用に特注した地図を取り出した。

「現在地はここか……マズい。走るよ」

「な、なんだよ、いきなり……」

 相棒が俺の顔面に猫パンチをぶち込んできた。

「おっと、そんなナヨナヨパンチが当たる俺じゃないぜ。走るんだろ、しょうがねぇな」

 俺は両手を街道の路面につけた。

 相棒も同じ態勢を取り、一気に猛ダッシュした。

「ふん、甘いぜ」

 俺は相棒の真後ろについて、嫌がらせでくっついて走った。

 どれくらい走ったころか。

 相棒が走りを終え、いつも通り立って歩いた。

「おっと、危ねぇ!!」

 衝突しそうになった相棒を避け、俺もすぐに止まって立ち上がった。

「ごめん、危うく通り過ぎるところだったよ。ここが次の街というより村だね」

 街道を挟んで左右に建物らしきものが見え、のどかな空気に包まれていた。

「お前な、こんなデカいブツを見落とすな!!」

 俺は苦笑して、改めて村の中を見渡した。


「全力疾走なんてやったら疲れちまった。どっかで休もう」

「うーん、それは僕も同じなんだけど、街道筋にありながら宿らしいものがないんだよね。これって、多分レアケースだと思うけどね」

 相棒が笑みを浮かべた。

「とにかく、せっかくきたんだ。村の中を見て回ろうぜ」

「うん、こういうのが楽しくてついてきたんだ。相棒」

 相棒が笑みを浮かべた。

「よし、いくぞ」

「うん」

 というわけで、俺たちは村の中に入った。

 その途端、村人たちが俺たちを取り囲んだ。

「なんだよ、いきなりご挨拶だな」

 俺が喋ると、取り囲んでいた村人たちが一人の爺様を残して逃げ去ってしまった。

「なんだ、爺様。逃げなくていいのか?」

 俺は笑った。

「なに、ただ喋って立っているだけの猫だ。珍しい旅人だが、他にいてもおかしくないしな」

 爺様は笑みを浮かべた。

「面白いヤツだな。まあ、脅かしにきたわけじゃない。隣の相棒がせっつくもんでな」

「あの、宿的なものはありますか。日没までにこの先にある街にはたどり着けないもので……」

 相棒の言葉に、爺様は考える素振りを見せた。

「なにしろ、この当たりにくる旅人は、メンレゲ特産の宝石を仕入れにくる宝石商ばかりでな。ここで泊まるくらいならメンレゲに泊まる方がいいという事で大抵通り過ぎてしまうのだ。サービスを期待しないのであれば、ワシの家で宿をやっている。どうだ?」

「どうだもなにもねぇよ。そこしかないなら、そこでいい。相棒?」

 俺が相棒に声を掛けた。

「うん、僕もいいと思うよ。寝る場所さえあればいいからね」

「というわけて、一晩世話になるぜ」

 俺がいうと、爺様は頷いた。

「じゃあ、ついてきてくれ」

 爺様は村の中を歩き、俺たちは馬鹿デカい家に連れてきた。

「ワシはここの村長でな。家の部屋ばかり多くて、たまにくる旅人をここに泊める事にしているのだ。まあ、ゆっくりしていってくれ」

 爺様は笑い、俺たちを家の部屋に連れてきた。

「ここでいいだろう」

 爺様が俺たちを連れてきた部屋は、ベッドとかいう寝るため装備が二つ設置された部屋だった。

「これだけ広かったら、十分だぜ。なあ?」

「うん、僕たちには豪華すぎるね。ありがたいけど」

 相棒が笑みを浮かべた。

「部屋の扉を閉めてしまうと出入りが出来なくなってしまうからな、開けっぱなしにしておこうか。では、ワシはこれで」

 部屋から爺様が出ていくと、俺は息を小さく吐いた。

「やっぱり、怖いのかねぇ。あの爺様だけはまともに相手してくれるけどな」

「よし、村の中を歩いてみようか。さっきはアレだったけど、ビックリしただけだと思うから」

 相棒が笑みを浮かべた。

「だと、いいけどな。今後はこういう事も増えるだろうしな」

 俺も笑みを浮かべた。

「じゃあ、いくぞ「

「うん、分かった」

 俺たちは村長の家を出て、さっそく村の中を歩き始めた。

 遠目に俺たちを観察していた村人たちが、無害と納得したのか徐々に近寄ってきた。

「ねっ、慣れてくれればいいだけなんだよ」

「だな、相棒」

 俺は適当に手を振ったりしながら、ずいぶん偉くなったな、などと冗談を放てる程度に落ち着いてきた。

 要は相手が怖けりゃ俺も怖いという道理だった。

「よし、この調子だ。ただの猫だからな!!」

「そうそう、ただのうるさい猫だからね」

 相棒も声を張り上げて笑った。

「よし、こんなもんか」

「そうだね、もう夕方だしね」

 夕暮れの太陽が沈む真っ赤な空を見上げてから、俺たちは村長の家に戻った。


「なにを出せばいいのか分からないから、猫缶を買ってきた。これが無難だと思うが、どうだ?」

「それで十分だ。助かった」

 村長が猫缶を部屋に置いて出ていった。

「なんだ、十分サービスしてくれるじゃねぇか」

「そうだね。僕たちで合わせて六個バックパックに入っているんだけど、これは非常用にしようか」

 蓋が開いている猫缶を食いながら、俺たちは笑った。

「さて、明日はどこまで歩けるかな。王都までは結構距離があるからね」

 バックパックから地図を取り出し、相棒が小さく息を吐いた。

「次の街までは結構距離があるから、明日は早めに起きて出発しないといけないよ」

「ああ、分かった。メシも食ったし、早く寝ておくか」

「じゃあ、僕が見張りだね。交代でやればいい。今のうちに慣れておかないと、村や街以外で野宿になった時に困るからね」

「それもそうだな、じゃあ先に寝るぞ」

「うん、おやすみ」

 俺は部屋の片隅に移動して、静かに目を閉じたのだった。

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