第11怪 しゃべりだすベートーヴェン④
「何だぁ……!?」
突如準備室に響き渡った、大音量の『
「……そこに誰かいるのか!?」
一瞬面食らった顔をした四谷だったが、彼女は棒突きキャンディをバリン!! と噛み砕き、暗闇に白い歯を光らせた。
「出てこい! もう証拠は上がってんだ!」
四谷が嬉しそうにカツラを手で振り回した。誰か隠れてはいないかと準備室の中を探し回り始めた彼女が、壁際に並べられた楽器の裏や、机の下を鋭い目つきで覗き込んで行く。やがて彼女は、七雲たちが潜んでいるロッカーへと近づいて来た。
(……逆効果じゃねえか!? オイィ!?)
狭いロッカーの中で、二神が息を飲んだ。バタン! バタン! と大きな音を立て、四谷が端から順に壁際のロッカーの扉を開いて行く。彼女が、2人が潜んでいるロッカーの扉に手をかけた、その時、
「だァれだぁッ!!?」
「ン……!?」
突然ガラッと準備室の扉が開かれ、廊下から巨大な影が顔を覗かせた。
「
現れたのは、音楽教師の横賀だった。その剣幕に、四谷も思わず固まってカツラを取り落とした。横賀は大股で部屋を横切って行くと、四谷の前に立ち塞がった。横賀と四谷が並ぶと、まさに大人と子供であり、彼女は先生の太ももくらいしか背丈がなかった。無言で仁王立ちする先生の影に覆われて、四谷はゴクリとキャンディの欠片を飲み込んだ。
「お前……確か生徒会の、四谷……」
やがて横賀がゆっくりと重たい口を開いた。
「お、横賀先生! いいトコに来てくれました! 実は……」
「そうか……」
横賀は四谷の前に立ち塞がったまま、大きく腕を組んで野生生物のような唸り声を上げた。
「お前がこんなにも、ベートヴェンを愛していただなんてな……」
「へ……!?」
カツーン、と音がして、四谷の口からキャンディの棒が滑り落ちた。横賀は、すっかり飾り付けられた準備室を見渡し、「うんうん」と頷いた。
「実は最近、準備室で夜な夜なこっそりベートーヴェンを聞いている者がいると妙なタレコミ電話があったんだが……」
「ち、違います! 先生、何か勘違いしています。私はその犯人を見つけようと……」
「……何も言うな、四谷。今や『音楽禁止法』によって、政府の決められた場所で決められた楽曲しか聴けないからな。不満だったんだろう? 先生も何を隠そう、子供の頃四谷と同じことをしていたよ……」
「だから違うって……!」
懐かしそうに遠い目をしていた横賀が、途端に顔つきを鋭くした。
「何? じゃあまさかとは思うが、貴様は放課後規律を破り、許可なく単独で校内を彷徨いてたとでも言うのか!?」
「い、いや……!」
ギロリ、と大きな目で睨まれ、四谷は思わず背筋をピンと伸ばし首を横に振った。
「そうだろう? 後ろめたい気持ちも分かる。だけどな、好きなものを好きと言うのに、理由なんて要らないんだぞ。先生も、『ベートーヴェン』が大好きなんだ」
「いや、あの……それは知ってます。あんなにデカデカと、中央に飾ってるくらいだし」
四谷の小さな頭にぽん、と巨大な掌を乗せ、横賀が優しい表情を浮かべてそう言った。横賀は、授業中や部活の指導中では考えられない程柔らかい、観音菩薩のような顔をしていた。
「確かに『古典派』は、『ベートーヴェン派』は今や肩身が狭い。時代は『ロマン派』の『メンデルスゾーン』だからな」
「いや知らないですよ、音楽の流行とか派閥とか! そうじゃなくて……」
「全ての始まり、基礎規範であるが故に、個性が足りないとかな。だがたとえ、他の誰を傷つけようとも……先生は『古典派』を見捨てるつもりはない。君もそうだろう? 四谷君!」
