第19怪 校舎裏の幽霊③

 地響きのような騒音が、校舎全体を揺らした。


 たからは顔をしかめた。

 それはおよそ音楽とも呼べない、デタラメなメロディだった。

 リズムも何もあったものではなく、耳障りな高音や低音が、奔放に踊り回っている。時々、ガスが抜け出るような、風船が破裂するような音も聞こえた。この不協和音が、一体何のために奏でられているのか分からないが、少なくとも今行われている授業を邪魔するにはもってこいだった。


「何なんだ……?」

 七星が渋い顔で校長室の窓に駆け寄った。

 たからも、七星の肩越しに、校庭に広がっている光景を覗き見た。


 そこにいたのは、何とも奇妙な音楽隊であった。

 校門から列をなして学園に入ってくるのは、小泉七雲率いる数十名に及ぶ集団だった。見知らぬ顔が多い。他校の生徒だろうか。先頭に立って歩くのは七雲だ。彼が、フラフラと浮かれたような足取りで指揮棒を振りながら先導していく。それに続く若い男女が、各々楽器を持って、これまた好き勝手に音を鳴らしていた。


 いや、中には楽器とも呼べないものを担いでいる者すらいる。破れたグローブでキャッチボールをする野球部員だとか、何故かゾンビの格好をしたパントマイマーだとか……。とにかくそういった類の音が重なって、その集団は、実に奇妙な騒音を奏でているのであった。


 まるで百鬼夜行だ、とたからは思った。


 七雲に引き連れられ、校庭に乗り込んできた生徒たちは、たちまち校庭の一角を埋め尽くした。


「不法侵入かよ、オイ!」

 それを見ていた七星が声を怒らせた。『AIグラス』を弄り、どこかと連絡を取り合っている。恐らくは警備会社か、あるいは白川と言った、子飼いにした生徒会メンバーだろう。


「今すぐあいつらを追い出せ。いや……俺も行く。待ってろ!」

 そう告げるや否や、七星は荒々しく校長室を飛び出した。

「わん、わんわん!」

「何の真似だ……嫌がらせかよ、七雲の野郎!」

 七星の怒声が廊下に響く。


 七雲からもらった『緊急避難装置』を握りしめ、たからもまた急いで踵を返した。


□□□


七雲たちは、【学校の怪団】が秘密基地として使っていた茶屋の近くに屯していた。


「……オイ!」

 そこに、七星が急ぎ足でやってきた。彼の後ろには、白川であったり緑野であったり、黒い『AIグラス』をつけた生徒会のメンバーの姿があった。全員無表情の数十名の黒グラスたちが、七雲率いる百鬼夜行と対峙した。


「やぁ、兄さん。こないだぶり」

 七星の存在に気づいた七雲は顔を上げ、にこやかな顔で兄に挨拶した。

「……音を止めろ! 五月蝿くて敵わねえ!」

 対して七星は、その態度が気に入らなかったらしく、あっという間に七雲の胸ぐらを捻り上げた。だが音楽隊は音を止めることなく搔き鳴らし続け、黒グラスの集団も、決して表情を解こうとはしなかった。両者譲らないまま、その先頭に立つ2人の兄弟が絡み合った。


「ここで何やってんだよ? 、あぁ!?」

「別に……ちょっとした課外授業を、ね」

「課外授業だぁ!?」


 七雲を捻り上げたまま、七星はずらりと並ぶ楽器隊を睨んだ。


「誰だよ、こいつらは。誰が勝手に入っていいって……」

「この人たちは、僕の仲間だよ」

 七雲がポツリと言葉を零した。


「『清正美しくない』と判断され、学校を退学させられたり、休学させられたり……」

 七雲がぐるりと周りを見渡した。

「……みんな『審美眼』によって、居場所を奪われた人々だ」

「居場所?」


 七星は顔を歪ませたまま、不思議そうに眉を吊り上げた。

「居場所が欲しかったら、従えよ。この俺に、『審美眼』によ。清くも正しくも美しくもなく、でも居場所は寄越せたぁ厚かましい奴らだな。いや……だがまぁ、そうだ。お前は……」

 音楽は鳴り止まない。同じ顔の2人がぴったりと顔を張り合わせ、やがて七星がニヤリと嗤った。


「お前には、一生居場所を与えるつもりはねえ。俺はお前を一生許さねえからな、七雲!」

「兄さん……」

「出て行け。忘れてねぇだろうな? お前が母さんを見殺しにしたんだ。お前がどこにいようと、俺がお前の居場所を、人生を滅茶苦茶にしてやる!」

「兄さん、僕は……」

「さっさと行け。でなきゃ痛い目見るぞ。殴り飛ばして強引に連れ出させたっていいんだぜ?」

「僕は……あぁ、でもどうやって?」

「あ?」


 そこで七星は、少し怪訝そうな顔をした。


「どうやって僕を連れ出すって言うんだい? 兄さん」

「決まってんだろ。そりゃあ……」

 そう言いながら、七星は後ろに従えた生徒会メンバーを振り返って、

「な……!?」

 絶句した。



 先ほどまで、確かに七星の後ろにいた白川たちが、跡形もなく消え失せていた。



「な……!」

「悪いけど、生徒会の面々は全員誘拐させてもらった」

 七星が驚いたように目を見開いた。

 七雲が首根っこを掴まれたまま笑った。後ろの方で、破裂音が大きく鳴った。


「誘拐……!?」

「もちろん授業を受けていた生徒たちも、全員ね。嘘だと思うなら、戻って確認して見るといい」

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