始まった日
綾乃と一緒に帰路を歩んだあの日から雅樹の日常は変化していた。
登校時、いつもは友人たちと談笑しながら歩いていた雅樹だが、今は違う。今は彼らの姿はなく、雅樹のその隣には──。
「おはよう、雅樹くんっ!」
「ああ、おはよう、綾乃」
柴藤綾乃の姿があった。
あの日の翌日、雅樹は友人達から祝福を受けた。
『グレートだぜ!雅樹!』
『おめでとう!俺たちの希望!』
『雅樹!お前がナンバーワンだ!』
『モブなんて飾りです、偉い人にはそれがわからんのです!』
『モブるな!持ち味をイカせッッ!』
後半、何か違うエールが混じっていたような気がするが、雅樹はそんな祝福を受けて満更でもない顔していた。ただ、この日の放課後──。
「なあ、バーガー食いに行かねぇ?」
「イイね〜、俺はバーガーなしでポテトL2つだけど」
「おおっ、さすがぁ。じゃあ、俺はシェイクだけにするかな?」
「なら、俺はドリンクSサイズオンリーで!」
「いや、それ金欠なだけだろ。なあ、雅樹はどうする?」
「じゃあ、俺は──」
「あっ、雅樹くーん!」
ふと声の方向を見ると綾乃が駆け寄って来た。
──うわ、めっちゃ可愛い!
その可憐さに友人たちは心を打たれた。
「あのね、雅樹くん、今日も帰るの一緒でも大丈夫?」
「いや、今日は──」
「「「「「「もちろんです!」」」」」」
「えっ?」
雅樹の解答を遮る友人たちの返答。
「バーガーは気にするな!」
「ポテトは俺に任せろ!」
「シェイクで満たすぜ!」
「俺たちの心はLサイズだ!」
「じゃあな、雅樹!がんばれよ!」
そう言って彼らは帰って行ってしまった。彼らなりに空気を読んだ対応でもあるが。
「アイツら……」
「ふふっ、仲良いんだね!」
「まあ、それは、ね。じゃあ、綾乃、帰ろっか」
「うんっ!」
雅樹と綾乃は肩を並べて歩きながら昨日よりも話を弾ませていた。部活や好きな食べ物のこと、最近読んだラノベなど何気ない会話であるが、お互いを知るためには大切なことだった。
「綾乃って麻婆豆腐好きなんだね」
「そうだよー、市販の素を使わなくても自分でも作れるぐらい好き。あとね、ちゃんと
「おおっ、すごい女子力高いや」
「恐れ入ったかー」
「恐れ入りましたー」
えっへんとドヤ顔をするとなりを見て雅樹はそれに合わせた。それを見て綾乃はニコッとした。
「じゃあ、今度、時間があったら雅樹くんに作ってあげる!」
「マジで!おおっ、めっちゃ楽しみ!」
「そのかわり──」
「ん?」
「明日から朝は一緒に登校したいけど、イイ?」
──ドクンッ。
青く澄んだ美しい瞳。上目遣いされるのは人生初という雅樹は鼓動が高鳴り、これまでとは違う“今”をゆっくりと噛み締めていた。『これが青春なんだ!我が世の春が来た!』と思いながら。
「も、もっ、もっ、もちろん!」
「うふふ、ありがとう、雅樹くん」
そんなわけで狼狽えながらも精一杯の返事をするのであった。
それからは登校時には毎日、下校時は綾乃の部活との兼ね合いを優先しながらも二人肩を並べて歩く日が続いた。友人たちもそんな二人の仲を気遣って
ある日、雅樹は新作ラノベを買うために本屋に行った。この日は綾乃が部活動で忙しく、一人で来たのだが、それはそれで良かったと内心思っていた。
その理由は店員さんが美人だからという実に単純明解なものである。“綴野さん”という店員さんが清楚系美女だから『ラノベ購入の特典として眼福する』というどうしようもないことを来る度にしていたのである。この辺りは男子らしいと言えば男子らしいが。
しかし、今の雅樹には綾乃がいるわけで、そんな彼女の前で綴野さんに鼻の下を伸ばしている姿を披露するのは流石にどうかと思ったのであった。それ以前に「店員さんが美人だからここに来た!」なんてのは言えるわけがないが。
(それにしてもどれを買おうか迷うなぁ……)
雅樹は目的の一つである三冊の新作ラノベを前に悩んでいた。
一冊目は地球に留学に来た異世界プリンセスが活躍する話。魔法とファンタジーと冒険という内容をポップに記載されている。
二冊目は人と邪龍が織り成す戦記物。主人公が絶望に抗うダークファンタジーでシリアス色強めな内容とポップに記載されている。
三冊目は主人公まっしぐらな後輩とのラブコメ本。オタ系後輩との笑いあり、涙ありの甘いラブストーリーという内容とポップに記載されているが、どういうわけか『オススメ!』という文字がデカデカと書かれている。
どれもおもしろそうだと思い、ますます悩んでしまう雅樹。いっそのこと三冊まとめて買えば良いのだが、今月は財布の中身が寒いため一冊の購入しかできないという。
(よしっ!決めた!これを綴野さんのところに!)
と覚悟を決めて手を伸ばしたそのとき──。
ドンッ!
「痛っ!」
誰かが雅樹にぶつかった。
「あっ、ごめん。キミ、大丈夫?」
声の方を見ると、金髪の少女が心配そうにこちを見つめていた。
「ああっ、大丈夫、大丈夫。気にしないで。それよりキミの方こそ怪我してない?」
(結構力強くぶつかったから誰だろうと思ったら女の子かぁ。それにしても外国の人?ハーフさんかな?)
