第8怪 しゃべりだすベートーヴェン

「あっ、見てくださいっス! 二神くん出て来たっスよ、二神くん!」

「ホントだ。一年生から試合に出れるなんて、相当すごいんじゃないの?」

「そうっスね。ウチの学園には全国から選りすぐりの”フィジカル・エリート”が集められてるんで、中々できることじゃないっスよ!」

「……何だか嬉しそうねぇ、茜ちゃん」

「へ!? い、いや、そんなコト全然ないっスけど……」

「顔真っ赤にしちゃってえ」

「あ!! 打ったっスよ!! 先輩あっち見てください、あっち!!」



 茜が慌ててグラウンドを指差した。たからは苦笑しつつ、試合に目を戻した。


 たからたちは今、怪団メンバーである二神が所属する、野球部の応援に駆けつけていた。彼女たちが見ている前で、金髪の一年生は見事期待に応え、スタンドまで綺麗な放物線を描いてグラウンドを一周した。起死回生の、逆転ホームランだ。途端に球場が爆発したかのような声援に包まれ、たからと茜も、応援席で笑いながらハイタッチを交わした。



「フフ……。二神くん、ちゃんと真面目に部活行ってるのか心配してたけど、問題なさそうね」

「ホントっスね。会長、見てください。あんなに頭バシバシ叩かれたり、お尻蹴られたり……。あれ、祝福されてるんですよね??」

「ええ。私も勉強は自信ある方なんだけど……男の子のああいう所って、全然理解できないわ」

「それに……」

「え?」


 たからは首を伸ばし、茜が指差す方を覗き見た。二神たちが陣取る三塁側ベンチの前に、腕を組んだ大男が仁王立ちしているのが見えた。


「アレ、ウチの学園の、横賀オーガ先生じゃない。音楽担当の」

「そうなんスか!?」

 茜がびっくりした様に椅子から飛び上がった。


「音楽って……どう見ても、『鬼』じゃないっスか!?」

「ちょ……」

 茜の言葉に、たからは口に含んだコーラを前の席に全部噴射した。

「ゲホ、ゴホ、ごほ……し、失礼よ! 確かに横賀先生いつも、白目剥いてるけど……」

「それに何か、キバみたいなのも生えてるし! あの顔の傷! あれ、絶対何人かヤってますよ!」

「ヤってるって何を……ダメよ茜ちゃん、人を見かけで判断しちゃ!」

 後輩を窘める言葉とは裏腹に、たからは思わず口元が綻ぶのを止められなくなった。


 たからはもちろん、その巨体と厳つい人相から、横賀先生が生徒たちの間で密かに『鬼』と呼ばれているのを知っていた。


 先生は授業も、そして部活の指導も一切の妥協を許さなかった。


 先生の授業で私語やよそ見をしようものなら、チョークの代わりに瓦が飛んでくるという都市伝説もあった。廊下を歩いていただけで、1年生の女子が泣き出したという噂も、あながち間違いではないのだろう。それ故に、横賀先生は生徒たちに不当に恨まれることも多かった。


 だけどたからは、教師への風当たりが強いこのご時世に、自ら『嫌われ者』を買ってでる横賀先生を密かに尊敬していた。


「やばいっス。腕なんかアレ、丸太じゃないっスか。あんなんで締め付けられたら、イチコロっスよ」

「だから、やめなさいって……」

 それなのにたからは、なぜかクスクス笑いが止められなくなった。


「タイム!!」

「あ……『伝令』っスかね?」

 すると、たからたちが見ている前で審判が両手を広げた。試合が止まり、ベンチから二神が飛び出して来て、投手の元に走って行く。

「あれ?? こっち来るっスよ?」

 茜が首をひねった。選手たちが輪になり、何やら話し合いを行った後……『伝令役』だった二神はそのままベンチには引っ込まず、何故かたからたちの元へと走って来た。


「おいお前ら……」

「どうしたの?」

 二神は、たからたちの足元で、『AIグラス』越しに小声で話しかけて来た。


「あのな、横賀監督は地獄耳で有名で……」

「え……」

「お前らが話してた内容も、全部聞こえてたんだと」

「……ウソ」

「……『後で覚悟しとけよ』、だそうだ。俺、ちゃんと伝えたからな」

「「…………」」


 気まずそうな顔でそれだけ伝えると、二神は走ってベンチへと引っ込んだ。


「……お待たせしました。いやぁ、トイレ混んでて……あれ? どうしたんですか? 2人とも」

 やがて観客席へと戻って来た七雲は、ガタガタブルブルと震える2人を見て、首をひねった。


□□□


「……なるほどォ」


 2人から事情を聞いた七雲は、納得したように頷いた。


「でもそれは、完全に2人が悪いっていうか」

「分かってるわよ、そんなことッ!」

 たからが、ほんのりと目に涙を浮かべながら叫んだ。


「だって……だって思わず笑っちゃったんだもん! 私だって悪いとは思ってるけど、理屈じゃないのよ!」

「うわぁぁぁんっ! 私たちこれから、きっとうさぎ跳びでグラウンド100周とかやらされるっスよ! もうシャバには戻れないっス!」

「そんな大げさな……」 

 茜はその隣で、人目も憚らず大粒の涙を流していた。茜の言葉に、たからはサッと顔を青くした。


「そんな……そんなの無理よ。私耐えられない……!」

「うわぁぁぁんっ! 鬼に殺されるっスぅぅっ!!」

「ねえ七雲……何とかならない? アンタの『びっくり手品』で」

「その『びっくり手品』っていうのやめて下さい」


 ポロポロと涙を流す2人の前で、七雲はやれやれと肩をすくめた。


「でも横賀先生、怖そうだしなぁ。話し合ってどうにかなる相手にも見えないし」

「そんな……! 団長、私たちを見捨てるっスか!?」

「まぁでも……」


 七雲はすがりつく茜を横目に、フッと笑みをこぼした。


「……面白そうですね。先生の尊敬する【偉人の言葉】とかだったら、少しは耳を傾けてくれるかもしれません」

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