第15怪 トイレの花子さん
『……さて、皆さんに悲しいお知らせがあります』
聖シャルム学園・体育館。
集められた全校生徒たちを前にして、生徒会副会長の
『……知っての通り、我が学園の生徒である
白川の言葉に、たからの横に座っていた四谷が立ち上がり、軽く会釈をした。再び腰を下ろした四谷は真っ直ぐ前を向いたまま、たからの方には一切見向きもしなかった。生徒会室で別れて以来、たからは四谷と一切会話すらしていなかった。
『……今もなお犯人は見つからず、巷では我が校に犯人がいるなどと、根も葉もない噂が絶えません。今回我々は事態を重く受け止め、誠に遺憾ながら、清澄会長が辞任することになりました』
マイクに乗った白川の言葉が全校生徒に届く。体育館が、少しざわめいた。たからは白川の背中を見つめ、1人拳を握りしめた。
……嘘だ。
白々しいにも程があった。
その噂を流しているのは、他ならぬ生徒会ではないか。
たからはずらりと横に並ぶ元仲間たちを盗み見た。
第142代聖シャルム学園・生徒会書記、吉田
第142代聖シャルム学園・生徒会監査役、吉田
清澄たからを含む、【学校の怪団】の動画や噂をネット上に広めているのは、事実上この双子であった。彼女たちは書記と監査役という立場を利用し、決して公にはならないはずの文書や映像をせっせと外部に流した。中には、如何にもたからたちが犯罪を目論んでいるように改竄されたものもあった。それを見た部外者は、彼女たちが誘拐事件の犯人だと信じて疑わないだろう。本来ならば、速やかに処罰されるべき犯罪行為である。
しかし世間では、そんな双子たちを、むしろ英雄視する者がほとんどだった。
皆、誘拐事件の犯人が中々逮捕されないことに、鬱憤が溜まっていたのである。
実際あれ以来、事件に関する報道も捜査の進展もなく、【怪団】メンバーは既に特定されているにもかかわらず、逮捕される様子も全くなかった。
そして逮捕されないことによって、結果としてより一層、たからたちに批難の視線が集まった。外部に漏れ続ける映像や文書を見ては、誰もが裏で、あることないこと騒ぎ立てた。中には私刑を企てるものや、酷い時には殺害予告まで飛び交った。
だから双子たちの行為は、悪徳商人から奪った金をばら撒く義賊のように、善行として受け入れられた。そうしてたからたちは、針山の上に立たされることとなったのである。
今や皆が噂している。
大っぴらには話さなくとも、
正式には逮捕されなくとも、
皆がたからたちを知っている。
【学校の怪団】が、この
だがたからは、もはや双子を責める気にすらならなかった。
2人とも、以前はたからの大切な友人だった。夏休みには、3人で山にキャンプに行ったこともある。いつも人懐こい笑顔を見せる
そんな2人が今、どこまで自分の意志で行動しているのか、たからには甚だ疑問だった。
光の『青』も影の『紫』も、突如現れた謎の人物によって、今や人形のようになってしまった。
いや、彼女たちだけではない。
四谷檸檬も、赤羽根も緑野も、そして白川も……7色に輝いていた生徒会メンバーは、全員黒い『AIグラス』を被っている。彼らの下に所属する生徒たちも、誰も彼も一様に黒い『グラス』を被り、件の男の傀儡と化していた。
件の男……小泉七雲。
たからはふと、手のひらから血が滲んでいるのに気がついた。
『……それでは清澄会長、最後に一言どうぞ』
ふと気がつくと、白川がこちらを向き、たからに挨拶を促していた。
『…………』
たからは表情を強張らせたまま壇上に上がり、生徒たちを見下ろした。
『……私は』
皆の視線が、痛かった。
『私も……今回の事件には、非常に胸を痛めております』
就任当初は、皆の期待や羨望を集め、ここに登るのが誇らしかったくらいだ。だが今は……。
『……私の危機管理に対する意識が、甘かったと言わざるを得ません』
本当はこの場で、泣き叫んでしまいたかった。違う。私じゃない。私たちじゃない。誘拐なんてする訳がない。生徒会は妙な機械に乗っ取られている。突然現れたあの男も……何かがおかしい。間違っているのは私じゃない。間違っているのは……。
『……私が、間違っていました。申し訳ございません』
それだけ言うと、たからはマイクの元を離れた。
パラパラと、彼女の背中に、まばらな拍手が送られた。
『……清澄さん、ありがとうございました』
白川が再びマイクを握った。
『良いですか、皆さん。今回の件は非常に残念ではありますが。ですが今一度確認しましょう。“正しい事は、決して間違っちゃいない”! 正しい事を、わざわざ疑う必要もない。我々はこれからもこの学園を“清く・正しく・美しく”! 間違った人間に惑わされることなく、皆で学園の“平和”と“幸福”を守って行きましょう!!』
白川が拳を掲げると、他の執行部も後に続いた。体育館の中で、鬨の声がわんわんと唸りを上げ、無機質な拍手がいつまでもいつまでも不気味に鳴り響いた。
それから集められた全校生徒たち全員に、1人1人黒い『AIグラス』が配られた。
□□□
昼休み。
教室の片隅で、弁当を広げるたからに、声をかけるクラスメイトは1人もいなかった。
と言うよりも、誰も自分の席を離れず、一言も喋らなかった。ただ箸を動かす音や布の擦れる音が聞こえるだけで、談笑も何もない。全員が黒い『グラス』をつけ、正面を向き、黙々と食事を摂り続けている。その光景を片隅で眺めながら、清澄は再び叫び出しそうになるのを必死で堪えていた。
「清澄先輩」
そんな中、1人の生徒がたからの元へとやってきた。
「……その黒い『グラス』、似合ってないわよ。白川くん」
白川だった。
「いやぁ。おかげで目が覚めましたよ」
黒い『AIグラス』を着けた白川が、無表情のまま笑った。
たからはフォークでウィンナーを突き刺した。
「目が覚めた気分に、させられてるだけでしょう?」
「とんでもない。先輩も『審美眼』を着けたら、僕の言っている意味が分かりますよ」
「いやよ。分かりたくもないわ。だから言ってるでしょ、私には『ユピテル』があるって」
たからが透明な『AIグラス』を光らせ白川を睨んだ。白川が無表情のまま呆れた。
「やれやれ。先輩も意地はってないで、少しは正しくあろうと努力したらどうですか? 間違ったことは、もうしょうがないじゃないですか。大切なのは間違いを認め、正しくあろうとする姿勢の方ですよ」
「あのね……私は誰が何と言おうと、それだけは絶対」
「小泉様の作った『審美眼』は、すごいですよぉ」
白川が無表情のまま、恍惚な声を出した。
「さすが、政府が採用しているだけのことはある。これをつけているだけで、どんな難題だって『AI』がたちどころに正しい『答え』を教えてくれるんですから」
「……『審美眼』を、作ったですって?」
たからが手を止め、目を丸くした。
「誰が? 七雲が作ったって、今そう言った?」
「七雲ではありません。小泉七星様がですよ」
「七星? ちょっと待って。七星って……」
「それはさておき、清澄先輩。ここは正しい生徒の暮らす場所ですよ。誰があなたに、同じ場所で食事していいと許可したんですか?」
「な……」
戸惑いの表情を見せるたからに、白川が冷たく言い放った。
「『
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