第13怪 ドッペルゲンガー②
「記者やカメラマンが、校門の前に押しかけてきて……」
「今、先生方や赤羽根会計が、何とか抑えてくれています」
「会長!
「絶対に、学園内に誰もいれないで! それから生徒会室の周りにも、厳重警備を!」
「はい!」
群がってきた生徒会メンバーに、矢継ぎ早に指示を飛ばしつつ、たからは急いで生徒会室へと向かった。とはいえ、彼女もまた頭の中は真っ白だった。
何が何だか分からない。四谷檸檬は、本当に無事なのか。なぜ自宅でも病院でもなく、この学園にまず足を運んだのか。なぜ四谷檸檬誘拐事件のニュースで【学校の怪団】が出てくるのか。奇しくも同じ名前を持つ自分たちの『放課後活動』と、何らかの関連性があるのか。
まさか……有り得ない。たからは唇を噛んだ。万が一にも自分たちが……小泉七雲や、二神晴人、それに六道茜が誰かを襲うだなんて、たからには全く考えられなかった。
「四谷さん!!」
たからは扉に激突するような勢いで生徒会室に駆け込むと、大きな声で彼女の名を呼んだ。それよりも、まずは彼女の無事の確認が先決だ。
たからは薄暗がりの部屋の目を走らせた。すると、【広報担当】と書かれた札が置いてある席に、四谷檸檬がちょこんと座っているのが見えた。たからは安堵のため息を漏らし、足早に四谷の元へと駆け寄ると、彼女を力強く抱きしめた。
「四谷さん! 無事だったのね! 良かった……もう出歩いて大丈夫なの!? どこか怪我は……」
「清澄たから、生徒会長」
「四谷、さん……?」
たからは両目から溢れてくる涙を拭った。だが当の四谷檸檬本人は、まっすぐ前を向いて、無表情のままだった。その抑揚のない声に、さすがにたからも眉をひそめた。四谷は、感情を失ってしまったかのような目つきで、黒い『AIグラス』の奥からたからをじっと見下ろした。
「何かご用ですか?」
「な……何かって……?」
冷たく、鋭く突き刺してくる四谷の声色に、たからは動揺を隠しきれず目を泳がせた。
「四谷さん……あなた今まで、行方不明だったのよ!? どれだけみんなが心配して……それを『何か』ってことは……!」
「関係ありません。それより、仕事の話をしましょう」
「仕事って……それどころじゃないでしょう!?」
たからは思わず四谷の肩を掴んだ。だが四谷はそれでも顔色一つ変えず、今度は机の上のPCモニターをじっと見つめ、たからの方を見向きもしなかった。
「四谷さんってば! やめなさいよ! こっちを向いて!」
「…………」
無表情で、無言でキーボードを打ち続ける四谷を前にして、たからもようやく異様な物を感じ、途方に暮れてその場に立ち尽くした。
「一体、どうなってるの……」
たからが、ワナワナと唇を震わせた。入り口で、2人の様子を見守っていた生徒会メンバーも、四谷のあまりの豹変ぶりに、皆言葉を失っているようだった。まだ明かりの点いていない教室の中で、四谷のPCモニターの画面と、窓から差し込んでくる月明かりだけが妖しく揺れ動いた。たからはぎゅっと握り拳を作り、四谷に尋ねた。
「……四谷さん、いつものジャージは? いつもの黄色い『AIグラス』は、どうしたの?」
「ジャージ?」
四谷はなおも画面に釘付けになったまま、冷たい声でたからを一蹴した。
「そんなもの、着るわけないじゃないですか。ここは学校なんですから。生徒は制服を着るのが『正しい』のでは?」
「…………」
その馬鹿丁寧な喋り方に、たからは背筋が凍る思いだった。裏表が激しい性格だとは知っていたが……少なくともこんな風に、機械的な態度を取るような人間ではなかった。最悪の事態が、たからの頭をよぎった。
「その……」
「…………」
「……四谷さん。その黒い『AIグラス』は、どうしたの? いなくなってる間……何かあった……?」
「…………」
「…………」
「…………」
「……ねえ」
「『審美眼』だよ」
たからの問いかけに答えたのは、四谷ではなく、入り口に現れた別の人物だった。