雅樹は平然を装いながらもそんなことを考えていた。
「うん、ボクは平気だけど。あの、ごめんね、ボク、今日は『バイト』があって急いでいたらキミにぶつかっちゃって……」
「ははは、大丈夫だから。それに急いでいるなら早くしないといけないんじゃない?」
「そうだね。じゃあ、お礼に──」
『気をつけた方がいいよ』
「えっ……?」
このコは何を言っているんだ?と雅樹は困惑した。ぶつかって来たのは彼女の方からであるが、余程癪に触ったのだろうか。
「ああ、俺も周りをよく見て──」
「そうじゃなくて、“言葉の通り”だよ」
言葉の通り?雅樹は益々困惑した。いったいそれはどう意味なんだろうか?ただ、一つ分かるのは、目の前でそれを告げた彼女は“真剣な表情”をしていたということである。それを考えると、冗談の類ではないように思えた。
「じゃあ、ボクは行くから。気をつけてね、マサキくん」
「ああ、わかったよ──って何で俺の名前知ってるんだ?」
店から足早に去って行く少女を見ながら雅樹はなぜ自分の名前を知っているのか不思議に思った。彼女は何者なのだろうか。謎は深まるばかりである。
「雅樹くん……」
「うおっ!?……って綾乃か」
驚いて振り向くとそこにはいつも“となり”にいる綾乃が立っていた。
「急に声かけられて驚いたよ。あっ、ということは綾乃は部活帰り?おれはラノベ買いに来てさ」
きっと部活帰りに本屋に来たんだろうと思った雅樹はいつものノリで話しかける。綴野さん目当てはバレていないはずと思いながら。ただ、綾乃は俯いたままである。
「あれ?綾乃、どうした──」
「レオンちゃんと何話してたの……?」
(レオンちゃん?ということは、綾乃の友達だったのか。だから俺の名前を知っているわけか)
なるほど、そういうことだったのかと雅樹は納得した。あの「気をつけた方がいいよ」というのも綾乃を大事にしろというエールなんだろうと解釈した。
「そっかあ、綾乃の友達でレオンちゃんって言うんだ。俺、気づかなかったよ」
「雅樹くん……」
ギュッ。
綾乃は雅樹に強く抱きついた。
(おおっ!?本屋の中で青春!?そんな、綴野さんがいる店内でラノベよりラノベらしいことをするなんて!?いや、落ち着け、俺!さすがに人がいる中でいちゃラブは良くない!よし、ここは綾乃を説得しよう!)
雅樹は狼狽えながらも冷静を装った。
「なあ、綾乃、さすがに人がいる中でこれはマズい──」
「雅樹くん……」
『何話してたの?』
──ゾクッ!
下から覗き込み綾乃の顔を見た瞬間、雅樹は得体の知れない寒気を感じた。いつもと違う焦点の合っていない淀んだような瞳に背筋が凍るような何かを感じたのである。
ギュッ。
「ねぇ、答えて」
「あ、綾乃……?」
抱き締めてくる力が強くなる。女の子の力なのかと疑問に思うぐらいの力で締め上げられているのだ。
「レ、レオンちゃんが、俺にぶつかったから怪我させてないか心配したみたいで、俺は大丈夫だから気にしないでって言っただけ、だよ……」
「本当……?」
「ホント、ホントだって……!レオンちゃんはバイトあるみたいで、いっ、急いでいたから俺にぶつかったらしくて、だから、それ以上は、ないよ……!」
なぜ浮気の言い訳みたいなことをしているんだと思いながらも雅樹は必死で綾乃を説得する。それが伝わったのか締め上げる力が弱くなり、解かれて行く。
「そっかぁ、なら、許すっ!」
「あっ、ありがとう」
元に戻り、ニコッとした笑みを浮かべた綾乃に雅樹は安堵した。拷問のような拘束から解放された瞬間であった。
「あとね、つむぎさん──綴野さん目当てでラノベ買いに来るのはやめてほしいかなぁ」
「……はい」
(バレてる……。しかも、綴野さんと綾乃は知り合いっぽい)
どうやら全て見透かされていたようである。
「だからね、ラノベ買うときは二人一緒のときだよ、ねっ?」
「そうだね。じゃあ、早速買って帰ろうか」
「うんっ!」
そんなわけで新作のラノベを買った雅樹であった。ちなみに買ったのは主人公まっしぐらな後輩とのラコブメ本である。
※※※
良かったぁ。レオンちゃんと何もなくて。もし、レオンちゃんと何かあったら私どうなってたんだろう?わからないけど、きっと“良くないこと”になってたかも、フフフ……。
雅樹くんは知らないけど、あの日、雅樹くんと会ったあのときから私は雅樹くんのことしか考えてないんだよ?私を救って来れた大切な人──だから私は雅樹くんをたくさん知ろうとがんばったんだよ。アナタをずっと見てたの、そう、ずーっとね……。
だからね、今回はレオンちゃんに言われたことを隠したのは許してあげる。だって、雅樹くん、全然わかってないんだから。そこもカワイイとこなんだけどね、ウフフ……。
ただ、つむぎさんに鼻の下を伸ばしているのはすごくイヤだなぁ。いつも思ってた。アナタには私がいるのに。私がいるのに。私がいるのに。
ワタシガイルノニ。
でも、それも今日から違うよ。今日からは私が雅樹くんが間違わないように、私だけを見てくれるようにしていくからね。
アナタの“となり”は私のモノ、私の“となり”はアナタのモノ。ずっと、ずーっと、そう、永遠にね。
フフフフフフフフフフフフッ……。
アハハハハハハハハハハハッ……!
※※※
柴藤綾乃は“となり”にいる──雅樹がその真の意味を知るのはまだ先のことである。
柴藤綾乃は“となり”にいる。 エスコーン @kamiyam86jaro
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