「そんな重たい責任背負って、音楽聴いてないです……」
「君の想いは伝わった。だが、罪は罪!」
横賀先生が表情を引き締めた。
「たとえ君が生徒会のメンバーであろうと! 『隠れ古典派』であろうと!」
「だから違うって……!」
「ここで処分が甘くなっては、他の生徒に示しがつかん! 罰として、彼女たちと一緒に……」
「……へ??」
横賀が後ろを指差した。四谷が顔を覗かせると、準備室の入り口に、申し訳なさそうに清澄たからと六道茜が立っていた。
「……あの2人は、この間私に悪口を言った件で、今日謝りに来てくれた」
「悪口て……」
「確かに、自分の悪口を言われたくらいで、先生も大人げなかったかも知れん。私は曲がった事は大っ嫌いだが、ああやって誠心誠意真っ直ぐ謝ってくれたのは、評価に値する」
「はぁ」
「だが罪は罪! 罰として、先生と一緒に1ヶ月間の奉仕活動だッ!!」
「うぅ……『鬼』に捕まったっス……」
「しぃッ! また聞こえるわよ!」
準備室の入り口で、たからと茜がガックリと肩を落とした。唖然とする四谷の前で、横賀先生は大きく口を開けて豪快に笑った。
「これからゴミ拾い、黒板消し、給食の片付け……それに4人で、バンド活動!」
「……なんですって??」
「先生とみんなで、バンドを組もう! 1ヶ月後に文化祭に出て、最後はみんなで仲直りだ! やっぱり学生はそうでなくっちゃな! ハーッハッハッハ!!」
「えぇー!? 何で!?」
「先生がバンド組みたいだけだろ、それ!」
「ぎゃー!! それが1番嫌っス!!
「それから全部終わったら、4人で女子会だな!! ハーッハッハッハ!!」
「って言うか横賀先生、女だったのかよ!!」
「ハーッハッハッハ!! 乙女だ! 音楽に性別は関係ない! ハーッハッハッハ!!」
それから3人は、横賀先生に担がれて準備室を後にした。悲鳴と、笑い声を遠くに聞きながら、七雲と二神がロッカーから這い出してきた。
「……オイ」
「いやぁ、何とか無事に『鬼』が過ぎ去りましたね。これが僕たちの、『運命』だったのかぁ」
ジロリと睨みつける二神の横で、七雲はヘラヘラと笑った。
「どこまでだ?」
「何がですか?」
「……おかしいと思ったんだよ。お前、最初からわざと破綻するような計画立てて、アイツらを怒らせて謝りに行かせたんだろ?」
「だって、謝ろうと決めたのは彼女たちですし、別に僕は何も」
七雲は肩をすくめた。二神は納得いかない顔で、なおも食い下がった。
「成功させる気なんて、ハナっから無かったワケだ。あの
「あぁ。そういえば何か、廊下の影で僕らを覗いてたような、つい先日彼女を見たような気がしますねえ」
ぼんやりと惚ける七雲を、二神が睨んだ。
「それでお前、あの女が首突っ込むの分かってて、巻き込んだんだな? 監督の『ベートーヴェン』好きを利用して……」
「利用だなんて、大げさだなぁ。今回のは本当に結果オーライ、それも『運命』の仕業、『ベートヴェン』のおかげですよ」
「……食えない奴だぜ」
二神がやれやれと溜息をついた。
「いいのか? あの四谷って女ァ、
「……まぁ悪い子じゃなさそうなんで、放っておきましょう。それに、彼女もいつか『怪団』の活動に理解を示し、僕らの仲間になってくれるかも知れません。だって【四谷】ですし。四谷さんが仲間になったら、心強いですよね」
「何だそりゃ。 ……ったく。お前はどこまで、ノーテンキなんだよ」
二神が呆れたように笑った。
それから2人はゆっくりと立ち上がり、放課後『運命』の鳴り響く部屋を後にした。
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