「ソイツが掛けてるのは、『
「あなた……」
生徒会メンバーを押しのけ、中に入ってきた人物に、たからは思わず息を飲んだ。
「七雲……!!」
その見慣れた人物は……四谷が嵌めているのと同じ黒い『AIグラス』をしているものの、顔つきや背丈、声に至るまで……小泉七雲に瓜二つだった。黒い『グラス』の男は、たからの前まで歩み寄り、ニヤリと唇を釣り上げた。
「ま、『携帯用審美眼』ってトコだな。本物は政府の中枢にあるから、持ち出せねーし。まだ開発途中だが、来年には量産して市場にも出回るはずだ」
「どういうこと……!? 何? 政府? 『審美眼』って……? あなた、どうしてここに……あなた……」
たからは掠れ声を絞り出し、目の前に現れた人物をまじまじと見つめた。
「あなた……誰?」
「小泉様。『
不意に四谷が、たからの隣で無機質な声を上げた。四谷はカタカタとキーボードを操作して、ホログラムで『公文書』と書かれた紙を部屋の中央に
「……『審美眼』の『答え』は、四谷檸檬誘拐容疑により」
シン……と静まり返った生徒会室に、四谷の声が響き渡った。
「【学校の怪団】に関わっていた聖シャルム学園の生徒・二神晴人、六道茜を即日退学処分。それから生徒会長であった清澄たからを役職から剥奪せよ、と」
「な……」
たからは目を見開いた。
「何言ってるの……?」
「『答え』?」
「あの『審美眼』から、直接この学園に指示だなんて……」
「オイオイ、めっちゃオオゴトじゃねーかよ」
「っていうか犯人、ウチの生徒だったの!?」
入り口に集まっていた生徒会のメンバーたちが、ざわざわと騒ぎ出し、お互い顔を見合わせた。
「ま、というわけで」
七雲似の男は満足そうに頷くと、指をパチン! と鳴らした。
「うわっ!?」
「何だ……!?」
すると、生徒たちの付けていた『AIグラス』が、次々と黒く染まって行き、
「テメーら、ボサッと突っ立ってないで、早くあの女を連れ出せ」
男がニヤリと笑い、呆然と立ち尽くしていたたからを指差した。
突然自分の『グラス』を黒に染められた生徒たちは……「ちょ、体が勝手に……!?」、「やめて、私の頭の中に入ってこないで!」……などと叫んでいたが、次第に抵抗するのをやめ、表情を無くし、やがて、男の命令通りにたからへ飛びかかった。
「なっ……やめて! 離しなさいよ!?」
ワラワラと群がってくる生徒たちに、たからはギョッとなって逃げようとした。だが、あっという間に黒い『グラス』の集団に囲まれた彼女は、為す術もなく乱暴に床へと叩きつけられた。冷たい床に頬を推し付けられ、たからが痛そうに呻き声を上げた。
「一体何なの……ねえ、アンタ誰なのよ!? みんなに何したの!?」
「行くぞ」
「はい、小泉様」
七雲似の男がたからを無視し、四谷に声をかけた。四谷は何の躊躇いもなく、生徒会長が横で乱暴されているのにも目もくれず、まっすぐに男の元へと歩み寄った。
「待ちなさい……! 四谷さん、白川くん! 待って!!」
生徒会室を出て行こうとする仲間の背中に、たからの悲痛な声が追いすがった。
「まだ、何か?」
四谷は小さく振り返って、たからを冷たい目で見下ろした。
「四谷さん……私……」
たからは床に這いつくばったまま……近づいてくる四谷の上履きと、散らばった自分の財布や携帯電話、それからポケットに忍ばせていた棒突きキャンディを眺め……フッと笑った。
「……私、キャンディ買ってきたの。四谷さん、好きだったでしょう? 校則違反だけど、四谷さんが元気になったら、また無事に会えたら食べて欲しいなって……」
バキン!! と大きな音を立て、四谷が床に転がった水色のキャンディを踏み潰した。
「要りません。『正しく』ないんで」
そう吐き捨てると、四谷は踵を返し生徒会室を出て行った。
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