第20怪 校舎裏の幽霊④
「な……!?」
風が強く吹いた。
確かに先ほどまでいたはずの生徒会メンバーたちが、忽然と姿を消していた。誰もいなくなった校庭を眺め、七星は訳が分からないと言った感じでその場に立ち尽くした。
「何かトリックを……」
歯ぎしりが強くなった。
「仕掛けてやがったな!? デタラメな手品を……クソッ! どこにやった!? ここにいた奴ら、全員……洗脳済みだ。俺の命令には逆らえねえ! 『審美眼』をつけている限り、勝手に動くはずねえんだ!!」
「でも、兄さん1人で僕ら全員を連れ出そうなんて、ちょっとした重労働だな」
首元をギュウギュウと捩じ上げられても、しかし七雲は飄々としていた。怒り狂った七星が弟を突き飛ばした。いとも簡単に軽々と吹き飛ばされた七雲は、近くにいた野球部員に抱き止められた。
「きゃっ!?」
危うく地面に尻餅をつきそうになった七雲が、思わず悲鳴を上げた。そのあまりにも可愛らしい、およそ似つかわしくない悲鳴に、七星は目を皿のように丸くして、そのままの姿勢で固まった。
「……ぁ!?」
「……ったく。まだ気づかねえのか?」
七雲を助けた野球部員が、やれやれと言った調子で帽子のつばを持ち上げた。二神晴人……【学校の怪団】メンバーの一年生だが、恐らく七星は名前すら知らないだろう……だった。案の定、七星は怪訝そうな顔をした。
「誰だ? テメーは……」
「あのなあ。顔の加工なんて、もう何百年も前からガキでもやってんだぞ」
「あ!?」
「たまには自分の眼で、ちゃんと弟の顔確かめて見やがれ。いつまでも色メガネばっかかけてねーで、な」
二神が低い声でそう促した。七雲が二神の腕の中で、「あぁん、もう……」と照れたようにペロリと舌を出した。七星は目を白黒させながら、ゆっくりと黒い『AIグラス』を外した。
「テメーは……!?」
七星の目に飛び込んできたのは、弟の七雲……ではなかった。『グラス』を外すと、六道茜……もちろん【怪団】のメンバーであり、七星は実際に顔を見たのも初めてだった……が男子生徒の学生服を身にまとい、勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべていた。
「どーっスか!? 自分のこと、七雲団長に見えてたっスか!? まんまと騙されたっスか!?」
「ん……な……!?」
「ま、もう何十年も前からある、ただの『AIグラス』専用の顔加工変装用のアプリなんだが……」
愕然とする七星に、二神が頭を掻きながら説明した。
「『お前は寝る時もグラスは外さないだろうから、絶対騙される』って七雲が言ってたの……本当だったな」
「……てめぇ」
七星の額に青筋が浮いた。勢いよく殴りかかろうとする七星に、二神は手にしていた金属バットを向けた。
「う……!」
「アンタは知らねえだろうが、コッチはもう退学になった身だからよ」
「……!」
「正しいことだけするとは限らねえから、せいぜい気ぃつけろよ。あいにくお仲間さん達も、すっかり消えちまったみたいだしよォ」
二神が威嚇するように歯を見せて唸り声を上げた。
「テメーら、一体何のためにこんな……じゃあ、本物はどこに?」
七星が気後れしたように後ずさりして、ブツブツと呟いた。すると、七雲に変装していた茜がポケットから何やらタブレットを取り出し、空中に
「やぁ兄さん、今度こそ久しぶり」
そこに現れたのは、今度こそ本物の小泉七雲だった。
「七雲……!」
七星の髪が、逆立ったかのようにブワリと浮いた。
七雲は、薄暗い小部屋の中で棚の上に腰掛け、七星に手を振っていた。
「やっほー。兄さん、演奏会楽しんでくれた?」
「フザケてんじゃねえぞ!! てめえ、今どこにいる!?」
「あれ? 分からない?」
映像の七雲が喋る度、茜の首元に縫い付けられた小型スピーカーから彼の声が漏れ聞こえた。七雲が楽しそうに笑った。
「ほら、この機材。この部屋の感じ……見覚えあるでしょう?」
「まさか……!」
その瞬間、七星は食い入るように映像を見つめ、目を見開いた。
「『審美眼』のサーバに……政府の管理室に潜り込んだのか!?」
「ご名答」
「ありえねえ!」
七星が吐き捨てた。しかし彼の目は、空中に映る
「あそこは、国家最重要機密の建物だぞ!? そもそも俺以外入れるはずが……」
「まぁ、なんて言うんだろうね。僕らってホラ、そっくりだから」
七雲は涼しげに笑った。
「
「何だと……」
「ご覧の通りさ。『審美眼』はいただいた」
映像の中で、七雲が両手を大きく広げた。
「今『審美眼』を操っているのは、僕だ。つまり、黒い小型端末をつけた生徒は、全員僕の手の中にある」
「クソッ……!」
「だから僕が『消えろ』と命令すれば、彼らはたちまち姿を消す」
最後まで言葉を聞かず、七星は校門に向かって走り出した。恐らく『審美眼』の保管庫に向かっているのだろう。集まった音楽隊は、誰も七星を止めなかった。七星の背中を見送って、二神と茜は顔を見合わせ、ちょっぴり笑った。
□□□
たからは誰もいない廊下を歩きながら、手のひらの『緊急避難装置』を見つめた。赤く点滅を繰り返す『装置』は、学園中の生徒たちに避難の必要を流していた。
「要するに、火災とか地震とか、『緊急避難警報』を出すんですよ」
数時間前、これを手渡す際七雲は言った。
「【誤報】を流せば……黒い『AIグラス』をつけた生徒たちは全員、廊下を走ったり無駄口を叩くこともなく、速やかに避難を始めるはずです。機械は指示された通りに動く。皆ひとつの機械……『審美眼』によって操られている訳ですから。ひとつを騙せば、全部が一網打尽で騙されてくれます」
女子トイレの扉が、風に揺らされてキィキィ鳴った。七雲が笑った。
「例えば大音量の音楽を流したりして。兄さんの注意を逸らして、タイミングよく『警報』を流せば……生徒は一斉に
「でも、そんな大きな音出したら、お兄さんにも気づかれるでしょう?」
たからは首をひねった。
「学園中にベルが鳴ってたら、何が起きたかなんて一”耳”瞭然だわ」
「あらかじめ警報を
「例えばお兄さんが、途中で振り返ったら?」
たからはなおも不安が残るようだった。
「『避難指示』が出て、生徒たちが移動している姿を目撃されてしまうわ。それに、万が一体育館のカメラを調べられたら……」
「その時は、作戦失敗。また別の手段を考えます」
たからは小さくため息をついた。
「大がかりではあるけれど……何だか穴も多い作戦ねぇ」
「だから良いんじゃないですか」
七雲は子供のように目を光らせた。
「いかにも
思えば七雲は、出会ってからずっと、作戦の成功にあまり重きを置いていないようだった。
もし今回の『誘拐作戦』が失敗したら、学園になだれ込んできた音楽隊で、無理やり生徒たちの『AIグラス』を奪い取る肉弾戦に持ち込む手筈になっている。彼はそういう男だった。失敗したらしたで、次の二、三手を考えてくる。その点が、『絶対に成功させなきゃ』と考えてしまう彼女と、一番違うところだった。
たからは手のひらから視線を外した。
『審美眼』に支配されているとはいえ、生徒たちと取っ組み合いになるのは避けたい事態だった。彼女は七雲の作戦が上手く行っているのを願って、足早に
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